ルドラサウム大陸。
人類を筆頭に多くの種族が暮らすこの大陸。その半分は人類のものではあるが、もう半分は魔物達のものである。
正確には魔王とそれに付き従う魔人達のものである。
そしてその魔王の意を受けて動く、忠実にして恐怖の軍隊――魔軍。
人類の敵にして絶対の戦力を誇る魔軍。その本拠地こそ、魔王と多くの魔人、使徒が住まう城、魔王城であった。
魔王城。謁見の間。
荘厳という言葉に相応しいその広間には現在、魔軍の重鎮が集められていた。
下手側、入り口に近い端には魔軍を実際に動かす指揮官である魔物将軍とそれに付き従う副官の魔物隊長。
魔物の中でもエリートである彼らだが、その上手、玉座に近い場所にはより相応しい者達がそこにいる。
魔人だ。
魔王に直接血を分け与えられた彼ら支配者達は、通常の魔物とは隔絶した存在感と実力を誇る。人間は疎か、魔物であっても逆らうことは許されない。逆らうことは死を意味するからだ。
その魔人に血を分け与えられた下僕、使徒にしても同様だ。彼らは主たる魔人の横に控えて大人しくしているが、その実力はやはり通常の魔物を凌ぐもの。迂闊なことは出来ない。
その中でも、特に注目を集める魔人達がいた。
「………………」
一人は、多くの魔人の中にあって特に異形といえる魔人。
昆虫が人の形を取ったらこのような容姿になるだろうか。茶色のまだら模様のある細身の身体に、白の外骨格がその上部を覆っている。白の細長い手足。背中にはフォースウイングと呼ばれる白の器官が伸びており、腰には速度を高める丸い加給圧力器が備わり、肩の関節から前面にはこれまた昆虫を思わせる二本の鍬形が伸びている。そして頭部を覆う兜の様な頭。顔に当たる空洞には、目の部分に赤い光が灯るのみだ。
彼は外の世界から来た宇宙人、“ホルス”の魔人――メガラス。
最速の魔人として多くのドラゴンを屠ってきた歴戦の戦士は、何も語ることなく、ただそこで立ち尽くしていた。
そして次に目立っているのが、
「はぐんぐ……お、おお! この肉、わさびで味付けしてやがるな! くぅ、この風味と甘さ、後からくるつんとした辛味が肉の旨味を引き立ててやがる。良い味だ」
その手に持った骨付き肉を食べて批評を続ける魔人。
細身だがよく鍛えられた肉体。その上半身は装飾を幾つか身に着けるのみで他には何も着ておらず、褐色の肌とその肌に刻み付けられた独特の文様が身体中に張り巡らされている。短めで癖のついた緑色の髪の下、額部分には片目を隠す額当てがあり、その精悍な顔立ちを整えていた。
そして腹の部分には、真っ黒く大きな穴があり、そこから大きな蜘蛛、猿、鳥の手足が覗いており、時折彼の肌を撫で付けたり、引っ込んだりして蠢いていた。
彼は人間の中でも特異な能力を持つ“ムシ使い”の魔人――ガルティア。
魔人になる前には多くのムシ使いが暮らす集落で獣の王と呼ばれた名高い戦士は、誰にも憚ることもなく、その手に持った骨付き肉を、最近嵌っているわさびが使われていることを褒めながら味わっていた。ムシ使いである彼は、常人の何十倍もの食事を一日に摂る大食いかつグルメ魔人として有名なのだ。
そして彼ら、通常の魔人が並ぶより少し前の位置。そこには今のところ最も畏怖される魔人がいた。
「…………遅い、な」
「はい、カミーラ様。もう少しかと思われます」
その場に悠然と佇み、傍らの使徒に愚痴を零す魔人。
紺青を基調にしたドレスに身を包んだ長身の美女。その肢体は女性として完成されており、細長い指に綺麗に整えられた長い爪。長い足。それでいて肉付きの良い太腿。艶めかしい曲線を描いた腰つき。豊満な胸元。腰の下まで伸びる滑らかなプラチナブロンドの髪。美しい顔立ちはまるで女神の様で、その足先から頭の天辺に至るまで一片の隙も見当たらない。その頭部にはドラゴンを思わせる二本の白金の角。背中には同じくドラゴンを思わせる黒の翼。
