二人が最初に訪れたのは、町の中心となる大通り。
そこに立ち並ぶ屋台を目的に、レオンハルトはスラルの手を引いて先導する。
屋台では主に食べ物を提供しており、焼き物系の料理から甘味を中心としたデザート系、喉を潤すためのジュースやお酒を提供している場所もある。
特に焼き物系の料理の香ばしい匂いが漂っており、食欲をそそる。実際、屋台を担当している魔物兵や女の子モンスターもそれらの料理を偶に摘んでいた。
二人は手を繋いでそれらを眺めていたが、不意にレオンハルトが彼女の方を見て、
「――で、だ。まずは腹ごしらえでもするか。昼時だしな。――何か食べたいものはあるか?」
「うーん……色々ありすぎて悩むのよね……。というか、よくここまでの種類を用意したわね……」
後の返答の言葉に、微妙に呆れた表情を見せたスラルだが、レオンハルトは、ああ、と言葉を返し、
「思いつくものはほぼ全部揃えた。今は屋台で提供出来るものだけだが、普通のお店も作ってある。城のコックがメニュー開発から店員への教育まで色々と尽力してくれたからな」
「ほんとに多いわよね……」
串焼き肉、イカマン焼き、じゃんぼふらんく、アカメフルト、焼きそば、お好み焼き、たこやき焼き、カレーマカロロ、ポップコーン、ハンバーガー、リンゴアメ、ホットケーキ、アイスクリームなどなど。屋台の看板に書かれたものと店先にある物を見て、スラルが感心したように言う。
レオンハルトはそこで何気なく提案した。
「とりあえず、色々摘んでみるか?」
「そんなに食べれるかなぁ……?」
「少しだけ食えばいいだろ。残りは俺が食う」
「あっ、それならいいかも」
「なら決まりだな。――そんじゃあ、まずは……」
適当な屋台に近づいていく。言った通り、色々と摘ませる為にとりあえず目についたものを頼んでいくのだが、その際にお店を担当する魔物兵や女の子モンスターとやり取りをする訳で、
「たこやき焼き一つだ」
「はっ! こちらをどうぞ! レオンハルト様!」
「……ああ」
普通より大盛りで渡されたり、
「適当なドリンクを二つ頼む」
「あっ、はい! それでしたら、こちらのカップル専用ドリンクなどはいかがですか?」
「……持ち運びにくいから普通ので頼む」
身に覚えのないサービスを勧められたり、
「アイスクリームは、色々と種類があるが――」
「どうしよう……どれも美味しそうだけど、種類が多くてさすがに全部は……。ダブルで頼むとしても精々二つくらいだし、そもそも途中で溶け――あ、でも氷魔法で冷やし続けたらなんとかなるかな?」
「あ、あの……どうなさいます?」
「……悪いが少し待ってくれ」
甘味の時だけスラルが本気となり、店員をしていた女の子モンスターのフローズンを困らせたりと色々あった。
だが大体10種類くらいを手に抱え、そろそろいいか、と近くのベンチに二人で腰掛けた。
そしてそれを食べるのだが、
「ん、美味いな」
「そ、そうね……美味しい……」
食事を始め、二人で屋台の料理に舌鼓を打つ。実際にメニュー選びに立ち会ったレオンハルトとしても、
……屋台で、しかも魔物兵や女の子モンスターに作らせる以上、味が落ちたり、ばらつきが出るかと思ったが……ちゃんと問題のないクオリティだな。
無論、普段から料理を作ることを仕事にしているコックに比べたら味は落ちるのかもしれない。だがそれも問題のない範囲に仕上がっている。環境の要因か、むしろ美味しく感じるほどだ。
だが、一方で気になることもある。それは、
……どうしたんだ……?
スラルの方は微妙に心ここにあらず、といった感じだ。美味しいと言ってくれてはいるが、それよりも気になることがある様に見えた。
故に彼女の様子を見て対応を考える。我儘を言えば、せっかく手塩にかけて作らせた料理なのだから、味わって食べてほしい。その方がこちらとしても嬉しいし、部下も報われるというものだ。
それとも口に合わなかっただろうか、と心配になる。
何と声を掛けようか、迷っていたそんな時だ。
「――れ、レオンハルトっ!」
「っ、な、何だ?」
急に声を掛けられて軽く驚く。
反応してスラルの方を見ると、眼の前にスプーンが合った。
何事か、とよく見てみると、その上にはアイスクリームが掬われており、それを差し出すスラルがこちらを見上げて、
「……あ、あ~ん……」
「っ!?」
突然の行動に目を見開いて驚愕する。
……これは……!
