「起きて……起きてってば……!」
ㅤゆさゆさと身体を揺らされ、スイッチを入れられたように不意に目がさめる。こっそりと忍び寄るようなしめやかな香りが鼻に付き、妙な懐かしさを覚える。
「んぁ……?」
ㅤ顔を上げると目の前には知らない女の子が立っていた。少し周りを見渡してみると、自分が教室にいるのに気付く。
「『んぁ……?』じゃないでしょ。次、移動授業だよ」
ㅤ移動授業……?
ㅤああ、そういえば次は音楽の授業か。すっかり忘れていた。
「ああ、そうだったな。何かと迷惑かけて悪い。先行ってていいぞ」
「ううん、折角だし待ってるよ。だから急いで準備してよ。一緒に行こう?」
「ん……分かった」
ㅤ寝起きで若干身体が怠いものの無理やり動かし、背後にある自分のロッカーに向かう。音楽の教材をいくつか取っていく。すると何やら一切れの紙が落ちていった。
「何だこれ……?」
ㅤ不思議に思い拾い上げると、紙には小さくこう書いてあった。
『教室から出るな』
ㅤ俺にはこれが何を意味しているのか、あまりよく分からなかった。教室から出るな……という意味自体は流石に分かるが、何故出てはいけなのだろうか。廊下には即死トラップでも仕掛けてあるのか?
「何やってるの?」
ㅤ背後から突如紙を取られ、破られる。
「あっ……」
「こんなのどうでもいいじゃん。早く行こうよ」
ㅤ明らかに目が笑ってない。なんか不機嫌だな。
あれだ、鹿島の時と同じーーーー
ㅤあれ、鹿島って誰だ?
「ねぇ、早く行こってば」
ㅤ腕を力強く引っ張られ、廊下に出るように促される。しかし頭の中では鹿島という人物の名前がどうも気になって仕方がなかった。
「ちょっと待てくれ。鹿島ってやつ知ってるか?」
「知らないよ!もう早く行こって!!」
「そう怒るなよ。あの先生なら少し遅刻しても大丈夫だって」
ㅤそう言ってみたものの、女の子は全く止まろうとしない。
「……ねぇ、今日様子変だよ? 鹿島とか誰? 夢の中の人とかじゃないの?」
「夢……夢なのか……?」
ㅤなんだ、この変な感覚は。何故夢という単語に引っかかるんだ。
「さ、行こう?」
ㅤ再び手を握られ、廊下に連れて行かれる。
ㅤ本当にこれでいいのか?
ㅤだいたい何でこんなにこの教室を懐かしく思うんだ?
ㅤ何でこの子を見てると胸が痛むんだ?
ㅤぐるぐると頭の中で思考を巡らす。そして一つの答えに至る。
ㅤーーーここで夢と現実の区別は無意味じゃないか、と。
ㅤ『胡蝶の夢』
ㅤそれはある有名な哲学者が残した話である。内容は蝶になった夢を見たが、実は人間になった夢を見ている蝶なのではないかというやつだ。
ㅤ結局言いたいことは最善を尽くせという事。ならそれを実行しようではないか。
「え?」
「ごめん、やっぱり行かないわ。先行っててくれ」
「は?」
ㅤ何を言っているんだ、巫山戯るな、という意味を込めたような言葉を使ってくる。しかし怯む事なく睨む。
ㅤすると女の子は悲痛の叫びをあげ始めた。
「……いい加減にしてよ。一緒に行くって言ったじゃん」
「いつも君はそう。口ではどうこう言いながら好き勝手に行動するし、いつの間にか定位置に戻ってきてるし!ㅤ猫か!!」
「ーーーせめて、今回くらい一緒に行こうよ」
ㅤ最後は切実な声だった。
「……朝か」
ㅤ窓から流れてくる、あまり心地が良くない暖かい風が身体を無理やり起こす。
ㅤとりあえず辺りを見回し、ここが何処なのか確認する。まあ見たところ多分自分の部屋だろう。見慣れた家具があるし。
ㅤところで何故俺がこんな所にいるんだ?
ㅤ昨日は確か川内の部屋行って酒を飲んでーーー……駄目だ。それ以降が思い出せない。また飲み過ぎたのだろう。
ㅤま、まあ今日からお酒控えるし?ㅤこんなの二度と起きないし?ㅤ気にしない気にしない!