彼女はドラゴンの生ける王冠と云われていた“プラチナドラゴン”の魔人――カミーラ。
魔人の中でもトップの実力を持つ魔人四天王の一角を敷く上級魔人である。
黄金の瞳をもつ眼は細められており、時折傍らにいる自らの従者であるネフライトドラゴンの使徒――七星に愚痴や取り留めのない話をして暇を持て余している。
特に目立つのはこの三人だろう。だが、それとは正反対に、
「カ、カカ――さん、やっぱいいよなぁ……」
魔人の中にあって誰からも注目されない魔人がいた。
その容姿は一言で言うなら毛玉であり、毛玉に二本の角と手足、ついでに目や口を付けただけの生き物。
彼は寿命のない魔人や使徒の中でも最年長の“リス”の魔人――ケイブリス。
しかしその実力は三千年近く生きてなお魔人の中で最底辺。他の魔人達の様な圧倒的な存在感も無く、ただ隅っこで待ち続けていた。
因みにケイブリスは、最近ようやくちょっと力が付いた様な気がする、と自分で自分を褒め称えていた。具体的には普通の魔物には負けないくらいである。
しかしそれでも魔人としては未だ最弱なことには変わりがないので直ぐに落ち込んだ。
その他の魔人達もいずれも気ままにその時を待ち続けている。だらけて寝そべる様な事はないものの、適当に他の魔人や自らの使徒に声を掛けたり、カミーラに視線を向けていたり、ただ黙って立っていたりと様々だ。
概ね全ての魔人と使徒が謁見の間に揃う中、そこに足を踏み入れた者がいた。
「ふんふ~ん――っと、失礼致しますわー」
部屋に入ってきたのは金髪をツインテールにした美少女。
下半身部分のレオタードや蒼い軍服風の衣装。腰に銃と剣をぶら下げたベルトを身に着けた、特徴的な明るい印象を持つ彼女は、とある魔人の従者、女の子モンスター、“コマンダー”の使徒――キャロル。
彼女がご機嫌な様子で入室してきたことで、その場にいる者達に緊張が走る。原因はキャロルではない。
彼女が来たということは、準備が整ったということ。キャロルの主である魔人と、自分達の支配者がやって来るということ。それを予見したことによる緊張感だ。
そしてその予想は外れることなく、キャロルが扉を大きく開くと、
「――!」
その先からやって来た者達、その気配を感じ取って、居並ぶ者達が一斉に片膝を突く。
先頭に立つ白髪灼眼の少女。小柄で可愛らしい容貌とは裏腹に、豪奢で威厳ある魔王の衣装に身を包んだ彼女は、この場で最も偉い存在だ。
彼ら魔に属する者達の王。そしてこの大陸の絶対支配者である魔王スラルがそこにいた。
彼女を前にすればどんな魔物もその存在感と本能から膝を突かざるを得ないだろう。
しかし理由はそれだけではない。
彼女の背後、並んだ二人の魔人の内、一方の男の存在もこの緊張感を生み出す理由であることは否定出来なかった。
「――――」
玉座まで歩く魔王スラルの背後に付き従う魔人。
男性としてはそれなりに高めの身長。しかし大柄な者も多い魔物の中では、その身長は特別際立った大きさではない。カミーラと同程度であることからそれは明らかだろう。
しかしその存在感と圧力の大きさは全く比例していない。
剣士として全く無駄のない細身かつ鍛えられた肉体。その身体を包むのは、朱の縦ラインが入ったダークグレー色の長いコートだ。前面を締めずに着たその下には真紅のシャツと黒に近い藍色のスラックス。輝くような金髪と女性受けが良さそうな整った顔立ちだが、その鋭い目つきと赤い瞳が威圧感を感じさせている。
