ルドラサウム大陸。
その大陸の外周部分は断崖絶壁となっており、そこから落ちて生きていたものはいない。
しかし、10年に一度、“満ち潮”と呼ばれる現象が発生する。
普段は“シナ海”と呼ばれる大陸南の大河から流れるものがそう呼ばれる。
だがこの時に限っては、大陸の周りにそれが現れるのだ。
この大陸に住む者は、それをこう呼んでいた。
海。
一面に広がる大量の水。広大な海。どこまでも続くと錯覚させるような水平線。
まさしく大海と呼ぶべきものが、視界に広がっていた。
空からは明るく、熱い日差しが降りそそぎ、正面からは時折、爽やかな海風が吹いてくる。足元には白い砂浜が広がり、そこからは熱が伝わってくる。
その場所に並び立つのは、人ではない魔の集団であった。その中から、一人、金髪ツインテールの少女が前に足を踏み出すと、両腕を振り上げながら力を溜めるようにして、
「――うーーーみーーーでーーーすーーーわーーーーー!!」
いつも明るく元気で忙しない魔人レオンハルトの使徒、キャロルは普段よりも輪にかけた大声で叫ぶ。
だが、その横、彼女の主人であるレオンハルトは、キャロルを見て息を吐くと注意するように声を掛けた。
「違うぞ、キャロル。こういう時は、“バカヤロー”って叫ぶのがお決まりだ」
「そうなのですか!? なら――バカヤローーーーーですわーーー!!」
「……何、そのへんてこなお決まり」
キャロルの隣にいたハンティが半目で横を見る。
やり取りを見て、苦笑を浮かべたのはレオンハルトの隣にいた魔王スラルで、
「まぁ、はしゃぎたくなる気持ちも分からないでもないかな……?」
「ええ。私達は皆、海は初めてですしね」
「だな。海にはまだ見知らぬ美味がありそうだ」
相変わらずだな……、といった感じで、皆がガルティアを見る。スラルに同意したケッセルリンクの更に横。そちらには巨体を持つ魔人、ますぞえとその使徒達がおり、
「うふふ、ほらますぞえ様。海に着きましたよ。すごいですね?」
「…………」
「ふむ、この日差しでは日に焼けてしまいそうですね……ここは第一使徒である私、ブラッド特製のハニー専用日焼け止めクリームを塗っておきましょう」
「それなら第一使徒である私、ピット特製のハニー専用日焼け止めクリーム・改を塗っておきましょう」
貴様……! とお互いに殴り合いを始めた使徒二人。霊体だから焼けないだろ、という指摘を呑み込み、レオンハルトは咳払いを一つ入れると、
「……ともあれ――初の海水浴の始まりだな」
その言葉を皮切りに、魔軍の面々による史上初の海水浴が始まった。
レオンハルトは波打ち際に向かっていく何名かを見て、息を入れた。
満ち潮の影響で出来た海に遊びに来た、と現状はそんな感じである。キャロルが発案し、自分が許可を出したのだが、思うことは、
「……最近、遊んでばっかな気がするな……」
「……いいんじゃない? その方が平和だし」
と、言うのはいつの間にかパラソルの下で寛いでいるスラルだ。それを見て、釈然としない気分になったので指摘の言葉を作る。それは、
「お前、こんな時まで本持ち込んで引き篭もる気か? こういう時くらい日差しを浴びたらどうだ。――後、水着似合ってるぞ」
「だって私、泳げないし……って、なんか今ついでに褒められた?」
そんなついでみたいに言わないでよ、というスラルに目を向け、
「何だ、もう一度言ってほしいのか?」
「……は、恥ずかしいから今はいい……」
どっちだよ、という言葉が喉まで出掛かる。恥ずかしがり屋なのはいつものことだな、と思いつつ、
……それにしても、水着、似合ってるな……。
スラルの姿を見て感嘆を得る。彼女の身に着けているものは、最近作られたばかりの水着というべき代物であり、その名の通り、水に入っても大丈夫な服である。
しかし、それは結構露出のあるもので、何とも妙な感覚を覚える。
胸の部分をフリルの付いた水色のトップで隠し、下は同じ色のパンツの様な、飾りにスカートの様なものが付いた物だ。
