「それで、ケッセルリンク様! ケッセルリンク様のご趣味は何ですの!?」
「私は……そうだな。花を愛でることが好きだな」
「花! いいですわよね! 綺麗ですし、色々実用性もあって。中には食べられる物もあったりしますの!」
「ああ、意外と良い味してるの多いよな。量は物足りないけどよ」
「……それ、何か違ぇだろ……」
レオンハルトは談笑を続けるケッセルリンクやガルティア達の会話が脱線し始めたのを半目で見て息を吐いた。
今日はケッセルリンクの歓迎会であり、いつもの面子にケッセルリンクを加えた全員でスラルの部屋に集まることとなった。
主賓であるケッセルリンクも快く受け入れ、交流を楽しんでいるように見える。その様子におかしいところはない。
なら、
……さっきのは何だったんだ……?
先程、部屋に来る前。ケッセルリンクとカミーラのやり取りを思い出して疑問を感じる。
急に様子が変わってこちらの相手を務めているというカミーラに対抗し始めたのは何なのか。ケッセルリンクの話も身に覚えのないことばかりであったし、微妙にズレていたようにも思える。どこかで似たようなやり取りを行なった憶えも微かにあるのだが思い出せないし、ケッセルリンクがこちらに決意を表明してきたのでそれを受け入れたが、どうにも違和感は拭えない。だが、
……ケッセルリンクが相手をしてくれるってんなら、愉しみが増えるな……。
今後への期待が高まり、心の中で笑みを浮かべる。何しろ相手が増えるのだ。定期的にやっているハンティも良くなってきているが、やはり魔人の相手はより愉しめる。今まではカミーラやガルティア以外にはいなかったし、これからは、
「……ちょっと」
「――っ、あ?」
急に横から声が飛んでくる。その際に腹を突かれたので何かと思えば、それはこちらを半目で見上げるスラルで、
「何だスラルか」
「何だ、じゃないわよ。黙ったまますっごい悪い顔して」
「……あー……」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。今後の戦いについて考え過ぎた様だ。
しかしそれを言うと、またスラルに小言を言われてしまうだろう。周りの被害を考えろとか色々。だから黙って頭を掻いていたのだが、スラルは腰に手を当てて軽く息を吐くと、
「どうせ、『ケッセルリンクと戦えるのが愉しみだな……!』――とか考えてたんでしょうけど」
「……それは俺の真似か? 似てないからやめとけよ」
妙に気取った笑みで言うスラルにやめるように言う。ちょっとムカつくしな。
しかしスラルはこちらをしたり顔で見上げて、
「似てるもん。というか、考えの方を否定しないってことは合ってるんでしょ。違う?」
「……さあな。そんなことより、そろそろ準備するぞ」
「あっ、誤魔化した」
その発言は無視する。そのことでスラルは度々こちらを弄ろうとしてきたが、やがて手を動かして作業を再開する。
そしてしばらく二人で歓迎会の準備を勧めていると、問題のブツが出来上がった。それは、
「……前から疑問に思ってたんだが」
「……な、何?」
言う。出来上がったスラルの料理を前にして、不安そうなスラルに、
「明らかにマズいと分かっている料理を歓迎会で食わせるのは、歓迎でも何でもないんじゃねぇか……? ただの嫌がらせだろ。新人イビリ的な」
「うっ……そ、それは……。で、でもっ、食べてみてからじゃないと分からないし……! 食べてみたら案外、普通にマズいだけだったり……」
「自分でも信じきれてねぇのか……」
弁護になっていないスラルの言い分に頭を抱える。しかし、彼女が言うことにも一理ある訳で、
「……ま、いいだろ。とりあえず食ってやる」
「お、お願いね……!」
まるで死地に向かう気分でおたまを手に取る。毎度ながらこの瞬間は慣れない。ぶっちゃけ、戦いよりこっちの方が圧倒的に辛い。しかし、それでも覚悟を決めると、
「――いざ」
手の震えを抑えながら、鍋の中のシチューを掬い、口に運んだ。
――瞬間。
「――――」
味覚に何かを感じた途端、異形の者に出会ってしまったかの様な悪寒を感じる。
そして景色はそのままに、眼の前に何か形容出来ない謎の存在が現れた。
「――――」
その存在は何事かを口にしているが、それを理解することは出来ない。只々、その声は酷く耳障りで、頭の中が掻き回される様な不快感を与えてくる。
その容姿もこの世に現界してはいけないような異形のもので、見ているだけで狂気に陥りそうな恐ろしさがある。
だが、
……この程度か。
これくらいは慣れたもの。故にその異形を手で払うと、直ぐにそれはかき消えた。
眼の前には、先程までと変わらない景色が広がっており、
「――なるほど」