そしてその背には彼の身の丈を越える刃を持つ長剣、魔剣オル=フェイルがあった。
彼は魔物界一の剣士である“人間”の魔人――レオンハルト。
魔人四天王の一角にして、魔軍を取り仕切る魔軍参謀。魔王スラルが初めて作った魔人である。
人間時代は幾つかの集落を治めていた、剣の王と呼ばれた剣の達人であり、その逸話には事欠かない。
普段はその的確な指示を以て魔軍に勝利をもたらす冷静かつ良識のある彼は、しかし、魔軍の中で大いに畏怖されている。
というのも彼は強い相手との戦闘に目がない戦闘狂であるからだ。
笑いながらとても楽しそうに戦う彼の姿や逸話は魔軍の中でかなり有名で、魔人になって直ぐに笑いながら魔人を斬り殺して魔血魂を初期化したり、カミーラと定期的に戦っては城を破壊したり、自分の使徒を試験と称してボコボコにしたり、ムカついたからという理由で魔人二人を相手に一方的に半殺しにしたり、魔軍の遠征先で拠点の設備や資材が細切れになるほど凄惨な戦いで後の使徒を瀕死にしたり、それでも足りないので定期的に使徒をボコボコにしているらしい。
しかも最近では休暇中に、実は生きていた四大聖竜の一体を倒して配下にしたという。
前魔王の時代にドラゴンとの戦争を経験した魔人達はこれを聞いた時、殆どの者が顔が引き攣らせた。四大聖竜がどれほどの化け物か知っている為である。
そして思った――“もうアイツに反抗的な態度取るのやめよ……”、と。少なくとも表向きにはそうしておかなければ命が危ない。
代わりに魔物将軍や魔軍に属する魔物達の評価がまた上がった。とある情報筋に拠ればある会に入会する者達が増えたという。
魔王の寵愛を受けているという噂の魔人は、スラルの背後に付き従って玉座の横に並ぶ。
そしてスラルが玉座に腰を掛けると、
「面を上げなさい」
その短い言葉を受け、居並ぶ者達が立ち上がる。
それを確認してスラルは続けた。
「ん……それじゃあここからは私に代わってレオンハルトに説明してもらうから。――レオンハルト」
「はっ」
主の命を受けたレオンハルトが短い言葉とともに一歩前に出る。その動作は淀みなく自然なものだ。
「皆忙しい中集まってくれてご苦労。事前に通達があったとおり、今日は新しい魔人のお披露目となる」
忙しい中集まってくれて、という言葉に一部の魔人が眉根を動かす。一番忙しいのは明らかにレオンハルトであるのに、それを言うとは皮肉か何かだろうか、と。
しかし表情を動かしたのは一瞬。そのかいあってか、レオンハルトは気づいていない様子で続けた。
「だがその前に、何か魔王様に報告することがある者がいればそれを先に済ませよう。――何かあるか?」
告げられた言葉に沈黙。何もない、ということだ。
もっともレオンハルトに報告することなら多くあるのだが、それは魔物将軍達が後から仕事で告げることなので特に声は上がらない。
少しの間を置いて、誰からも声が上がらないことを確認したレオンハルトは、
「……では早速紹介に移る。こちらにいるのが――」
そして顔と視線を少し横に動かして指し示す。
「新しい魔人――ケッセルリンクだ」
「……よろしくお願いする」
レオンハルトに紹介され、そこで優雅に一礼するケッセルリンク。そこでようやく、居並ぶ者達は彼女を注視した。
「ほう……」
感嘆の声を漏らしたのは誰なのか。あるいはここにいる多くの者達の心の声なのかもしれない。
一言で言えば――絶世の美女だ。
元種族はカラー。長い耳と額にある青いクリスタルが居並ぶ者達の判断を決定づける。
