R-18なアリマリ/マリアリです。
晩春の夜、満月の下で想いを交わした二人。数カ月後の秋、アリスの淹れた茶は、想いを交わした夜の翌日に魔理沙が摘んできた花の香がした。

初出2012/07/07。第十二回東方ねちょSSこんぺ参加作。お題「色」
(他サイトと同時投稿です)




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R-18なアリマリ/マリアリです。
晩春の夜、満月の下で想いを交わした二人。数カ月後の秋、アリスの淹れた茶は、想いを交わした夜の翌日に魔理沙が摘んできた花の香がした。

初出2012/07/07。第十二回東方ねちょSSこんぺ参加作。お題「色」
(他サイトと同時投稿です)





あのはなのみは

 

 

 

 

 雲ひとつ無い、いい満月の夜だった。

 こんな夜は、あの永い夜を思い出す。

 木々に邪魔されないで月見をするには、空に出るより他にない。

 箒に横座ってゆうるり浮かんで、月を目指した。

 月明かりに照らされる原生林の大海の上、浮かび上がる青い影。

「月に誘われ出てくるなんて、あなたもいよいよ妖怪じみてきたわね」

「だが人間だぜ、あいにくとな」

 金髪蒼眼のお隣さん。どうやらあちらも月見だったようで。

 示し合わせのない邂逅。偶然? アリスもあの夜を思い出しているんだろうか。

 同じ月を、同じ場所で見ている今、想いも同じだと信じたい。

「月夜のデートといこうか、お姫様」

「あなたにエスコートが務まるのかしら」

 芝居染みて恭しく手を差し出せば、あちらも演技掛かった流麗な所作で手を取って。

 私の隣にふわりと座った。

 二人で飛んだ永い夜の始まりと、同じ台詞で、同じやりとりだった。

 同じでなかったのは、突然の風で私の帽子が飛ばされたこと。

 後ろに飛んだ帽子をアリスが腕を伸ばして捕まえる。

 その拍子に、帽子ごと、私はアリスの腕の中に閉じ込められた。

 ふわりと漂うアリスの香りに、胸の奥が締め付けられる。

「……少し、このままで居ていい?」

 ささやかな願いを囁く声色は、静かで柔らかくて、私の胸に切なく響く。

 でも、だめなんだ。

 アリスをやんわりと押しやった。

 私の押す力以上に早く、アリスが身を引いていく。

 私はそれを逆に、離れ過ぎないように引き戻して。

 詫びの言葉を言いさした唇に、唇を重ねた。

 だめなんだ。今の関係よりもう少し進みたかったから。抱擁で、止まりたくなかったから。

 気持ちも同じだと、信じている。

 柔らかいな感触が離れていく。吐息が重なる。

「月が綺麗だ」

 私は言った。

「月が綺麗ね」

 アリスも言った。

 同じ言葉を紡いだ唇同士を、再び重ね合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    あのはなのみは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私は、私を殺さなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お茶が入ったわ」

「おー、いただくぜー」

 ソファの背の向こうからひらひらと手の返事。寝転がって本でも読んでいたのだろう。行儀とか、服が皺になるなんてことは、魔理沙にとっては思案の外に違いない。

 金色の後頭が背もたれの上に現れて、そのあとに細っそりした腕が頭上に伸ばされる。

 立ち上がって、波掛かった長い髪のほつれを手櫛で梳きながら、茶器を並べてる私のところへやってきた。

 椅子を引きながら、小動物のようにすんすんと鼻を鳴らす。その仕草は、幼さが抜け切らない少女の姿にふさわしい、子供っぽいものだった。

「変わった香りだな。紅茶じゃないのか?」

「うん。ほら、見て」

 私は指差した。魔理沙の視線が注がれる先、グラスポットの中に揺蕩うのは、

「……花?」

 器いっぱいの咲き誇る茶葉の花。

「工芸花茶よ」

 花茶を芽茶で包むように束ねて糸で括り、丸く乾燥させたもの。湯を注ぐと二、三分ほどで開花となり、香りと味わいに加えて見目を楽しむといった趣旨を持つお茶である。

 昨日、お茶の調達先である人里の店で見かけたのを、ストックが切れかかった紅茶のついでに買い求めた。

 茶葉の種類はいくつかあるが、私が選んだのはポットの中で連なって花輪を作ってる白い小さな花、購入の動機となった香りのジャスミンのものだ。

 物珍しげにポットを覗く金色の瞳。思いがけない符号の一致を見て、胸の奥が僅かに軋んだ。むろん、顔に出すことはない。

 緑とも黄とも付かない透き通った金色の液体を硝子のティーカップに注ぐと、芳しい花の香りがふわりと漂った。

 あどけなさを残している魔理沙の小さめの手は、使い慣れない硝子のカップにややぎこちない。それを視界の端に収めつつ私は自分のカップを口へと運んだ。

 抽出の都合で、紅茶のように熱くはないが、ぬるくもない。秋の気配を帯びた風が吹いている今の時期には丁度いい。

「……飲みやすいな」

 カップに視線を落としたまま、魔理沙が言う。

「緑茶がベースだから、かしらね」

「花の味がする」

 紅茶と違う、軟水とよく合う丸い口当たり。花の香りが口に広がって、本当に花を口にしている気分になる。

 ふと、何かに気がついたように、魔理沙が顔を上げる。金の瞳が、私を映す。

「アリス。この香りは……」

 始まりのあの日も、これとよく似た香りに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月の夜の翌日。午後、玄関のノックに応じた私を逆に出迎えたのは、目の前に突き出された白い花の枝だった。

 花の向こうには、白い大きなリボンをあしらった黒の古風な魔女帽子。こちらを見ずに、帽子のふちをしきりにいじってる魔理沙がいた。

「……お前にやる」

「いい香りね。ジャスミンに似てるけど」

 差し出されるままに受け取った枝花は、花自体がジャスミンのそれとは大きく異なっていた。艶のある濃緑の長楕円形の葉に、均整に配置された六枚の白い花弁からなる花。それが三輪。

「何の花だったかな……綺麗だったし、いい香りだったから、森で摘んできた」

 間も無く梅雨を迎えるこの時期、自生のジャスミンの季節はとっくに終わっている。そもそもあれは枝花ではなくてつる性だったはず。あとで調べてみようと頭の隅で考えながら視線を戻すと、魔理沙が上目がちに私を見ていた。反応が気になる、といった態だ。

 たまに持ち込まれるキノコの類はあまりありがたくはないが――何にせよ想い人からの贈り物がうれしくないわけはない。見た目の綺麗な芳しい花とあっては尚更。いじましい魔理沙の仕草も相まって、自然と顔が綻んだ。