いや、解る。いわゆる異性への“あ~ん”というやつだ。異性に食事を食べさせ、時には食べさせてもらう行動。それをスラルがやってきた。
そのことに対して妙に緊張してしまう。“あ~ん”自体は既知のもの。初見ではないし、体験したことだってある。
人間の時には毎日の様にしてもらっていたし、ファンクラブの子にもやってもらったことがある。更には、ケッセルリンクやペールからも看病の際にやってもらった。
だが、これほど緊張は初めてのものだった。
「……ほ、ほら、早く……た、食べて?」
「っ! あ、ああ……」
いつまでもそれを口にしない自分に焦れたのか、スラルが急かしてくる。しかしその顔は紅潮しており、視線を合わせたり逸したりと、向こうも緊張している様だ。早く食べねばなるまい、スラルも不安なのだ。こちらが受け入れてくれるかどうかで。彼女はをガッカリさせる訳にはいかないし、自分としても嫌じゃない。
故に、
「…………あ、あ~ん」
と、口を開けて声を出した。
あ~ん、と、スラルの方も再度スプーンをこちらに口の前まで差し出すと、
「……んっ」
「どう? お、美味しい?」
「…………美味しい」
レオンハルトはそう答えた。だが、
……味、あんまり解かんねぇな……。
端的に言うなら、それどころじゃない、とそういうことだ。甘さは感じるが、それくらいで、
「……良かった。それじゃあ……その、次は――」
「え?」
次、という言葉に疑問の声を出す。するとスラルは口を開け、
「……あ、あ~ん……」
同じ様に催促してきた。
……俺もやれってか……!?
やるべきことは解る。内心で疑問こそあるが、それを意外にも直ぐに呑み込み、同じ様にアイスを差し出すと、
「……ほら、あ~ん」
「んっ――」
スラルの口がこちらのスプーンを含んだ。
アイスは直ぐに彼女の口に取られ、スプーンの上には何もなくなる。そして先程のように聞いてみた。
「……どうだ?」
「……そうね……」
スラルが言う。
「…………すごい、甘いね……このアイス」
「……あ、ああ。そう、かもな……」
お互いに感想を言い合う。
しかしそれは、アイスの感想というより――
「……あ、あー……とりあえず食べきったし、そろそろ次行くか?」
「そ、そうねっ。次は――」
不意に恥ずかしくなったのでそう言うと、スラルがこちらの言葉に同調して立ち上がる。
「それじゃあ――って、ん?」
「え、あれ……」
だがそんな時、ある物が目に止まった。
それは、とある遊戯の出店の先にいた、
「ますぞえ?」
「ますぞえだな……」
「…………」
魔人ますぞえが、何故か出店で遊んでいた。
その遊戯は難しかった。
破れてしまった網を見て、それを実感する。
「…………」
「あー……また失敗してしまいましたね、ますぞえ様」
ハニ子が残念そうに言う。
そんな中、店主である魔物兵に手を差し出し、
「も、もう一度ですか……?」
「…………」
「もう一度やるそうです」
何やら怯えていた魔物兵だったが、ハニ子の言葉にまた網をくれる。
それを手の部分にくっつけ、それを水に付ける。
水槽の中にある水、そこに浮いているのは幾つもの丸い球だ。
スーパーボールと言うらしい。そしてこの店は、スーパーボール掬い屋? と言うらしい。
先程からそれを挑戦し続ける。何やら町が出来たというので、何となく来てみたが、そこにあるよく解らないものに興味を持ったのだ。
しかし、実際に掬おうとするとやはり破れてしまう。これでもう十回は越えただろう。
再び網を貰おうと手を差し出した、そんな時、背後から声を掛けられた。
「よう」
「何やってるの?」
「…………」
「あら、魔王様にレオンハルト様」
ハニ子が対応する。やって来た彼らは不思議そうにしつつも、レオンハルトの方が、
「スーパーボール掬い……確かにあったな……キャロルが発案者だったが、まさかますぞえがそれに興味を持つとはな」
「うふ、ますぞえ様、意地になってしまって。先程からずっと挑戦し続けてるのですが、一つも取れなくて」
「そんなに難しいの?」
「いや……ん、まあ……やってみたらどうだ?」
「そうしようかな……で、どうすればいいの?」
魔王が聞く。魔物兵が網を渡しながら、