そしてカラーといえば美女だらけの種族だ。その例に漏れず、彼女もかなりの美貌を持っているのが一目で分かる。均整の取れた身体つきは、出るとこは出ていて、引っ込むとこは引っ込んでいる。男性のみならず女性すら羨むほどのスタイルだ。そしてその肉体を彩るのは肩から胸の谷間を大胆にもさらけ出した黒と白の貴族風の衣装。そして首元のチョーカーと赤い手袋。その衣服全体が不思議と、彼女が元からもつ気品を更に高めている。
クールな印象を持つ顔つきは天使か悪魔か、はたまたそれらを内包したかの様な純然な魅力をはらんでいる。
そしてその実力も、居並ぶ者達が何となく感じ取れる限りでも高めであることが窺えた。
実際に彼女はカラーの元長、夜の王であり、その実力は並の魔人を凌ぐのだがそれはまだ知られていない。
今彼らに分かる事は、只者ではない、ということくらいである。
そうして新たな魔人、ケッセルリンクの事を皆が目にして何かを感じ取った頃、レオンハルトが皆を見渡しながら再び口を開いた。
「そして通達することがある。彼女、ケッセルリンクは――」
一度、そこで言葉を区切り、レオンハルトは言った。
「――新たな、魔人四天王だ」
「――!?」
その言葉に驚いたのは一部の例外を除いた、謁見の間にいる者達全員であった。声こそ誰も上げていないが、それでも多くの者が目を見開き、身じろぎしたことで驚愕した雰囲気が謁見の間を満たす。あのカミーラでさえ目を細くしてケッセルリンクを値踏みしていた。
そして、
「…………そ、その、よろしいですか?」
やがておずおずと手を挙げて沈黙を破った、とある一人の魔人に室内にいる者達の注目が集まる。その瞬間、ざわつきが収まり、重苦しい雰囲気がその場を満たす。嵐の前の静けさ、と言うべきものだ。
そして発言には当然、魔王から代理を任されたレオンハルトが応答することになる。
「何だ? 文句でもあるのか?」
「え、ええ、いや、あの……も、文句と言うべきほどではないのですが……」
レオンハルトがその鋭い目つきを魔人に向けると、更に萎縮してしまったのか言葉を濁し始めた。それも当然である。
何故ならこの状況に、魔人達は憶えがあるのだから。決定に異を唱えてしまったばっかりにレオンハルトに惨殺された愚かな魔人との一件。
それを脳裏にちらつかせながら、魔人は揉み手をしながら意見を言った。
「その……そこのケッセルリンク――様は、魔人四天王を任せられる程お強いのでしょうか……?」
慎重に、言葉を選んで言うと、レオンハルトはその鋭い目を更に細めて、
「……実力は俺が保証する」
「さ、左様ですか……」
「……ふん、それでも文句があるなら戦ってみるか?」
瞬間、魔人が首を振って引き下がった。
「い、いえいえ、それには及びませんよ。は、はは……」
「そうか」
及び腰で愛想笑いを浮かべる魔人だったが、それに対する非難するような視線はない。むしろよく健闘した、と彼を讃える意味をもった視線が向けられる。
レオンハルトを怖れずに聞くべき疑問を聞いたのだから上出来だろう、と。戦うことを辞退したのもしょうがない。
何故ならあの時の様になるかもしれないからだ。ケッセルリンクは魔人になりたてだが、弱いという保証は何処にもない。むしろレオンハルトの時より分かりやすい存在感を示していることから弱い可能性は低いし、何よりレオンハルトが実力を保証する、と言ったのだ。この場で魔王を除けば一二を争う実力を持つ魔人の言葉だ。それは実力を重んじる魔物社会にとって何よりも重い。
これに異を唱えることが出来るとすれば、同じ魔人四天王のカミーラくらいだろう。彼女の発言力はレオンハルトと同等だ。
しかし彼女は僅かに目を細めてケッセルリンクに視線を寄越すのみで口を開こうとはしない。故に、