「ありがとう、魔理沙」

「……お礼は紅茶でいいぜ」

 魔理沙の顔がつばに隠れる。

「はいはい。上がって」

 ずうずうしいやら、素直じゃないやら。苦笑しながら、家の中へ促す。

 目深に被られた帽子を預かる時に見えた魔理沙の顔は、赤かった。私は気付かないふりをした。私も顔が熱くなっているのを感じていたから。

 魔理沙が私の家を訪れて、私は魔理沙にお茶を振る舞う。週に大体一度のペースで繰り返されるそれは、前の秋に起こった月の異変が終わって以来、私たちの間では別段珍しいやりとりではなかった。けれども漂うこの妙な緊張は、私たちがもう、昨日より前の私たちと同じではないことに起因しているのは間違いなかった。

 

 花は花瓶に活けてテーブルに置いた。コントラストが効いた濃緑の葉と白い花の瑞々しい見栄えは悪くない。

 紅茶以外の香りがリビングに漂うのは不思議な気分だった。そこへ淹れたての紅茶の香りが入り混じっても、日常は日常になれなかった。今の、私と魔理沙の関係のように。

 向かいに座る魔理沙もそわそわとして、あらぬ方向を見たりしてどことなく落ち着きがない。紅茶にもまだ手を付けていない……と、そこでテーブルを見て私はようやく気が付いた。

「あ、お茶請け。忘れてた」

 普段は欠かすことがないのに出し忘れるなんて、私もまた心が浮ついていることの証明に他ならなかった。

 和食派の緑茶派な魔理沙は、紅茶よりむしろお茶菓子を楽しみにしてるふしがある。魔理沙の落ち着かない理由に納得する一方で少し残念なような、複雑な気持ちを抱えながら私はキッチンへ行こうと椅子を引いて立ち上がろうとした。

「アリス、違う」

 テーブルに衝いた手に、魔理沙の手が重なる。立つ途中だった私は、少し前屈みでテーブルに乗り出すようにしているところで動きを止めて魔理沙を見た。

「茶請けもたしかにそうなんだが、そうじゃなくて、……ああもう!」

 魔理沙の椅子が下がる音。焦れったそうに眉を寄せて、頬を紅潮させた魔理沙のあどけない顔が、一気に迫ってきた。

 唇に柔らかい感触を感じたのも束の間、すぐに離れる。

「わ、わかったか……?」

 魔理沙の頬はますます赤い。たぶん私も。

 それがしたかっただなんて。

「全然……わからないわよ」

 席に戻って口にした紅茶は、味も香りもわからなかった。

 

 その後は、なんだか会話があまり弾まなかったのを覚えている。何か話し始めても、お互いに妙に意識してしまって続かなかった。

 会わない間に見聞きしたことを語り合ったり、魔法に関すること、それに類する事象や、弾幕についてお互いの持論を披露したり、他愛のないおしゃべりなどでいつもならあっという間に過ぎる時間も、この日は焦れったいほどゆっくりに感じられた。

 そのうちに帰る段になって、魔理沙を玄関まで見送った。

「じゃあなアリス。また明日」

 短くそれだけ告げると、魔理沙は振り返りもしないで、夕闇の空へ飛んでいった。

 小さな背中があっという間に見えなくなるのを見届けて、家に戻る。

「また明日、か」

 呟きがリビングに落ちる。空間を満たしている魔理沙の持ってきた花の香りが、今までとは違う日常の始まりを告げているかのようだった。

 

 

 

 それからは。来ない日が珍しいと思うほどに、魔理沙は連日私の元へ現れるようになった。

 今日は来なかったと思えば日付が変わる時刻の直前にやって来て、

「ちょっと研究で忙しくて。じゃあまた明日……いや、また今日な?」

 そう言って口付けだけ交わして帰っていく日もあった。

 切花の白い花弁が枯れ落ちる頃には、過剰な意識から来るぎこちなさは解消された。

 私たちは会う毎に、口付けを交わすようになった。

 会ってすぐのときもあるし、帰り際のときもある。本を読んでいる最中、お茶を飲み終わった後、ソファでくつろいでいるとき、脱いだ帽子を受け取るとき、返すとき、ふとした拍子に腕や手が、体が触れ合ったとき。

 照れながら、恥ずかしがりながら、微笑みながら、あるいは穏やかに安らぎながら。

 大体は魔理沙の方から。私の方からすることもあれば、どちらともなく交わすこともあった。

 日常に加わった二人だけの密やかな儀式は、日ごと繰り返された。

 キスの先を知らないではなかったが、今はこれで良かった。

 

 ほとんどは魔理沙の方から私の家にやって来た。たまに約束を取り交わして私の方から魔理沙の家に行ったり、二人で一緒にどこかへ出かけたり。

 涼を求めて各所の川辺へも行ったし、紅魔湖へも行った。

 アイスティを作る日々が続いた。私の製氷魔法がより洗練され、魔理沙が紅茶の銘柄を幾つか覚えて茶葉の好みを持ち始めた頃、夏が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、あれは何の花だったっけ」

「さあ――何だったかしらね」

 

 嘘。私は知っている。

 カップ越しに魔理沙を見た。

 逸らされる視線。落ちる沈黙。

 

 私たちはあの日を境に、何かが、決定的に変わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、日付が変わっても魔理沙はとうとう現れなかった。

 一ヶ月に届くかといったところだった皆勤はついに途切れたが、午前零時を回る直前に現れたことも幾度かあり、まだこれから遅れて家へやって来ないとも限らなかった。

 元来眠らなくても構わない体だ。それに、やることはいくらでもある。魔理沙を待ちがてら残っている作業でもすることにした。

 だが、夜が明けて、朝を過ぎて昼がやってきても、魔理沙は来なかった。

 そういうときもある。ティーカップを傾けながら心で呟いた。研究の過程によって急に手が放せなくなったとか、要因はいくらでも思いつく。

 一人で淹れた久しぶりの熱い紅茶は、香りも味も申し分無かったが、味気なかった。

 

 夜になって降りだした雨は止む気配が一向に無かった。

 リビングで窓越しに外を眺めると、部屋の明かりに白く照らされた雨粒が、真っ暗な庭に降り注いでいるのが見えた。風も少し出ているのか、常緑の樹木が揺れる音が聞こえる。

 この分では、今日はもう、魔理沙が来ることはないだろう。訪れがないのは、何かあったせいだろうか。明日、雨が上がる頃を見計らって魔理沙の家に行ってみようと心に決めて、カーテンを引いた。

 聞こえた音は、風で飛ばされた何かが壁に当たった音だと思った。その断定を否定するように再び鳴らされる。今度は明白にノックの音だとわかった。

 迷い人か、妖怪か妖精だろうか。多少の警戒と共にドアを開けると、そこには、

「魔理沙?」

 ドアが大きく開かれるなり、魔理沙は飛び込んできて私に抱きついてきた。帽子も服も当然、雨でびしょ濡れだ。

「な、……ど、どうしたの?」

「アリス」

 指先に顎を捕らえられた、と思ったら、口付けられた。強く押し当てられる唇は冷たく、雨に濡れている。

 普段とまるで違う魔理沙の様子に、驚きで咄嗟に体が強張った。けれど、魔理沙に何か必死なものを感じて、私は反射的に抗おうとする体を押し留めて、魔理沙のすることを黙って受け止めることにした。

