ここではないどこか。
そこには神と呼ばれる存在が、多数存在する。
“神域”と呼ばれる幾つかの空間の内、多くの天使やレベル神、その他の多くの高階級の神々が住まう“天界”がある。神には階級が存在し、役割や職務内容によっての差異はあるが、基本は“天界”で一級神、二級神といった上級神の命令を受け、仕事をこなしている。
しかしそれとはまた別に、とある場所が存在する。
そこは神の扉を通らなければ行けない場所。世界に配置された四つの黄金像を集めることでしか到達出来ない場所。
そこに住まうのは、この世界の絶対者であり、全ての始まりでもある創造神と三柱の神である。
創造神を除いた、その三柱の神を、“三超神”と呼称する。
そのうちの一柱。魔王と魔物、その基幹を作った神がいた。
それは、黄金色の甲殻類に似た六脚をもった、ヒトデとも蜘蛛ともつかない巨大な体躯をしていた。
自分に会いに来た者の願いを一つだけ叶える――そんな趣味を持つ神。
現在の世界の生態系を作り上げた張本人――三超神、プランナーである。
そんな彼――性別は存在しないが、便宜上彼と呼称する――彼は先程、とある願いを叶えたところであった。
謁見者は、今代の魔王。他ならぬ、自らの手で選んだ人間の少女であった魔王だ。
その叡智から、自らに直接会いに来るという偉業を成し遂げた。幾ら魔王という強大な力を持った存在とはいえ、それは喜ぶべきことだ。
ゆえに願いを叶える。その方が面白そうだから。しかし、
「――う~む……」
その願いは、プランナーを以ってして、考えさせられた。
何しろそれは、今後の世界のバランスを左右する願いであったからだ。
プランナーは世界のバランスを取ること。それを重視する。ゆえに願いを叶える際、バランスを取るために相手の意図を曲解させることが多い。それは自分の趣味趣向も入っていないとは言えないものだが――。
さて、今回のそれはどうしたものか。
だが、プランナーは考え、考えた末に――願いをそのまま叶えてやることにした。
プランナーには珍しく、願いを曲解させないまま、願いをそのまま叶えてやったのだ。
結果、魔王という存在のスペックを見誤り、寿命というものが出来てしまったが……まあ、問題ないだろう、と。
それでも千年はあるのだし、それが終われば次の適当なやつが魔王になれば良い。バランスが取れるならそれでいいのだ。
そういう意味では、今代の魔王は優れている。メインプレイヤーである人類と、敵対者である魔物。その両方を生かさず殺さず、戦いだけは継続させ、苦しみを持続させ、飽きが来ない様にしている。
ただ、年々少しずつ、人類への比重が高くなっている気がする。それは魔物、正確には魔人側の要因もあるが、人間が思ったより食い下がってくる所為だ。
愚かな存在として、別の三超神に作られた人類は、これまで作られたメインプレイヤーの中で、史上最低として作られた存在だ。頭も悪く、精神も野蛮。身体も強くなく、寿命も短い。そのくせ野蛮で利己的。過去から学ぶことの出来ない欠陥だらけの存在。
しかし繁殖力は高く、遺伝子を受け継ぐ際に全てを受け継がせず、ワザと10万分の1の確率で失敗し、ランダム性を有した状態で生まれてくる人類という種は、丸いものやドラゴンなどというつまらない存在と違い、信じられないほどの多様性を生み出した。
結果、最も愚かだが、最も面白い存在となっている。中々に飽きが来ない面白い存在だ。
しかし弱い存在として作られたのが人類だ。それが魔物はともかく、魔人までも脅かす様になってはバランスが保たれない。
ゆえに願いは叶えられた。魔人も、そして魔王も、殺されない様に。
こうしておけばバランスは保たれるだろう。我ながら良い采配だ、と思う。
しかし、ほんの少しだけ強すぎたかもしれない。
一方的になりすぎるのはそれはそれで面白くないのだ。バランスが保たれない。
「――どうするかな……」
プランナーは再び悩む。世界のバランスを取るために。
人類側にも何か、手段を用意するのがベターか。そんなことを考えつつも、地上を観察し、プランナーは思考の渦に沈んでいった。
「――――っ!」
瞬間。