「は、はいっ。これを使って水の中にあるスーパーボールを掬って、この桶に入れてくだされば結構です。ただ、網は水に付けると破れやすくなるのでご注意を」
「ふーん……なるほどね。それじゃあ、早速――」
と、魔王が隣に来た。何となくそれを見る。
彼女は網を何やら調べていたが、それを終えると網を水の表面、ボールの横に付け、
「――ひょいっと」
「お」
「あら」
「…………」
早速一つ掬ってしまった。
その手に持った網は破れておらず、
「うふ、魔王様。お上手ですね。もしかして経験が?」
「ないわ。ただこれ、あんまり強度高くなさそうだし、出来るだけ表面の物を、接着面近くで掬ったら何とかなるかなって……」
「……スラルって、昔からインドアな遊びは得意だよな。これは判定が微妙だが……」
「べ、別にいいでしょっ!」
「…………」
それを聞いて、同じ様にもう一度挑戦する。
網を水面に付け、ボールを掬う。しかし、
「…………」
またしても破れてしまった。
その横で、魔王は何個かを掬っていたが、
「――あっ、破れた」
とうとう網が破れた。
しかし桶には幾つものボールがあり、
「おめでとうございます! 掬ったものはプレゼント致しますのでお持ち帰りください!」
「あ、そうなんだ。ありがと」
いえいえ、と魔物兵が畏まる。
水を切りながらそれを手に持った魔王は、しかし、
「……でもこれ、どうするの?」
「滅茶苦茶跳ねる」
言って魔王がそれを地面に落とすと、それが落とした高さと近いところまでまで跳ね、
「ほんとだ……これ、ゴム?」
「確かそうだ。どっから仕入れてきたのか知らないが、子供に人気らしい」
「……子供……」
「うふ、でも確かに面白いですね――って、あら?」
「…………」
ハニ子に、それを見ていたことに気づかれる。
そして、
「ますぞえ様も気に入りましたか?」
「…………」
だがそれは、掬わねければ手に入らない。
と、思っていた矢先のことだ。
「……いる?」
「…………」
魔王が、こちらにスーパーボールを差し出してくれていた。
それを見て、迷い、しかし頷き、
「どうやら欲しいみたいです」
「ん、じゃあ上げる」
ハニ子の言葉を聞いた魔王が、こちらの手に小さなスーパーボールを乗せてくれた。
何となく、それをじっと見つめ、離してみると、
「…………」
スーパーボールが、ポーン、と高く跳ねた。
それをどうにかキャッチして、何となくもう一度手放す。すると、
「…………」
再び跳ねた。
それを見ていた皆が、
「気に入った、のか……?」
「うふ、どうやら楽しんでいるみたいですね」
「…………」
それを聞きながらも何度も跳ねさせる。
単純だが不思議と飽きないものだ。そうやって跳ねさせていると、それをくれた魔王はこちらを見て、
「……そ、楽しんでくれるなら上げて良かったかな」
と、微笑で言った。そのままレオンハルトの方に戻ると、手をつないで、
「それじゃ、またね」
「ま、適当に楽しんでくれ。暴れたりしなければ好きにしていいからな」
「お二方ともありがとうございます。――うふ、デート、楽しんでくださいね」
ハニ子が言うと、二人は少し顔を赤くしてその場から足早に去っていった。
それを見たハニ子が口に手を当て、
「うふふ、微笑ましいですね」
「…………」
「あら、やっぱり気に入りましたか?」
そういう訳じゃないとは思う。ただちょっと面白いだけ。
しかし、
「……………………」
手の中の小さなスーパーボールを何となく見る。
それは、他者から貰った初めての物だ。
下らない筈の子供の遊び道具。それは理解している。
だが、その上で、
「……うふ。やっぱり、気に入ったんですね」
「…………」
少しは大事にしてみようかと、何気なく思うますぞえであった。
「次は――ここ?」
「ああ」
ますぞゑとの何気ない遭遇の後、二人は大きな建物の前にいた。
中に入ると、そこは幾つもの客席がある巨大なホールであり、その前面には舞台が配置されている。それを見て、スラルがまず連想したのは、
「……劇場?」
「ああ。着いたらすぐ始まる。座るぞ」
レオンハルトが短く答え、手を引いて客席の真ん中まで連れて行ってくれる。
二人でその席に腰掛けながら、スラルは周囲を見渡し、
……劇場……何か見世物でもするのかしら……?