 唇で唇を食まれる。緩めては、角度を変えて、余すところなく食べられる。今までにない、噛み付くような激しいキスだった。

 唇の温度差が無くなる頃、キスが止んだ。魔理沙は私に腕を回して、きつく抱きしめてきた。

「……いきなりごめん」

 素直な謝りの言葉と、か細い声は、とても魔理沙らしくない。

 水気と共に湿っぽい体温が伝わってくるが、不快とは思わなかった。両腕を魔理沙の背に回す。

 触れた瞬間、魔理沙はびくっと震えて、腕を緩めて体を離し、私から一歩遠ざかった。魔理沙が浮かべていたのは、申し訳なさそうな、そしてなぜか悲しそうな表情だった。

「悪い。……服、濡れちまったな」

 無理してるように見える苦笑い。

「ん、大丈夫。……ねぇ魔理沙、」

 いつもと違い過ぎる魔理沙の様子に、何を言うべきか迷って、言葉に詰まった。

 何かあったのとか、どうして雨の中をとか。昨日はどうしてたとか、今日はもう泊まっていったらどう、とか。

 躊躇は一瞬だったが、その間に魔理沙はくるりと背を向けてしまった。

 言葉を遮るように。あるいは、言われるだろうことの全てが、聞きたくないことであるのを予測したかのように。

 雨の降りしきる暗闇へと出ていってしまう。追って、私も外に出る。上空から降り注いでいる雨が、私たちを容赦無く打った。

「……また明日な」

 短く告げるや否や、魔理沙は箒と共に宙へと浮いて、飛び去っていった。

 振り返りもしないのは、いつかのように気恥ずかしさを隠すためではない。

「魔理沙――」

 小さな背中が、私を拒絶してるように思えて。

 声を掛けることも追うこともできず、ただ立ち尽くして魔理沙が去っていくのを見届けるしかできなかった。

 

 

 

 また明日。その言葉を信じて、翌日私は待った。魔理沙はその日の夕方に現れた。

 昨晩の雰囲気は微塵も感じさせず、

「驚かせて悪かった」

 屈託なく笑った。

「ただ急に、アリスに会いたくなっただけだ。丸一日空いただろ」

 嘘は言ってないが、本当のことも言ってないのが丸わかりの言い訳。そして、分かりやすい作り笑い。それらが作り出す見えない壁に阻まれて、追及することはかなわなかった。

 薄闇が辺りを覆い始める頃、帰っていく魔理沙を見送る。

「じゃあ、またな」

 

 

 

 それ以来、魔理沙の別れの挨拶から明日という言葉がなくなり、口付けは、私からのみなされるようになった。

 毎日だった来訪は一日置くことが増えた。次第にそれが常となり、二日置くことも珍しくはなくなった。

 顔を見にこちらから出向きたくなる少し手前での来訪は、私から近づかれることを避け、距離を置いているように思えてしまう。考え過ぎ。浮き立った気持ちに落ち着きが出てきただけ。そう否定するには、不安な材料の方が多過ぎた。

 魔理沙の態度に他に変わったところが見られなかったのも私の戸惑いを助長させていた。

 そして、口付ける前、閉じられる直前の、伏せられた睫毛の奥で揺れ動く金色の瞳。湛えた光に含まれるものが、羞じらいや切なさではなく、憂いだと気付くのに時間はあまり掛からなかった。

 要因も解法も掴めないまま、想いが上滑りする日々で、ひと月ほどが過ぎた。

 

 

 

 

 

 昨日のことだった。紅茶を求めて立ち寄った人里の店には、店にも今の季節にも似つかわしくない、春の香りが漂っていた。主に尋ねると、試飲の花茶を淹れたところらしかった。

 ご一緒にどうぞと、手の平に収まるほどの小さな磁器を差し出される。礼を言って受け取ったそれは、幻想郷では珍しい異国の、大陸の茶碗だった。器には、碧掛かった金といった態のごく薄い色あいの茶が満たされている。立ち上がる香気は、紛れもなく、ジャスミンティのものだった。

 これとよく似た香りに接したのを思い出す。量り売りの紅茶をいくつかと、試飲したジャスミンの工芸花茶を一緒に購入して、店を後にした。

 魔理沙が摘んできたあの花は何の花だったろう。終ぞ調べることがなかった。あの時分は私らしくもなく浮かれていて、魔法研究や人形制作や、様々なことに手も頭も回らなかったのだ。

 いい機会なので、調べることにした。買ってきた物の整理を終えて、書斎の奥から植物図鑑を引っ張り出す。

 花の咲く時期は初夏。魔理沙が摘んで持ってきたのは梅雨が始まる頃と記憶している。六月ごろだろう。

 花と葉の色形を思い浮かべながらページを捲る。別の植物の図説に目移りしながらも読み進めて、とうとう見覚えのある形を見つけた。

 色褪せない魔法の塗料を用いられている絵図には、緻密な筆運びであの花が実物そっくりに描かれていた。

 詳細を読む。

 

 ――東アジアに分布。三~十尺ほどの低木。開花時期は六、七月。枝先に白い六弁花をつける。茉莉花に似た芳香を持つ。一重と八重があり……

 ――中国の名香花、七香の一つと数えられる。梅・菊・水仙・茉莉花……

 

 透明な器の絵があった。光に透ける器を満たすその色は、実を水に溶いたときのものと、見出しにあった。

 透き通って鮮やかな黄金色が、よく見知っているものを想起させる。私が間近で眺めることを許されている黄水晶、魔理沙の瞳。

 

 ――秋ごろに熟すその実は、熟しても……

 

 その色の意味するところを、私は知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かを私だけのものにしたいという気持ちが、こんなにも、自分の中にあるなんて思わなかった。

 

 

 

 茶器を片付けてキッチンから戻ってくると、魔理沙はリビングのソファに腰掛けていて、膝の上に開いた本を置いていた。本は文字通り置かれているだけで、魔理沙の視線は本の向こう、遠いところを見つめていた。

