※この作品はR-18です。

【NTR】奥手なエロゲー主人公の代わりにヒロイン全員攻略してみた   作:悠木仁

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第0.2話 月ノ下ましろ

 

 荒ぶる妹を宥め、なんとか学校へとたどり着いた凪はおそるおそる教室の扉を開ける。時刻は8時半を回り、通常であればホームルームが始まっている時間だ。中を覗くと、教壇に立つ担任教師が話している最中だった。ホームルームはすでに始まっている、いやむしろ今にも終わろうとしていた。こっそり中へ入ろうとも考えたが、バレた時のリスクが大きすぎる。クラスメイト達の前で恥をかくだけでなく、誤魔化そうとしたことについてこっぴどく叱られるに違いない。担任の坂本先生は教員歴こそ浅いが、厳格なことで有名だ。今年からこの学校に赴任してきた坂本みちる先生は、その若さと美貌で男子生徒たちの間で一躍話題となったが、そんな彼らの期待はすぐに裏切られた。態度は冷淡、愛想は悪い。校則違反は目撃次第即指導対象と、今時の女教師にしては珍しいタイプの教師だったのだ。何もそれが悪いことであるとは言わないが、決して万人受けするような性格ではないことも確かだ。そういう事情もあり、あまり気乗りはしないものの、仕方なく教師が教室から出るのを待つことに決めた。そしてそれから2,3分後、教師が教室を去るのを見計らい、後ろの扉から入室する。ホームルームが終わり、各々が友人との会話を楽しんだり、1限目の授業の準備をしたりしていた。おかげで目立つことなく自分の机にたどり着くことに成功する。机の位置が教室の左後ろ端というのも大きいだろう。鞄を下ろし、早速自分も1限目の用意をしようとすると、突然1人の女子生徒に声を掛けられる。

 

「ナギ、遅かった。寝坊?」

 

 顔を上げると、そこには大きなスケッチブックを抱えた少女が立っていた。ガラス玉のように透き通った碧眼。艶やかな金色の髪からは上品な色気を感じ、人一倍長いにも関わらず毛先まで手入れが行き届いている。穏やかな雰囲気をまとったその姿は、フランス人形か、はたまた絵本から飛び出したおとぎの国のお姫様のようだ。

少女の名前は月ノ下ましろ。1か月前に突然この学校に転入してきた彼女は、登校初日から学校中で話題となった。ロシア人と日本人のハーフということもさることながら、その美貌は男子生徒だけでなく女子生徒、さらには教師たちまで釘づけにしてしまうほどだ。そんな彼女と凪が知り合えたのも、アンケートの結果嫌々引き受けることとなったクラス委員として彼女の世話役を引き受けたおかげである。これこそ役得というものだろう。

 世話役(・・・)といったが、これはあながち間違いではない。彼女は少し変わっており、簡単に言うと中身までお姫様のようなのである。彼女の父方の実家が裕福な影響で、幼い頃から身の回りのことはすべて家政婦たちが行ってきた。その結果、彼女自身の手で何かを行うのが困難になってしまった。もちろん、焦った両親による再教育である程度は改善されている。しかし、未だに道に迷ったりすることもしばしばあるのだ。そんな彼女をできる限りサポートするのが凪の役目であった。役目というよりは、彼が自ら進んで行っていることなのだが。

 ましろは、穢れを知らない純粋な瞳でじっと凪を見つめていた。

 

「おはよう、ましろ。寝坊じゃなくて喧嘩だ。少し妹と揉めちゃってな」

「……喧嘩は、だめ。唯ちゃんがかわいそう」

「あはは、どちらかといえば俺が被害者なんだけど……」

「ナギ、ひどいことされたの? よしよしする?」

「気持ちは嬉しいけど、遠慮しておくよ。……まだ死にたくないしね」

 

 周りを見渡すと、何人かのクラスメイトがこちらを睨んでいる。彼女と2人でいることが気に食わないのだろう。どうやら早くも彼女のファンクラブができつつあるらしい。人目に付く場所で誤解を招くような行動は控えるべきだ。ちなみに『よしよし』というのは凪がましろを慰めるときによく行う。いわゆる『頭なでなで』である。きっかけは彼女が初めて自炊をしようとして失敗した時のことで、ひどく落ち込んだ彼女を見て、妹にするノリでつい頭をなでてしまったのがきっかけだったりする。なんとか立ち直った彼女が「次は必ず成功させて凪にごちそうする」と言っていたのは、今でもよく覚えている。

 そんな思い出に浸っていると、いきなり制服のすそがちょいちょいと引っ張られた。

 

「ナギ、急がないと授業が始まっちゃう」

「ん? ……うおっ、もうこんな時間か!」

 

 教室の時計を見た凪は、慌てて1限目の準備を再開する。

 

「1限は美術か。スケッチブックは……よし、ちゃんと持ってきてるな。急ごう、ましろ」

「……!」

 