「……なんで黒の和服なんて着てるんだろ」
ㅤ服装を確認してみると、確かにそこには黒の和服を着ていた。しかし当然ながら着た記憶は一切ない。昨日いったい何があったのか自分でも知りたくなってきたな。
「タバコでも吸うか」
ㅤ夢のせいで気分悪いし、どうせなら久しぶりにタバコでも吸いに行こうと決め、ベッドが降りようとする。しかしいざやろうとすると力があまり入らなかったのか、勢いよくベッドから落ちてしまった。
ㅤどうしたんだ、と自分でも思ったが単純に寝惚けていると結論づける。次はしっかり力を入れて立ち上がる動作をすると、なんなく立ち上がれたのでタバコを持って移動した。
「ふぅ……」
ㅤベンチに座り、ため息とともに煙を吐き出す。凹んでいる時の煙草ほどまずいものはない。
「くぅ……なんか寒いな……」
ㅤ実はここは日本から見てかなり南の所に位置しており、やはり場所が場所なので普段はかなり暑いものなのだ。しかし今日は何故か寒く感じる。熱でもあるのだろうか?
「司令!」
ㅤ誰かに声をかけられ顔を上げると、そこには肩で息をしている磯風がいた。ここまで走ってきたのだろうか。
ㅤ一旦煙草を灰皿の上に置き、一先ず先に磯風に話しかけようとする。そもそもここは鎮守府の端っこにある、提督専用の喫煙所だ。何か用がない限り艦娘はこんな所には来ないだろう。
「おはよう、磯風。そんなに息を切らしてどうしたんだーーっておい」
ㅤ話している途中なのに、磯風は俺の膝の上に乗ってくる。
「ふふふ……ようやく見つけたぞ……司令……」
ㅤそう言って磯風は俺に抱きつき、身体を覆ってくる。胸あたりが異様に柔らかいあたり、多分今日もノーブラだ。
ㅤまあこれはいつもの事なので特にこの行為自体は気にはしなかったが、この状態だと煙草を吸うには少し無理がある。なので磯風を無理やりどかそうとするが、磯風は頑なに抵抗してくる。
「磯風、すまないがどいてくれ。煙草が吸えないだろ」
「それは嫌だな。もう少しこうしていたい」
「ふむ、どうしてだ?」
「司令から女の匂いがするからだ。折角だし上書きしておきたい」
「はあ……?」
「うぉぉ……すごいぞこれは……」
ㅤすんすんと髪や服を嗅ぎながら、何故か感嘆し始める磯風。くすぐったいからやめて欲しい。
「磯風はなんで匂い云々にこだわるんだ?」
ㅤ心に思った事を口にする。ここ最近、必要以上に皆匂いに関して敏感になってる気がするのだ。
「うぅむ……答えは何となく、だな」
「……そうかい」
ㅤあまりしっくりとこない回答が来て少し残念な気持ちになる。ちゃんとした回答であれば、それなりに納得したんだけどな……。
「……強いて言うなら、本能だ」
「本能……?」
「そう、本能。私たち艦娘は戦闘において、本能で行動する事もあるからな。きっとそのせいで、本能が自然と人間より強く現れているのかもしれない」
ㅤ言われてみれば確かに彼女達は日頃そういう所に立っているのだから、意外と説得力があるように聞こえる。
ㅤでもね、君達すごく賢いじゃん。理性ばりばり残ってるじゃん。なにが本能ですかねぇ……。
「ふむ……これでもよく分からないのなら、私のことを猫と思ってくれればいい」
「えっ」
「猫はたまに身体を擦り付けてくる事があるだろう?あれは実はな、マーキング行為なんだ。もっと言えば愛情表現だ。それと同じように考えればこれも説明がつくはずだ」
「エッ」
ㅤ磯風の言うことに従えば、確かにそれはごく当たり前の行為になる。しかし当然ながら、磯風は艦娘であって猫ではないわけで、この行為が正当化出来てるわけではない。
ㅤまあでも、もし磯風が猫だったらあまり俺の言う事を聞かないし、結構納得がいく。磯風のレベルが高くて、俺が持ってるバッチが足りないから、言うことを聞いてくれないのかな?ㅤそれでも売れそうやな、猫になっても可愛いと思うし。
ㅤああ、今思えばやっぱり世の中顔だよな。
ㅤソースは俺。俺の周り(イケメン)には見合いとか沢山来てたのに、俺には全然来なかった。まあ実は一度だけあったのだが、当日キャンセルされたからあれはノーカン。
「そして……これも私なりの愛情表現だ」
「……ッ!」
首に鋭い痛みが走る。軽く噛まれたみたいだ。
「んむっ……♥」
ㅤこれは猫の甘噛みという行為にあたるのだろうか。だとしてもこれに関してはタチが悪い。首にこんな痕が残ってしまったら誰かしら怒ると分かり切ってるのに、それをあえて磯風はやっている。
ㅤまあ俺も拒否しないのが悪いのかもしれないが、そんな事したらもっとめんどくさい事になる。具体的に言えばずっと泣いたりとか、引きこもったりとか。基本的に他の艦娘は助けてくれないので、俺がどうにかするしかないという現実。ほら、めんどくさいでしょう?
