ケッセルリンクの朝は、夜の延長線上にあるものだ。
カラーの長であった頃から基本、夜型の生活を送っていたため、大体は朝方になって寝ることとなる。
それも最近になっては少しばかりの改善を行なっているのは、他の皆との時間を合わせるためだ。
魔軍参謀であるレオンハルトが回してくる仕事は、いつ行なってもよいが、やはり他の者が寝静まった夜中だと不都合も多い。
そして何より、身内との交流が理由としては大きい。ケッセルリンクとしても、主やレオンハルトなど、親交深い者達との縁は大事にしたいものだ。
しかし、活動時間を日中に変えたとはいえ、夜の方が得意なことには依然変わりない。
ゆえに朝まで続く宴会であっても、特に支障はない。魔人となって睡眠を必要としなくなったが、それを差し引いても楽なものだ。
……随分と、賑やかな時間だったな。
周囲、町の広場や先の大通りなど、様々な場所で魔物兵や女の子モンスターが地面に寝転がっている。その殆どがレオンハルト軍と彼のファンクラブの面々だと聞いたが、噂を聞いてやってきた他の魔物もおり、皆一緒になって馬鹿騒ぎを行なっていた。
だがそんな彼らも、今は酔いつぶれて、または睡魔に負けてしまっている。残っているのは、ほんのごく一部の魔物と、睡眠を必要としない魔人や使徒のみである。
しかしその者達も酒で完全に出来上がっている者が殆どだ。一番酷いのはレオンハルトの使徒であるキャロルであり、
「次はこのお酒ですわー! 七星、飲み比べ致しますわよ! 負けた方は次のお酒を一気飲みということで! 勝ったら二杯いってもらいますわ!」
「……もうやめませんか? さっきから飲みすぎで発言が滅茶苦茶に――」
「お黙りなさい! 七星の癖に! 勝ち逃げは許しませんわよ! あ、こら魔物将軍! それはわたくしが育てたお肉ですわ! 風穴開けますわよ!?」
言葉とともに発砲し、魔物将軍が悲鳴を上げる。ついでに通りすがりのますぞえの使徒、ブラッドとピットが流れ弾を食らい、そちらも悲鳴を上げる。容赦がないというか、レオンハルトというストッパーがいない所為か、かなり暴れているようだ。
それを見ながらグラスを傾け、ワインを少し口に含む。お酒特有のアルコールと、葡萄の香り、味を楽しみ、
……うむ、たまにはお酒も悪くないな。
カラー時代は殆ど飲むことはなかったものだ。長の仕事が忙しかったのと、個人的にもそこまで飲むのが好きという訳でもなかった為だが、今日は皆、宴会ではしゃいでおり雰囲気的に飲む感じであった為、皆に合わせた形だ。
そして今日という日に限っては、ケッセルリンクも少し飲みたい気分であった。それは、
……主とレオンハルトは……上手くいってるだろうか……。
この町を作る原因ともなった、二人のデートの結果を思う。
聞く限り、雰囲気も悪くなく、それどころか甘い雰囲気を醸し出していた、と二人を見た女の子モンスターや魔物兵は証言しているし、夜には二人で城に帰っていったというから、おそらくは上手くいったのだろう。
そうなると、自分が主と相談して計画した今回のデートは、完全に目論見通りにいったと言えるだろう。主の想いは成就し、レオンハルトもそれを受け入れた。喜ばしいことだ。
ただ、ほんの少しだけ、頭の片隅で思うのは、
……私が相手であっても……彼は今回の様に色々と画策してくれたのだろうか……?