 魔理沙はときどきそうやってうわの空でいることがある。これも以前は、雨の夜の前は、見られなかったことだ。

 物音なり声を掛けられるなりで現実に戻ってくるようで、けれども今回は視界を遮った私の影で気が付いた。

 不思議そうな面持ちで見上げてくる。ソファに座るなら自分の前を通り過ぎて隣だろうと言いたげな顔に、私はそっと手を伸ばして、頬に掛かっていた髪を退かした。

 指先で顎を捉える。何をされるのかを察した魔理沙の目が、閉じられていく。

 その予想は今日に限っては、半分だけ正解だ。

 重ねていた唇が離れると、私は肩に置いていた手に加重を掛けた。

 小さく悲鳴が上がる。魔理沙の膝から本が滑り落ちた。かまうものか。

 魔理沙の小さな体は、反対側の手すりに頭を当てること無く、三人掛けのソファにすっぽりと収まった。

 倒される時にバランスを取ろうとして上がった、ソファに乗った脚の間に膝を立てる。髪を避けて頭の横に左腕を衝いて、魔理沙を見下ろす。

「アリス?」

 驚きに見開いた瞳が私を映していた。返事の替わりに、右手でベストの釦を一つ外してみせる。

「……嫌?」

 魔理沙の頬が朱に染まっていく。魔理沙もまた、キスの先を知らないではない。

 潤みを増していく瞳。瞬くごと輝きを増すが、羞恥と入れ替わりに現れるのは、やはり憂いだった。戦慄く唇が形を作る。紡ぎ出される言葉を待つ。

「アリスがしたいなら、……いい」

 普段の快活な魔理沙らしくない、消え入るようなか細い声だった。

 拒否の言葉ではなかった。そのことに安易に安堵してしまう自分が惨めに思えた。

 魔理沙はどうなの。問おうとした言葉を咄嗟に飲み込む。

 聞きたい。でも、聞けない。答えを聞くのが怖かった。

 逸らされてる視線。その先にあるのは、一体何?

 心の奥に灯が点る。昏い光を放つ灯火が。

「そう。なら、するわ」

 

 魔理沙の頭の横に左肘を衝き、覆い被さるようにして口付けた。重ねるだけのキスではなく、いつかの雨の夜、魔理沙が私にしたみたいに噛み付くように唇を食んだ。

 魔理沙が私の下で体を強張らせているのがわかる。私の肩に添えられている手は、押すとも引くとも付かず、ただ縋り付いてくるだけだった。

 引き寄せるでなければ。いっそ、押し退けられたほうがましだ。

 いつもと同じ、一方通行のキスと違わない。私の一人芝居のように思えて、虚しく苦い。

 食んだ下唇に舌で這わせる。濡れている部分に舌が触れると、自分とは違う唾液の味がした。

 これもまたあの雨の夜に、ほんの少しだけ感じたことのある、覚えのあるその味を辿って、かすかに開いている歯列を割る。舌を差し入れたそこは、温かく潤っていて魔理沙の味で溢れていた。

 魔理沙の内側。外に現れ出ない魔理沙の心が、ここでわかるかもしれない。そんな気がしてきて、知りたい一心で口内を探った。

 味覚が刺激されて唾液が湧いていくのがわかる。二人分の唾液が、魔理沙を求めて彷徨う私の舌に撹拌されて水っぽい音を立てた。

「んっ……ふ、ぅ……んぅうっ……」

 魔理沙の吐息が鼻に抜ける。甘い声音を含んでると思うのは、私の願望だろうか。

 舌がかすかに応じるかのように動かされるのはきっと、気のせいで。逃れようとしてるだけに違いない。

 スカートの留め具を外して、ブラウスを引き出す。キスの間に外していた釦の残りを全て外した。

 既に開いてるベストごとブラウスの前を肌蹴させる。キャミソールの裾から手を差し入れると、魔理沙は僅かに体を震わせて、合わせた唇の間で、くぐもった声を微かに漏らした。

 キスを続けながら肌に手を這わせる。滑らかで柔らかな肌だった。薄い柔肉の下で、腹筋が緊張しているのがわかる。呼吸を乱して震えを伝えてくる魔理沙に、愛おしさが込み上げた。

 いつか、他の誰かに触れられるときも、こんな反応を見せるのだろうか。

 それを思うとやるせなく心が掻き乱される。そうなる前に私が先に、余すところなく魔理沙の全ての部分に触れて、暴いてしまいたい。

「んぅっ!」

 一際強く、びくっと魔理沙の体が震えた。手の平に、肌とは違う柔い突起が当たる感触。

 仰向けなせいか、魔理沙の胸はあまりになだらかで、口付けしながらの手探りではそこが乳房だと気付けなかった。

 いささか乱暴気味に触れてしまった。詫びる気持ちを込めて、食んだ唇を優しく丹念に舐めた。戯れのはずが存外に強く噛んでしまったのを、舌で舐めて許しを請う猫のように。

 吸い付けていた唇を離すと、ちゅ、と水音が立った。

 顔を上げていく。魔理沙は、幼げな顔を熱に浮かされたように赤くして、目を潤ませていた。

 目尻に涙が流れた跡を見つけて、そんなに痛かったのかと、胸が痛んだ。

 金色の瞳と目が合った。目も顔も熱っぽいのに、瞳に湛える光は、やはり物憂げなものだった。

 悲しみを堪えるみたいな表情が、私の心をざわと波立たせて、点っている昏い炎をゆらりと揺らした。

 胸全体を露出させるよう、キャミソールを捲り上げる。剥くよりも、組み敷いたまま狭いソファに縫い止めて置きたい気持ちのほうが勝った。少しも、離れていたくない。

 肉付きの薄い胸だった。淡いなだらかな膨らみは、左右それぞれに薄桃色の蕾を戴いていた。

 既につんと立ち上がっているのは、外気に晒されたせいか、先ほどの刺激によるものか、判然としない。向かって右側に右手を這わせ、人差し指と中指で、先端を軽く挟んだ。

「は、あッ……」

 魔理沙は、眉を寄せて切なげに目を細める。二本の指をすり合わせるように動かすと、く、と息を飲んで、頭を横にして顔を背けた。

 顔に掛かる髪を退かしてやる。髪を掻き分けて露出させた、赤く染まってる右耳に顔を寄せ、耳朶を唇で食んだ。

「ぅあ、ぅ……く、んぅ……」

 吐息に混じって声が漏れる。肩に置かれた手に力が篭るのを感じた。

 その耳元に、囁きたかった。いつかの月の夜のように、想いを。思い返せば、満月の夜から今まで、あまり口に出すことが無かった。わざわざ言葉にしなくとも心は通じあってると思ってた。

 でも、今は。同じ言葉が返ってこないかもしれないと思うと、怖くて、口にできない。

……不安が募っていく。

 (こんなに近くにいるのに)

 耳の裏に舌を這わせる。ふるりと肩が揺れた。足りなくなって、首筋を吸う。

 (肌に触れているのに)

 胸の突起を親指で押し上げるようにくにくにと倒して、軽く潰して。指でくすぐって、柔んだのが凝ったら、また下から擦り上げて。

 (魔理沙が、遠い)

