【NTR】奥手なエロゲー主人公の代わりにヒロイン全員攻略してみた 作:悠木仁
「……どうしようかしら」
静寂に包まれた夜、誰もいない部屋でただ一人、音葉はため息混じりに呟いた。
音葉の手にはスマートフォンが握られ、画面には某SNSアプリが映し出されている。宛先は彼女の後輩、風見凪だ。日曜日に約束した映画について集合場所や時間を相談しようと思ったのだが、どんな文面を送ればいいのかわからない。もう10分も経つというのに、未だにメッセージの送信欄は真っ白だ。文字を打ち込んでは消して、打ち込んでは消しての繰り返し。いつまでたっても送信ボタンを押すことができない。
「やっぱり最初は無難に『こんばんは』? でも、堅苦しい女だとは思われたくないし……。『やっほー!』はさすがに恥ずかしいわね……みちるじゃないんだから」
まさか、早速こんなところで躓くことになるとは思ってもみなかった。
「よく考えたら私、みちる以外の人にメールを送ったことがないのよね……」
みちるとは幼稚園の頃からの付き合いで、小中高とずっと同じ学校に通っている。音葉がそれなりにレベルが高い明凛高校を進学先に選んだときは、彼女との腐れ縁もついに終わりを迎えると思っていただけに、彼女が明凛に行くと言い出したときは驚かされたものだ。しかも、本当に合格してしまうのだから彼女も侮れない。
とにかく、友達作りが苦手な音葉にとって、みちるは気軽に本音で話せる唯一の友人であった。社交的なみちるとは正反対。だからこそ、気が合ったのかもしれない。――いや、違う。彼女は、孤独だった音葉を救ったのだ。音葉にとって、鈴原みちるは太陽のような存在なのである。
しかし――
「いつまでもあの子に依存しているわけにはいかないものね」
自分の足で、一歩踏み出さなければならない。
音葉は意を決して、静止していた指を動かし始めた。
*** *** ***
電車を降り、駅を出た先に広がるにぎやかな街。高層ビルが立ち並ぶその街には、若者を中心にたくさんの人が行き交っていた。わらわらと動く人の群れをかいくぐり、凪は駅の正面にある広場へと向かう。周りを見渡すと、外国人の観光客も多いようで、駅や記念像の前で写真を撮っていた。この町は県内で最も大きく、店の数や種類も豊富なので、学生が週末に遊びに行くとなればまず間違いなくこの場所が選ばれる。
(えっと、先輩が言っていた噴水は……あった。あそこだな)
広場の奥にある大きな噴水。あれが凪と音葉の待ち合わせ場所だ。噴水の周りは特に人が多く、中には公衆の面前でイチャイチャしているカップルまでいる。
(あの中から探すのは大変だぞ……)
凪が噴水に近づきながらきょろきょろと音葉を探していると、噴水の周りを取り囲んでいる人たちの視線が一ヶ所に向けられていることに気がつく。
(なんだ……?)
凪が彼らの視線の先に目を向けると、そこには見慣れない恰好をした音葉の姿があった。フリルの付いた涼しげな水色のワンピースに身を包み、柔らかな撫で肩からかけられたショルダーバッグは白く輝いていた。スカートはかなり短く、校内であれば校則違反は確実だろう。大胆に露出された素足は色気を感じさせ、白く綺麗な脚線はとても高校生には見えない。強い日差しに照らされて、風に髪をなびかせるその姿は、真夏のビーチに降り立った天使のように美しかった。
凪が音葉の立ち姿に見惚れていると、こちらの存在に気がついた音葉が控えめに手を振ってきた。彼女に向けられていた視線が一斉にこちらへ向けられる。気まずい雰囲気の中で、凪は音葉に声をかけた。
「お。音葉先輩、遅くなってすみません」
「いいのよ。私が早く来すぎただけだから」
現在の時刻は13時50分。凪の予定通り10分前に到着できたが、まさか音葉がすでに来ていたとは彼も思わなかっただろう。
「なんだあいつ、あの子に気安く話しかけやがって」
「まさか彼氏か!?」
「いやいや、それはないっしょ」
周りにいる人々が凪へ嫉妬の目を向ける。
「それでね、凪くん。これ……どうかしら?」
音葉はスカートをつまむと、ちょいっと少しだけ上に持ち上げた。
「えっと、これっていうのは……」
しかし音葉のアピールもむなしく、凪は首を傾げる。
「い、いえ……なんでもないわ、ごめんなさい」
音葉は一瞬、残念そうな顔をしたが、すぐに明るく微笑んだ。
(私的には結構頑張ったのだけれど……まぁ、こんなものよね)
みちると一緒に出掛けた時に、彼女に無理やり購入させられたワンピース。着るのが恥ずかしくてタンスに締まっていたのを引っ張り出してきたのだが、凪の反応はイマイチだった。
(変に気合を入れて着てこなければよかった……。うう……恥ずかしい……)
頬を赤らめて顔を伏せる音葉。その様子を見て何を勘違いしたのか、凪が音葉の手をとった。
「えっ?」
「行きましょう、音葉先輩」
「ふぇえっ!? な、ななな凪くん!? 流石にこれはいきなりすぎるというか、私もまだ心の準備が……」