「では決まりだな。ケッセルリンクは今この時から新しい魔人四天王だ」
レオンハルトの口から決定が告げられる。魔物将軍らから了解を示す短い声が発せられた。謁見の間を見渡してそれを確認したレオンハルトはそこでスラルに向き直る。そして、
「これでよいですか、スラル様」
「……上出来よ。でも――」
そこでスラルは言葉を止めてレオンハルトに笑顔を向ける。何らかの意味を持った表情。それを彼に向かって見せた後、眼下の者達に視線を移す。
そして再び言葉を続けた。
「まだ言うことがあるわ」
「? それは……」
聞かされていない、そんな疑問符が頭に浮かんだレオンハルトを無視してスラルは言った。
「レオンハルトは今日から――魔人筆頭になるの」
「――――」
その言葉に絶句したのは、レオンハルトだけだった。
他の者達は驚いてはいるようだが先程のケッセルリンクの時のようにざわついた気配は見せない。彼がそうなることに魔物将軍以下にとっては異論はない。魔人からも疑問視する声は上がらない。というか納得せざるを得ない。
彼の実力が並では収まらないことはよく知っているし、魔王のお気に入りであることも明白。そして、地位が上がるといっても元から魔人四天王と魔軍参謀を兼任するレオンハルトは、元から魔軍の最高位の様なものだ。否定する意味もない。
なので誰からも否定する声は出ないのだが、
「――そう、ですか」
レオンハルトが短く言葉を呟くと、背後に振り向いて再び謁見の間を見渡した。
そして、
「誰か、文句のある者はいるか?」
静まり返る。
静寂。その言葉に相応しい静けさが謁見の間を支配する。文句などあろう筈もないし、あったとしても言いたくない。言ったら物理的に首が飛ぶだろう。もしくは身体が上と下、あるいは左右に別れる。ここでそんな事を言う奴はただの自殺志願者だ。
しかしレオンハルトはそこで何故か眉を立て、皆を睨みつけるように見た。重圧が込もった視線が彼らを射抜く。
「……本当にないのか?」
沈黙。
確認の言葉に無言で答えた一同だが、すると何故かレオンハルトの圧力が高まる。そして再び、
「おい、お前ら。……何か文句があるだろう?」
「っ!?」
そこでとある魔人に紅い双眸を向けるレオンハルト。
先程のケッセルリンクの件で意見を言った魔人だ。急にそれを振られて焦りが汗となって顔に滲む。
「い、いえ、文句など……」
レオンハルトの圧力が更に高まる。
「本当か? 魔人筆頭だぞ? 魔人の最高位だ。俺がその座に就くことに対して、何一つ文句がないと?」
あるんだろ? とでも言いたげな威圧的な視線に、魔人達、そしてその場にいる者達の殆どがその裏の意味に気づいた。
――まさか、それを口実に斬り殺すつもりか、と。
何度も聞き返してくることから、文句を言ってもらいたいのは明らか。しかし魔人筆頭という絶対の地位を拒否したがる筈もない。
ならばその理由は、文句を言った対象を合法的に斬るために違いない。
レオンハルトはあれでも規律を重んじる。理由もなく誰かに危害を加えることは殆ど無い。
しかし彼は戦闘狂。強い相手を斬ることに喜びを感じる変態だ。故にその理由は大いに有り得る。
ならば反抗的な奴をこれに乗じて一戦交えようと思ってもおかしくない。それに気づいた時、話しかけられた魔人は声を上げていた。
「ま、まさか! 滅相もありません! む、むしろ賛成です!」
別に賛成という程でもないがこう言っておくのが確実、と魔人は全力でレオンハルトの思惑から逃れようとした。おべっかを使ったのである。この手のすり寄りはケイブリスの十八番だが、他の魔人にも出来ないことはない。何しろ魔物社会は完全実力主義の縦社会。上位の者の反感を買えば即座に殺されてもおかしくない世界だ。ある程度の理性や分別は弁えているのである。