一応、上から服を羽織っているが、それも含めて似合っていると言えるだろう。
だが、水着だけで言うと、
「レオンハルト。何か、手伝うことはあるか?」
「ん、ああ……」
荷物を前に唸っていたこちらに、ケッセルリンクが近づいてくる。
その姿は、スラルよりも更に露出が高い、黒のビキニ――と呼ぶ代物らしい。キャロルが色々と解説していた。海水浴の企画といい、妙な部分で才能があるな、と感心する。
ともあれ、ケッセルリンクの肢体が水着で大事な部分を隠しながらも、魅力的に見せられている。特に、深い胸の谷間が素晴らしいもので、
「……レオンハルト。そ、その……」
「っ!」
と、しばらくじっと見詰めていたことに気がつく。正面で、ケッセルリンクが腕を掻き抱く様にしながら恥ずかしそうに視線を逸すと、
「そんなに見られると、恥ずかしいのだが……」
「……悪い。似合ってたからな」
「あ、いや、見てもいいのだが……その――恥ずかしいだけで……」
素直に謝るも、それは別に構わないと言われる。
だが、背後から声が飛んできた。
「……何、困らせてるの?」
「! す、スラル……」
妙なプレッシャーを感じながら首だけで振り返ると、ニコニコと笑みをこちらに向けたスラルがそこにいた。魔王の圧力をこちらにぶつけながら、しかし、ややあって拗ねた様に、
「……レオンハルトの馬鹿。巨乳好き」
ふん、と小さく呟き、再び本に視線を戻した。耳に届いてはいるので、何とも言えない気分になる。
嫉妬ではあるのだろうが、ケッセルリンクに対しては判定が微妙というか、グレーゾーンに入っているというか、お目溢しなのだろう。確かに、こちらとしても複雑な気分だし、ケッセルリンクの方も少し戸惑い気味なのだろう。皆が、どういう関係なのか理解しているが故に、妙な空気が生まれる。男であるこちらの自業自得だ。
とりあえず、
「……それじゃあ、そこの鉄板とテーブルを並べておいてくれ」
「……うむ、了解した」
言って、直ぐに動いてくれるケッセルリンク。彼女としても、妙な空気を払拭したかったのだろう。単に恥ずかしかっただけかもしれないが。
そしてその間に、自分は少し、波打ち際まで進む。
足元の砂の感触を感じながら近づくのは、自分の使徒達の元で、
「……はぁ、何だろうな。お前達の姿を見ると落ち着く……特にハンティ」
「別に褒められたいとは思ってないけど、何かムカつくなぁ……」
眉を顰めたハンティに対し、キャロルの方が顔を向け、
「違いますわよ、ハンティさん。落ち着く、ということは、それだけ慣れ親しんでいるということですわ! つまり、わたくし達が一番、水着を着こなしているということですの……!」
「ああ、そうだ。よく気づいたなー。似合ってるぞーキャロル」
「え、えへへー、それほどでもありませんわー」
「明らかに棒読みな気がするんだけど騙されてない?」
褒められて喜ぶキャロルに、ハンティが目を細めながら言う。そんな捻くれた使徒に対し、軽く笑みを見せると、
「いや、そんなことない。俺は正直だからな。お前もちゃんと似合ってるぞ」
「……別に嬉しくないなぁ」
心底微妙な顔になるハンティ。やはり捻くれてるな、と思うが、同時に新鮮な反応だとも思う。自分の周りの女性は、褒めると普通に嬉しそうにするからな。嫌がられるというのは中々ない。
……似合っているのは確かなんだがな。
キャロルは、青のトップスに下はパレオという布を巻いた水着で、ハンティは上はタンクトップ型のもので、下はホットパンツの様なものを履いている。機能性を重視しているのだろう。
「……ま、それはいい。とりあえず、遊びも兼ねた訓練をするぞ。――キャロル」
「はい! 準備は出来てますわー!」
と、呼ばれたキャロルが砂浜にあるものを置く。それを見たハンティは、気を取り直して普段の顔に戻ると、
「――それで、あのスイカを使って何させるつもり?」