慌てふためく音葉だったが、凪は気にせずそのまま手を引いて歩き出す。
「あうぅ……」
リンゴのように顔を真っ赤に染めながら、音葉はされるがままに凪についていった。
(このあたりは人が多いから、先輩もジロジロ見られて恥ずかしかったんだな。美人も大変だ)
顔を赤くする音葉を眺めながら、凪はそんなことを考えていた。
*** *** ***
映画館へとたどり着いた二人は、売店で飲み物を購入しようとしていた。列に並び、自分たちの番になると、凪が最初にコーラを注文した。
「先輩は何にします?」
「私は、その……」
音葉は悩む素振りを見せると、恥ずかしそうに、
「私も、凪くんと同じものを……」
「へぇ、先輩もコーラ飲むんですね。ちょっと意外です」
どちらかというと、優雅に紅茶を飲んでいそうなイメージがある。残念ながらここにティーカップは置いていないだろうが。
「普段は飲まないわよ。ただ、せっかく凪くんとこういうところに来たんだし、今日くらいは、ね」
「みちるの前で飲むと太るとか言われるし……」と音葉は小声で呟いた。
飲み物を受け取り、二人は映画が上映される部屋へと入っていく。中は真っ暗で、周りが良く見えない。階段を登ろうとすると、足を踏み外しそうになる。
途中で、前を歩いていた凪が振り返る。
「先輩、足元気を付けてくださいね」
「ええ、ありがと――きゃっ!?」
「先輩っ!」
躓いて前に倒れそうになる音葉を、凪が間一髪支える。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、躓いちゃって……」
「いえ、怪我がなくてよかったです」
「本当に助かったわ……あら?」
音葉は自分の胸元に違和感を感じる。見ると、胸のあたりがびしょ濡れになっていた。どうやら躓いたときにコーラが入った容器を握ってしまったらしい。ストローからポタポタと液体が零れ落ちる。
「やだ、胸がベトベト……」
困ったように音葉が言う。
噴き出したコーラは音葉の胸を濡らし、そのせいでワンピースがべっとりと肌に張り付いてしまっていた。
「せ、先輩、それ……」
濡れたワンピースは、胸元だけ部分的に透けていた。音葉を支えるために密着した凪の目には、透けてしまったブラジャーが映り込む。残念ながら、この暗さでは色までは判別できないが。
「な、何か拭くもの……あった!」
凪はポケットを
「凪くん? どうかし――」
音葉がそう言いかけた直後、凪はハンカチで濡れた音葉の胸を無我夢中で拭き始める。控えめだが、決して小さくはない胸の感触がハンカチ越しに伝わってくる。
「ふぇっ? ふぇぇえええええええ!?」
「……あっ、しまったつい!」
音葉の悲鳴でハッとなった凪は、慌てて手を止める。
「す、すみません先輩!」
音葉の前で、凪は頭を下げる。
「…………いで」
「え?」
手で胸を押さえながら、音葉が呟く。
「こっち、見ないで」
「……! は、はい!」
「……」
勢いよく後ろに振り替える凪の背後で、音葉はキュッと身を縮こまらせた。
*** *** ***
「今日はありがとうございました」
電車に揺られ、窓から紅に染まった空を眺めながら、凪は言った。
日曜日のこの時間はやはり電車は満員だったが、幸い二人揃って座ることができた。
「……」
音葉はジト目で凪を見ながら、胸を腕で覆う。
「そっちじゃないですってば! 本当にごめんなさい!」
「冗談よ」
ふっと音葉が微笑む。
「こちらこそ、休日に付き合わせちゃって」
「そんなことないですよ。元々俺へのお礼のつもりだったんでしょう? それに、とても楽しかったです」
「それなら、よかった」
音葉がほっと安心したように言った。
「まさかあんなシーンが出てくるとは思いませんでしたけどね……」
「ご、ごめんなさい。今度からはちゃんと確認するわ……」
途中まではハートフルなラブコメだったのだが、後半は一変。過激なラブシーンの連続で二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。
「……あら?」
停車していた電車が動き出した直後、突然音葉が立ちあがった。先程の駅で乗り込んできた老婆に、声をかける。
「おばあちゃん、よかったらどうぞ」
「おやおや、ありがとうねぇ」
老婆は嬉しそうにお礼を告げると、凪の隣に腰を下ろした。代わりに、音葉が凪の前に立つ。
「音葉先輩、座ってください」
音葉に習い、凪はすかさず立ち上がる。
「ええっ? 私はいいのよ」
「いえ、女性を立たせておくわけにはいきませんから」
そう言って、凪が微笑む。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
照れながら空いた座席に座る音葉。その様子を見ていた老婆が、ニコニコしながら音葉に、
「優しい彼氏さんじゃあないか」
「かっ!?」
甲高い声で驚く音葉。
凪を一瞥すると、嬉しそうに微笑んだ。