魔王退治のご褒美にエリス様を娶った僕がアクア様に身も心も奪われる話 作:ブラックマンバ
「ぱーぱ、ぱーぱ」
「おう、おおお……クリス、来てくれ! セリカがパパって喋った!」
「はいはいあなた、ようやく喋ってくれましたね」
「ぱーぱ! まま! くりすまま! まま!」
「はいはい、クリスママですよ~」
クリス(子供ができたときにクリスで通すことを決めた)は、ベビーベッドに近づくとようやく首の据わり始めたセリカを抱き上げた。
シャツから大きく張った乳房を出して、僕……私達の娘セリカに、乳首を噛ませる。
「まんま、くりすまんま……んぷ、んぷ……」
ああ、まるで聖母像のような神々しさだ……今度、カメラを買ってこよう。
掴まり立ちをしていたセリカが、ママを見つけて
「ままー! キャハハッ! ままーっ!」
「歩いた! セリカが歩いたぞ!」
「もう! パパったら、カメラばっかり撮っちゃって……ほら、セリカ、パパの方にも歩いて行きなさい」
「あはっ! パパッ! パパーッ!」
両手を大きく広げてセリカを受け止める。抱きしめながら立ち上がり、その柔らかい頬に何度もキスをする。なんて幸せなんだろうか!
大きい風呂場は、家族全員で入ってもまだまだ広い……いっそのことクリスに頑張ってもらって家族を増やしてしまおうか、そんな考えも浮かんでしまう。
「ねえパパ! わたしね、おっきくなったらパパとけっこんする!」
「まあ! パパはクリスのパパなのに、セリカも結婚したいの?」
「そうだよ! クリスママと一緒にパパのママになるの!」
「いや、困ったなあ……この国って重婚OKだったっけ?」
「ダメですよ! あなたったらもう……い~い? パパはね、ママだけのものなんだから、セリカもちゃ~んと素敵なお婿さんを探さないとダメなのよ?」
「えー……でも、まおうをやっつけられるような男の子って、どこにいるのかなぁ?」
湯気でいっぱいの浴室に、家族の笑い声が響く。
「ただいま、今帰ったよ」
「パパっ! おかえりっ!」
赤いほっぺのセリカが私に抱きつき、何かお土産はないのかと纏わり付いてくる。
セリカの長く伸びた黒髪は、私と同じ色でとても綺麗だった。勝ち気そうな大きなすみれ色の瞳、小さい鼻、唇は花の蕾みのよう。将来は美人になること間違いなしだろう、親の贔屓目を抜いてもだ。
「おかえりなさいませ旦那様、お嬢様は今日もお元気でしたよ」
住み込みでお手伝いしてくれるおばさんのおかげで、家の中のことも楽になりつつある。
「あなた、お帰りなさい。夕飯はもうすぐ食べれますから、テーブルで待っていてくださいね」
「ああ、いつもありがとう、クリス」
「パパ! パパ! 御本読んで! はい!」
「おいおい、またそれなのかい」
「だって、パパに読んで欲しいんだもの!」
テーブルに着くと、問答無用でセリカが膝の上に乗ってきたので、本を読み聞かせ始める。
『お調子者冒険者とかっこよくりっぱな女騎士』
冒険者の少年が、口八丁手八丁で取ってきた依頼を女騎士が見事な手並みで捌いていくという物語である。
その話自体は、児童向け小説としては何らおかしくはないのだが、この女騎士は何度も魔物に捕まって、やけにきわどいところまで責められるのが気になる。そのたびに少年が危機一髪のところで助けるというのはバランスが良いのか悪いのか。
なんにせよドキドキハラハラしながら最後まで楽しめてしまうものだった。
『こうして財宝を見つけた少年と女騎士は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし』
百年以上前からのベストセラー。国内の学校図書館には必ず一冊はあるそうだが、セリカも例に漏れず大ファンであった。これを読み聞かせるのは何度目だろうか。
「わあ! とっても面白かったねパパ、わたしもこんな女騎士になりたい!」
「はっはっは、王国の騎士団の入団試験でも受けてみるか? 推薦状の十枚や二十枚くらいは書いてやれるぞ」
「もう、あなたったら何いってるのよ、ご飯出来たわよ。セリカ! ちゃんと自分の席につきなさい」