「何だ、ハンティ。知らないのか? 今からやるのは――」
キャロルが横から細長い白い布を渡してくるのを受け取りながら言う。それは、
「スイカ割りだ」
「ですわ!」
「……スイカ割り?」
ハンティが首を傾げる。
「ルールは簡単だ。この白い布で視界を隠し、何も見えない様にする。その状態で得物を使い、あの砂浜に置かれたスイカを仕留めろ」
「ああ、そういう……」
説明を聞いて理解したのか、ハンティが納得の色を見せる。彼女が思っている通り、これは視界に頼らない感覚を身に着ける訓練だ。
スイカと呼ばれるムシを仕留め、ついでに中の甘くてシャリシャリしたものを食べれる状態にする。そんな画期的な遊びだ。
「まずは――キャロル。お前がやってみろ」
「畏まりましたわ!」
言うと同時、既に目元を覆ったキャロルが、細剣を片手に前に進み出る。
そしてそのまま前に進み、
「レオンハルト様から習ったわたくしの心眼、とくとご覧あれ……!」
「……そんなの教えたの?」
「教えてないけどな……」
ハンティとともに軽く諦めの息を吐く。何となく、駄目そうだ、と。
一応、結果はどうなるか解らないのでちゃんと見るが、キャロルはやがて見当違いの方向に足を進め、
「とぉ――!」
と、砂浜を穿った。
当然、そこにスイカの姿は無く、
「……失敗だな。キャロル、戻ってこい!」
「くっ、不覚ですわ……!」
悔しそうに歯噛みするキャロル。真面目にやっているし、本気で悔しがっているのが良いところだ。実力はまだまだだが。
「それじゃ、次はハンティだ」
「わたくしの仇を取って下さいな、ハンティさん」
「仇って……まぁ、やれるだけやってみるけど……」
言いながらキャロルから布を受け取るハンティ。目元を覆うように布を頭に巻くと、自分の得物であるシンプルな剣を取り出し、
「…………」
……おっ、キャロルよりは合ってるな。
見当違い、という程ではない。少しずつ、手探りの様に歩みを進めるハンティは、しかし確実に近づいている。
だが、
「確か……この辺り!」
声とともに剣を振り下ろす。
その位置は、確かにスイカのあった場所で間違いないが、
「……残念、失敗だな。スイカはもっとあっちだ」
「えっ……何で……って、ああ、そりゃそうだよね」
一瞬、何故そんな遠くにスイカが移動しているのか、と驚いたハンティだったが、彼女が自分で気づいた通り、これは当たり前のことだ。
何故ならスイカは、四つの足があるムシの一種であり、
「生きてるからな。そりゃ動くに決まってる。スイカがあった場所を記憶して振るのは、あまり得策じゃないな」
「意外と難しい……」
「むむ……どうすれば……」
使徒二人が首をひねって唸る。攻略法を考えているのだろうか、悩むのは良いことだな、と思っていると、
「何やってるの?」
「何かの訓練か?」
「ん、あれは……スイカか。甘くて美味いよな」
「…………」
と、皆が集まってきた。
行なっていることを簡単に説明する。
「スイカ割りだ。視界を封じたままスイカを仕留める訓練だが……何だ、誰かやってみるか?」
「いや、出来る訳ないでしょ。探知魔法使っていいならやるけど。もしくは魔法」
「それだと意味ねぇだろ」
スラルの発言にツッコミを入れておく。すると今度はガルティアが、
「なら範囲攻撃か」
「そういう趣旨じゃねぇんだけどな……」
駄目か、とガルティアが別段残念そうでもなく引き下がる。いつもの様に軽い気持ちで言ったのだろう。
皆が攻略法を出していく中、ケッセルリンクがこちらを見て、
「視界を封じたまま、か。なるほど、レオンハルトなら容易だな……」
「……まぁな」
特に否定することでもないので頷く。事実、ケッセルリンクにはその場面を見せているが故、その発言が出たと思われる。
しかし他の面子は、こちらを見て半目になると、
「……あー、レオンハルトなら出来るだろうな。変態だし」
「レオンハルトだもんね……」
「…………」
「お前ら、俺のことを何だと思ってやがる……」