「くふ、ぅうんっ、……んあぁッ、あ、あぁっあっ、」

 魔理沙の声が跳ね上がった。堪え切れなかった、とでも言うように、顎が上がった。手の動きを緩める。

 血が沸いて、或いは魔理沙の熱がすっかり移って。頭も体も熱くなっていると感じるのに、芯の部分は冷えたままだった。凍えて、乾いて、ちっとも満たされない。

 剥き出しになった喉に、音を立ててキスを落としてから上体を起こした。ずっと肩を掴んでいた腕が、ずると剥がれ落ちる。

 魔理沙はくたりとしたまま動かず、目を閉じて乱れた呼吸を繰り返すのみだった。

 スカートをたくし上げて、布地はお腹の上に寄らせる。ドロワーズのウエストに指掛けて腿まで引き下ろした。

 スカートの裏地に縫い縮められたパニエが降りてくるも、そこは覆い隠されない。チュールレースの陰に覗く小さな無毛の丘は、縦筋が僅かに見えて痛ましいほど幼く見えた。

 ドロワーズと秘所の間に手を差し入れる。そこは、湿度が高くて、熱かった。撫ぜた内腿は、弾力があって柔らかく、汗でしっとりと吸い付くかのよう。

 内腿を撫ぜる流れのまま、つつ、と手を滑らせて、幼い膨らみへ。裂け目に指を這わせると、そこは既に、たっぷりとした蜜でほころんでいた。

 潤いきった幼い秘所は、目眩がするほどに、熱い。私の凍えている部分に届いてきて、端を溶かすほどに。

 濡れた柔肉を指先で探る。くち、と微かに立った水音が耳に届く。

「んぁあッ」

 力無くくたりしてた魔理沙がびくっと反応した。花弁に秘された核を、指先が探り当てていた。脚を閉じようとするも、私が膝を割り入れてるせいでそれはかなわない。

 魔理沙の右手が、腕に縋り付いてくる。逆に捕まえて、指を絡め組んだ左手を魔理沙の頭の横に置いた。左肘を衝いて、再び覆い被さる。

 右の淡い桃色の突起に口付けすると、魔理沙は小さく悲鳴を上げて小さく仰け反った。胸の蕾を吸い、秘核をぬめる指先で軽く撫でてやると、私の肩を掴む魔理沙のもう一方の手は、縋り付くしかできなくなる。

 下に向かって指を這わせ、窪みを探り当てた。

 ここに触れるのは、私が初めてなのだろうか。――そう、思いたい。

「あ、ふ、ぅうっ……」

 中指を押し込むと、魔理沙が絞るような声を漏らした。狭く、きつかった。けれども、指を締め付けてくる隘路自身から溢れでてくる蜜が、指の侵入を助けていた。

 ゆっくり進めて、中指のほとんどが収まったころには、魔理沙は、はっはっと短い呼吸を繰り返していた。

 少し戻して、また奥へ。繰り返すうちに、指運びが円滑になっていく。

「っ、あぁッ」

 魔理沙が一際強く反応する場所があった。そこを擦るように、指を抜き差しすると、締め付けが一層強くなって、魔理沙は顎を上げて背を反らせた。

 ここが、いいんだ。指を折り曲げて、押し上げるように何度も圧迫する。

 突き出す格好になった胸の突起を、望み通りに吸ってあげた。口に含んだ先端を舌先で強めに弾く。繰り返し、何度も。

 そうしながら、親指に蜜をまぶして、陰核を潰すように刺激した。

 ふる、と幼な腰に小さな震えが走って、魔理沙の両の手に、力が篭る。びくん、と大きく体が跳ねた。

「っあ! ッッ――ぁああッ、ああぁあぁッ……」

 吐息とともに嬌声を吐き出しながら、魔理沙は背を弓なりに撓らせた。

 中指はきゅううと締め付けられ、親指にはひくひくとした痙攣が伝わってくる。

 でもすぐに止めるようなことはしない。強い刺激にならないよう、力を抜いて至極ゆるく、指と舌を動かし続ける。沸き起こる快感を全部引き出して、最後のひと震えまでを私の元に閉じ込めて、感じ取りたい。

「あ、あっ、ぁ、あ、あ、あっ、……」

 切なげに腰が揺らされる。魔理沙はしばらくの間、小さな体を小刻みに震わせていた。やがてそれらが止むと、魔理沙の全身から力が抜けた。

 荒い呼吸に合わせて上下する薄い胸板から顔を上げる。目の前のも、触れていない反対側の頂も、艶やかな赤に染まって痛ましいほどに屹立していた。

 蕩け切った顔の魔理沙に、唇を寄せて。呼吸に半分ほど開かれてる口の、唾液に濡れ光る唇の端に口付けた。

 今このときだけは、魔理沙が真に私の元にいる気がした。

 

 

 

 呼吸が落ち着いたころを見計らって、魔理沙の肌蹴た前を着付けてやった。抱き起こしてソファに座らせるが、芯のない人形のように、くたりと私に凭れ掛かってそれきり動かなくなる。

 人形に命じてブランケットを持って来させて、魔理沙と一緒に包まった。

 吐息の熱と体温がじんわりと移ってくる。体はちっとも疲れてないのに、ひたすらに気怠かった。感情と思考が頭の中で渦を巻いている。その全てを、感じてる重みとぬくもりの前に放棄して、私は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 微睡みから目を覚ますと、魔理沙は既にいなかった。ブランケットには抜け出た跡はもう無く、私にだけ被さるように掛けられていた。

 たぶん帰ったのだろう。見ずともわかる。誰の気配もしない、私だけたった一人の静寂が薄暗闇の部屋に落ちていた。

 想いを囁くこともなければ、名前を呼ぶこともなかった。最後まで、お互いに。

 どうして。

 こうなってしまったんだろう。

 寒いと感じた。体も、心も。ソファの上で膝を抱えて、掛け物を引き寄せる。

「魔理沙――」

 瞑った目の端から零れた雫が、頬を伝うのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦しい。

 言い出せない想いがつかえて、胸が苦しい。嗚咽が込み上げて、息が苦しい。

 薄暗くなった森は、視界が滲むせいでぼやけてよく見えない。

 家に入るなり、箒も帽子も寝室へ歩きすがらそこらに放り出して、ベッドに体を投げ出した。

 嫌なわけなかった。恥ずかしかったけど、幸せだった。本当は、だめなのに。

 いっぱい想いを伝えて、いっぱい呼びたかった。

 声がどこにも漏れないように布団をひっかぶって、呼びたかったただひとつの名前を、それしか言えなくなったみたいに何度も呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一滴、落ちる。

 時間を掛けて、管の先に結ばれた珠が、また一滴。

 机に突っ伏して、腕に顎を乗せて、目の前の透明な雫の落下を無感動に眺める。

 少しづつ、ビーカーの底に溜まっていく。

 もうすぐ完成する。――恋情を殺す薬が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――人に恋をするな。

 そいつは言った。

 

 

 研究に必要な材料を集めに、森の奥深くに分け入ったときのことだった。

 私もアリスも、他の妖怪や妖精といった森の住人たちも滅多に立ち入らない森の奥地。

 異様に生い茂った木々が屋根と化し、陽の光さえも通さないそこは陸の孤島といった態で、書物に記されてる、外界と隔絶され独自進化を遂げた生物のいる島のように、他では見られない植物の宝庫だった。

