※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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その原因は

 ――SS450年。

 

 魔王スラルの願いによって、ある変化が起きた後の世界。

 そこでは、

 

「――はははは! どうした、カス人間共!!」

 

「があぁッ――!?」

 

 魔人による蹂躙が加速していた。

 その原因は、魔王と魔人にもたらされた新たに備わった力の所為である。

 それを以って、魔人は戦場で暴れ回る。

 

「てめぇらの攻撃なんざ効かねえんだよ!!」

 

「一体、何が――ぐっ!?」

 

 その正体は、無敵結界。

 魔王と魔人以外の生物からの、あらゆる攻撃を無効化する。文字通り無敵の結界だ。

 これにより人類は対抗手段を失い、魔人の脅威はより確かなものとなった。これから先、魔人の代名詞となる無敵結界の存在は、人類を絶望させるには充分であり、魔軍と戦っている人類国家は大きく勢力を削がれ、壊滅的な被害を受ける国もあった。

 人間が絶望する中、反対に魔軍の士気は大いに高まった。

 ただでさえ強かった魔人の強さが絶対的なものとなり、魔物兵は大いに沸き立つこととなる。しかもそれが、魔王によってもたらされたものと知ると、多くの魔人、使徒、魔物将軍以下、魔軍に属する者達は魔王を褒め称え、畏怖をより一層高めた。

 無敵の魔王と魔人。それに付いていく自分達に負けはない。

 これから魔物の黄金時代がやってくる。そのことを疑うものはいなかった。

 

 そして、それを観察していた三超神――プランナーは、

 

「……強すぎたかな……」

 

 自らが引き起こした結果に、不満足を感じていた。

 魔王と魔人が無敵になり、より活発に人間を苦しめる様になった。それはいい。そのことに上は喜んでいるし、他の神々も歓迎している。

 しかしバランスを何よりも重んじるプランナーとしては、この状態は看過出来ない。

 魔王は頂点。魔人はその下で、魔物、人間と続く社会構造。それはより確かなものになった。

 だが、絶対の絶対、無敵というのは面白くない。それでは予定調和でしかない。展開が解りきってる劇ほど、つまらないものはないのだ。

 ならばどうするか。これがまた難しい。

 メインプレイヤーである人間が、魔軍との闘争に勝ち、魔王と魔人を完全に駆逐されるようなことがあっては困る。それではドラゴンの二の舞だ。

 勝ってもらっては困るが、負けと決まっているのも面白くない。これではバランスが取れない。

 

「人間側にも、何か用意するか」

 

 それこそ、ピンチにだけ颯爽と現れ活躍する、主人公の様な存在。そんな存在が人間に居ればいい。

 常に強くても困る。故に時間制限付き。それも力は段階的に強くなるようにする。

 例えば、メインプレイヤーがどれだけ死んだか。それを境に力を解放させる。

 魔人が強すぎてメインプレイヤーが絶滅させられるのも困るのだ。その事態を避ける為の保険にもなるだろう。

 一人くらい無茶苦茶なやつがいれば面白くなりそうだし、バランスも取れる。

 戦いでは劣勢がチャンスに変わり、何があっても絶対に死なず、普段は不運だが肝心なところで幸運になり、レベルは都合よく下がらない。限定的な時にしか使えない伝説の剣を持ち、異性にモテモテな――

 

「――勇者。そう、勇者だ」

 

 勇者を作ろう。言うなら勇者システムか。

 今挙げたことを特性とし、人間の中に一人、常に勇者が現れる様にする。

 しかし、不安もある。それは、

 

「人間は馬鹿だからな」

 

 そう。例え勇者であっても、人間である以上はこちらが望む動きをしてくれるとは限らない。愚かすぎて動きが読みづらいのが困るのだ。それが良いとも言えるのだが、とにかく何か対策が必要だ。

 と、プランナーは少し悩み、考えた末に、

 

「――コーラス0024」

 

 とある神を召喚した。

 勇者を補佐し、言葉巧みに操り、こちらが望む舞台装置としての勇者を全うさせるための存在。

 配下の神にそれを行わせておけば良い。そしてしばらくは様子見だ。

 魔王と魔人の無敵結界。そして勇者システム。中々良い塩梅だ。これぞバランスの極地。完璧な仕事振りと云えよう。

 ハーモニットの性悪や、ローベン・パーンの様な無能とは違うのだ。仕事と趣味をバランス良く兼ねるのが良い。

 