おそらくそうしてくれると思う。だが、確信にまでは至らない。
自分は主ほど関係を深めていないのだ。ある意味では先を行く感じにはなったが、想いの強さでは主が上だろう。
ならばレオンハルトは、自分とデートをするとなったらどういった事をしてくれたのか、と気になってくる。今回の様に、色んな場所を見て回り、楽しい時間を提供してくれるのだろうか。最後にはあの時の様に、身体を求め――
……っと、少し、思考が行き過ぎたな……。
少し酔ってしまったのかもしれない。グラスを置いて息を入れる。
だが、それを考えてしまう程、未だに自分が彼を想っているのは確かだ。
と、そんなことを考えていたら、こちらに歩いてくるガルティアとハンティを見かけ、
「あっ、こんなところにいたんだ」
と、言ったハンティに対し会釈する。レオンハルトの使徒であるのだから畏まる必要はないのだが、カラーにとっての関係でいうと、ハンティは始祖様だ。どうもその辺の切り替えが出来てないな、と思いながら、
「始祖様の方は……随分と盛り上がってましたね」
「まぁ、キャロルに強引に誘われて飲み比べしてたからね。他の使徒や魔物将軍らも混じえての大勢で。最初は良かったんだけど、途中から酔ったラウネアが魔物兵を糸で絡め取ったり、その魔物兵をタルゴが奪っていったり、最後にはサメザンが運んでいって、全員で囲んで救出したのはいいけど、キャロルが何回も暴れてそれを七星が止めたり、ちょっと色々あって疲れたから様子見がてら休憩しにきた」
どうやら色々あった様だ。軽く吐息する始祖様には、確かな気疲れが見える。しかし一方で、
「ですが、飲み比べをしていた割には、酔っていない様ですが……」
そう疑問すると、ああ、と一つ頷き、始祖様が答える。
「あたし、どれだけ飲んでも酔わないからね。こっちもそうみたいだけど」
言ってガルティアの方に視線を移すと、それに気づいたガルティアが、手元の肉を噛りながら、
「ん? ああ、確かに俺は酔わないが……代わりにムシ達が酔っちまうからなあ。それもあってあまり飲まねえようにしてる」
飲みすぎると周囲に迷惑がかかるからな、とガルティアは言って代わりに食べ物をどんどんと口にしていく。ムシ使いは毒も効かないというし、そういうものなのだろう。始祖様の方はよく解らないが。
ともあれ、彼らは同じテーブルに座ると、何気なく口を開き、
「それにしても……ようやくって感じだな。アイツら」
「あー……確かに」
「……ふむ」
ガルティアが言った言葉に始祖様とともに頷く。曖昧な言葉だが、意味は通じる。
レオンハルトと主の事だ。やはり二人も、昔からそれを見てきたのだろう。ゆえに思うところがあるのか、ガルティアは珍しく溜息を吐きながら、
「俺が魔人になった頃から大分仲良さそうだったけどよ。どうにもそういう関係じゃなさそうで不思議に思ったもんだ。口にこそ出したことねえが、“こいつら、いつになったらそういう関係になるんだ?” って、疑問してた身としちゃあさすがに感慨深いものがあるな」
300年以上掛かるとは思ってもなかったけどな、とガルティア。
ハンティも思い出すようにテーブルに肘をかけ、頬杖をつきながら、
「確かに……最初に会った時から魔王と魔人の関係には見えなかったしね。普通に恋人かと思った」
「やはりそうなのですね」
同意して思う。昔からあの二人は、確かな関係を築いていながらも、その先に進むことはなかったのだろう。長年変わらない関係を維持してきた二人だが、おそらくは自分とのことが切っ掛けでお互いに“先”を意識することとなった。
それはやはり、喜ぶべきことで、
「……変わりそうですね。色々と」
「いや、変わんねえだろ。どうせ細かいことで喧嘩しそうだしな」
「……まあ、ちょっとは変わるかもだけど、大きくは変わらないんじゃない?」
と、そこに関しては意見が違うらしい。はっきりと男女の関係になったことで、色々と変化が起きると思っているのだが。自分の時の様に。
しかしよく考えてみると、昔から想い合っていたことは変わらないので、確かに変わらないかもしれないし、ほんの少し、気持ちが真っ直ぐ向くようになるだけで表向きにはあまり変わらないかもしれない。どの意見も的を得ている気がしてくる。
ただ、一つだけ願うのは、
……これからも、あの二人が幸いであれば……。
そしていつまで経っても、この賑やかで楽しい日々が続けばいいと、そんな願いが心に浮かんだ。
朝の日差しが昇り、数時間。
魔王城にある豪奢な一室、自らの部屋のベッドで、スラルは意識を半ば覚醒させた。
……ふぁえ……?
まだ微睡み気味というか、寝ぼけている最中のスラルは、普段とは違う感触があることに気がついた。
ふかふかのベッドが下にあることは変わらない。毛布だって被ってる。
しかし枕は硬く、毛布以外にも何かが自分の身の一部に被っている。
邪魔にも思えなそうなそれは、しかし、温かく、とても心地よいもので、
……んん……すごい、落ち着く……。
確かに硬いが、むしろそれがいい。まるで今までに幾度となく妄想した、彼の身体の様で、
「……ん……?」
そこでふと、脳裏に過るものがあった。
それは彼と自分が、ベッドの上でまぐあう記憶であり、夢かと見紛うものだ。
普段であれば、彼が夢に出てくる時は控えめに言ってかなりハッピーで、最低でも一時間はベッドから出ないほどのイベントだ。
だが今日のそれは、まさしく現実感満載で、感触もやけに鮮明に思い出せる。それどころか、今も自分の中に入れられてる感覚が残って、
……ん、んん?
