魔王退治のご褒美にエリス様を娶った僕がアクア様に身も心も奪われる話 作:ブラックマンバ
『いい加減にしてください! 彼は、彼はもう十分に生きたじゃないですか! 天界のルールではもう次の転生をしないといけないんですよ!』
『イヤよ! そんなルールなんてくそっくらえよっ!』
『先輩! もう諦めて下さい!』
この声は……エリスとアクアが言い争いをしている……アクアのギャン泣きするような声は珍しくないが、エリスが本気で怒っている声を聞くのは初めてだ……
あまりにも五月蠅いから目を開くと、皺塗れで目を閉じた不気味な老人の姿が目の前にあった。
(うわぁっ!?)
思わず大声が出てしまったが、僕の声は二人には聞こえてないようで言い争いを続けている。
『なんでこの私が諦めなきゃいけないのよ!』
『だって彼はもう、帰ってこないんですよ』
(僕は宙に浮いてる……? ああ、なんだこれは……夢なのかな……)
あやふやな身体感覚なのに、やけにはっきりした意識。明晰夢というやつだろうか。それとも幽体離脱か。
周りを見れば清潔な病室だった。窓の外には美しい星と月、石壁で守られたアクセルの夜の町並み。サイドテーブルには見舞いの品が山と積まれていた。
(あれ、この老人は……)
老人は眠っているのではなく、すでに亡くなっていた。
不思議なもので命を失ったモノは、やけにはっきりとそれと分かるものだ。
『イヤよ! こいつは私のものなんだから! どんな手を使ってでも取り戻してみせるんだから!』
『いいえ、彼の寿命は完全に尽きたんです、認めて下さい!』
老人の遺体の前で、二人の女神は怒鳴り合っていたのだ。
やれやれ、せっかくの美人が台無しだ。
(それにしてもこんな顔して死ねたんだから、本当に満足したんだろうね)
いかな人生を歩んできたのか、老人の顔の深い皺はすっかりとたるみきり、身体は痩せ細っていた。
だけども、死んでもにやけ顔の禿頭の老人は、間違いなく幸せな最期だったに違いない。
(あれ、でもこれは……一体誰だ……?)
ふと気がついた。これは僕の予知夢や願望的未来夢なんかじゃないぞ、と。
なぜなら、老人の枕元に置いてある冒険者の集合写真には、僕の知る人はたった二人しか写っていなかったからだ。
写真の真ん中にいる軽薄そうな笑みを浮かべている青年にアクアが後ろから抱きつき、周りには知らない顔の冒険者達。その端っこに写っているのがクリスだった。
他にも二人の美少女が左右から青年に抱きついていた、知らない女騎士と女魔法使い。この青年が、老人の若かったころだろうか? 間違いなく僕ではない。
『寿命なんて知ったことじゃないわ! だってだってだって! ずっと私と一緒にいるって約束したんだから!』
『そうやってなんども横車を通して! 高位の復活の魔法どころか寿命を延ばす禁呪まで使って! いい加減にしてください! 彼の魂はもう無理と無茶を繰り返して擦り切れてしまいそうだったんですよ!』
二人の顔が徐々に険しくなっていく。何かまたアクアがやらかしたらしいが……寿命を伸ばすだの、魂が擦り切れそうだの、不穏な言葉が聞こえる。
『だから私は、彼が亡くなる直前に相談されたんです。今度また命が尽きる時がきたら、俺を自由にしてほしいって……』
『嘘、そんなことアイツは絶対に言わないわ。アンタっ! 嘘を吐かないでよぉっ!』
アクアはエリスに食ってかかり。涙と鼻水をボタボタと垂れ落としながら、エリスのあの清楚な女神服を汚していく。
エリスは服が汚れるのも厭わずに、泣きわめくアクアを優しく抱き留めた。
『寿命を無理矢理引き延ばすなんて、本当はやっちゃいけないことなんですよ。そんなの分かってたことじゃないですか、先輩』
『あんなにも楽しく一緒にやってきたってのにっ! ずっとずっと一緒にいるって言ってくれたのにぃっ!』
頭を何度もエリスの薄い胸に叩き付けても、アクアの憤りは収まらないようだ。
あまりにも聞き分けがないアクアに、カッとなったエリスがその肩を揺さぶりながら悲痛な声で叫ぶ。
『あの人の魂を永久に失うわけにはいきません! ですから彼の願い通りに、私を中継点として別世界の転生担当神に魂を渡しました。あとは彼が望む世界に転生を果たしたでしょう。ですからきっともう、この世界に彼は戻ってきませんよ』
『ふざけるんじゃないわよぉっ! 私からアイツを取り上げないでよぉっ!』
アクアの手が振り上げられて、深夜の病室に乾いた音が響く。