「はーい、ママ! ごはん! ごはん! いただきまーす!」
「今日はセリカお嬢様の大好きなキャベツ入りのハンバーグですよ」
「やったー! 私、キャベツって大好き!」
お手伝いさんがテーブルに配膳して、皆で食事を摂るのが我が家のルールだ。
「セリカ、ちゃんとみんなでいただきますってしなさい。ところであなた、今日のお仕事はどうでしたか?」
「ああ、万事問題無しさ、新人がちょっとケガしたくらいで……」
私は、娘が生まれた頃からギルドで働きはじめており、今ではギルド長にまで昇進していた。依頼の処理や冒険者達の世話をみるので毎日忙しい。たまには休日をとって家族でゆっくりとしたいものである。
それにしても、中堅冒険者にもなってこの街から拠点を変えないという連中は一体なにを考えているのだろうか? ここは、「駆け出し冒険者の街」だというのに。
そのあたりの話を聞いてみると「そりゃあ元勇者様がこの街にいるからですよ」、と理由にもならぬ理由を話してくる。私は喜んで良いのかわからぬ渋い顔をしながら、別のギルドへの推薦状を書いてやった。
「けほっ! けほっ! えへへ、ママのお料理っていつも美味しいよね」
「もう、また喉を詰まらせたのセリカ。口元が汚れてるじゃない、仕方ないわねえ」
娘の口元をナプキンで拭いてやるクリスの姿のなんと尊いことか。ああ、カメラを持ってくるのを忘れていた。
そんな、あくる日のことだった。ギルド支部の予算決済をしているときに、その凶報は訪れた。
「ギルド長! 大変です!」
「どうした、魔物の群でも出て来たか?」
「違います! 娘さんが……セリカちゃんが……!」
娘が、学校からの帰り道、血を吐いて倒れた。
この街にある唯一の病院へと急ぐ。
それこそ久し振りに足の裏に魔力を集めて飛ぶように……いや、実際に屋根を、空気を踏んで飛び、病室に駆け込んだ。
「あなた……セリカは意識を取り戻したのだけれど……」
「あ、パパ……」
医師の処置と、教会の司祭様の治癒魔法によって一時は回復したものの、容体は良くなかった。セリカは青白い顔をして辛そうに息を吐いている。
「こほっこほっ……んうっ! ぶっごぼっごぼごぼっ」
「セリカっ!」
水っぽい咳からの喀血に心臓が凍り付きそうになる。ああ、戦場でよく見た鮮やかな赤色は肺か気管からの出血。クリスがハンカチで血を拭って泣きそうな顔になる。
「セリカ、大丈夫だから。お医者様がきっとお前を元気にしてみせるから」
「うん……パパ、ママ、ありがと……」
セリカの世話を看護師に任せ、クリスと共に瞼を押さえながら病室を出る。
医師の見立てによると循環器系の多臓器不全。
ああ、なんてこった、これは……自分の前世で
文字通り、目の前が真っ暗になる。
医療の発達した元の世界でさえ、僕は十三までしか生きられなかったというのに。
ましてやこの世界では……神聖魔法は外傷を癒やして呪いを解くことはできても、病気を治すのは難しい。本人の治癒力自体が問題になるからだ。病死してから
「あなた……あの子が、こんなのって……ああっ……私達の、初めての娘なのに……っ」
「クリス……ううぅっ……」
ひとしきり泣いた後、私達はセリカの前では絶対に涙を見せないことを誓い合った。
エリクサー症候群というわけではないが、魔王を倒すときに使いそびれて何本かストックしていたその霊薬をセリカに飲ませもした。
一週間ほどは楽になるのだが、すぐに症状が元に戻ってしまう。
「もう、パパもママも私に構い過ぎ……けほっ、パパはギルド長なんだからお仕事ちゃんとしてよね、ママもお手伝いさんにあんまり無茶なこと言わないで……それから……けほっけほっ」
娘の言葉はどこかで聞いたような……そうだ、これは……
『父さんも母さんも、僕に会いに来すぎだよ、こふっ。看護師さんがちゃんと看てくれてるから大丈夫だって。だからあんまり無理しないで……だって僕は……こふっこふっ』
私が昔、両親に向かって言った言葉だった。
なんということだ、こうやって看病することで今更両親のことを思い出すだなんて。私が死ぬ寸前まで、父も母も絶対に絶対に最後まで諦めなかったということを心の底から理解してしまった。