ㅤしばらくぼーっとしていると、磯風がついに噛み付くのやめ此方の目をのぞいてくる。
「司令……もしかして風邪をひいているな?」
「……」
ㅤ意外な奴に体調不良がバレて心の中でドキッとしてしまった。出来る限りいつもの自分を演じれたと思ったのだが……とは思うが、流石に顔色までは操れないのだから結局誰かにバレるのは時間の問題だっただろう。
ㅤ磯風に頬を触られ、次に首、おでこも触られる。これが鳳翔とかにやられていたら『子供に戻った気分だ』と言えただろうが、相手は駆逐艦。正直恥ずかしい。
ㅤまあ残念ながらうちに鳳翔はいませんけどね!ㅤ今思えば深刻な軽空母不足。正規空母は加賀と翔鶴で二隻、軽空母も瑞鳳と龍鳳の二隻……やっぱり航空戦力が心もとない気もするよな。
「ああ、やはり風邪をひいている。この磯風が看病をしてあげよう」
「いやいい。大丈夫だ。気遣いだけで十分さ」
ㅤ艦娘に看病してもらうのは流石に気が引けてくる。というか磯風に看病させられたら、次の日は明石の元で看病させられている気がする。
「仕方ない。こうするしかないか」
ㅤガチャリと左腕に何かをかけられる。
「……え?」
ㅤ理解するのに少し時間はかかったが、よく見るとそれは手錠だった。
ㅤ冷や汗が止まらない。今日に至るまで色々と嫌なことはあったが、特に手錠にはあまりいい思い出はないのだ。というのも、昔五月雨に監禁された時に使われたのが手錠であり、たった二日間程度ではあったが、非常にキツかった思い出がある。
「磯風、これを早く外せ。これは命令だ」
「よーし、私の部屋に連れて行くからな!!」
「」
ㅤ磯風が歩くのを邪魔するために色々な事をしてみるが、相手は艦娘。残念ながら力の上下関係では磯風が上なのだ。
ㅤというか看病するとか言うなら優しく連れて行けよ。ちょっと泣くぞ。
ㅤ暫く引きずられていると、花壇の前に山城が居るのに気付く。直ぐさま声をかける。
「おーい、山城!助けてくれ!!」
ㅤ山城が此方を向いてくれる。よく見るとその顔には何故か涙が流れていた。
「て、提督……何故ここに……」
ㅤ涙を拭い、声を震わせながらも山城はそう言ってきた。もしかして姉の事を思い出していたのか、と心の中で察する。しかし申し訳ないが今はそれどころじゃない。
「タバコ吸ってたらこうなった」
「……相変わらず馬鹿ですね」
「罵る前に助けてくれ……」
「……もう、仕方ないですねぇ」
山城が手錠のチェーンを握り、歩くのを阻止する。
「磯風、さっさとそれを外しなさい」
「……」
磯風はそれを無視し、山城を睨む。その目は『邪魔をするな』という意味が込められている様な目つきであった。しかし山城はそれを気にせず、何故か構えを取る。
「そう……それが答えなのね。それならーー」
「こうするだけよッッ!!!」
山城は思いっきり磯風に対して腹あたりを蹴る。すると勢いで山城の手で固定されてたチェーンが壊れ、磯風は後ろの方に吹っ飛んでいった。
「はい、これもちゃんと外しておきますね」
かちゃかちゃと音を立てながら、手際よく手錠の輪っか部分を外してくれる。それやるなら初めからやっとけよ。
「あの……普通に千切ればよかったのでは……」
「はあ……? そんなことしている隙があったら、私が吹っ飛ばされてますよ」
「あ、そっかあ……」
俺が山城と話しているうちに磯風が立ち上がる。艤装を部分的にと言えども展開している辺り、本気で怒っているようだ。
「不幸だわ……朝からこんな事になるなんて……磯風、貴女もそう思わない?」
「それは同感だな。司令と会えて幸せだったのに、山城のせいで不幸が移ったみたいだ」
「ふふふふふふ、今ここで沈めるわよ?」
「やってみろ。駆逐艦だからって侮るなよ」
磯風の真紅な瞳と山城の朱殷な瞳が交差する。俺はここに立ってるのが精一杯。こういう時に『テーマパークに来たみたいだぜ』とか言える気概が欲しい。
「……喧嘩は駄目だぞ」
「喧嘩じゃありません。ただの教育です」
「そうは見えないんだが……」
「こういうのは痛みが一番の教育になるんですよ。知りませんでしたか?」
「いや……まあ、しかしだな……」
山城言う通り、確かに場合によっては痛みによる教育が有効な時もある。例えば子供が道路に飛び出して車に轢かれそうになってしまったら、この時は怒って痛みによる教育をしてもいいと思う。こういうのは少しの不注意で、簡単に死んでしまう事もあるのを分からせるためにやるのだ。
だが一応言っておくが、俺は暴力を肯定している訳ではない。そんな悲しい事は決してやってはならないからな。これらをハッキリと区別するのは難しい(例えば体罰)が、そこら辺はしっかりと環境に応じて判断するべき。適当に言ったから異論は認める。
さて、話を戻すと、この場合は痛みによる教育が必要なのだろうか。この状況をよく考えてみると、磯風は俺を無理やり連れて行こうとして山城はそれを止めた。こう見ると俺の立場としては山城を擁護したいし、痛みに教育も必要なのだろうが……でも雰囲気的にこれただの喧嘩になってるよね? 山城も若干私情交えてるよね?