 そいつは、折れ倒れ朽ちかけた大木に寄り添うように仰向けで横たわっていた。

 人間の男のように見えたが、頭に生えている短い数本の角が、人ではないことを示していた。

 発光性植物の燐光と私の魔法の灯とで照らされた肌は、既に土気色。

 ここいら一帯に満ちている特濃の瘴気にやられていて、息があるのが不思議なほど。もう持たないのは明白だった。

「何か言い残すことはあるか?」

 私の気配を察して、頭を僅かに動かしたが、その目は何もない宙を見つめていた。

 気管に水が入りでもしたのか、喉はごろごろと水っぽい音を立てるのに、搾り出された声は小さく掠れていた。

「……死を、誰かに伝えるか?」

 問いの応えを聞くことは永遠に無かった。既に、事切れていた。

 どのぐらいここにこうして居たのか。体のほとんどを既に蔦類の根、菌根が絡み付き始めていた。

 このまま、この場所であれば一ヶ月、いや二週間もあれば跡形もなく森へ還るだろう。たぶんこいつもそれを知っていて、ここへ。

 手荷物や、衣の類はない。身元を示すものもないとなれば、できる事はもうなかった。

 

 かろうじて聞き取れた言葉は、こうだった。

 ――ぼうず、人に恋をしちゃあなんねぇ。さもなきゃ、俺のように。

 私を妖怪か何かの子供と思ったのだろう。人間が森の奥まで入り込んで無事でいられるわけがない。

 あれは妖怪が妖怪に向けて遺した言葉だ。人に恋をするな。さもなければ自分のように。

 

 ――自分のように、死ぬ、だ。

 

 人と人ならざる者が結ばれることは、古今を通じて稀ではあるが無いわけじゃない。

 幻想郷に極少数存在する半人半妖がそれを裏付けている。けれど、彼らの親の末路をそういえば私は知らなかった。香霖は拾われ子で親の顔すらも知らないと言っていた。

……彼らは、一体どうなった?

 文献を改めたり、識者に話を聞く必要はない。今見たものが答えそのものだ。

 妖怪は精神の生き物だ。身体の強さとは裏腹に、心の病を患いやすい。伴侶や恋人を失って心に負った傷は、命取りになるということ。

 想い人を失えば妖怪は死ぬ。

 では私とアリスは。

 容易に予見できる、当然の帰結に血の気が引いた。

 

 人間である私が死んだ後、アリスも死ぬ。

 アリスが死ぬ。他ならぬ私のせいで。

 

 

 気が付けば家の前に立っていた。どこをどう歩いたか、覚えていない。

 その日はまだアリスに会っていなかったが、到底会う気になれなかった。

 私と居れば、アリスは将来死ぬ。

 何故気が付かなかったろう。知っていれば、あんな。満月の下でお互いの気持ちを確かめ合うなんてしなかったのに。

 想いを通わせなければいつか風化して、傷は浅くて済んだろうに。

 自分の迂闊さが呪わしかった。

 死というものに、新たな恐怖が加わって、一層恐ろしくなった。

 形あるものはいつか滅びる。人間いつかは死ぬもの、もちろん簡単に死んだりするつもりは毛頭ないが、その時が来たら受け入れるだけ。

 けれど、自分の死が引き金になって想い人が死ぬなんて、本能的に抱く忌避感とか、やり残すことに対する未練とかとは別種の、堪えられない恐怖だった。

 激しい後悔が、私を家に縛り付けた。

 アリスのことを本当に大事に思うなら、この関係を止めるのが最善だ。

 アリスは知っているのだろうか? 人に恋をした妖怪の末路を。

 知らせるべきだろうか。知ったらきっと、アリスは。私から離れていってしまうんだろう。

 

 一昼夜のあと、私は衝動に駆られて家を飛び出した。

 大粒の雨も吹きすさぶ風もかまわず、アリスを求めて夜を飛んだ。

 ドアが開かれるなり、中に飛び込んでアリスを抱きしめた。冷えきった体に、アリスはあまりに暖かかった。

 アリスに触れるのはこれが最後、そのつもりだった。

 けれど、やっぱりだめだった。私はアリスを好きでいたかった。アリスには私を好きでいて欲しくて。

 また明日、と告げて。次の日も、アリスに会いに行ってしまった。

 懊悩を無理やり作った笑いの下に隠して。

 

 会ってはいけない。関係を終わらせなければいけない。でも、会いたい。衝動に負けてはアリスの元を訪れた。

 私が近視眼的に満たされる一方で、アリスは死に向かっている、それがわかっていながら止められなかった。浅ましいほどに利己的な行動。自己嫌悪の日々だった。

 アリスが触れてくる度、触れたくなるのを堪えて。

 アリスの元を訪れるのをどうにかして減らしていった。だが、どうしても心はアリスを求めていて。私はアリスと離れられない。そう悟った。

 ならどうすれば、アリスの死を回避できるか。

 記憶を消す。或いは封じる。この類の施行は古今東西、成功の例を文献に見かけたことがない。まして恒久的なものとなると皆無じゃないだろうか。一時的なものにしたとしても……きっと目の前に私が居たら、何かの拍子に思い出してしまうだろう。

 他に手はないか捜索し、思索するうちに、思い至った一つの考え。

 それはあまりに愚かで恐ろしく、あまりに救い難い、けれどこれ以上にない本質的な解決手段だった。

 

 ――恋という感情を、失くしてしまえばいい。

 

 そうすれば、私の死後であろうと。

 アリスは生涯、恋という死に至る病を患うことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濾過がようやく終わろうとしていた。

 小さなビーカーの底に溜まる、透明な液体。

 希少な材料を刻み、或いは焼き、すり潰し、砕いて。混ぜ合わせて魔力を注ぎながら煮詰めて、触媒で分離し、抽出。これらの手順を踏むこと一週間。

 濾過器に通せば、魔術的な効能だけが残る。

 無色透明、無味無臭の魔法薬。恋情を殺す薬毒が、完成した。

 

 

 

 

 

 アリスと会っていないときは、時間の殆どを恋を失わせる手段を探すのに充てた。

 おまじないから媚薬まで、いわゆる惚れ薬に類するウイッチクラフトはたくさんある。恋を齎すそれらとは真逆の、失恋については、結果的にそうなるといったものも含めればそれなりに存在した。

 だが、恋情そのものを永久に失わせるとなると途端に資料が見つからず、探しに探してようやく魔法薬のレシピを突き止めた。

 素材はレアなものもあったが、かろうじて手持ちで揃っていた。直ぐにでも、生成に取り掛かれる。

 けれど、できなかった。アリスと離れられない。離れたくなくて。

 アリスと会わなくなることも、関係を終わらせることも。私と居れば将来死ぬのを知らせることも、魔法薬を作ることも。なにもかも、できなかった。

 