「しばらくは安心して見ていられそうだな」

 

 少なくとも魔王の寿命が切れるまでの550年。それまでは仕事もないだろう。

 ゆえに今しばらく地上の観察を続けようと、三超神プランナーはここではないどこかで楽観的になっていた。

 

 

 

 

 

 魔王城。

 魔王スラルが無敵結界を手に入れてしばらく。

 城の前で悩み続ける影があった。

 心ここにあらずといった様に城門を行ったり来たりとし続ける少女を見て、片方の少女は声を掛けた。

 

「――それで、いつまでそうしてるつもり?」

 

「うっ、だって……」

 

 ベゼルアイは、同じ聖女の子モンスターであるハウセスナースを見て呆れた様に尋ねた。

 結構前から、ハウセスナースは城の前で右往左往している。ちなみに、数日前は少し離れた場所でうろうろしていた。

 原因は、ハウセスナースの70000回目の失恋予定相手の魔人。彼に惚れたハウセスナースだが、肝心の相手が色々と大変で、

 

「……いつもの様に拉致監禁しないの?」

 

「……うるさいわね。私だって空気くらい読むわよ……」

 

 あら、とベゼルアイは感心の声を上げた。

 てっきりいつものハウセスナースなら相手の事情など関係無しに突撃して振られると思っていたのだが。成長したのだろうか。いや、単純にそれどころじゃないシリアスな様子だから踏みとどまっているだけだろう。

 まあそれでも良いが、

 

「……ハウ、忘れてない?」

 

「……何がよ?」

 

 どうやら本気で忘れている様だ。全くどうしようもない。自分達の存在意義。謂わば使命だというのに。

 ならば思い出させようと、ベゼルアイは言葉を作った。それは、

 

「もうすぐ発情期でしょう? 彼が無理なら、別の相手にしてもらう羽目になるけど……どうするの?」

 

「…………」

 

 ハウセスナースの顔が真顔になる。あ、完全に忘れてたな、と内心で呆れていると、

 

「――完全に忘れてたあーー!?」

 

「はぁ……」

 

 頭を抱えて叫ぶ仲間の姿に息が漏れる。

 ……しかしまあ、どうしたのかしらね。

 せっかくだし種でも貰ってから旅立とうかと思っていたのだが、この分ではしばらく無理そうだ。その間にこちらも発情期が来るだろうし、今の内に強い魔物でも見つけておこうか、と思う。

 

「紹介を頼みたいけど……それも無理かしら」

 

 大人しく自分の足で探そうと、ベゼルアイは喚くハウセスナースを引きずりながら町に戻っていった。

 

 

 

 

 

「ぐふふ、ぐふ、ぐふふふ……」

 

 魔王城の片隅。

 日課の鍛錬を終えた魔人ケイブリスは、丸い身体を跳ねさせご機嫌な様子で城の中を歩いていた。

 いつもは警戒に警戒を重ねて、隅っこをこそこそと隠れるように移動するのだが、ここ最近は、気持ち堂々と城の中を闊歩していた。それでも警戒しているのには変わりないが。

 しかし、ケイブリスがここまでご機嫌なのには当然理由がある。それは、

 

「無敵結界……! ようやく俺様の時代が近づいてきたぜ……!」

 

 実際には来てない。ただ、一歩近づいたのは確かだ。

 無敵結界という魔王と魔人以外の攻撃を無効化する特性が魔人に備わったことで、ケイブリスの安全は少しだけ確保された。魔人にへこへこしなければいけないのは変わりないが、少なくとも使徒や魔物、人間に怯える必要はあまりない。

 それでも強い相手なら結局倒せないし、万が一もあるので近づきたくもないが、やはり安全になったのは確かだ。

 ゆえに少しだけ上機嫌。干し肉を齧る速度も上がるというものだ。

 だが、一方で不安がないこともない。それは、最近この城で感じられるオーラの所為であり、

 

「……何でイライラしてんだろうなぁ……?」

 

 おかげで擦り寄りたくても近づきにくくてしょうがない。ケイブリスの本能が訴える。今、下手に奴に近づいたら死んでしまってもおかしくない、と。

 そのため上階や、よく人が通る場所には近づかない。少なくともこの気配というか怒気の様なものが消えるまでは。

 

「あー、面倒くせぇぜ……」

 

 ケイブリスは隅っこで干し肉を噛りながら、我らが魔人筆頭の気配を感じて、鬱陶しそうに声を震わせた。

 