酷い言い草だ。ガルティアの使徒達までも、砂浜に文字で“へんたい”と書いている辺り、理不尽さを感じないでもない。
しかしまあ、
「……手本を見せてやる」
言って布を頭に巻く。目元を隠すようにしてしっかりと結ぶと、オル=フェイルを宙から引き抜き、
「――そこだ」
その場から動かず、軽く剣を振って、気配を感じた場所に斬撃を飛ばす。
気配が消失したことから、おそらく成功したのは解るが、一応、布を外して確認すると、
「っと、どうやら成功したみたいだな――って、なんだお前ら、その顔は」
真っ二つにしたスイカを確認して振り返ると、そこには真顔になった面々が、
「何だろう、これに違和感を感じないんだけど、私の感覚がおかしいのかな……?」
「レオンハルトならしょうがないが、普通はどう足掻いても出来ねえからな。こっちの感覚が麻痺してるってことだ」
「……どうしよう。あたし、今の見て言われるまで――“別に普通じゃん、何かおかしなとこある?” って思っちゃったんだけど……しかも対抗心で、ちょっとやる気出しかけてた……」
「始祖様は一月に一度戦っているのですから仕方ないかと。……しかし、やはりレオンハルトはすごいな……」
「レオンハルト様! レオンハルト様がすごすぎるだけですので、周りから異常に思われても気にすることないですわ! 一番異常ということは、特別ということですのよ!」
「……納得いかねぇ」
何でこんな化け物みたいな扱いをされなくてはいけないのか。たかがこれくらいで。魔人という力を持つ種なのだから、これくらい出来てもおかしくないだろう。
ケッセルリンクとキャロルのフォローが身に染みる。後者は微妙に引っかかるが。
釈然としない気持ちを抱えながらオル=フェイルを空間に戻すと、布をハンティに渡しながら、
「とりあえず、しばらくやってろ。……俺は、準備をしてくる」
「準備?」
聞き返してくるハンティに、ああ、と応じる。ケッセルリンクが並べてくれた鉄板を見て、
「バーベキューの準備だ」
ひゅー、と、おそらくガルティア辺りの口笛が鳴ったのを耳にして、レオンハルトはそちらに戻っていった。
食事は、レオンハルトが担当することとなっていた。
いつもなら城のコックや、調理担当の者がやることであるが、今日のバカンスには自分達しか来ていない。
さすがにこんなことに軍を動員するのは――と、少し前にデートの為に町を作らせたことは棚に上げて思う。あれは魔物にとっても有意義なものとなったし、ノーカンだ。
ともかく、城には軍を残してきている。こちらが不在の間の采配は魔物大将軍のリーが行なってくれているし、最高責任者は魔人四天王のカミーラだ。問題はないだろう。
本当はカミーラも誘ってみたのだが、今回は気分じゃなかった様でパスされた。それを少し残念に思うくらいには、関係は深まっているのだろうか、と思う。キャロルも残念そうに落ち込んでいたし。逆にハンティなんかはほっとしていた。やはり気まずさは抜けていないのだろう。
とりあえず、そんなこんなで、レオンハルトは大量に持ってきた食材の調理を始めていた。
肉や野菜を食べやすい形で切り分けて大皿に盛っておく。
……ま、調理っていうか、準備だよな。今は。
バーベキューなので食べながら順次作っていく感じだ。他の料理もとりあえず肉と野菜をある程度消費してから頃合いを見て作る。大食らいのガルティアがいるので、それなりの量を持ってきてはいるが、それでも消費速度としてはそれなりだろう。さすがのガルティアも人の分が無くなるまで食うことはしない。本人はよく、使徒のタルゴと取り合いをしているが近しい関係で程々であればいいのだろう。
ともあれ今やるのは直ぐに焼いて食べれる様に準備することと、後は肉用のタレを作ることくらいだ。せっかくなので、城の料理長にレシピを聞いて、自分で作ることにした。
ボウルに調味料を入れて作業を進める。焼きそばとかの炒めものは後で直ぐ作れるように材料をまとめて置いておく。