「ど、どうだった?」
スラルが心配して水を渡してくる。それを手に取りながら身体の調子を確かめると、
「……気絶の時間は短い。その間は軽い幻覚を見るくらいか。刺激もそこまでじゃないし、後遺症も起こらない」
必殺料理で起こった現象を説明していく。水を含み、空いた手でシチューをかき混ぜながら、
「これくらいなら慣れてなくても重大な事態にはならないだろ。これでいいんじゃねぇか?」
「そ、そう。……何だか、レオンハルトも段々ガルティアみたいになってきた様な――」
「……いや、お前の練習に付き合ってるから慣れただけで、キツいもんはキツいけどな」
そう言っておたまを置く。実際これくらいであれば気絶すらしない時もあるから慣れてはいるのだろう。軽度のものに限ってだが。スラルの料理に付き合っていると、結構な頻度で、
……これより数段ヤバいのがあるからな……それに比べたら全然マシだ。
たまにマジで死ぬんじゃないかと疑うレベルのが混じっているから怖い。そして、そういうのに限ってガルティアが絶賛する。やはりアイツの味覚は狂ってるな、と思いながら、
「とにかく、これならケッセルリンクに食わせてもいいだろ。さっさと持ってくぞ」
「……うん、そうね。恒例だもんね」
「嫌な恒例だな……」
と、言いながら他の料理も含めたワゴンを押してケッセルリンク達が座っているテーブルまで運んでいく。因みに他の料理は全部自分が作った。スラルの練習に長年付き合っている所為か、こっちの料理の腕が上がっているのは皮肉か何かか。
……スラルの腕が上がってほしいんだがな。
上がる、というより、治す、が正しい気もする。ともあれ料理を持っていくと、
「お、来たか」
「レオンハルト様! わたくし、ちゃんとケッセルリンク様を楽しませましたわ! 褒めてほしいですの!」
「はいはい、後でな。とりあえず並べるの手伝え」
「畏まりましたわ!」
言いながらキャロルと一緒に料理をテーブルに並べていく。次々と並べられていく料理の数々に、ケッセルリンクが、
「私の為にこれほどのものを……感謝します、スラル様」
「……えっ、あ、そうね。感謝しなさい……」
はい、と微笑を浮かべながら頷くケッセルリンクにスラルが狼狽えている。何せ今から必殺料理を食わせるのだから感謝されるとは思っていなかったのだろう。無理ない話だ。
二人のやり取りを見ていると、ケッセルリンクはやがて、こちらにも顔を向け、
「レオンハルトも、ありがとう。わざわざ私の為に……」
「ああ、気にするな。俺も久々に料理が出来て良い息抜きになったしな。存分に味わってくれ」
「そう、か。レオンハルトの、手料理か……」
お礼を言ってきたケッセルリンクに料理を並べながら軽く返事を返すと、彼女は並んだ料理を眺めて、
「う、む。そうだな、とても嬉しい。味わって食べることにしよう……」
「…………ちゃんと、私の料理から食べてね? ケッセルリンク?」
「はい、勿論です」
スラルがニコニコと笑顔を浮かべながら、シチューを鍋ごとケッセルリンクの前に置いた。急に乗り気になったな、と思いながら、料理を並べ終えたので席に着き、
「それじゃ、始めるか――と」
言った時、不意に扉を叩く音が室内に鳴り響く。
それを耳にしたキャロルが立ち上がり、
「わたくしが開けてきますわ!」
と、勢いよく扉に向かっていく。スラルも誰も、それを止めることはしない。
何故ならこの時間にやって来るのは、おそらく皆が知る人物で、
「――っと、ごめん。遅れた?」
「今から始まるところですわ!」
キャロルが迎え入れた先、その姿を見てケッセルリンクがほんの少し驚いた様に、
「始祖様まで、来てくれたのですね……」
「やっほ、ケッセルリンク――じゃなくて、ケッセルリンク様、になるのかな」
部屋に入ってきた使徒――ハンティが軽く手を挙げて挨拶する。しかしその言葉に引っかかったケッセルリンクは、少し迷った様に、
「どうでしょう……呼び捨てで、いや、しかし、カラーにとって始祖様は――」
「うーん、でもあたし使徒だし、ケッセルリンク様は魔人なんだから、敬称は付けた方がいいんじゃない?」
軽く戯けた様に言うハンティを見て、ケッセルリンクは少し参った様に、
「……お戯れを。魔人と使徒という関係上、そうせねばならないのは理解してますが、まだ自分の中で整理が出来ておらず――」
「あはは、ごめんごめん。あたしは好きに呼ぶから好きに呼んでいいよ――って、あたしが許すのも変か。それじゃ、好きにしてもいいかな?」
「……はい。それで宜しいかと」
「ん、じゃあそれで」
言って歯を見せて笑うハンティに、ケッセルリンクも笑みで答える。それを見て思うのは、
……こいつ、ちょっと変わったか?
