天に最も遠き場所。
この世の深淵、地下深くまで続くその地。巨大な穴。
光すら届かぬ、暗く遠いその闇の底に、足を踏み入れた者達がいた。
『はるか昔、この世界には3つの弓があった。~Haruka mukashi.Konosekainiha mittunoyumigaatta~』
「……あ?」
「え、何?」
魔王スラルと、魔人レオンハルト。
彼らの仲間である魔人と使徒を含めた大所帯だ。
突然聞こえてきた謎の語りに皆が何となく足を止めて周囲を見渡す。
その間も、語りは続く。
『神が作りし聖弓ヤンクー。~Kamiga tsukurishi Seikyuu Yanku-~』
「おお、何か語り始めたな」
「ふむ、音を反響させているようだが……」
ガルティアとケッセルリンクが反応する。
だが、
『悪魔が作りし魔弓ギノード。~Akumaga tsukurishi Makyuu Gino-do~』
「……とりあえず聞いてみるか」
「聞くんだ……」
「こんなこともあろうかとお菓子を用意してありますの! さあ、皆様どうぞ!」
『精霊の王が作りし神弓カリス。~Seireinoouga tsukurishi Shinkyuu Karisu~』
レオンハルトの言葉にキャロルが動いた。皆に何処からか取り出したサクサクするお菓子を手渡すと、皆が聞く体勢を取る。ハンティが微妙に嫌そうにしているものの、結局、彼女もお菓子を手にとった。
その間も、謎の語りは続いており、
『これらは神話戦争の折、切り札の兵器として使用されることは無かったが、魔弓ギノードだけが別であった』
「ああ、そういう系統の話か。痛々しい単語ばっか出てくる系の」
「どんな話になるのかな……」
「……主、楽しんでませんか?」
「スラルはああいうの好きだからなあ……俺らの獣の王とか夜の王とかの呼び名も、気に入ってよく本に書いてるらしいぜ」
期待出来ないといったように眉をひそめるレオンハルトとは対照的に、何やらうずうずとし始めたスラルに、周囲が半目になる。
『戦争が膠着した際、1匹の悪魔が、とある神、フィアーに向けてその弓の力を解き放つ』
「……何か長そうだし、眠くなりそうだね」
「ハンティさん! 最初の数行で読むのをやめてしまうのは駄目ですのよ! どんな本も導入部分は我慢しろ、とか、三巻辺りから面白くなるから、とか、酷い時は、このシリーズは十巻以降が本番、とか擁護されるのをよく見ますの! まぁ、そういうのに限って大したことなかったりしますけど!」
「フォローになってねえな」
「キャロルによく本を読ませるんだが、こいつの感想は色々とストレートでな……よく作家に手紙を送っては、相手を凹ませてるらしい」
「……あれ、結構落ち込むのよね……」
何故かスラルが顔を俯かせる。
一行は雑談しつつ、時折菓子を摘みながら、その語りを話半分に聞き続ける。
『弓に貫かれたフィアーはその姿を醜く変貌させ、広がり、巨大化し、感覚を失い、自律する力を失う』
「……急に死んだ?」
「導入で衝撃的な展開を起こすのは悪くないけどな」
「へえ、そういうもんか……お、このカラカラ焼き。ちょっと甘辛風だな。この甘じょっぱさはクセになる」
「こういうお菓子はあまり口にしないが……ふむ、悪くないものだな」
カリカリしたお菓子をガルティアが批評し、ケッセルリンクもそれに舌鼓を打つ。
『そのなれの果てが、現在の“奈落”という空間であると言われている』
「超展開ですわ」
「それを最初に説明しちまったら謎も何もないな。それとも、本筋には絡まないのか?」
「魔弓ギノードには闇の力があるのね……神を自壊させるほどの狂気の力が……!」
「……きっとお前も、その弓に貫かれたんだな……」
「レオンハルト……さすがに厳しくないかね?」
レオンハルトのスラルへの辛辣な言葉に、ケッセルリンクが軽く注意する。
もっとも、スラルは気づいていない様だったが、
『奈落』
語りは続く。
『――この世のどこかにあるとされる世界』
「いや、ここだろ」
というスラルを除いた皆のツッコミが、言い方は違えど合わさった瞬間であった。
『世界の闇を一手に引き受ける別の世界』
「……どう見ても別の世界じゃないけどね。割とすぐに着いたし」
『この世から苦しみが消えることはないとされている、その原因がある』
「カリッ、ん……こっちのカキピーもいけるな。カキの微かなピリ辛具合と、ピーの塩辛さが絶妙にマッチしてる」
「あっ、おい。カキだけ俺に寄越せ。ピーはいらねぇからな」
「レオンハルト様はカキだけ食べる派ですものね。……はい、どうぞですわ」