後は、海の幸に関してだが、
「…………」
「では、ますぞえ様。身体のぷちハニーをちょっと貰いますよ。そしてこれを――」
「ますぞえ様からもぎとったぷちハニーを海に投げ入れます。すると――」
ブラッドとピットが、海の中にぷちハニーを強く投げ込む。すると瞬間、轟音とともに水柱が巻き上がり、
「うふ、色々浮き上がってきましたね」
「ほぉ、これは便利だな。それじゃ回収してくぞ」
「…………!」
「キシャアアア!」
「ピイィイイイ!」
ガルティアとその使徒達が、浮き上がってきたサカナと思わしき生き物を拾っていく。ラウネアは砂浜から糸で、タルゴはガルティアとともに水の中に入り、サメザンは空から、それぞれ回収していく。
……色々と大雑把な取り方だな。
別に構わないが、自分の身体から生えたぷちハニーを使われてますぞえはどう思っているのだろう。特に抵抗もなく好きにさせているみたいなので問題はないとは思う。
……ま、仲良くやってるようだし、良いか。
だが、ますぞえがいることで魔軍でもぷちハニーの運用が盛んになった。というか、あの使徒達が直接営業を掛けてきた。その際にしっかりとした金銭を要求されたのだが、結果有用であることには間違いないので、断りきれず、結果数百個単位で注文する羽目になった。キャロルが滅茶苦茶喜んでいたが、ああいう危険物が好きなのだろうか。武器としては有用だが、取り扱いは注意しなくてはいけないし、アレ一つで容易に人が死ぬので頻繁には使わないようには言っておいた。工事する時なんかには重宝するもので、大将軍も含めたうちの軍で運用法が活発に議論されている。先日も町を作る際にお世話になった。
と、こんな時ですら仕事の事を考えてしまう自分に苦笑しながら準備を進めていく。すると、
「――レオンハルトっ」
軽い足取りで、スラルが声を掛けてくる。顔だけで振り向き、
「どうした? 飯には少し早いが」
「……えっと、別に用はないんだけど」
と、こちらの隣まで近寄ってくる。そして見上げてきて、
「ちょっと、レオンハルトと過ごしたいなーって」
「ん……そうか」
はにかみながら言うスラルに軽く応答する。
最近、というかデートを行なった次の日辺りから、結構甘えてくる様な、ストレートに接してくることが多い。外でやると茶化されるからあまりベタベタされると困るのだが、
……強くは言えねぇな。
と思うのは、満更でもないからだろうな、と自分の想いを自覚する。毎晩一緒に過ごしているというのに、それでもなお一緒にいたくなるというのは、一種の恋愛脳というか、馬鹿になってる様な気もする。しかしそれも含めて嫌ではなく、
「えへへ、楽しいね」
「そうか? それならキャロルを褒めてやれ。企画したのはアイツだからな」
と、浜辺でハンティとともに悪戦苦闘しているキャロルを指して言う。そろそろ、好きに遊んで良い、と許可を出してもいいかな、と思いつつスラルの言葉を聞く。
「うん、キャロルには後でお礼言わなきゃ。後、皆にもね。……あ、そういえば」
何かを思い出したかの様にスラルが言う。
「ケッセルリンクのこと、どう思ってる? 後、キャロルもかな……?」
「それは……」
言葉に詰まる。意味が理解出来たからだ。思わず眉間に皺が寄ってしまう。
スラルはそんなこちらの表情を見て、苦笑すると、
「別に責めてる訳じゃないの。ただ……その二人辺りはレオンハルトのこと、好きだろうし、レオンハルトはどう思ってるのかなって」
キャロルの方はちょっと好きのレベルが違うけど、と笑うスラル。言った通り責めている訳ではない様だ。
……どうだろうな。
考える。好きか嫌いか。そのどちらかで言うなら、迷うまでもなく好きだ。そこは疑う余地もない。
だが、好きというだけなら他の者達にも当て嵌まる。その中で、スラルの言う意味に該当する人物はと言うと、
……二人……いや、三人――ということになるのか……?