自分の使徒を見て思う。どうにも以前と比べても妙に元気がいいというか明るいというか、何かが吹っ切れた様に感じる。そのことが気になり、何となく声を掛けた。
「……にしてもギリギリだな。もう少し早く来てれば仕事を手伝わせるなり、軽く手合わせするなりしてやったのによ」
「なら、この時間に来て正解だね」
言って普通に返すハンティ。その気安い様子は、以前の様なぎこちない感じはなく、
……心の整理でも付いたか?
何せ色々あった。心境の変化があってもおかしくないだろう。そうでなくても単純に慣れた可能性もある。
ともあれ、
「……どういう意味だそりゃあ。……ま、早く座れ。せっかくの料理が冷めちまう」
「お、良いこと言ったぜレオンハルト。早く食わないとメシが冷めちまう。だから早く――」
「こんな感じで待ちきれない馬鹿がいるから早くしてくれ」
「そうした方が良さそうだね……」
ガルティアが饒舌になったのを見て、苦笑したハンティが席に着く。
そこでようやく、
「さて、それじゃ始めるぞ。ケッセルリンクの歓迎会。――でもまぁ、堅いもんは無しだ。ケッセルリンクが料理に口を付けたら後は好きにやる。そんな感じだからケッセルリンクも堅くなるなよ?」
「ああ……そうしよう」
ケッセルリンクが嬉しそうに頷く。どうやら軽く感動しているようだが、少し不憫になってくる。何故なら、
……この後、必殺料理を口にするんだよな……。
良い空気を完全に壊しにいってる気がする。同じことを思ったのか、ハンティが小声でスラルに、
「……ねぇ、アレ、いいの? 多分例の料理だよね?」
「で、でも、アレは、ある意味歓迎の儀式的な何かの様な何かで……」
「……いや、まぁ、あたし的にはよく分からないから何とも言えないけどさ」
「全部俺にくれねえかなあ……」
「何の話ですの?」
……良いよな。あの苦しみが分からない連中は……!
自分とスラル以外は呑気に構えている辺り、ここの連中のおかしさがよく理解る。キャロルは忘れてるだけだから、酷いのはガルティアとハンティだが。にしても解せないが。
ケッセルリンクはどちら側だろうな、と思いつつ、彼女が皿に手を伸ばすのを見た。スラルの必殺シチューを皿に分け、それを自分の前に置く。そしてスプーンに手を伸ばすと、
「では――頂こう」
優雅に、それでいて食器の音を一切立てずに、シチューを掬うと、それを口に、
「ん……」
含んだ。皆が固唾を呑んで見守る。
どんな結果になるか。興味はそこだ。
ゆっくりと味わうように数秒。そこでケッセルリンクは、不意に、
「――――」
動きをぴたりと止めた。身体どころか口も一切動いていない。それを見て、
……だ、駄目だったか……!?
いつでも助けられる様に身構える。気絶したら即座に動くつもりだ。隣のスラルも魔法で回復の準備をしている。
そんな中、ケッセルリンクは、しばらく止まっていた。
だが、
「――ん」
……動いた!?
突如として動きを再開させたケッセルリンクが、再びゆっくりと口を動かし始める。
それを見て、信じられないような気持ちになった。
……まさか、こいつもガルティアか、もしくはハンティと同類なのか……!?