なおそれを最も得意とするケイブリスは今、他の魔人の危機にほくそ笑んでいた。一人、二人くらい死んでくれたら立ち回りも楽になる。自分を虐める魔人ならなお良い。故に心の中でレオンハルトを応援していた。
だが、
「…………そうか」
レオンハルトが残念そうに納得したのを見て、魔人がほっと息をつく。そしてやはり、残念そうにするということは自分を斬りたかったのだろうと考えが当たっていたことを再確認した。
しかし、
「……ならお前はどうだ?」
「っ!?」
今度は別の魔人に声を掛けるレオンハルト。自分に白羽の矢が立てられ、ぎょっとした魔人は即座に応答した。
「も、文句など、あろう筈がございません!」
「…………そうか。なら――」
次に声を掛ける者を見定めるレオンハルトに、魔人達はこう思った。
――こ、こいつ……何が何でも誰かを斬り殺すつもりかっ!?
だとしたら冗談じゃない。一斉に目を背けて自分に当たらない様にと神に願う。
そしてレオンハルトの視線がある魔人に向けられた。その対象は、
「カミーラ。お前はどうだ?」
「…………」
――ま、まさかのカミーラ様!?
魔人達が卒倒する。レオンハルトが選んだ相手はカミーラだった。
そして疑問が浮かぶ。何しろカミーラとレオンハルトの関係は悪くなかった筈だ。他の魔人から声を掛けられても基本は無視のカミーラだが、レオンハルトとは時折会話しているところを見受けられる。
それだけでなく、レオンハルトとたまに戦っている時がある。しかも特別嫌がっている訳でもない。まさか斬られたがっている訳でもあるまいし。
しかしカミーラは、レオンハルトと視線を合わせると、
「特にない。……ただ」
「ただ、何だ?」
「――後で話がある」
と、言外に拒否は許さない、といった強い視線で言った。それを受けたレオンハルトは少し考えるように眉をひそめたが、やがて、
「……わかった。後で時間を作ろう」
そう言うと、カミーラの瞳が閉じられる。言いたいことは言った、と。そういうことだろう。そのやり取りに奇妙なものを感じた周囲の者達だが、結局は何もなかったことに安堵する。レオンハルトも諦めたのか、軽く息を吐くと、
「…………では、これで決定とする。俺は今日から…………魔人筆頭だ……はぁ……」
低いトーンの声で心底不満そうに言うと、魔人達は引きながらこう思った。
――そんなに斬りたかったのか……。
やはりレオンハルトは危険人物だと、再確認した集まりであった。
「――ふっっっっっざけんじゃねぇぞッ!!!」
集まりを終え、自身の部屋に戻ってきたレオンハルトが開口一番口にしたのはそんな憤りの言葉だった。
レオンハルトは先程の謁見の間での集まりを思う。
今日の目的は予めスラルから知らされていた、ケッセルリンクの紹介、並びに魔人四天王就任を伝える為だ。その事は事前に集まった者達にも伝えてある。新しい魔人の紹介という形で。
ケッセルリンクを魔人四天王に就けることには、スラルが決定した。自分としては時期尚早、ケッセルリンクが苦労しそうなので反対したが、スラルが譲らないことと、ケッセルリンク自身が構わないと了承したことで、渋々頷いた。
だが以前の、自分の時のようになったら面倒だ。だからそうならない様に押し通そうと予想される反対意見に備えて幾つか納得させる為の言葉を用意した。
殆ど使うことなく無為に終わってしまったが、先程言った“力は自分が保証する”という自分の発言力を利用したものから、“どうせ支配されるなら美人の方がいいだろ?”といった様な一見冗談にも聴こえるものまで。なので肩透かしを食らってしまった形だ。