鼓動を打ったのは、魔人の誰も彼もだった。
誰も彼もが、自らの胸を押さえて顔をしかめさせる。
魔王城の片隅で鍛錬後の干し肉を齧っていたケイブリスも。
自室で宝石を眺め、使徒の七星と話をしていたカミーラも。
戦場に出て、ただ命令の限り戦い続けていたメガラスも。
食堂でいつもの様に大量の料理に舌鼓を打っていたガルティアも。
自室でこの後の約束に備えて姿見を覗いていたケッセルリンクも。
城の中庭で、ハニ子や使徒達とぼーっとしていたますぞゑも。
そして、自室にて仕事をこなしていたレオンハルトも。
その他多くの魔人達が、身体に起こった変化に戸惑いを見せた。
何が起きたのか、それは解らない。
しかし、己に備わったであろうそれは、自分達にとって悪いものではない、と、本能で感じていた。――ただ一人を除いて。
この日、魔人という存在に備わった新たな力。多くの人間を苦しめるその力。その名を――
魔人レオンハルトは、自らの鼓動を打ったそれが来た瞬間。背筋が凍る様な感覚を得た。
「ぐっ、な、んだ……?」
「だ、大丈夫ですの!? レオンハルト様!!」
心配して駆け寄ってきたキャロルに応答する余裕もなく、レオンハルトは眉間に皺を寄せ、自らに起こったであろう変化に戸惑いを見せる。
胸を押さえたまま蹲る。しかし、痛み、というか、違和感は一瞬だけ。身体は正常であるはずだ。
なのに、
……何だ、この身体の不調は……!
とてつもない頭痛が起こり、心臓は強く脈打つ。指先は震え、身体から汗が吹き出る。
同時に、心に焦燥感が巻き起こる。酷く強いものだ。
身体の内側から自分を衝き動かそうとする。その衝動はまるで、
……何だこの……何かとてつもない失敗をしてしまったかの様な感覚は……。
そして同時に、この身体に起こった違和感に、何やら既視感を覚える。
この正体が、何なのか。自分は知っているという、そんな感覚。しかし、それを詳しく探ろうと頭を回転させてみると、
「っ! ぐ、あぁぁ……!?」
「レオンハルト様っ!!」
頭痛がさらに強くなる。床に膝を突き、頭を抑えて蹲るこちらを、キャロルが支える。
その間も、頭痛は続く。悪寒が強くなる。思い出そうとすればするほど。
まるで、思い出すことを拒否しようとしているかの様に、己の身体が悲鳴を上げている。
思い出してしまえば、きっと自分は耐えられない。
ゆえにこれは、防衛本能なのだろう。
思い出してしまった後に訪れる――強い後悔と、心の傷を防ぐための自己防衛だ。
頭の片隅でそんな直感を覚え、頭痛が続く中、しかしレオンハルトは立ち上がった。
そして、次に口から出たのは、本能によるものだった。それをキャロルに告げる。
「――スラルは、どこだ?」
「――えっ?」
不意の質問に、さしものキャロルも間の抜けた声を出す。しかしそれに構わず、再度レオンハルトは語気を荒げ、
「スラルはどこにいったッ!?」
「す、スラル様、ですか? え、と。その、多分、お部屋におられるかと……そ、それより、身体の具合は――」
「――っ! どけっ!!」
「きゃっ!?」
なおも身体の調子を窺ってくるキャロルが煩わしくなり、レオンハルトは彼女を押しのけながら部屋を飛び出る。このようなことをしてる場合ではない。
一刻も早く、スラルの姿を確認しなければ、安心出来ない。それを本能で感じ取っていたレオンハルトは、半ば駆ける様にスラルの私室に向かう。
部屋まではそれほど掛からずに着いた。部屋の前で警備を行う魔物兵が、レオンハルトの必死な形相を見てぎょっとする。
「れ、レオンハルト様? スラ――」
「いいからどけッ! 緊急事態だ!!」
「えっ、あっ、はいっ!」
その言葉に魔物兵は直ぐ様飛び退いた。元より、レオンハルトは殆ど自由にスラルの私室への出入りしているし、止める相手ではないし、止められる相手でもない。
飛び退いた魔物兵に一切視線を寄越すことなく、レオンハルトは扉に手を掛けた。ノックをする時間も煩わしい。
「スラル――」
と、部屋に足を踏み入れながら名を呼ぶと、
「――えっ?」
「!」
ちょうど、部屋に描かれた魔法陣の様なものが発光し、その中心からスラルの姿が現れるところであった。