キャロルからカキピーのカキだけを貰うレオンハルト。
『その原因とは、奈落に発生する破壊の闇』
「……ふむ、そうなると、ここは破壊の空間ということになるな」
『奈落そのものとなった神、フィアーが世界への憎しみとして放つ闇』
「それどころか神の体内ってことになるね。……あ、そっちのクッキーちょうだい」
「どうぞ、始祖様」
ありがと、とケッセルリンクに軽くお礼を言うハンティ。
『その破壊の闇は奈落に生まれ、奈落にて世界を呪いながら生きる』
「しかし……こう甘じょっぱいものばっか食べてると飲み物が欲しくなるな。――キャロル」
「はいですの! 各種飲み物は揃えていますので、お好きなものをお取り下さいませ!」
「完璧だ、キャロル」
レオンハルトがキャロルを褒め称える中、皆に飲み物が配られた。完全に無視である。
『その為に世界からは苦痛が消えない』
「まあ、世界を脅かしてるのって、俺達魔軍とか魔人だよな」
「微妙に笑えない魔人ジョークはやめろ。気分が盛り下がる」
ガルティアの何気ない発言に、レオンハルトが嫌そうに顔を顰めさせた。本当の事でも改めて言われると何とも言えない気分にさせられる。
『それらは蠢き、命を食らい、生を貪る』
「……何が言いたいのか分かんなくなってきたね」
『破壊の闇は常に流動し、奈落を巡る』
「安心しろ、ハンティ。最初からそうだしな」
『その全てを支配する王がいた』
「……お。でも、何か動きがありそうだぜ?」
「ん?」
ガルティアが示す先に皆が注目する。
距離の離れた台座の様な場所に、何かが昇ってきた。
『奈落の王』
語りとともに、大柄な魔物が姿を現す。
『その姿を一目見て、生き延びた者はいない』
スラルは言った。
「結構良い語りね」
「えっ」
皆が一様に声を上げる中、しかし、気を取り直した様にレオンハルトは遠くに見える魔物を視界に捉えた。
そこにいたのは、蝙蝠の様な頭部をもち、金の鎧を身に着けた二足歩行の魔物。ドラゴンナイトに酷似したその魔物を見て、レオンハルトは目を細めると、
『――奈落の王が、禍々しいオーラを発している』
「何か思ったより弱そうなのが出てきたな……」
はぁ、と息を吐いて再びお菓子に手を伸ばし始めた。
その様子をみて、ガルティアが珍しいものを見るような表情で、
『我、奈落の王』
「何だ、やらないのか?」
「唆らねぇな。奈落の王って聞いて期待してたんだが……ま、今回はパスだ」
左手をひらひらとさせて右手で摘んだお菓子を齧るレオンハルト。
そして周囲の者が誰も動こうとしないまま、お菓子の時間は続く。
背景では先程から魔物が声を上げており、
『我に敵うものナシ。我を殺すものナシ』
「何か言っていますがどうしますの、レオンハルト様?」
「襲いかかってきたら迎撃だな。それまでは放置でいいだろ、スラルも聞き入ってるしな。……つーわけでまだしばらくゆっくりしてるか」
「畏まりましたわー!」
『……我、奈落の王』
微妙に感情が現れ始めた語りを背景に、魔人の一行はお菓子を貪り続ける。
そんな中、
『……世界を破滅へと導くもの也!』
「……そういえば気になってたんだけど」
「あ? どうした?」
ハンティが疑問をもった表情でレオンハルトを見る。その視線は、彼の背中に向けられており、
『破壊の闇の力。全てを滅す。全てを無へ。全てを混沌へ――』
「いつもの剣が無いじゃん。確か、オル=フェイルだっけ?」
「ああ、なるほど。お前はそういえば知らなかったか――」
と、その疑問に納得の表情を浮かべたレオンハルトが、徐ろに右手に動きを入れた。
それは宙に手を伸ばすかのような、動きで、
「――剣ならここだ」
「!」
ハンティが目を見開く。
それはレオンハルトの右手が、空間から何かを引き抜くような動きを見せたことで生じたものだ。
重低音を軽く響かせながら、全体を引き抜き、レオンハルトが掲げたのは、彼が持つ魔剣、オル=フェイルだった。その結果に、ハンティは目を細め、
「……いつの間にそんな事を」
「いや、何か魔法を覚えてしばらくしてからか、妙にこいつの活きが良くてな。鋭さが増した気がしたんだ」
「……それで?」
ああ、とレオンハルトは頷き、
「……朝起きたら出来るようになってた。さすがに呆気に取られたんで、スラルに見せに行ったんだが――」
言うと、スラルが説明を引き継ぐように声を出した。
その瞳は、未だ奈落の王を名乗る魔物に向けられているものの、
