魔人レオンハルトの使徒、キャロルは至福の時を迎えていた。
場所は親愛なる主の私室。そのベッドの上だ。ふかふかのベッドに仰向けになり、見上げるのは当然、魔人レオンハルトだ。
そして時刻は夜。いつもであれば就寝する時間だ。その時間にキャロルが主のベッドにいること自体は、別段珍しいことではない。
最近、スラル様と結ばれるまでは殆ど毎日の様に、主のベッドに潜り込んで寝ていたものだ。そこでただ寝るだけでも充分幸せだが、やはりそれ以上を望むべく身体を押し付けたり、それとなく誘ってみたりといろんな手段を取ってきたが、手を出されることはなかった。
しかし、どういう風の吹き回しか、とうとう主が自分に手を出してきた。やはりこちらの愛が届いたのか。それともただの気まぐれか、理由は解らない。しかし理由が何であれ、
「ん、ふぅ……幸せですわぁ……」
「……そうか」
「んっ……」
こちらの言葉に、レオンハルト様はぶっきらぼうに返しながらも頭を撫でてくれる。主の掌の感触を頭で堪能するこの時間が、キャロルは大好きであった。
もとより主に尽くすことが使徒の使命であるし、主の為に働くことがキャロルにとっての生きがいであり、喜びである。対価があろうが無かろうが、それは変わらない。
しかしこうやって褒められることは何よりも代えがたい褒美だと思うし、主の寵愛を受けることはキャロルにとって望外の喜びだ。念願が叶ったともいえる。
長年の願いが叶った今思うことは、これが今日一日だけのことじゃないと願うことと、これが夢オチでないことを祈ることであった。
「――んへへ……レオンハルトしゃまぁ……そこは……」
「……今日は寝言が凄いな……」
自室のベッドの上で横になるレオンハルトは、幸せそうな表情で眠るキャロルを見て、やれやれといった面持ちで呟いた。
普段から一緒に寝ることはそれなりに多いが、妄想でトリップすることはあっても、寝言はそこまで多くないと認識している。うるさい時は一人で勝手に盛り上がり、毛布に包まってごそごそとしている時だ。そういう時は追い出すのだが、今日に関しては、
「……ま、しょうがねぇのか……」
裸で肌をさらけ出した状態のキャロルに毛布を被せてやる。溜息をつきながら、
「にしても……いくらイキ過ぎたからって、主を放って先に眠るのはどうなんだ、なあ?」
半目で責める様に呟く。一応、普段であれば喋りかけた時点で起きるのだが、これで起きない辺り、よっぽどだったのであろう。忠誠心が高すぎるのも考えものだな。
おかげでこっちは不完全燃焼だ、と心の中で軽い悪態をつきながら、レオンハルトは裸のままベッドから出る。時刻はもう朝方だし、水でも飲んで落ち着こうと立ち上がりながら、
「全く、苦労させるな……」
と、レオンハルトは苦笑しながらも、全くそうは思ってない声色で言った。
その少し前。
「――ん……もうこんな時間」
スラルは、久し振りに一人となった自室のベッドで起床したところであった。
レオンハルトと一緒に夜を共にするようになり、結構な時間が経った。おかげで夜、寂しさや不安に思うことは殆ど無くなり、幸せな時間が増えた。
しかしその分、彼の時間を奪ってしまう形にはなる。他の身内との交流も大切なのだ。それは、レオンハルトにとっても、自分にとっても。だから二人きりで過ごすのは、必然的に夜が多くなる。しかしそれでも、
……たまには、時間を作ってあげないとね。
そうでないと、ケッセルリンクやキャロルが報われないし、レオンハルトだって、たまには一人の時間が欲しいだろう。一人の時間を作らせると、高確率で新しい女性を誑かしているのが癪だが。この間も聖女の子モンスター全員と知り合いになっていたし、油断も隙もない。確かに自分以外ともそういう関係になったりするのを一応許した。許しはしたが……だからといってそうポンポンと増やされても困る。もっとゆっくりと時間を掛けて、こちらにもそれとなく知らせてほしい。こちらとしても心の整理が必要なのだ。一人くらいならともかく、いきなり四人はやはりムカつくし。