そこでようやく思い始めた。なんだかおかしい、と。
いくらなんでもリアル過ぎる。この硬い感触は一体……と、疑問する。
おもむろに、ゆっくりと瞼を開く。何があるのか、と確認しようと思った自分はそこで、
「…………」
かなり近い距離にいた、レオンハルトの姿を見て、意識を覚醒させた。
……れ、れれ、レオンハルト……!?
何で彼がここに。これは夢か。しかも裸で。これは夢か。と、数回繰り返したところでようやく思い出す。自分は昨晩、
……そう、だ。夢じゃないんだ……。
完全に現実であることを理解する。
デートの終わりに部屋に帰って、彼に何度もキスされて、彼の方から誘ってきたのだ。
しかもその後は、一回だけじゃなく数えきれないくらい何度も行い、結局朝までそれが続いた。
だからお互いに裸であり、異物感が微かに残っており、彼に抱きしめられている。そのうえ枕は彼の腕枕であり、
……ほ、ほんとにしちゃったんだ……!
改めて、彼の顔を見上げて思う。自分は、彼の首元に抱きとめられている形だ。視界には彼の寝顔があり、それもまた起こったことを意識させる。
なるほど、やたら気持ちいいというか、心地良いのはこれだったか、と得心する。そして理解すると、
「……えいっ」
何となく、衝動のままに彼の身体に身を寄せてみる。すると背筋が震え、
……あっ、これいいかも……。
全身が彼に包まれているように感じる。
思わず彼の硬い胸板に顔を埋め、それどころか擦り付けるようにぐりぐりとすると、彼の匂いや感触や、その全てが感じられ、
「~~~っ、レオンハルト……!」
名前を呼びながら彼を堪能する。だが、
「――どうした?」
「――っ!」
不意に頭上から声が聞こえ、身体をびくりと跳ねさせる。
そっと顔を上げると、やはりと言うべきか、
「……起きてたの?」
「ん……いや、今起きた」
その言葉にほっと安堵する。どうやら直前の恥ずかしい行動は見られてないようだ。まぁ、更に恥ずかしいことはクリアしたので今更な気もするが、これは精神衛生上よろしくない。絶対からかわれるし。
だからという訳ではないが、適当な話題を投げかける。
「……レオンハルトって、朝弱かったっけ?」
「……いや、どーだろうな……疲労が溜まってる時は、少し寝すぎる時もあるが……」
と、言う彼は、まだ少し寝ぼけているようだ。ちょっと可愛い。
口端が笑みの形になるのを自覚していると、彼は続けて、
「お前が激しすぎたから、疲れたんだな……」
「なっ――」
言葉が止まる。頬が熱くなりながらも、それを否定しようと言葉を作る。
「は、激しかったのは私じゃなくて、レオンハルトの方でしょっ……!」
馬鹿、と軽く悪態をつくも、彼はまったく堪えていないようで、口の端を片方だけ釣り上げ、
「そうだったか? 俺の記憶だと、最後の方はお前も結構責めてきてた様な……」
うっ、と短い声を上げるのは、それに身に覚えがあるからだ。
確かに最後の方はそういうこともあったかもしれない。だが基本的には、レオンハルトが色々とやってきて、
「うぅ……」
恥ずかしくなって毛布で顔の半分を隠す。
そしてそれを誤魔化すように、
「……というか、もう多分お昼だけど、仕事は行かなくていいの……?」
話を変えるように言う。しかし言ってから、
……行ってほしくないなぁ。
と思い、顔を俯かせる。もう少し、この空気というか彼と過ごしていたい。有り体に言えばイチャイチャしていたい。
しかし彼は魔人筆頭にして魔軍参謀。彼がいなければ色々と困る者がいる。他ならぬ自分が与えた役目だが、少し後悔してしまう。
わがままだよね、と思いつつ追加の言葉は送らないで、彼の返答を待つ。目線だけで彼の様子を窺うと、彼は不意に動きを入れた。
「――いや」
「あっ……」
こちらの身を抱きしめるように引き寄せ、顔を寄せてくる。そして、続く言葉は、耳を疑う発言だった。
「今日は……行きたくない。――だから休む」
レオンハルトは思う。仕事に行きたくないと思ったのは久しぶりだな、と。
昔、それこそ人間の頃はしょっちゅうだったが、魔人になってからはそういうことは無くなったものだ。自分の役目は理解しているし、むしろやらなければという使命感や、責任感。望むべくしてやっているという自覚があるし、楽しく思う時すらある。
だが今日は、ちょっと行きたくない。その理由を隠すこと無く、レオンハルトは口にした。
「……お前が可愛すぎて、ちょっと離れられないな……」
「可愛っ――あっ、ちょっとぉ……」
スラルの身体を抱きしめ、その感触を堪能する。
先程の反応もそうだし、今もそうだし、昨晩も思ったことだが、ちょっと色々と堪らないというか抑えきれない。