そうだとしたら嫌だ。こちらが異常みたいで。
しかし現実、ケッセルリンクはゆっくりと咀嚼を続け、
「……ふぅ」
とうとう、それを飲み込んだ。
まさか、という想いで見つめ続ける。こちらが驚愕していると、ケッセルリンクは一度スプーンを置き、備え付けてあったナプキンで口元を拭いた。
そして、
「――スラル様」
「な、なにっ!? お、美味しかった!?」
無事に料理を口にしたケッセルリンクに驚きすぎたのか、スラルが酷く混乱した様子で返事をする。
しかし、その返しにケッセルリンクは首を振ると、
「いえ、その、言い難いのですが――」
そこで一度、言葉を区切り、スラルに告げた。
「私、実は――猫舌でして」
「…………えっ?」
ですから、と。
「熱いものが苦手で、味が分からないのです。せっかく作って下さったスラル様には申し訳ないですが――」
そこで申し訳無さそうに頭を下げるケッセルリンクに、スラルは焦ったように対応した。
「え、あ、いや、そ、それなら仕方ないわよね! うん! 別の物を食べて! これはガルティアに食べさせるから!」
「極上の美味が棚ぼたで俺の元に!? なら、遠慮なく食べるぜ!!」
ガルティアがスラルに渡された鍋を勢いよくかっ込み始める。それを見たケッセルリンクが、
「っ……」
と、口元を抑えたのを偶然目にし、レオンハルトはそれに気づいた。
……こいつ、もしかして……。
思う。しかしそれが正しいのかは分からない。
なのでそれを確認しようと、レオンハルトは適当な皿を取ってケッセルリンクに、
「……なぁ、ケッセルリンク。こっちの料理はどうだ?」
「……うむ。美味しそうだが……それ、は。どちらが作ったものかね?」
勿論、自分が作ったものだ。しかし、
「――スラル」
「っ!」
ピクッ、と肩が震えた。それを見て確信しながら、
「――ではなく、俺の作った料理だ。自信作だから食べてくれ」
「そ、うか。なら頂こう」
「……なら?」
「っ、言葉の綾だ……」
言って、食器を手に取る。そして再びゆっくりと、こちらが作った料理を口にすると、
「――あ」
ケッセルリンクの目が驚きに見開かれる。そして口元を綻ばせ、
「美味、しいな。うむ……本当に美味しい……」
それをゆっくりだが、着実にどんどんと口にしていく。
その目元は若干、潤んでおり、その様子はやはり、
……ああ、こいつ……我慢してたんだな……。
おそらくスラルに恥をかかせないように必死に我慢して必殺料理に耐えたのだろう。
そして猫舌という嘘をついて、シチューを拒否したのだ。そして美味いものを食べて感動、という感じだろうか。
そうでなくとも、少なくとも猫舌が嘘なのはわかるのでほぼ確信に近い。何故なら、
「ああ……美味しいな……これなら、いくらでも食べられる……」
……今食べてるそれ、熱々のグラタンなんだけどな……。
本当に猫舌なら食べられない筈のそれを、めちゃくちゃ普通に食べてるケッセルリンクだが、それに気づかないくらい余裕がないのだろう。普通なら、勧められた段階で拒否する筈だ。
しかしその健闘を称え、敢えて指摘してやることはせず、レオンハルトはケッセルリンクに口直しの料理を勧め続けた。
夜。
ケッセルリンクの歓迎会も終わり、皆が部屋からいなくなった頃。室内には二人の女性の影があった。
それは、この部屋の主であるスラルと、新しく身内となったケッセルリンクの二人である。いつもこの時間に呼んでいるレオンハルトはおらず、今日は部屋には来ないように言ってある。防音魔法も今日に限っては重ねがけしてある。
それらの状況を整え、スラルはケッセルリンクとの会話に望んでいた。
「――それで、どうかな……?」
スラルが不安そうに彼女に聞く。それにケッセルリンクは応え、
「――ええ、私で宜しければ、幾らでも力になります」
微笑で言った。
するとスラルは顔を綻ばせ、
「それじゃ、協力よろしくね。――あ、それだけって訳じゃなく、普通に仲良くしていいからね? 女子会みたいなのやりたいし……」
「ふっ、分かっています。私を許してくれた恩と、ここにいることを許してくれた恩は忘れません」
「……いや、だから……うん、それだけじゃないから――って言ってるんだけどね……」
スラルが微妙な表情で言うと、ケッセルリンクは気を取り直した様に優しい表情になると、
「ですが……スラル様はそのままでも大丈夫なのではないかと。私から見ても、かなり大切に想われている様に思います」
「そ、そうかな……」
言われた言葉に、スラルが照れたように顔を少し赤くし、身体をもじもじとさせる。
それに気を良くしたのか、満更でもなさそうに、それでいて窺うようにケッセルリンクを見上げると、
「で、でも、一応色々相談したいから……聞いてもらっても良い? 私、夜更かしだから、長くなるかもだけど……」
「ええ、大丈夫です」
何せ、
「――夜は得意ですので」
スラル「……もう私のメシマズネタやめない?」
レオンハルト「駄目だ。この苦しみを他のやつにも味あわせたい」
ガルティア「やめられると普通に困る」
キャロル「これを期待してる方もいますの!」
ハンティ「恒例っちゃ恒例だよね」
スラル「……でも、もう改めて食べさせる相手は――」
キャロル「いえ、やろうと思えば食べさせる相手は沢山いますわ! カミーラ様や七星、ケイブリス様に七星。メガラス様と七星。ライゼンさんにペールさんに七星。そして七星とおまけに七星。ここから厳正かつ公正な審査で選びますの。――よし、七星に決まりましたわ!」
七星「あ、明らかに私怨ですよね!? というかその前に不正行為が!!」
カミーラ「……諦めろ、七星。私の代わ――私の為に行け」
七星「カミーラ様!? 今私のこと見捨てませんでしたか!?」
ラウネア「…………(もうこれ、完全にオチ担当だよね)」