やっぱり、もうちょっとお仕置きしておいた方が良かったかな、と少しだけ思う。ただ一方で、自慢の彼が色んな人に好かれているというのは、ちょっとした優越感を感じないでもないから不思議だ。げに恐ろしき女心。人気なのは嬉しいが、モテすぎているのはそれはそれでイライラさせられるのだ。色々と矛盾してる気がする。
ただ、
「昔に比べたら……全然、今の方がいい」
しみじみとそう思う。そしてその事に、心が暖かくなるのだ。
――自分が魔王になった当初、自分の周りには誰もいなかった。
いや、いるにはいた。――ただ、それは自分と同じ人間ではない。魔に属する者達だけ。
厳密に言えば自分は魔王になったのだから、彼らの仲間といえるかもしれない。
だが、魔人と呼ばれる者達は、“人”という字が入っていても、元が人間の者は皆無であった。
その全てが、ドラゴンや魔物が出身の魔人や使徒。多くの魔物達。彼らは自分に傅いてはいるが、だからといって仲間とは思えなかった。
隙を見せたら殺されるのではないか。寝首をかかれるのではないか。そんな不安が頭から消えず、自分は百年間、魔王を演じ続けた。その裏で孤独と不安に苛まれ続けた。
私は求めた。自分の味方を。だから探した。強い人間を。――そして見つけた。
剣の王と呼ばれる人間。ただの人間でありながら、魔軍を何度も撃退している強い人間だ。
私は準備を整え、その彼の治める集落に向かった。
そして魔人の中で唯一マシな方だと思えたメガラスに命令し、その人間と戦わせた。
結果は人間の負け。しかし、その強さは可能性を感じさせるものであった。
性格に問題は無さそうだし、才能はある。後、容姿の査定も……無かったと言えば嘘になる。だって、どうせ味方にするなら格好いい方がいいし。
ともあれ、そこで私は瀕死の人間に語りかけ約定を交わし、彼を魔人にした。
私が初めて作った魔人――レオンハルトだ。
あの日の事は今でも鮮明に憶えている。彼は戸惑いつつも、改めて私に忠誠を誓った。自分が生まれ育った集落の安堵と引き換えに。
自分を化け物扱いしていた集落の人間を助けるなんて理解出来ない、と思っていた。
しかし彼はそうした。そして自分も少し理解した。彼が優しい人なのだと。
少なくとも他の多くの魔人の様に、暴虐の限りを尽くすことを、好む様な者ではないのだと。
そして自分と同じ、元“人間”。それだけでも、自分の心は少し安らいだ。
それからは色んな事があった。
彼が決闘を望み、とある魔人を斬り殺した。今思えば、あの頃から戦闘狂だった。
初めて自分の料理を人に振る舞った。自分の料理があんなに酷いことを初めて知った。
新しい仲間の勧誘をレオンハルトに頼んだ。ガルティアという、大食らいでさっぱりとした人間が仲間になった。意外と個性のある、彼のムシ達も付いてきた。
レオンハルトに、人間を滅ぼさないでほしいと頼んだ。口にはしてないが、それを悟られた。彼はそれを引き受けてくれた。彼に必要以上の苦労を掛けさせることになってしまった。
レオンハルトに使徒が出来た。キャロルと言う、とても明るく賑やかな子だ。落着きが足りないところもあるが、屈託のない良い子だと思う。
また使徒が出来た。今度はドラゴン・カラーの使徒、ハンティ・カラー。後から聞いた経緯は滅茶苦茶であったが、今ではそれを受け入れて、それなりに楽しくやっている。快活で、情に厚い人だ。
初めての長期休暇を、レオンハルトに与えた。するとカラーの女性二人と関係を持っていた。解せない。そのうちの一人、ケッセルリンクを魔人にした。元々夜の王は仲間にしようか悩んでいたのもあったし、渡りに船ではあった。レオンハルトと関係を持っていたのでおしゃかにしてやろうかと思ったが、彼女と実際に話して結局は魔人にすることにした。今思えばこの判断は正解だったと思う。
しかしその後で、伝説の四大聖竜とレオンハルトが戦った。実力は伯仲しており、かなり心配だったが、一応はレオンハルトの勝利で終わり、二人で翔竜山の頂上の景色を見た。