スラルを除いて思うのはそれだけだ。ただこれは、またレベルが違うといえる。
ケッセルリンクやペールの想いに応えた時、自分はこれだけ心地良いと思ったことは初めてだと思った。他者に真っ直ぐに愛されたのは初めてであったからだ、とその時は思った。
しかし更に上があると気づいてしまった。
だがその上で、他の者の想いが消えた訳ではなく、
「……好き、ではあるんだろうな」
と、考えた末に、正直に口にした。思ったことを、
「ただ、何というかな……多分俺は、好かれるのが好きなのか、どうも好かれると甘くなっちまう……気がする。応えたくなるというか、こっちも大切に想ってしまう。それも好きといえば好きなんだろう。ただ――」
言う。いつの間にか、調理の手は止まり、
「一番大切なものを、見つけちまったからな」
「それって……」
「……ま、そういうことだな。だから言うなら――好きなやつはそれなりにいるけど、一番は別だ――って、自分で言っててクズみたいだな……」
「まぁ、そこに関しては否定できないかもだけど……」
でも、と。
「別にいいよ」
「あ……? いいよって――」
だから、とスラルが再度の言葉を作る。
「別に、ケッセルリンクとかキャロルとかだったら……別に好きでもいいし、それに応えてもいいよってこと」
「それは……どうなんだ?」
疑問を尋ねる。スラルは、少し考える様に顎に手を当て、
「んー……まぁ、ね。ケッセルリンクとかキャロルなら、私としても大切だと思ってるし……」
勿論、そこらの適当な人ならムカつくけど、と。
しかしそこで、あ、と声を上げ、
「だから、ガルティアとかでもいいよ?」
「――馬鹿か!? 真面目なトーンで何言ってやがる!?」
あはは、ごめんごめん、と謝るスラルに頭を抱える。そういえば、最近ガルティアと一緒にいると、一部の女の子モンスターが妙な視線で見てくることを、何故か思い出す。その時は、妙な悪寒を感じたものだ。
しかしそれを一旦忘れ、気を取り直すと、スラルは表情を戻し、
「……あのカラー、ペールも悪い人じゃないのは、何となく解るし……もし今後、彼女がこっちに来るようなら迎えてあげてもいい。ただ――」
と、そこで言葉を区切り、ややあってから、
「私、わがままだからそれでも皆との時間も大切にしたいし、ケッセルリンクやキャロル。ガルティアや他の皆も。幸せになってほしいな、って思うの。でも……その上で、一番は私だし、優先するのも私にしてほしいかなって思っちゃう。……我儘、だよね?」
「っ……」
自嘲するように笑うスラルに、一瞬、言葉が詰まる。
そして行動を起こした。
「……スラル。目、瞑れ」
「えっ……うん――っ」
目を瞑ったすぐ後に、そのままスラルの口にキスをする。
もう何度もして、慣れた筈のそれは、甘い感覚を未だに覚えさせてくる。
そして数秒して、口を離すと、
「……我儘で良いだろ」
「えっ?」
呆気に取られた様に口を開けたままのスラルに言う。その意味は、
「俺は、お前の我儘なら何だって応えてやる。そう誓って……俺は今、ここにいる」
「でも、それだと負担が……」