 あの日、アリスに求められた。アリスは、態度のおかしい私を、まだ好きでいてくれた。死んでしまいそうなぐらい幸せだった。

 堪えなければならないのがどうしようもなく悲しくて、理不尽が悔しくて、アリスに気付かれないように少しだけ泣いた。

 結びつきが強ければ強いほど、アリスの死はより確実なものになるのだろう。

 次に求められることがあれば、きっと私はどろどろに蕩けて、アリスを求めてしまう。拒むことなんて、到底できそうにない。

 だから。薬の生成に踏み切った。

 

 

 

 

 

 淹れた紅茶に、薬を混ぜた。

 澄んだ紅色は、シロップを入れたときのように一瞬だけぼやけて、それが収まると何事もなかったかのように静の様相を取り戻した。

 アリスにだけ薬を盛るつもりは最初から無い。

 人の感情を薬で殺す。身勝手で愚かな悪行の報いを、私は当然受けなければいけない。

 私もまた、恋情を失くしてしまいたかった。アリスへの想いを失くすことは、私にはたぶん出来ない。届かない想いを抱き続けるのは、きっと地獄だろうから。

 魔女に恋はご法度。古めかしい初歩的な魔導書に散見される戒めだ。こんなことになったのも、それらを形骸化した警句と軽んじて、恋情の強力無比な感情の力を魔法に用いたことの報いでもあるかもしれない。

 過去に存在していた魔女たちは、皆この薬を飲んだのだろうか。残された資料があまりに少ないのは、薬を用いる間もなく皆、恋に燃え尽きてしまったのか。

 

 薬入りの紅茶を飲み干したとたん、急激な目眩がやってきた。机に肘を衝いて、頭を支える。

 心臓の動悸が激しく運動したときのように高まって、息苦しさに胸の布地を鷲掴んだ。

 冷や汗が額に滲む。胸が、苦しい。飲まされた鉛の塊が詰まりでもしたかのように重く、深い部分を短剣で抉られているかのように痛かった。

 きっとこれは、私の恋情の断末魔だ。この苦しみが終わるときが、私の恋という感情が死んだときなのだろう。

 これが、報い。そして、人と妖の運命を知らなかった過失への罰。だから、私はちゃんと受け止めなきゃいけない。

 心にも痛みがあるんだ。意識の片隅でぼんやりと得心する。知らなかった感覚はあまりに痛くて、零れてしまった涙がひと滴、頬を滑り落ちていった。

 そのまま、ひたすら苦しさと痛みに耐えながら。恋情が死んでいくのをじっと見守った。

 

 動悸と息苦しさはやがて、目眩と一緒に収まっていった。

 頭を振って、体を起こす。額の冷や汗を手の甲で拭って、涙の跡を指で拭いた。不快感は消えたが、妙に焦燥を感じていた。なのに、気持ちは何故か楽になっている。変な風に心が軽い。……というか、私は何を深刻に悩んでいた?

 触感麻痺の効果がある薬を垂らした肌が、痺れっぱなしになって触っても何も感じなくなる感覚に似ている。何か足りない感じがして、落ち着かなかった。胸にぽっかりと穴が空いてしまったかのように。

 箒を手に外に出て、上空へ向かって飛んだ。

 特製魔法スープの固形燃料を八卦炉にぶち込み、虚空をロックオン。

 恋符は、八卦炉の火力に恋の感情を乗せて放つ魔法だ。――マスタースパーク。薬毒の効果を確かめるにはこの魔法がきっと手っ取り早い。

 いつものように、魔力のボルテージを上げていく。魔力を高めて、感情を練り込んで、練り込んで……練り、込む? なにを、だっけ。思い出せない。アリスのことは、思い浮かぶのに。

 十分に高まった魔力を八卦炉を通じて解放した。普段の二倍も三倍も細い白色のレーザーが一本、空に真っ直ぐに照射されて、終わった。

 マスタースパークは明らかに失敗だった。反面、恋情を殺す薬毒は、たぶん成功した。アリスが死なずに済むなら符の一つや二つ、安いもの。私の魔法は恋符だけじゃない。

 アリスを助けなければいけない。旧くからの友人として、今現在の隣人として。

 人間の私に効いたこの薬毒は、きっと妖怪のアリスの心には覿面に効くだろう。

 早ければ早いほうがいいに違いない。薬を親指大の小瓶に詰めスカートのかくしに忍ばせて、アリスの家に向かった。

 

 ――私は、私を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風は日を追うごとに確実に冷たくなっていた。