「前から魔剣という割に特殊な力がないことが気になってたんだけど、改めて調べてみたら、どうにも持ち主との相性や、実力に合わせて力が増していくみたい。それで色々と出来るようになったらしいんだけど、その内の一つが、剣を空間に収納――というより、空間を鞘として持ち運び出来るようにしたって感じね……!」
『我、憤怒。我、教え。我、世界。我、混沌』
「ま、こんな感じでな」
「……なるほどね」
レオンハルトが掲げて握る魔剣が、力を込めることで一瞬でかき消えたり、再出現したりと不可思議な現象を起こす。
その瞬間が見たいのか、スラルも剣が引き抜かれる瞬間だけは、視線をレオンハルトに移す。どうにもその空間から剣を引き抜く、という行為に、心擽られるのであろう。
それを気にしてもいないようにレオンハルトが、息を入れ、
「……ま、座る時や壁を背もたれにする時に気を遣わなくて済むから楽だけどな。もう慣れたが、気がついたら斬れてるなんてザラにあったもんだ」
「ふぅん……他には何かあるの?」
『絶望が故に破壊、歴史が故に煩悩、我、全てを無に帰す』
「ああ、あるぞ。といってもこれの延長線上みたいで、大したことじゃねぇが――」
「!」
レオンハルトが言うと、再び動きを入れた。
それは、軽く、そして適当に魔剣を放り投げる動作で、
「こうやって投げた後に――」
と、魔剣はそれなりの速度を保って空間の奥、台座の方に飛んでいった。
それは、奈落の王を名乗る魔物へと一直線に向かい、
『不義に鉄槌――』
「……あ」
誰かが声を上げた。
その場に死の匂いが充満する。
『――ッ!?』
魔剣が、奈落の王の身体をあっさりと貫く。
奈落の王が倒れ、魔剣がそのまま奥に飛んでいくかと思われた矢先、
「っと」
レオンハルトは魔剣をその手に持っていた。
そして引き起こした結果に、微妙な表情を浮かべつつ、
「……こんな感じで、勝手に手元に戻ってくる」
「……さすがにドン引きなんだけど。いや、剣の方じゃなくて」
同じく微妙な表情を浮かべるハンティ。他の者達も一様に、うわぁ……、と声を上げており、
『安らかな生に苦痛を……!』
「なんかさっきより感情が籠もってるな」
『苦しみの果てに混沌を……!』
「……思うに、あまりにも唐突過ぎたので戸惑っているのではないか?」
ガルティアとケッセルリンクの両名が冷静に分析する中、スラルがレオンハルトの服を掴んで揺さぶり、
「ちょ、ちょっと! 何いきなり殺してるのよ! 色々聞いた後に引き入れようと思ってたのにっ!」
「い、いやぁ……悪い。何か適当に投げたらマジで当たっちまって……」
顔を背けながらバツが悪そうに乾いた笑いを漏らすレオンハルト。
そう、元々ここに来たのは、スラルが奈落という場所の調査をしに行きたいといったからだ。
どうにもここには奈落の王と呼ばれる強大な存在がいるらしく、未知の場所であるため護衛も兼ねて付いてきた。彼女の目的の一つには、奈落の王も含まれていたのである。
その際に、いつもの面子も付いて来ることになったのだが、
『……奈落の王』
幾分か、テンションが下がった様に語りを続ける。
『……世界を』
明らかにやる気がない。
『……滅ぼすー』
抑揚も適当になってきた。
『ものー』
棒読みである。
『也』
言う。
『苦痛があらんことを』
最期だけほんの少しやる気を取り戻し、奈落の王は倒れた。
身体から血を流し、倒れる魔物を見て、レオンハルトは小声で言った。
「……よ、よし、調査を再開するか……」
「………………」
微妙な空気がその場を支配する。レオンハルト至上主義のキャロルも、空気を読んで声を上げず、動作だけで何やらジェスチャーを送っている。
そんな中、不意にガルティアが、
「……まあ、一応、そこにいる奴らにも聞いてみるか?」
と、示す先、物陰から何かが飛び出してきた。
「あいやーっ!」
「奈落にその住人の非切な叫びが響き渡る」
それは、
「……ハニー、か」
レオンハルトがその正体を呟く。
ハニー。
その名の通り、埴輪状の不思議な生物だ。
その正体は未だ不明で、第二世代モンスターとも、亜人種とも噂されているそれは、分類的には一応、魔物と区別されていた。
しかし魔物の中では珍しく、独自の生態を持ち、人類や多種族との共存関係を持つ種族である。その多くのハニー達が人間の町でも生活し、受け入れられているのだ。
一方で野良で生活し、人間を襲うハニーや、魔軍に所属し、普段は魔物兵として働くハニーもいる。人間の共通通貨である“GOLD”を製造しているのもハニーであり、その種類も多種多様。
かなり謎の多い生命体である彼らは、賑やかで活気のある種族である。今の様に、
