遠くで誰かが叫んでる。俺を呼んでるのかもしれないし、罵ってるのかもしれないし、嘲ってるのかもしれない。
何にしろ、周りがそれ以上の騒音で掻き消すから、何を言ってるか、聞き取れたもんじゃない。
少しずつ目が醒めていくのがわかる。
悲鳴。
怒号。
銃声。
発動機の音。
地面の揺れ。
土の臭い。
顔の皮膚と、全身で感じる、大地の固さ。
硝煙の臭い。
そして、鉄分を多く含んだ濃い、血の臭い。
それが、今の俺が感じ取れる五感の全て。少しずつ醒めていく意識の中、自分が誰なのか、ここが何処なのか、何のために此処にいるのか思いだす。
「…ぁあ、…そうだ。」
そう、思い出した。膠着状態が解けた前線からの後退中、敵の追撃を受け、焦った新兵が落とした手榴弾の爆風でやられたんだったな。
目を開け、霞む視界の中、周囲を首が動くかぎり見渡す。
空だ。鉛色の空が見える。どうやら、俺は仰向けに寝ているらしい。
そのまま視線を下へ向ける。
俺の身体が見える。目立った外傷や、四肢欠損はなさそうだ。
「はぁ。」一息つき、安心する。
俺はまだ生きてるし、まだ生きられるらしい。
四肢に力を込め、血が通い、筋肉が収縮するのを感じ、生きてることを実感する。
そのままゆっくりと、蝸牛が這うように横を向く。
戦場の苛烈さを物語る、瓦礫の山。
倒壊した建物。
車の残骸。
そして、敵味方入り乱れた、ボロ切れのような死体。
それが、この場にある全て。
そんな事を確認しているうちに、いつしか音は遠のき、遠くで木霊するだけになっていた。
「どうやら、敵さんは追撃に夢中らしいな。」
周りの安全を確認してからゆっくりと起き上がる。節々が痛むが、行動に支障はない。
右胸のポケットからタバコを取り出し、一本加える。
「あ?マッチ何処やったっけ?」
ほんの数時間前まであったものが、いつもの定位置に見当たらない。
「あー」
今朝の濃い霧で湿ってしまい、使い物にならないと捨てたんだった。
「仕方がねぇ、生きるためだ。」
軽く指を鳴らす。乾いた空気のなか、小さな弾けるような音が高く、軽やかに響き渡り、人差し指の先にマッチほどの火が点る。
タバコに火を点け、今まで散々嗅いだ硝煙のそれと変わらない煙で、肺を満たしながら考える。
「さぁて、装備も手元にまだある。泥臭く生き足掻きますか。」
足元に落ちていた小銃を手に取り、生きるために歩き出す。ここは生者が居る場所には静かすぎるから。
俺は生きるために、また歩き始めた。
歩きながら、ふと考える。
-恐怖を感じなくなったのはいつからだったろうか?
答えは簡単だ。
魔法を使い始めた「あの日」から。-