「久しいな、この感覚。気分がすこぶる良い」
「私は最悪の気分だわ……」
「ふむ……その割には顔が生き生きしているぞ?」
「……気のせいよ」
え、なに今の会話。山城、お前もしかして戦闘狂だったの?
「さてそろそろ殺りあおうーーー『やあやあ駆逐艦。ここでいったい何をしてるんだい?』ッ!!」
磯風が喋ってる合間に、いつの間にか磯風の背後に立っていた川内に話しかける。今何処から現れたか全く分からない。これには山城も苦笑い。
「くっ!!」
背後にいる川内を磯風は軽いフットワークで蹴ろうとするが、時既に遅し。川内もそれを読んだ上で背後に立ったのか、軽く避けて更には転ばせようと試みる。その結果磯風は見事に後ろに転ばされ、川内を上に見る形になってしまった。
「まだだ!!」
それでも磯風は諦めずなんとかして態勢を整えようとするが、川内がそんなのを見過ごすわけがなく、直ぐさま左足首を両手を使って磯風から見て右回転に思い切り捻る。気のせいか滅茶苦茶嫌な音が鳴ったぞ。
「……ッ!」
磯風が動揺してる間にも、川内は止まらない。次は右手首を掴み磯風の腕をVの字に固定し、もう一方の腕をVの字になっている磯風の腕の下から通し、右手首を掴んでいる腕を持ってそのまま捻りあげる。
どう見ても関節技のオンパレードですお疲れ様でした。
「はい、私の勝ちね。さっさと艤装、解除くれない?」
「……いやだ」
「ん〜?」
「分かった。言う通りにする」
大人しく磯風は艤装をしまうと川内は大人しく磯風を解放した。川内は艤装を使ってないないのに……川内強すぎないか?
当の本人は『あ〜あ、こんな事するなら夜戦して方がマシなのに……』と独り言を呟いているが、君が言う夜戦ってそんなに激しかったか? 俺そんな覚えないんだけど。
「ここ数ヶ月で磯風は練度が上がった、力を制御出来る用になった、賢くなった……それは私が認める。でもね、それでも山城さんには勝てない。あまり調子に乗らない方がいいよ」
川内は低い声で磯風を咎める。
まあ俺も磯風と山城だったら九割の確率で山城が勝つと思う。それほど駆逐艦と戦艦は性能の差があるのだ、と言いたい。
しかしだからといって、駆逐艦が勝てないわけでもない。戦艦は確かに全体的に強いが、駆逐艦は駆逐艦で強い部分があるのだ。そこで勝負すれば五分五分になる。まあその勝負までを戦艦側が持ち込まさせないだろうけど。
「私は司令を看病してあげようと思っただけなんだがな……」
磯風の言葉にイラッときたのか、山城が『あのねぇ……!』と声を出す。流石にまた喧嘩沙汰になるのは御免なので山城を落ち着かせようとした時、
「でも私の言った通り、司令はちゃんと生きていだだろ?」
辺りが静かになる。
磯風の方を見ると、何故かにへらと笑顔を浮かべていた。
山城の方を見ると、何故か呆れた顔をしていた。
川内の方を見ると、何故か微妙な顔をしていた。
当の俺は、その発言の意味が分からなかった。
「そうね、貴女の言う通り。それに関しては私が悪かったわよ。だからその……今回は何も無かった事にするわ」
「山城さん、それでいいの?」
「まー、今回だけです。次からはちゃんと罰を与えますよ」
「ふーん、分かった。じゃあ私からは何もしないね。そもそも無関係だし」
俺を置いてどうやら解決したようだ。
よく分からないけど、まあ平和が一番だよね!