奈落に調査に向かった先で奈落の王と呼ばれる魔人、ますぞゑを連れて帰ってきた。ついでにハニ子と使徒二体がついてきた。ますぞえは意外とユニークだと思う。後、たぶん寂しがりやっぽい。
レオンハルトと二人でデートをして、そして……結ばれた。さすがに町を一つ作るのはどうかと思う。後、初めては痛いと聞いていたが、それどころじゃなかった。薄々察してはいたが、レオンハルトは……色々とヤバい。今は慣れてしまったが、喜んでいいのか判断に困る。
海に行って、キャロルやケッセルリンクのこともあるから、と、軽い許可を出してみれば、四体の聖女の子モンスターを町に住まわせていた。これからどうなるかは未知数。ただの友人になるのか、それとも……。本当にレオンハルトのことが好きで、レオンハルトもそれに応えるなら許してやってもいい。それまでは何とも言えないが、とりあえずレオンハルトに嫌味を言ってしまうことになるかも。悪いのはレオンハルトの方なんだからね、と。
他にも、色々なことがあった。レオンハルトがカミーラと戦って城を破壊したり、一緒にお酒を飲んだり、魔法を皆で教えたり、ファンクラブのイベントがあったり、遊んだり、ご飯を一緒にしたり、叱ったり、誂われたり、楽しんだりして、過ごしてきた。
そこには大勢の仲間がいた。いつの間にか人間に拘らなくなっていた。いつだって誰かがいたのだ。
寂しさや不安は、いつの間にか無くなっていた。
そのとても賑やかで幸せな時間は、これからも続いていく。続かせる。
誰かといる幸せを知ってしまった。もう孤独には戻れないし戻りたくない。誰一人として、失わせたくない。
――今あるこの世界は、いつまでも続くものじゃない。いつ消えてもおかしくないのだ。
私はそれを知っている。だから、その運命を破壊する。その第一歩として――
「…………よし」
手元に、四つの鍵を用意し、意気込む様に声を出す。
準備は万端。例え道中、何が起きても大丈夫なように様々なものを用意しておく。
今は夜明け前。今から行けば、昼頃には向こうに着くだろう。
スムーズにいけば、直ぐにでも帰ってこられる。転移魔法陣は問題なく発動する。
今日はレオンハルトも忙しいし、出来れば皆が気づく前に帰って来たいところだ。そこでお披露目しよう。
「私、頑張るからね――」
気合いを入れ直す様に頬をぱしっと叩くと、スラルは人知れず、魔王城から出立した。
「――? 何だ……?」
仕事中。レオンハルトは違和感を憶えた。頭を押さえ、眉間に皺を寄せる。それを見たキャロルが首を傾げながら尋ねる。
「レオンハルト様? どうかいたしましたの?」
「……いや、ちょっと頭痛がしただけだ。気にするな」
本当はそれだけではない。妙な動悸というか、胸騒ぎを覚えたが、心配させない様に軽く手を振って大丈夫なところをアピールする。
しかし、
「それは大変ですわ、レオンハルト様! 頭痛を治す為に、わたくしの身体を――」
「……調子に乗るな」
「あうっ」
馬鹿なことを言い掛けていたので、近づいてきていたキャロルの頭を軽くはたく。短い声を上げたキャロルに、レオンハルトは溜息付きで、
「頭痛と何の関係があるんだ、それは。ったく……今は仕事中だぞ」
「うぅ、申し訳ありません、レオンハルト様。確かに、今日はケッセルリンク様とのお約束があるのでしたね。それはわたくしが野暮でしたわ……」
「……確かにそうだが、それは関係ないだろ。別に約束が無かったら良いという訳でもなしに……」
微妙な表情で頷きつつも、やんわりと否定しておく。というか、
「……もし、その約束がハウセスナースとかだったら――」
「阻止! 全力で阻止ですわっ!! あの方はルールを破るばかりか、レオンハルト様にまで迷惑を掛けて……! そんなのは言語道断、ありえませんのよ! ただ、レオンハルト様の邪魔をする訳にはいかないので、レオンハルト様の残弾数を、ここで全て放出してもらうことになりますが……」
「それは、邪魔になってる様な気がするんだが……」
しかし、ハウセスナースには困っているのは確かだ。あいつがこちらに惚れてからというもの、どこでも構わずアプローチを仕掛けてくる……と、最初は思ったのだが、それよりも大胆というか滅茶苦茶な行動に出てきた。