演劇か何かだろうか、と思う。知識の中のものでしかないが、人間の間、特に王族や貴族の中で流行っているのが、こういった場所で行われる舞台劇だと言う。
後は音楽、楽器の演奏であったり、歌であったり、娯楽は盛んなのだ。
どれもこれも、数百年前までには無かったものだ。町を見ていても思ったが、人間の文化の発展が感じられる。
しかし、やはり知識だけだ。どれも直接目にしたり、耳にしたことはない。
自分は魔王で、魔王城に引き篭もっているからだ。
だが、
「――っ!」
不意に音が来た。
幾つもの音の響き。低音の音を基点に、高音の音が幾つも重なり、それらは劇場内を反響して、こちらに音を届ける。主旋律となるのは笛の音だが、その印象はほんの僅かに弱い。
と感じた時だ。
「――その町は 多くの音が鳴り響く町」
「!」
声が通った。
女性の声だ。少しハスキーなその声は、綺麗で不思議な響きを持つが、
……この声。
しかし、聞いたことのある声であり、
「朝日が照らす 鳥のさえずりが響く」
その時だ。
舞台に作り物の背景が現れた。
それは人が暮らす建物を模したものであり、幾つもの人を模した背景が現れる。
しかしその中にあって、唯一、形ある確かなものがあった。
それは女性にしては長身の、青い髪の美女。その名は、
「……ケッセルリンク?」
思わず名前を呟く。
だが、
「風抜ける 鐘が鳴る 人の音が響く」
当人は反応しなかった。
ただ、息を吸い、声を上げて歌い始めた。手を挙げて、動きも入れて、胸に手を当て、演じるように歌う。
「――上手いだろ?」
「! う、うん……」
不意に、横から声が来た。レオンハルトだ。
彼は正面を見たまま、苦笑混じりに、
「これをやるってなった時に、ケッセルリンクにそれを頼んだんだがな。似合うんじゃねぇかと思って。そしたら――まぁ、こんな感じで、予想以上だった」
「……確かに、凄い様になってる」
言う間もケッセルリンクは舞台上を舞い、歌い続ける。
「私の物語は この町で始まる 私が生まれ育った この故郷の町で」
曲が厳かなものから軽快なものに変わっていく。声が高く響く。感情の色が響くいい声だ。
「一度は見て欲しい 私達の町を そこに映る 不可思議な光景を」
その引き込まれる声を聞く。
ケッセルリンクはそこで、声を更に上げた。
「永久に続く 魔の始まり 我らが理想郷を」
「っ!」
歌の響きが長く続いた後、舞台の袖から幾人もの魔物や女の子モンスターが出てくる。
舞台が始まるのだろう。それを感じ取りながら、スラルはそれを見つめる。
「……とりあえず、ここではただ見入ってくれ。今日の為に滅茶苦茶練習したみたいだからな」
「今日の為に……」
それは、
「劇なんて見るの初めてだろ? お前も、俺も。そのためにやってくれた。なら、絶対楽しめる――と思う」
「――――」
劇を見たことがない自分の為に、これを準備した。
彼も見たことがないと言う。だが彼も、己の為ではなく、それはきっと、自分の為で――
「……ま、でも他の奴は素人だし、脚本もありきたりだ。だから感想は甘口で頼むぜ?」
「…………何よそれ」
そこで、思う、とか、最後にハードルを下げてくる辺りが彼らしい。
でも、それもまた、
「……ふふ、じゃあちゃんと見て、評価してあげる。これでも脚本にはうるさいからね」
言って、手を伸ばし彼の手を握る。
彼はそれに軽く驚いた様だったが、すぐに気を取り直したのか、苦笑して、
「……お手柔らかにな」
「……うん」
頷く。
しかし批評は難しいかもしれない。何故なら、
……私の為にやってくれたことだもんね。そんなの……嬉しくて、話の良し悪しなんて、解んなくなる……。
距離を詰めたくなり、彼の肩にそっと頭を乗せると、本格的に劇が始まった。
書いててコーヒー飲みたくなるな……ブラックで(糖分過多)
しばらくはイチャイチャ編が続きます。どうでもいいけどケッセルリンクって絶対こういうの似合うよね