「解決したなら俺は部屋に戻るぞ」
「それはいいんだけどさー……提督、大丈夫? 顔色すごく悪いし……部屋、連れて行こうか?」
「いや、大丈夫さ。一人で帰れる」
川内の提案を断り、一先ず先に帰ろうと振り返る。すると目の前にはいつの間にか那珂がいた。
「えっ」
「那珂ちゃんにお任せあれ〜」
自然にお姫様抱っこされる。あの、すごく恥ずかしいんですけど。
「那珂、降ろせ。あの、頼むから降ろしてくれ。すみませんお願いします降ろしてください」
「じゃあ明石さんの所に連れて行くね〜!」
「違う! 俺の部屋に戻りたいんだよ!」
「よろしくね、那珂」
「38度5分ですか……発熱ですねぇ……」
ピピピとなり、測り終わった体温計を見て明石はそう呟いた。
「原因はなに?」
加賀は神妙な顔で明石に聞く。
「さあ……?」
「そう言われると反応に困るのだけれど」
「と言われてもですねぇ……私にも何がなんだか」
明石は『世の中何が起きるか分かりませんねえ』と言いながら、寝ている提督に布団をかける。
「ま、何がともあれよかったですよね。提督がちゃんと生きてて」
「本当よ……昨日貴女からの報告を聞いて、大泣きしたっていうのに」
「私もですよ。久しぶりにやけ酒して一人で大泣きしました」
加賀は珍しく自分の感情を吐露し、明石は昨日馬鹿げた事をしたと秘密を晒した。
今は戦争中である事を忘れられるくらい、そこには平穏が訪れていた。
「今思えば長かったですね。提督があの日から三ヶ月も寝るなんて、思いもしなかったですよ」
「そうね……周りを落ち着かせるのも大変だったし、色々あったわ。これからどう皆に説明すればいいのかしら……今から話をしたら混乱するだろうし……」
「それよりまず提督に事情を説明したらどうでしょうか。薬で眠ったとはいえ、きっとお昼頃にはお腹空かせて起きますよ」
「じゃあそうしようかしら。今日もいつも通り、任務を片付けましょう」
「ええ、それで大丈夫かと」
そのあといくつか世間話を終えてから、加賀は『また後で』と言い医務室から去った。
しばらく歩いていると廊下に利根が立っていた。加賀は内心驚きつつも、バレないように表面で何とか取り繕う。
「どうしたの?」
「加賀、報告じゃ」
真面目な顔をして利根はそう言ったので、加賀は緊急事態だと理解し頭を切り替える。
「歩きながら報告して」
加賀は足を風に追われるように早く歩かせ、状況整理をするために利根に聞く。
「加賀の予想通り、敵艦約三十隻程度が此方に近づいてきている。姫級は少なくとも六隻いるのを確認。吾輩の独断で川内と翔鶴に連絡を入れて艦隊を先に迎撃に向かわせたが、大丈夫だったじゃろうか?」
利根の言う通り元々加賀はこうなると予想していて、またここまでは作戦通りに進んでいた。だから利根や加賀は冷静でいられるのである。
「ええ、それは別に問題ないけど……なんでもっと早く報告してくれなかったの?」
「珍しく加賀が楽しそうに喋っていたからじゃ」
「……それは貴女もでしょう。とりあえず報告は早くして欲しいわ」
「うむ、心得た」
加賀は利根の横顔をちらりと見ると、その顔には満足らしい笑みを漏らしていた。
「……本当に分かってるのかしら。とりあえず急いで今動ける娘を会議室に集めましょう」
「うむ、了解じゃ!」
利根がいつもより元気なのを見て、言わなくても提督が起きたのは分かったのね、と加賀は察する。いや、きっと利根だけではなく他の皆も感じとっているのかもしれない。
「ーーーーさて、後悔させてあげましょう。誰に喧嘩を売ってしまったのかを」
今日再び、
三か月も寝てたのに女の匂いがする……?
三か月もあれば艦娘は色んな事出来そうですね。
次回は番外編投稿してから三か月の間のことを投稿しようと思います。
因みに番外編は大井さん回です。七割くらい出来てるからすぐに投稿出来るかも。