 

 

 

 

 その頃。

 魔王城二階にある魔軍の会議室では、会議が行われていた。

 と、言っても、会議とは名ばかりの報告会だ。魔物将軍達は一同に会し、上司である魔軍参謀に成果を発表する。

 両側には使徒である金髪ツインテールの少女、キャロルと、魔物大将軍であるリーが、普段よりも緊張した面持ちで会議に臨んでいる。

 魔物将軍が最後の報告を終えると、上司である金髪灼眼の魔人――レオンハルトは表情を歪ませ、

 

「――何故見つからねぇッ!?」

 

「っ――」

 

 苛立ちを隠そうともせず、怒鳴りを上げた。

 身が竦む様な一喝に魔物将軍達が身体をびくりと揺らすも、彼はこちらに向かって怒っている訳ではなく、まるで独り言の様に、

 

「何故だ……何故黄金像が見つからねぇ……! 領内の迷宮はくまなく探させた筈だ……!」

 

 手元には一つの、ひょうたん型の黄金像。それを睨みつけながら歯を噛み締める。その瞳は、仇を見ているかの様に怒りに染まっており、身体から溢れる怒気がオーラとなって目に見えていた。

 なおもレオンハルトは続ける。

 

「……人間の領内にあるのか……? いや、それとも奴らが何か細工を――ぐっ!」

 

 と、不意にレオンハルトが目元を押さえながら苦悶の声を上げる。キャロルが近づき、

 

「レオンハルト様……!」

 

 身体を支えると、レオンハルトは痛みに耐えるかの様に荒い息を吐きながら、

 

「ぐっ、はぁ……はぁ……! っ、大丈夫、だ……離れろ……」

 

「っ……はい……」

 

 何かを言いたそうに表情を一瞬歪めたキャロルであったが、しかし主の命令に従い再び傍に控える。

 大将軍や他の将軍達も、その様子を沈痛な面持ちで見詰めていた。

 それはここ最近、正確には魔人が無敵結界を手に入れてからというもの、レオンハルトの癖となったものだ。

 その日、レオンハルトは気を失い、丸一日寝込んだという。城中が大騒ぎであり、魔王スラルや使徒のキャロル。魔人ケッセルリンクやレオンハルト閥の魔物将軍達も気が気でなかった。

 しかし、一日経ってレオンハルトが目を覚ますと、レオンハルトは時折、頭痛を訴える様になった。そして両日中に部下に対してとある命令を下した。それが、

 

『四つの黄金像を集めろ……!』

 

 というものであった。

 それからレオンハルト軍は各地に軍を派遣し、迷宮を中心にその黄金像探しに苦心している。

 理由は解らない。それとなく大将軍や他の将軍が質問したが、その度にレオンハルトは睨みつける様に目を細めて相手を見ると、

 

『お前達が、知る必要はない』

 

 それだけを答える。

 しかしながら、レオンハルトがここまで言うのだからそれは本当に知る必要のないことなのだろう。疑念を感じないでもないが、彼の言うことであれば必要なことなのだ、と。

 魔軍参謀として、魔人四天王として、魔人筆頭として。今まで数多の信頼を培ってきたレオンハルトの人望は、理由を教えずとも配下を動かすには充分であり、皆は今なおそのために動き続けている。

 だがその頑張りも虚しく、成果は芳しくない。レオンハルトの使徒であるハンティが見つけてきた一つだけが、今は手元にある。それを肌身離さずに持ち歩いているというレオンハルトは、時間が経つに連れて頭痛の頻度も高くなり、段々と苛立ちが大きくなってきていた。

 そのことを思い、大将軍は彼に傅くと、

 

「……申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに――」

 

「っ、うるせぇ……謝る必要はねぇだろうが……!」

 

「…………」

 

 その言葉に大将軍リーは、無言のまま頭を下げる。

 しかしレオンハルトは、それで何かが切れたのか、腹から絞り出す様に声を引き出した。その内容は、

 

「くそが……やはり……!」

 

「っ! レオンハルト様、どちらへ……!?」

 

 突然、部屋を退出しようとするレオンハルトに慌てて魔物将軍らが引き止める。

 すると一度舌打ちし、頭を掻きながら、

 

「決まってんだろ……! 俺も探しに行くんだよ……!!」

 

「そ、それは……お待ち下さい!」

 

「うるせぇ!! 止めんじゃねぇよッ!!」

 