『あなた……その、ここが私達の新しい新居で――』
と、そんなことを言いながら、魔王城地下に作った迷宮に自分を監禁しようとしたのだ。地のハウセスナースの力は伊達ではなく、それはものの数十分で作られたものだ。
そのことにキャロルが怒って、迷宮攻略隊――ケッセルリンクやガルティアなどの魔人を中心にした部隊で攻め入ろうとしたが、その前にあっさりと自分は脱出した。さすがに聖女の子モンスターとはいえ、あの程度であれば逃げるのは容易だ。
惚れるのは相手の勝手だし、別に悪い気は――しない……う、む、多分しないが、迷惑を掛けられるのは困る。だから去り際に、
『俺のことを好いてくれてるのは嬉しいが、本当に好きだと言うならもっとやるべきことがあるだろう』
と、半分本音、半分振られてもいいや、という雑な考えで言ったのだが、後日。迷宮を改良したハウセスナースが、
『あなた……迷宮と、あなたの部屋を繋げてみたんだけど……どう?』
そうじゃない。
別に住む場所が不服だったから迷宮から出ていった訳じゃないのだ。
その時点でちょっと頭が痛くなってきたのだが、とりあえず、“この程度では、無理だ。もっとどうするべきか考えろ”と、時間を稼ごうとした。問題の先送りとも言う。それが目下の悩みだ。マジでどうするか、アイツ……。
後は、カミーラからの要請で、“城が欲しい“と、言われたので、じゃあ四天王用の城でも建てるか? と、冗談半分に言ってみたのだが、スラルが何故かそれに賛成し、魔人四天王にこれから城を与えようか、みたいな案が上がり、現在協議中だ。どこに建てるか、とか魔軍は常駐させるのか、など色んな問題がある。こっちは仕事の悩みだ。ちなみに、ケッセルリンクはいらない、と言っているので、どうなるかは未定だ。欲しいやつだけにやってもいいかな、と。
そんなこんなで色々と考えることがあるが、レオンハルトとしては少し憂鬱だが、それでも頑張ろうと思える気力は湧く。他ならぬ、スラルや身内の為だ。そのためならいくらでも苦労を背負い込んでやる。魔軍参謀にして、魔人筆頭である自分の働きが、身内の未来に直結するのだ。
今のままでも安泰ではあるが、万が一もある。有事の際に、常に最悪を想定しておくことは必ず活きてくる。ゆえに最近は、仕事と平行して、数千年に渡る魔軍維持の方案を思案している。戦力の増強や、領地の拡大、生産力の向上。人間を滅ぼさないための大義名分や、その方策まで。場合によっては人間側にも工作し、より確実なマッチポンプを行うのも辞さない。全ては、スラルと身内の幸せ。魔物と人間を可能な限り繁栄させるためだ。そのためなら自分は何でもする覚悟だ。
あまりにも壮大で話がでかくなりすぎな気もするが、挑戦する価値はある。支えてくれる仲間も多い。何とかなるだろう。だが、
「……少し根を詰めすぎたか……?」
それで身体の調子をおかしくしては意味がない。魔人は病気などとは無縁と聞くが、身体の不調自体は起こりうる。気をつけねば、スラルを悲しませることなるだろうしな。
「むぅ……レオンハルト様ー……あの方に甘くするのは、出来れば……むぅ……」
「ん? ああ、悪い。確かにそうだな。考えておく」
それより仕事を再開するぞ、と、言うと、キャロルは渋々頷いた。
……なんだ、少し甘えんぼうになった気がするな。
おそらく昨日、というか今日の影響だろうが、それもまた新たな一面を見れたようでいいか、と、レオンハルトは仕事に戻っていった。
後で報告がてらスラルの顔でも見に行くか、と、そう思いながら。
――その日のことをレオンハルトは、一生涯忘れることが出来ないだろう。
――とある遺跡。
――四つの黄金像を台座に置くことで、神の扉が開く。
――ここではないどこかに住まう、神と出会うための道筋。
――その扉に入っていく者が、今日この日に、現れた。
「…………」
――白髪灼眼の魔王は神に出会い、ある願いを口にする。それは、
「――――」
ある者達の運命を決定づける――運命の日であった。
察して()