「どうしよ、初めての開演だったのにーっ!」
「狼狽が奈落の闇を掻き回し、新たな災いの糧を探す」
「……ふむ、どうやらハニー達が声を出していたようだな」
ハニーの手に握られたマイクを見て、ケッセルリンクが言う。
ハニーは気ままで、軽いおふざけやごっこ遊びが好きな種族なのである。
故に納得は出来るものの、
「影武者がやられたけど、どうしよーっ!」
「……影武者?」
その単語にハンティが目を細める。
同じ様に他の者達もその会話に耳を傾けようと、彼らに注目する。
すると、ハニー達は後退りし、
「こういう時は、王様に任せなきゃーっ! 王様ーっ!」
「愚かなる魔の者達よ、真の奈落の王を見るがいい……!」
一体の語り口調のハニーが言う。彼らは奥の通路に逃げ込みながら、
「真の恐怖を、今ここに教えてやろう。~Shinnokyouhuwo imakokoni oshieteyarou~」
「真の奈落の王ですの? 後、さっきから二回言うの鬱陶しいですわ」
「……それはともかく。そんな存在がどこに――」
ハニーが一目散に逃げていった先。そちらに視線を向けていたハンティは、そこで言葉を止めた。
止めざるを得なかった。
「……………」
その存在は、通路の奥からゆったりとした動きで現れた。
禍々しいオーラを放って現れたその存在に、皆が目を見開く。
「……へぇ?」
レオンハルトの口端が吊り上がる。先程の魔物と違い、関心を寄せるその存在は、
「あれは、ハニーの……」
姿を現した真の奈落の王。その容姿に近く、元となった種族をケッセルリンクが言う。
そして、その正体は、
「――ハニーの、魔人か……?」
そこにいた魔人は、奇妙な外見をしていた。
4メートル程の巨体。その全身は赤く、複数のハニーを継ぎ合わせて人形にした筋肉質な肉体。身体の表面には、ぷちハニーと思わしき小さなハニーがくっついており、その右手にはドリルのように螺旋を描いた槍を持っている。
身体の中心、鳩尾辺りには“マ”という文字が書かれており、身体に幾つか空いているハニーの目と口の空洞からは篝火のような碧い光が漏れ出している。
顔の部分に当たるハニーは、怒ったような穴の形をしており、凶悪ハニーという種を連想させる。
その名を、ハニーは呼んだ。
「ますぞゑ様ーっ! 後はよろしくお願いしまーすっ!」
「…………」
ますぞえと呼ばれた彼の返答は沈黙。肯定も否定もない。
しかしその名を知ることは出来た。
スラルが驚きに声を震わせながら、
「まさか……こんなところに魔人がいるなんて……!」
「スラルも知らないのか、へぇ……ハニーの魔人なんていたんだな」
ガルティアが感心するように顎を撫で擦る。
その動きと同時。
前に一歩進み出たのは、やはり、
「ますぞえ、ねぇ……」
レオンハルトだった。
名前を呼ぶ響きに、喜悦の色が混じる。
それは表情にも表れており、彼はそのまま足を止めず、真っ直ぐとますぞえの元に歩いていく。明らかに剣呑とした雰囲気、その原因を、皆は一様に感じ取り、理解していた。
魔人ますぞえ。
その身体から放たれる存在感は、上級魔人として申し分のない程。
レオンハルトの御眼鏡に適う存在であった。
「クク、ちゃんといるんじゃねぇか、奈落の王」
「…………」
ますぞえは何も答えない。
ただじっとしたままである。レオンハルトを見ているかどうかも解らない。
しかし緊迫した雰囲気が周囲に満ちるのを感じ取り、スラルは声を上げた。
「ちょ、ちょっと! 最初は話し合い――」
「分かってる。ただ、やる気みたいだからな。ちょいと遊んでやるだけだ。そう、ちょっとだけな、クク……!」
「絶対分かってないでしょーっ!?」
スラルが叫びが奈落に木霊する中、レオンハルトは笑みとともに、戦意をますぞえにぶつけた。
「ほら、そっちもやる気なんだろ? 話をする気もねえみたいだし――」
言う。左手で手招きし、
「まずはかかってきな。――話はそれからだッ!」
「…………!」
ますぞえが禍々しいオーラを放ちながら、レオンハルトに襲いかかった。
ガルティア「ようやくハニーが出てきたな」
キャロル「原作だとかなりの出演頻度ですのに、ここまで全く出番が無かったですの」
スラル「アリスソフトのマスコットなのにね。……でも個人的にはちょっと苦手かも」
レオンハルト「? 何でだ?」
スラル「いや、だって……魔法が――」
ハンティ「あー……確かに」
ケッセルリンク「わかります」
ラウネア「…………(次回、そのハニーの隠された特性が明らかに……!)」