「ぐ……!」

 

 しかし必死の制止も虚しく、レオンハルトは部屋を出ていってしまう。

 この様なことも多くなっていた。

 レオンハルトは時が立つに連れて、自らも迷宮に赴いて黄金像探しに尽力した。

 その様子はまさに修羅であり、鬼の如き様相であった。頭痛に耐えながらも立ち塞がる魔物を尽く斬り殺し、血に塗れながらそれを探し求めるレオンハルトの姿は、いっそ痛々しさすら感じられた。実際にキャロルやケッセルリンクが止めに入らなければ、レオンハルトは今なお各地を彷徨っていただろう。

 睡眠や食事もほぼ取ることはなく、常に動き続ける。黄金像の為に。黄金像で何をするのかは知らないが、その血気迫る表情から、尋常ではない事態であることは周りにも理解できた。

 しかしそれを知る者はいない。あの日から、同じ様に部屋に籠もり続けているという魔王スラルを除いては。

 今のレオンハルトには、無敵結界で浮かれている魔人ですら近寄らない。無敵結界で機嫌を良くし、レオンハルトに話しかけたとある魔人は、あわや死亡する一歩手前まで、レオンハルトにやられてしまった。止められるのは、一部の仲の良い身内ともいえる間柄だけ。しかしそれすらも厭わず、レオンハルトは突き進む様になっている。

 結局、レオンハルトの部下である魔軍の者達は彼を信じて従うしかなかった。

 

 

 

 

 

 豪奢な部屋の中。そこに一人の少女がいる。

 一人で暮らすには充分な部屋の広さ、しかしそこは今、数多の本が散らばり、雑多な内装を見せていた。

 それは机に近づく程積み重なり、散らかり具合が酷くなっていく。

 その中心に、部屋の主である魔王スラルはいた。

 

「…………」

 

 彼女は今、研究を行なっていた。

 それ自体はいつものことだ。珍しいことではない。

 しかし現在行われているのは、自身が願ったことと、それよって起こった結果を確かめる為のもので、

 

「これを……」

 

 スラルは、特殊な素材で出来た透明な容器に自らの血を入れる。それは幾度となく繰り返されたのか、机には赤い点が染みた紙が何枚も重なり、その上には研究の結果であろう、複雑な式や、魔法陣、論文が書かれていた。

 そして再び、スラルが血を容器に入れると、それに反応して魔法陣が光を発した。

 宙に現れた半透明の赤い板の様な枠を見詰めながら、同時に何かを打ち込んでいく。

 そうして算出された結果に、スラルは何度目かになる溜息付きで、眉をひそめさせた。

 ……やっぱり。何度やっても容量を大幅に越えてる。これだと……。

 魔王の無敵結界。その代償について、あの神は何も言っていなかった。何もなしに願いを叶えさせるほど、甘くはない、とそういうことだろうか。

 何にせよ、算出された魔王の寿命。そのシステムは約千年。それを過ぎれば魔王の血に飲まれて消滅する。

 しかし自分の場合は、

 

「……そういうこと、か……」

 

 レオンハルトがあの時言っていたことは当たっていた。

 魔王の寿命は千年。しかし自分の場合は、より早く訪れる。

 原因は無敵結界という新たな力の容量が、魔王の血のスペックを大幅に越えたから。それに耐えきれないため、半分程の寿命で自分は死ぬ。

 それを防ぐには――

 

「……駄目、ね。どれも難しいってレベルじゃない」

 

 無敵結界という力を排除することも、力を正常に作動させることも出来ない。神由来の、魔王という根幹の力に作用するものだ。これに手を加えられるのなら、自分を魔王じゃなくしてしまった方が手っ取り早いだろう。それも難しいものだが。

 血の継承を行なって魔王じゃなくなったところで、寿命が増える訳ではないし、何より候補者を探すのは至難を極める。興味本位で出会った人間の技能LVを確認してはいるが、自分と同じそれを持ったものは今までに出会った事がない。

 やはり無理だ。方法はどこかにあるのかも知れないが、これ以上の知識となると今まで以上に手探りとなってしまうし、膨大な時間が必要だ。それこそ、神に教えを乞わなければいけないだろう。もっとも、神が信用ならないことは今回ではっきりと理解ったが、それを理解するのが少し遅かったといえる。

 

「……レオンハルトは、これを知っていた……」

 