頬を赤くしたエリスはアクアに向けて哀れんでいるかのような瞳を向けた。それに対してアクアは息を荒くしながら睨み付け、視線を絡ませる。
『もう十分じゃないですか……百年以上も一緒にいたんですから、彼を解放してあげましょうよ、楽しかった思い出と一緒に』
『ええ、楽しかったわ……こんなに楽しかったことなんて、女神になってから初めてかも知れない……だから、もっとずっと永遠に続けばいいって思っただけなのよ……それだけなのよ』
俯いて涙を流すアクアの姿に思わず胸が痛くなりそうだった。
『それは、たとえ大神であろうとも許されることではありません』
そんな彼女へ、エリスの凍り付きそうな冷たい声が送られる。
アクアの顔がゆっくりとあがっていく、目が怒りで爛々と輝いている。
『だけどもエリス、あなたは最後の最後に絶対にしちゃいけないことをしたのよ』
まるでエリスに呪いをかけるかのように、アクアは震える指を突きつけた。
『アンタだってアイツと一緒にいたかったから、本当にギリギリまで私のしてきたことを見逃してきたくせにっ! アンタは私を裏切って、
『ち、違う、それは違います、先輩! カズマさんの魂の行方は私でも本当に分からないんです!』
カズマ? それは確かアクアやエリスの仲間だったっていう……
『そんなの、信じないわ……この借りは大きいんだからね、覚えてなさいよ……!』
『先輩……っ』
二人の今までのやりとりから、カズマというこの老人への気持ちの重さが伝わってくる。
それは徐々に、羨ましさや嫉妬といった感情が僕の中でぐるぐるとぐつぐつと煮立っていく結果となる。あまりにも耐えきれなくて、この場で何か思いきり叫びたくなるが、今ここにいる僕はただの傍観者でしかなかった。
『ふぅーっ! ふぅーっ! 泥棒猫……っ!』
『私は、カズマさんのためにやれることをやっただけですっ』
次の瞬間には刃傷沙汰に発展しそうなほどに緊迫した状況で、僕は見ていることしかできなかった。
そして、先に爆発したのはやはりアクアの方だった。
『だってっ! カズマは私の……私のっ! うわっ……あああ、うわぁああああんっ!』
死体も起き上がりそうな大声をあげながら、老人の……カズマの遺体にアクアは縋りついて泣きわめく。
エリスも今にも泣きそうな顔をしながら、カズマの皺だらけの顔を見つめていた。
『私だって……私だって本当は……!』
何か、決定的な何かをエリスが呟こうとした瞬間に、ふっと目が覚めた。いつもの夫婦の寝室、朝日がカーテンの隙間から入り……
僕の胸を枕にして、エリスが眠っていた。
だけどもその表情はとても悲しそうで、今まで一度も見たことがないほど悲しいもので……
◇◇◇
サトウ・カズマ。
冒険者ギルドの資料室にあった人物名鑑で見つけたその名前は、今からざっと二百年近く前に活躍した冒険者の名前だった。
職業としては最弱の冒険者ながら、大貴族の一人娘であるクルセイダー、強大な魔力を秘めた紅魔族のアークウィザード、そして女神の生まれ変わりのような青髪のアークプリースト(……)の四人でパーティを組んでいたらしい。
賞罰としては、魔王の幹部を倒すなど数々の功績を残すものの、器物損壊による弁償、逮捕や裁判沙汰も多かった。
当時、この地方を治める貴族の家を爆破したという裁判では、判決が下る前にダクティネス家の預かりになり……え? ひょっとして仲間のクルセイダーがなんとかしちゃったのか……おまけに、訴えた貴族が行方不明? ひょっとしてヤっちゃったのかな、サトウ・カズマ。こりゃ真っ黒だな、間違いなくこいつが犯人だわ。
……だが、なによりも一番の功績は当時の魔王を上手くダンジョンにおびき出して倒したことらしい。そりゃあすごい、しかもたった一人でか。
「となると、子孫も結構いそうなもんだけど……っと」
この世界では、大きな功績を残した冒険者には、優秀な血筋……具体的に言うと個人的なレアスキルを取り込もうと、有力な王侯貴族が結婚しようと色々と画策してくるのだ。
となると縁のあったダクティネス家に嫁いだのかと思えば、そういうことはなく紅魔の里、王都を転々としつつも、結局はアクセルの町の屋敷……僕達の今の住居だ……から本住所を変えることなく、一生を過ごしたみたいである。
ところで、王侯貴族は良質の血を取り込んでいくうちに金髪碧眼が当たり前になっていったらしいのだが、忘れた頃に黒髪の子供がひょっこり産まれてくるらしい。