「そんなの関係ねぇな。というか、負担にならねぇ。お前が大切なものは俺にだって大切なものだ。お前が、他の皆も全員、幸せにしてほしいって言うなら、言葉通り全員幸せにしてやるよ」
「――――」
「それで……アイツらが幸せになる方法を見つけたり、大切な者が出来たって言うなら、俺が全力で手助けしてやる。アイツらの大切な奴らだって、俺にとっては大切なものになるからな」
「……その理屈だと、とんでもない数になっちゃうんじゃ……」
「望むならそうしてやる。……ま、現実だとそれしようと思ったらそれ以外を犠牲にする羽目になりそうだが……それは今更だし、厳しくても諦めねぇよ」
「それは、そうかもだけど……」
魔軍と魔物、そんな人間の敵という種に属している以上、限界はある。
だがそうだとしても、それ以上を目指すことは諦めない。
敢えて、スラルに向かって笑いかける。
「しかも、今更だな。今までに何度だってそういうことしてきたじゃねぇか。魔軍を操りながら、仲間を増やして、救いたい奴は救って、犠牲を減らしてきた。お前は魔王だが、今まで少なからず、今いる奴らと、その大切な奴らを救ってきた。――それは全部、お前のおかげなんだぜ?」
「それは……レオンハルトが」
「その俺を、魔人にしたのはどこの誰だ? お前だろ。じゃあ少なくとも半分はお前の功績だな」
「――――」
言い切る。スラルを軽く抱きしめながら、頭を撫で、
「お前は俺に、幸せを与えてくれた。他の奴らにだって、少なからず救いを与えた。俺はそんなお前が“好き”で、他の奴らも好きで、そんな大切な奴らが沢山いるここが好きなんだ。そのためなら、何だって出来る」
言う。だから、
「ありがとうな」
「っ……!」
言った言葉に、スラルが反応を見せた。
それは、
「……レオンハルト……!」
涙だった。
言われた言葉に、スラルは湧き上がるものを抑えきれなかった。
目の端から涙が流れるのを自覚し、それを隠すように彼の胸に顔を埋める。
しかしそれでも嗚咽は隠しきれない。
「私……私、も……好き……!」
「ああ」
言う。言えるうちに、
「レオンハルトも、他の皆も、この場所も、全部大切で……」
だから、
「私、これからも頑張る……! 頑張る、から――」
「ああ」
言いたいことを、
「ずっと、一緒にいて……!」
「ああ――」
彼が笑みを見せる。こちらに額をくっつけながら、
「当たり前だろ。――ずっと一緒だ」
「っ! レオン、ハルト……!」
我慢は出来なかった。
少し屈んだ彼の首に顔を埋めて涙を流す。そして決意する。
……もう、泣かない。
昔のように、一人で泣くことはない。
だから決意する。
大好きな人と、大切な人を、大切な場所を守り切れる様に。
力になれる様に。
もう震えて引き篭もるだけの自分にはならない。
彼にだけ、それを押し付けることはしない。
だから、
「ずっと、一緒だからね……約束……!」
「ああ、約束だ――」
いつまでも一緒にいてほしい、と。最愛の人と、再び約束を結んだ。
自分で書いてて胸が痛いんですが……(自業自得)
ともあれ、何も思いつかなければ次回は運命の時です。何か思いついたら小ネタを書くかも。
どうなるかは(今まで散々言ってきたけど)次回か小ネタが尽きた時をお楽しみに