 そのことに、疑問を覚える。

 レオンハルトは、無敵結界という名称を聞いた途端。それがもたらす結果を言い当てたのだ。知るはずがないことを。

 何故だ、と思う。しかし考えても解らない。無敵結界というのは、神があの時初めて作り上げた権能だ。仮に神や魔王について完全に理解していたとしても、新しく作られたことを知っているはずはない。

 ならば予言。未来予知か。これが近い様にも思えるが、だとしたらどうして、あの時初めてそれを口にしたのか。それが解った時点で口にすればいいのに。

 あの時初めて予言した、とは考えづらい。レオンハルトはあの時、驚いていた様にも見えた。まるで今思い出したかの様に――

 

「……思い出す……ね……」

 

 もしそうだとしたら一応だが辻褄は合う。予め知っていた。過去に何かが有って。未来からやって来た。夢の世界で見た。

 色々と推測――いや、憶測は立てれるが確証はない。

 事実は、レオンハルトがそれを言い当てたこと。

 そしておそらくそれを思い出した、と思われること。

 知っていて隠していた、というのはありえない。自分の目から見ても、レオンハルトは自分のことを想っている様に見えた。今も何やら焦燥感に駆られた様に、黄金像を探し求めているという。つまりそれで何が出来るのかも知って――いや、思い出したということであり、

 

「……そろそろ、行こうかな」

 

 研究は終わりだ。ならば後は、行く末を決めるだけ。

 自分がこれから、どのような道を行くのか。どこを終着点とするのか。

 そして――何を残していくのか。

 

 

 

 

 

 ――俺は、全てを忘れたかった。

 

 生まれた時、俺には別の記憶があった。

 不確かな自我を持ちながら、別の魂の記憶がある。それが嫌で嫌で仕方なかった。

 俺は俺だ。極東の島国の、何たら何某とかいう変な名前の男ではない。

 自我が確かになり、物心がついてくると、その思いはますます強くなった。

 確かにその記憶があるが故に便利なこともある。しかし、知っているからこそ絶望することもある。

 

 その知識があるおかげで、俺はこの世界に何の救いもないことを早々に知った。

 人間という種に生まれた自分は、遠からず絶望することとなる。

 何故なら人類とは、そのために作られた存在であるから。この世界は、創造神の退屈を紛らわすためのおもちゃ箱だ。箱庭ともいえる。その中で、人間が苦しみ足掻き、しかし失意の中で無惨に殺されていくのを眺めているのだ。

 その敵として作られた魔王と魔人。その強さもよく知っている。人間が勝てるはずがないということも。

 

 そしてやはり、それを知っているが故に俺は苦しむ。

 このような知識があって良いことなんて何もない。知らなければ世界に絶望することも、俺という存在に悩むこともない。

 俺は俺という存在で、この世界に生まれた確固たる個人――レオンハルト・○○○○だ。人間としての名は捨てて久しいが、魔人になろうともそれは変わらない。

 

 ――分かるか? 俺は、俺なんだ。

 

 俺という個人が、そうでないと歪められるほど、屈辱なことはない。

 この知識が無ければ――俺は何者だ? という答えの出ない問いに悩まなくて済むんだ。

 俺が俺という個人でない――その証明となる知識を使うのなんざ、本当は真っ平御免なんだ。使わないで済むならそれに越したことはない。

 人間から魔人となり目的を得て、誰からも愛されることのなかった俺が愛され、生きがいを得た。沢山の身内に囲まれ、幸いを得た。

 だからそんな知識は必要ない。こんな記憶はいらない。今までそう思っていた。

 

 ――なのに、何故今更……思い出したくないことを思い出したのか。

 

 理由は簡単だった。愛する人が、危機に陥ったから。

 それを切っ掛けに、俺は目が覚めると同時にその古い記憶の一部を思い出した。

 無敵結界。それに関する知識だ。

 全てを思い出した訳ではない。故に解決方法は限られている。関連して別の知識を思い出そうとすれば、頭が割れてしまうと錯覚するほどの強い頭痛に見舞われる。

 だから、知識の中にある黄金像を使うことを思いついた。

 無敵結界が神によってもたらされたものならば、それを何とか出来るのも神しかいない。

 否、正確には、それしか縋れるものがない。

 思い出した範囲で導き出せる解決方法がこれしかなかった。

 しかし、一つだけでも見つけらたのなら僥倖ともいえる。

 ゆえに俺は命令した――黄金像を探せ、と。

 そして今なお、探し続けている。時折訪れる頭痛に耐えながら。

 そうしなくてはならない。そうしなければ、早くしなければ、スラルは――。

 事態は一刻を争うのだ。寝てる暇なんてないし、食事を取ってる暇もない。人間であれば絶対に必要なそれらが無くても、魔人の身であれば問題ない。問題があるとすれば頭痛と、時間が経てば経つほどに沸き起こる苛立ちだけだ。