 ましろの手を引き、廊下を走りだす凪。掴んだその右手は、わずかに熱を帯びていた。

 

 

 

***   ***   ***

 

 

「はい、それじゃあ今日は2人1組で似顔絵を描いてもらいます。組み合わせは自由なので、描きたい相手を選んでください」

 

 授業が始まると美術を担当する年配の女教師がそんなことを言った。ただでさえパートナーの似顔絵を描くのは気恥ずかしいというのに、『描きたい相手』とまで言われてしまうと尚更誘いにくい。

 とはいえ、同性同士であれば関係ない。凪はクラスの友人である神園響(かみぞのひびき)を探す――が、そこで再び制服のすそが引っ張られるのを感じた。

 

「ナギ、私を描いてくれる?」

 

 そこにいたのはやはりましろだった。断る理由は特にない。それどころか、彼女に描いてもらえるというのはとても光栄なことなのだ。ましろはこの学校に転入するまで、フランスの美術学校に通っていた。画家としてはかなり優秀であったらしく、いくつもの賞を獲得するほどの実力があったらしい。そんな彼女がどうして日本の、それも普通科の高校に転入してきたのかは、凪も未だ知らずにいた。

 とはいえ、男の自分が彼女と組んだりしたらまた疎まれるに違いない。しかし、彼女の頼みもできる限り断りたくない。凪がうんうんと呟きながら心の内で葛藤していると、

 

「私、ナギを描きたい。ナギに私を描いてほしい。……ナギは、どう?」

「ましろ……」

 

 彼女がここまで積極的になるのは珍しいことだった。凪は、彼女の真っすぐな眼差しを見て、決断する。

 

「よし、組もう。俺もましろが描きたい」

「……!」

 

 ましろの表情がぱぁっと明るくなる。

 凪は並んだ木製の椅子にましろを座らせ、その正面に自分も座った。互いに向かい合う形になると、スケッチブックを広げる。

 

「ナギ、あまり動かないで」

「善処するよ」

 

 絵を描き始めた彼女の姿は、先ほどまでとは別人のようだった。彼女の美しい碧眼に映っているのは、真っ白なスケッチブックと風見凪だけだ。その真剣な表情は、普段の彼女とはまた別の魅力を醸し出していた。

 

(おっと、俺も描かなきゃな)

 

 つい彼女に見とれてしまった。凪は負けじと紙に線を引いていく。

 

(ましろの眼は……どんな感じだったかな)

 

 ふと視線を上げると、ちょうど同じタイミングで顔を上げたましろと目が合ってしまう。思わず鼓動が跳ね上がる。いつもは平気なはずなのに、向かい合っている、互いを見つめあっているというだけで変に意識してしまう。ましろも同じことを思っているのか、彼女の頬が少しだけ赤く染まった。

 

「ご、ごめん」

「……うん」

 

 緊張でとっさに謝罪してしまうが、ましろは何も言わずにスケッチブックに視線を戻した。凪も同じように、再び彼女を描き始めた。

 

 

***   ***   ***

 

 

 

 授業終了を知らせる鐘がなり、ようやくこの空気から解放される。少しだけ名残惜しい気持ちもあるが、それよりも完成した絵を見せる緊張感のほうが上だった。

 

「それじゃあ、私から」

 

 ましろが反転したスケッチブックをのぞき込む。すると、そこに描いてあったのは1人の美青年だった。自分の似顔絵を美青年と称するのはどうかと思ったが、どこをどう見ても美青年だった。むしろ別人なのではないかとさえ思えてくる。いや、これはもう別人だ。ところどころに自分と似ているパーツが組み込まれているが、いくらなんでも美化されすぎだろう。気を使ってくれたのか、はたまた彼女には自分がこう見えているのか、なんてことを考えてしまう。

 

「すごいよ、ましろ。こんなにかっこよく描かれると少し照れるけど、それでも良い絵だと思う。なんて、ちょっと上から目線に聞こえるかもしれないけど」

「ありがとう。……ナギの絵は?」

「えっと、俺のはあんまり人に見せられるような絵じゃないんだけど……特にましろには」

 

 2重の意味で、恥ずかしかった。

 

「それでもいい。ナギが私のために描いてくれた絵だから」

「……そっか。それじゃあ……」

 

 凪はスケッチブックを反転させ、ましろに描いた絵を見せる。

 

「どう、かな? やっぱりましろに比べたら下手だろうけど……」

 

 ましろは食い入るように絵を眺め始める。しばらくすると、ましろは静かに首を振った。

 

「そんなことない。この絵、とっても温かい。今まで見てきた中で、一番……」

 

 幸せそうな表情で凪の絵をじっと見つめるましろ。そんな彼女の様子を見た凪は、

 

(周りの視線がどうとか、そんなことはどうでもよかった。この子のこんな顔が見られるなら、俺は……)

 

 彼女の笑顔を守り続けよう、そう誓ったのだった。

 

 

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