……何でこんなにも、心地良いんだろうな……。
あまりにも甘美で、麻薬の様な中毒性がある。それは身体の部分も当然あるが、心の部分でも満たされるのが大きい。
「お前って、肌すべすべだよな……」
「んっ、そ、そう……?」
ああ、と頷きながら彼女の身体に手を這わせる。
小柄なスラルの身体は、抱きしめるとやはり小さいが、女の子らしい柔らかな肌の感触を伝えてくれる。
白く滑らかな肌だが、触るとふにふにしてて気持ちいい。
背中を擦り、腰を撫で付け、臀部を軽く揉み解し、彼女の身体を改めて味わう。昨晩から朝方まで何度も念入りに堪能したが、一向に飽きがこないし、来る気がしない。
そのまま身を引き寄せながら、顔を寄せていく。
「あっ、ふぁ……んん……」
唇を、スラルの耳、頬、首など色んな場所に落とすと、その度にくすぐったそうに身体を捩る。甘い快感を感じているのか、吐息を漏らす辺りも可愛い。
最後には唇同士を合わせながら顔を離すと、スラルがこちらを見上げ、頬を赤らめながら少し困った様な表情で、
「も、もう……えっちなんだから……本当に、今日は行かないの……?」
「ああ……今日はもう少し、お前を――愛したい」
「! そ、そうなんだ……」
今日一日くらいなら許してくれるだろ、と言うと、恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにスラルが笑みになっていく。
そして視線を迷わせながら、こちらを上目遣いで見ると、
「……私も……愛されたい、かな……」
「……そうか」
告げられた言葉にオル=フェイルが漲っていくのを自覚する。
スラルがそれに気づき、耳まで赤くなると、少し慌てたように、
「あっ……ちょ、ちょっと……それはまだ駄目だからね? 身体も気怠いし……だから大きくしちゃダメだから、ね?」
言って注意するように魔剣をつんつんして弄ってくるも、それは逆効果すぎる。一層肥大化したそれを押し付けながら、
「と言っても治まりそうにないからな。お前に鎮めてもらうしかない」
「な、なに格好いい声でえっちなこと言ってるのよっ! って、うわっ……ほんとにすごいことになってる……」
イチャイチャしたいだけなのに……、とスラルが呟きながらそれを触って確認する。
それを感じながら、息を吐き、改めて言うのは、
「……ま、それでもいいけどな」
「え、いいの……?」
「…………何でお前が残念そうにしてるんだ?」
「ち、違うからっ。レオンハルトが辛いかなーって思って心配しただけっ!」
「……まぁ、それはどっちでもいいが」
よくない、と言うスラルを無視して、言う言葉は、
「……これから、何度だって出来るだろ?」
「――――」
いつだっては無理かもしれないが、仕事もあるし。
だが、
「俺は何度だって、お前とこうしていたいし、昨日みたいなデートもしたい。だから、急がなくてもいい……って、思ったからな」
別に肉体的な繋がりがなくたって構わない。彼女と心を通わせることが出来るのなら。
だから、とスラルを抱きしめ、
「あっ……」
「――こうしてるだけで、俺は満たされる」
大切な人が腕の中にいる。これに代わるものなどない。
スラルは、言われた言葉に胸を跳ねさせた。
身体がぶるりと震える。
それは、想いが実ったと、実感した瞬間であり、
「……レオンハルト」
言う。自分の想いも。
「私も……こうしてるだけで、すごく満たされる」
「スラル……」
お互いに目を合わせ、恥ずかしそうに軽く笑みをみせる。
同じだね、と告げながら、しかし、
「……でも、今はちょっと駄目かも」
「! ……どうしてだ?」
レオンハルトが少しだけ顔を曇らせる。
彼を安心させるように、身を寄せると、
「だって……今の言葉で、私の方が……その、してあげたくなっちゃうというか……」
「お前……」
はしたないことを言いながら、彼のそれに手を伸ばす。
さすがにいやらしすぎるだろうか。そして、恥ずかしいのも確かだが、それよりも、レオンハルトに何かしてあげたいと思う気持ちの方が勝っている。
だが、唯一不安に思うのは、
「……それとも、自分からこんなこと言う子は――嫌い……?」
言う。すると彼は、一瞬驚いた後、こう言ってくれた。
「……嫌いじゃねぇよ。そんなお前も――」
「レオンハルト――」
お互いに気持ちを伝え合い、口づけをする。
デートの翌日だ。後一日くらいは、二人だけで過ごすのを許してほしい、と後で皆に何と説明するかを話しながら、ベッドの上で彼と二人でイチャつきあった。
これにてデート編は終了。イチャイチャって書くのしんどいな……。ちなみに次回は小話。
何がとは言いませんが、残り10話くらいで終わりそう……