私は、父親として、
粛々と娘の世話をする母親の姿は、ただただ尊いものだった。
あまねく全ての人々に与えられるべき女神の力を、自分の娘だからという理由でただ一人に行使することは無いと……その姿から察してしまった。
「ぐっ……ううっ……セリカ、エリス……っ!」
洗面所に入り、泣きそうな顔になりながら左手の薬指にある結婚指輪を撫でる。私がクリスと結婚した頃から、もう十年以上はつけている指輪を。
そういえば……我が家の夫婦の寝室での珍事を思い出してしまった。
水色の長髪を持つ女神……あのアクアにほんの一時とはいえ、指輪を奪われたことを。
彼女のことなどすっかり忘却の彼方にあったというのに、今、この時になって思い出してしまった。
「なんで、いまさら、あいつのことを……っ!」
私の娘を救える可能性のある力を持つ女神だということに気がついてしまった。
だから、エリクサーが残り数本になったときに、最後の手段として
クリスには、「薬を探してくる」と言い、ギルドに休暇届を出し、お手伝いさんにも暫く家を空けることを言付けると、街のテレポート屋に急ぐ。
「毎度ありー! いやあ、ギルド長さんは払いっぷりがいいねえ」
「ああ、ちょっと急ぎの用があってな」
「でも、アルカンレティアにですか? たしかに強力な聖水は手に入りますけど……あ、いや、失礼、それじゃテレポートいきますよ!」
こうして、おおよそ十年ぶりにアルカンレティアへやってきた。
昔と変わらぬ、青色を基調にした聖水と温泉の宗教都市。水路にはなみなみと聖水が流れていて、あの時に行った私とアクアの儀式の効果はまだずっと続いていた。
あの時、アクアと二人きり歩いたのは異常な状況で……いや、思い出すのはやめよう。
記憶を追い出すように頭を振り、アクシズ教会へと足を向ける。
エリス教徒のアミュレットは家に置いてきた。もしそんなものを持って教会に入ればどんなことをされるかわからない、なによりもアクアが私の祈りを聞き入れてくれるかどうかも分からないだろう。
教会の司祭に「アクア様への祈りを捧げたいので場所を貸して欲しい」と言うと快諾してくれた、場所代として
思い返してみれば、この頃から間違いなく頭がおかしくなっていたのだろう。こんなことをするぐらいならセリカの看病を最後の最後までするべきだったのだ。
最初は「三日で帰ろう」と思っていたはずなのに、「何かの掲示を受け取るまで帰れない」となり、最後には「どんな代償でも支払う、私にできることならなんでもする、だから娘を助けてくれ」、となるまでに至った。
とにかく代金を払って祈りを朝から晩まで捧げて、安宿に帰って眠る。
そんな生活がもうすぐ一ヶ月にもなろうとした頃だろうか、連日の祈祷で疲れに疲れ切った私はベッドに倒れ込み、風呂にも入れずに眠りこけていた晩のことだった。
コンコン……コンコン……
(こんな時間に誰だ……?)
ノックの音で反射的に目が覚め、両手へと魔力が集まる。現役を引退したとはいえ、夜襲をかけられた時の反射神経までは鈍っていなかった。瞬時に戦闘態勢に移行する。
いや、そもそも夜討ちをするならノックなんてしてこないだろう……?
アクシズ教徒の嫌がらせかと思ったが、金を払ってる間は私をそれなりに扱ってくれるだろう。すると他の選択肢としてはクリスが私を探しにやってきたという可能性……一ヶ月近くも家を空けたのだ、帰るのには丁度いい頃合いかもしれない……
だがやはり、最悪の可能性も考えて手刀を構えながらドアを開けると、思いがけぬ……いや、心の底から求めていた人物がいた。
輝くような大きな蒼い瞳、綺麗に通った鼻筋、頬から小さい顎にかけてのラインはまるで神業を持つ彫刻家が大理石から削りだしたかのよう。美しい水の流れのような髪の毛は腰まであるロングヘア。
「こんばんは、元気してたぁ? うえぇっ、久し振りに会ったからってそんな変ポーズとっちゃってぇ……何かっこつけてんの?」
そこにいたのは、あの頃と変わらぬ姿の水の女神アクアだった。
次回が最終回となります。