大貴族ダクティネス家の今の好色当主は、日本人のような顔付きの黒髪の小男なんだよね。怪しいよなあ……
ちなみに僕と見合いをした王都の姫様も黒髪だった。やけにハイテンションで明るくておてんばで確かに可愛くはあったけど、侍女の「売れ残り」という呟きはさすがに聞き逃すことはできなかった。ま、エリス以外と結婚する気はなかったけど。
閑話休題。
そんな人物名鑑の最後の行に書かれていたのは、「サトウ・カズマ、享年百十八歳」であった。
『寿命を無理矢理引き延ばすなんて』
あの奇妙な夢の言葉を思い出す。いやいや、百歳越えなんてそういう長寿の遺伝体質があればありないわけじゃない、サトウ・カズマの両親がどんな人なのかは知らないけど。
「うーん……」
両手を組んでぐぅーっと背筋を伸ばす。テーブルの上にはファイルの山。過去の資料を片っ端から調べていたので肩が凝ってしまいそうだ。こんな調べ仕事は僕の趣味じゃないが、誰にも頼めない類いのものだからしかたない。
「あの、勇者様、新しい資料をお持ちしました」
ギルド職員のお姉さんが両手にファイルの山を抱えてやってきた。
「あ、ありがとう、そこに置いておいて」
「はい、また何かありましたらお呼びください」
さっと頭を下げるお姉さん。胸の谷間をやけに強調したギルド職員服の肌色部分に目がいってしまい、思わずこほんと咳をする。
「それでは失礼いたします、ふふっ」
あー……今の笑みは思わず肌色の谷間を見ちゃったのがバレちゃったな……勇者になるとこういう誘惑が多いから困りものだよね。
「さて、と……アクシズ教団関係の事件にクエスト資料はこれか……」
そもそもアクシズ教団は銭ゲバでアクアのためにならなんでもするような狂信者揃い。「エリスの胸はパッド入り」などという妄言をのたまいながらエリス教徒に嫌がらせを行い、奇妙なやらせやマッチポンプで純粋無垢な若人を入信させるような異常者揃いだった。
だが、カズマが亡くなった頃から、アクシズ教徒の手によるエリス教への攻撃が激しくなり、現在まで続いていることが確認できた。
それ以前と以後では十倍ぐらい事件の発生が増えている。
アクシズ教団が起こしたと言われる大事件は、僕が名前だけでも知っているだけでも。
「エリス教総本山落書事件」
エリス教の総本山の各所に真っ赤なペンキで”アクア参上!”と落書される。アクシズ教団幹部は”我々なら青いペンキで落書する、これはエリス教徒の自作自演だ”と表明、大顰蹙を買う。
「王族への強制入信未遂騒ぎ」
エリス教への入信書類をアクシズ教のものへとすり替えるという稚拙なもの、だがアクシズ教の入信書類に当時の第一王子の名前が書かれていたものが受理されて、紙切れ一枚で大騒ぎに。
「魔導バス高級シュワシュワテロ事件」
震動を与えられた大量のシュワシュワが魔導バス内で大爆発。海のような泡の中で酔っ払ったような気分になった運転手がハンドルを切り損ねてあわや横転の大事故に。アクシズ教団の関与が疑われ、アルカンレティアの総本山に国家のメスが入る。しかし証拠不足のため無罪放免。
……これは完全に濡れ衣じゃないか?
そんな感じで、アクシズ教団によるエリス教団への攻撃頻度も規模も大きくなり、テロ組織扱いされカルト教団一歩手前というのが、今の状況だというのが分かった。
サトウ・カズマは実在した冒険者で、アクアもクリスも仲間として冒険を繰り返し、
もしも、あの夢の内容が正しいのなら、アクアとエリスは酷い仲違いをしたのだろうが、前に会った時はそんな感じはしなかった。迷惑な先輩にたかられる後輩といった風に見える。
まあ……アクシズ教団によるエリス教団への嫌がらせはそれは思うところは色々とあるだろうけども……
「いや、そもそも全部終わったことじゃないか、こんなのは」
椅子の背もたれに背中を預けて天井を仰ぎ、手で顔を覆ってうめき声をあげると何度か頬を叩く。
「どんなヤツか知らないけど、サトウ・カズマさん。本当にあんたを恨むぞ」
今日はなんでここまでサトウ・カズマやアクシズ教団についてなんで調べていたのかといえば、本当に心の底から不安なことが一つだけあったからだ。
あの朝。
僕の胸の上で悲しそうな顔付きで眠るエリス。思わず慰めようと銀糸のような髪の毛を優しく撫でていると、真珠のような涙が一粒流れ、口から掠れたような声が漏れたんだ。
「カズマ……さん……」
その一言で、僕の心中は信じられないほどに凍えつく。