 もはやそれを制御出来るほどの余裕はない。それをふとした時に自覚しながらも、俺はそれを止めることが出来ないでいた。

 

 

 

 

 

「――何だと?」

 

 レオンハルトは城の廊下で、正面に立ち塞がる相手を睨みつけた。

 相手の姿は異形。白い体躯を持つ昆虫の様な外見の魔人で、

 

「…………止まれ」

 

 短くそう告げてくるのは――魔人メガラス。

 かつてレオンハルトが人間だった時代。唯一戦ったことがあるホルスの魔人だ。

 しかしその寡黙っぷりから、魔人の間でも不気味がられており、敬遠される存在であった。

 そんなメガラスが、自分の前に立ち塞がった。その事実に、レオンハルトはおかしくなり、

 

「……ハッ、今までどんなに声を掛けようが一度たりとも返事をしなかったお前が、こういう時はしゃしゃり出てくるのか?」

 

「…………」

 

 メガラスは何も答えない。しかしこの沈黙は、肯定の色を見せたものである。

 今まで、レオンハルトはメガラスに度々話しかけていた。それは仕事のことから、他愛もないもの、模擬戦のお誘いまで。しかし一度も答えることはなく、今この時を迎えた。

 その背後には、レオンハルトにやられボロボロとなった魔人が気絶している。それを守る様に飛び出してきたメガラスは、短く要件を伝える。

 

「……引け」

 

「あ?」

 

「……八つ当たりはやめろ」

 

 いつになく饒舌なメガラス。しかしその発言に、レオンハルトは眉を立てた。

 

「……八つ当たりだと……?」

 

「…………」

 

 レオンハルトは聞き返す様に呟くも、メガラスは答えない。

 そして事実、確かにそういうことでもあった。

 やたらと上機嫌で、無敵結界をもたらしたスラルを褒め称えていた魔人を見て、レオンハルトは気がつけば剣を抜いていた。

 魔人の制止と健闘も虚しく、レオンハルトにやられてしまった魔人は、しかし、すんでのところでメガラスが飛び込んできたことで、一生を得た。

 それを、レオンハルトは頭で理解した。

 理解したのだが、

 

「……ふん、そうか。それは悪かったな……」

 

 鼻を鳴らして謝ってみせるレオンハルト。

 しかし、その戦意は消えておらず、

 

「だがよ……お前の言う通り……俺は今、少しイライラしてるんだ」

 

 だから、

 

「こうやって割り込んできたんだ。覚悟は出来てるんだろ? ――なら、少し俺に付き合ってくれるよな?」

 

「…………っ!」

 

 その一撃を躱せたのは、メガラスがメガラスであったからだ。

 常人が一歩を動く間に、大きく後退してみせたその動きに、レオンハルトは口元を弓形に変化させる。

 

「……クク、さすがだ。最速の魔人は伊達じゃねえな」

 

「…………やる気か」

 

 魔剣オル=フェイル。レオンハルトの代名詞ともいえる魔剣。

 身の丈を超えるほどの長い刀身を向けて、レオンハルトは歯を見せながら、

 

「いいだろ? ――思えば、お前とやるのは俺が人間の時に世話になって以来だからな」

 

「…………」

 

 メガラスが無言で戦闘態勢に入る。あの時とは違う。

 レオンハルトの実力は、既にメガラスよりも上だ。メガラス自身が、それを感じ取っている。

 しかし、だからといって負ける気もない、と。メガラスは全身で訴えている様であった。

 ホルスの戦士として、心構えは出来ている。それを見たレオンハルトは、やはり笑みを濃くし、闘気を滾らせ、

 

「ハハッ! いいじゃねぇかッ! 中々に滾る! なら、お礼参りさせてもらうぜ――ッ!!」

 

「――!」

 

 その言葉とともに、レオンハルトはメガラスは、お互いに一歩、足を踏み出した。

 刹那。

 二人の姿はかき消え、高速の戦闘は開始された。

 




長くても後5話くらいかな……出来る限り早めに投稿したい
後、感想返し遅れるかも
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