しかしスラルの次の発言。自分にも隠していた今日から魔人筆頭になるというものは、看過出来なかった。
故に意見を尋ねた。というか何かしらの反対はあるものと思っていた。魔物将軍とかはともかく、魔人達からはそんなに好かれていないことは分かっていたからだ。
なので反対意見を引き出してそれに賛同、納得する形でスラルを説得しようと思っていた。
しかしどれだけ聞こうが魔人達は首を横に振る。それどころか賛成してしまう始末だ。
「面倒くせぇ……」
部屋の中で愚痴を呟く。すると背後で紅茶を淹れながらキャロルが、
「レオンハルト様は魔人筆頭になりたくありませんの?」
きょとん、と首を傾げながら不思議そうに言う。
「魔人筆頭になったら今以上に忙しくなっちまうだろうが……」
「そうですか? 今と変わらない気もしますの」
何せ、とキャロルはカップをトレイに乗せながら、
「元よりレオンハルト様は魔軍の仕事を殆ど全部こなしていますわ。それは魔人筆頭になっても多分変わりありませんの」
「…………あ」
キャロルの言葉にはっとする。
……確かに、俺の仕事量は今と変わらないんじゃ……?
称号が変わり、偉くはなるが、元から同じ魔人四天王のカミーラにも指示を出している身だ。ならそれは、
「あんま変わんねぇのか……」
「むしろよくなる可能性もありますわ! ケッセルリンク様が魔人四天王になりましたし、そちらにも仕事を回すことが出来ますの!」
「おお……!」
確かにそうだ。怠惰であまり仕事をしないカミーラと違って、ケッセルリンクは真面目だ。カラーの長をやっていたことから責任感もあるだろうし、書類仕事や統率力にも期待が持てる。
「言われてみれば、今よりもっと魔軍の運営が良くなる可能性があるな……」
「ですわー! 日々成長を続ける完璧使徒のわたくしもいますの!」
キャロルの言葉を聞きながら頭の中で計算を始める。名実ともにトップになったことで色々と恩恵もある上、魔人四天王として空いた穴もケッセルリンクが埋めてくれる。
考えていると良いことだらけな気がしてきた。少し機嫌が良くなる。
「クク……悪くないな。よく言ったキャロル。褒めてやる」
「っ! 褒められましたの!! ありがとうございますわ、レオンハルト様!」
軽く頭を撫でてやると嬉しそうに頬を緩ませるキャロル。しばらくそれを続けながら、次に取るべき行動を考える。そもそも予定があるのだ。今日は、
「スラルの準備が出来たら歓迎会だからな……それまでに用事を済ませるか」
「えへへ、何をですの~……?」
すっかり顔をふやけさせたキャロルに、レオンハルトは言った。
「さっき聞いただろう。カミーラとの話を先に済ませる。歓迎会まで時間があるからな」
「か、畏まりましたぁ……レオンハルト様ぁ……」
……おっと、そろそろ止めとくか。
これ以上続けると発情して正気に戻るまで使い物にならなくなる。レオンハルトは、瞳をとろんとさせ、顔を紅潮させたキャロルから手を離すと、淹れたばかりの紅茶を手に取りながらカミーラの話を予想し始めた。
スラル「いつぞやのセルフオマージュって奴ね」
ガルティア「懐かしいな」
ハンティ「前の時はアタシらいないけどね……」
キャロル「レオンハルト様? 微妙にイメチェンしましたの?」
レオンハルト「……いや、これは以前があまりにも適当過ぎたから詳細に描写しただけだ。だからこれでいい――じゃない。これで合ってる」
ケッセルリンク「……しかし、以前とはシャツの色が代わって――」
レオンハルト「それ以上いけない」
ラウネア「…………(どうでもいいけど、メガラスの新デザインくっそ格好いいよね……)」