それを見て、ようやくレオンハルトは少しだけ心が落ち着くのを自覚する。彼女に駆け寄り、
「大丈夫か、スラル!」
「えっ、う、うん……大丈夫、だけど……きゃっ――」
彼女の身体を抱きしめる。
ちゃんと、ここにいる。それを認識し、
「……良かった……」
「レオンハルト……」
身体を抱きしめて安堵する、その姿を見たスラルは心配を掛けてしまった、といった風に表情を少し歪ませた。
そしてややあって、
「うん……ごめんね。黙って出て。ちょっと、用事があって外に出ていたの」
「ああっ……何でも良い。お前が無事なら何でも……」
それは本心であった。
先程まで自分の内側を突き動かしていた焦燥感が収まっていくのを感じる。
しかし、落ち着いていくと、こいつはどこに行っていたんだ、という疑問が新たに生じる。自分に黙って外に出やがって。一応、魔王なんだから自覚くらいしろよ、と、
「……何しに行ってたんだ?」
「あ、そうね。その説明をしなくちゃ――」
と、身体を離して、スラルは笑みを向けてくる。そして自分の身体を指し示す様に両手を広げ、
「私、ちょっと変わったんだけど……気づいた?」
「あ? 何だ、急に……髪、切った?」
「そういうベタなのじゃなくて……その、何か感じない?」
「って、言われてもな……ん?」
そんなの知るかよ、と思いながら一応は考えようとしたところで、レオンハルトの感覚がそれを感じ取った。スラルをまじまじと見詰めると、
「……お前……少し、強くなったか……?」
「えへへ……強くなったって言うか、新しい力を得たというか、だけどねっ」
「……それは――」
嬉しそうに喋るスラルに、レオンハルトは何故だか妙な悪寒が過るのを感じた。
再び頭痛が起こり、脈が少しずつ早くなる。
まただ、という思いを得ながらも、レオンハルトはスラルの返答を待った。聞かなければならない。しかし、聞きたくない、と、妙な本能を覚えながら、
「えっと、何というか……魔王と魔人は無敵になったの」
「……無敵……」
ええ、とスラルは頷きを入れて、その先に続く言葉を放った。
引き金となるその言葉を――
「簡単に言うと、それ以外の生物からの攻撃を一切受けなくなるというか、無効化する結界が常に張られるの。言うなら――“無敵結界”、ね」
「無敵、結界――」
だから、と、
「だから、死ななくなるし、誰にも殺せない。一生、傍にいられるようになるの」
「……あ、ああ……」
「……レオンハルト?」
スラルがこちらを見て、少し驚いた様に首を傾げる。しかし、直ぐに気を取り直したのか、困った様に苦笑し、
「……もうっ、
「泣、く……?」
と、そこでレオンハルトはようやく、自分の頬に流れているものに気づいた。
涙だ。涙が、つーっと目元から流れている。
頬をなぞり、それを確認する様に、指先を見ていると、
――駄目だ。
「これからは、私も頑張るからね」
「…………」
「結構色々考えたんだけど、人間相手にはこれまで通りに程々でいいし、問題は私達が生き残ることで――」
「――
「……えっ?」
スラルは、疑問の表情を見せた。
しかしレオンハルトは続けた。
「それじゃあ、駄目なんだ……スラル……」
「ど、どうして? 死ななくなったんだから――」
――違う。
「スラル……違う。――死んじまうんだ……」
――スラルが死ぬ。
「……どういうこと……?」
「無敵結界は……その代償に、寿命が出来るんだ……魔王としての寿命が……」
「っ!」
スラルの驚きを他所に、レオンハルトは口から述べていく。
「その寿命は千年。だが……お前は――」
――それより早くに――
「――えっ、あ……ちょ、ちょっと! レオンハルト!?」
「…………」
その言葉を最後に、レオンハルトは気を失い、床に倒れ込んだ。
焦った様にこちらに駆け寄ってくるスラルの声を聞きながら、レオンハルトはほんの少し、運命を思い出した。
残酷な運命と、その結末を。
――その日、世界では変化が起こった。
これからの人類と魔物。その戦いを左右する、決定的な変化が、魔王によって齎された。その名を――
――“無敵結界”という。
この先の展開を思うと吐きそう(自業自得)