 魔法の森は里や山のように一面の紅葉はないが、それでも所々色付きはする。洋館の前に降り立ったとき、ちょうど吹いてきた風がそんな木々を揺らした。

 心がざわめいて落ち着かないのは、木々につられてなのだろうか。

 感じている妙な焦燥にかまわずに、私はドアをノックした。

 中から応えがあって、

「魔理沙……」

「よ、お、遊びに来たぜ」

 一瞬、声が詰まってしまった。出迎えたアリスは目を僅かに見開いて、驚きを隠せないといった表情で私を出迎えたものだから、少し面食らった。

 何か変だったろうか。数日振りだから? 普段アリスと会うとき、私はどんな顔をしていたっけ。

 記憶を手繰りながら、通されたリビングに入った時、思い出した。

……そうだ、私たち、あんなことをした後だった。

 気恥ずかしさが込み上げて、ソファから目を逸らす。胸の奥がちくりと痛んで、心臓が高鳴ったが、それはほんの一瞬のことで、不思議なほどすぐに静まった。

 廊下でキッチンに消えたアリスが、紅茶を載せたトレーを手に戻って来た。

 ソーサーが目の前に置かれる。間口の広いティーカップから立ち昇る紅茶の香りは、私が好きな茶葉の香りだった。

 アリスが席に付く。小さな丸テーブルを挟んだ私と目が合った。

 蒼い双眸が揺らいで、視線が逸らされる。その瞳がほんのかすかに帯びている色は、不安の色のような気がした。

 桜色の唇が戦慄いて、僅かに開かれる。

「あのさ、」

 アリスが言葉を紡ごうとするのに、私は先んじて言った。

 何を言おうとしたのかは、わからないけど。今の恋情を失くした私では、きっとアリスを傷つける。それは本望じゃない。

 恋情が失くなれば、アリスは辛い思いをしないで済むに違いない。だから何を持ってしても、薬は早いほうがいい。かくしに忍ばせた小瓶に触れながら、

「この前、読んでいた本なんだが。下巻はないのか?」

 本棚にちらと視線をやる。下巻が本棚に納められていたのを覚えているが、今は見当たらなかった。

「あ……あの本、ね。戻し忘れてたわ。持ってくる?」

「ああ、頼む」

 何故か幾分ほっとしたような顔を見せて、アリスは席を立ってリビングを出ていった。

 たぶん寝室だ。軽い読み物系の本だから、寝る前にでも読んでいたんだろう。

 遠ざかっていく足音を聞きながら、小瓶を取り出す。栓を抜いて、アリスのカップに中身を全て注いだ。

 これで、アリスは死なずに済む。……二人の関係は終わる。

 胸の奥がざわと波立った。さっきからずっと感じてる、落ち着かない焦燥感がひどくなっていく。たぶん緊張のせい。それとも、罪悪感か。

「これでよかったかしら」

「悪いな。あとで読ませてもらうぜ」

「勝手に持って行かないでよ?」

 釘を差しつつ、アリスは私に本を手渡して席に戻った。胸の鼓動が早まっていく。内側のさざめきは、既にうるさいほど。

「近頃冷えてきたな。熱い紅茶がうまいぜ」

 小言を聞き流すふりをして、受け取った本を片手で弄びながら、紅茶を一口飲んだ。それを見て、アリスも、呆れ顔を浮かべながら。

「……そうね」

 アリスの手がカップに伸ばされる。白い指がティーカップに添えられる。カップが、ソーサーを離れていって、

 どくん、と心臓が脈動した。

 

 

 

「……だめだ」

 口を衝いて、声が、勝手に。

「え?」

「アリス、だめだッ!」

 衝動が私を突き動かして――右手で、アリスのカップを鷲掴みにした。

 広い間口に覗く紅い液面が激しく揺れる――零れる。意識を埋め尽くしたのは、アリスを汚したくない、その一心だった。

 焼けるような痛みが手を襲う。

「あっつっ……!」

「魔理沙! なにやって……!」

 テーブルが、手が袖が、紅茶で滴った。

 けれどアリスには掛かっていない。ついでに床に落ちた本も。

「悪い、こぼしちまった」

「ばかっ、そんなこといいから! 早く冷やさないと……!」

 精一杯申し訳なさそうな顔をしたのに、アリスはかまわずに、私をキッチンに引っ張っていった。

 水を張ったボウルに紅茶の掛かった右手を突っ込まされる。

 濡れて張り付いた私のブラウスの袖を、アリスが慎重な手付きで捲り上げていく。その顔は、色を失って見えた。

……何してるんだろ、私。

 ざわざわする感じは無くなって、その替わりに、胸がとてつもなく痛かった。締め付けられるかのように。

 火傷の痛みが和らいでいく。私の右手に触れている、水中のアリスの手がほのかに暖かな光を帯びている。治癒魔法だ。ひと通りの魔法が使えるなんて、ほんと器用なやつ。

 優しくて暖かくて。火傷が癒されてくのとは逆に、胸の痛みはひどくなる。

「これで良くなるはずだけど。どう? ……魔理沙」

 視界がぼやける。……何で、泣いてるんだろ。

 アリスは戸惑ったように顔を覗いてくる。

「魔理沙……、まだどこか痛い?」

 頭を左右に振る。違うんだ、アリス。

「ごめん、アリス。私はっ!」

 もう、止まらなかった。

「……私を殺そうと思ったんだ。お前の中の私を。でもできなかった! 殺さないと、お前が死んじゃうのに。でもお前に好きで居て欲しくて、」

 何を口走ってるんだ、私。

「私もお前を好きで居たくて……私はっ、無知で自分勝手で、最低なやつだっ……!」

 めちゃくちゃに支離滅裂。自分で自分がわからなくなる。

「魔理沙――」

「……!」

 肩を引き寄せられて。アリスに捕まえられた。ぎゅっと抱きしめられて。

 アリスに優しくされる資格なんてないってのに。

 あやすように背中を撫でられて。余計に、涙が出た。

 

 

「落ち着いた?」

 激情の余波は、尾を引きながらも漸く治まりつつあった。

 私はアリスに付き添われて、リビングのソファに座っていた。

 紅茶を零したテーブルは、たぶん人形達の手によって、跡形もなく綺麗に掃除済みだった。

 アリスは私に寄り添ってソファに座って、嗚咽する私の背中をずっと撫でてくれていた。

「何があったか話してくれる?」

 隠すのも誤魔化すのも、もう無理だ。アリスを、そして私自身を。

 離別の覚悟は薬毒を生成したときにとうに出来ている。会うことすらもままならなくなるが、背に腹は変えられない。

 観念して、私は話した。森で見かけた妖怪の死。その遺された言葉。結ばれた人と妖の行く末。

「……妖怪は精神の生き物だ。心がだめになって死んでしまうんだろう。私のためにお前に死んでほしくない。だから作ったんだ、恋情を殺す薬を」

 恋情とは、想い人が傍にいないときに感じる欠落感、”相手を乞い願う”感情だ。恋情を失くすには、要因となる欠落を埋めてやればいい。そのことも話した。

「それを、私に」

 あの紅茶に混ぜられていたのを、聡いアリスは察しただろう。

 ぽつりと落とされた呟きには、感情を全く感じさせなかった。……そりゃあそうだ。危うく飲むところだった毒を盛ったのが、目の前にいる私なのだから。

 いたたまれなくて顔を上げられない。無意識にスカートを掴んでいた手に、力が篭った。

「バカで身勝手な考えなのはわかってた。アリスにだけ犠牲を払わせるなんて虫が良すぎる。私は相応の報いを受けなくちゃ。だから……私は薬を飲んだ」

 背中に回ってるアリスの手が、私の肩に乗せられた。

「人と妖怪が結ばれればどうなるか、知っていれば、」

 懺悔。言い訳。アリスを救えなかったことの。

 後悔の念が再び胸に押し寄せてくる。自分の無知に、無力に嫌気が差して、情けなくなる。鼻がつんとしてきて、目が熱くなって、また視界が歪んだ。

「あの満月の夜、私はお前に、想いを打ち明けたりなんか――」

 ぼやけた視界が大きく揺れ動いて。

「ばかね」

 額に、頬に。背中に、肩に、柔らかさと暖かなぬくもりを感じた。体を引き寄せられて、抱き締められたとわかった。

「……アリス?」

「魔理沙は間違ってるわ」

 わかってる。

「そうだ。私は間違って――」

「違うの、そうじゃなくて」

 違ってないのに。アリスが何を言いたいのかわからなくて、私は何も言えず、アリスの言葉を待った。

「……その妖怪にどんなことがあったのかはわからない。けど、亡くなったのは相手との幸せな記憶が無かったせいなのだけはわかるわ。きっと、後悔の毒にやられたのよ」

「後悔の、毒」

 耳慣れないその言葉を思わず口で唱えた。引き寄せた私の頭をアリスが優しく撫でる。

「想いを遂げられなかった後悔のがよほど、妖怪にとって致命傷なのよ。想いを伝えたり、心を通わせる前に、相手がいなくなったら、死んでもやりきれない」

 言葉を紡ぐ声はそっと囁くように優しげで、けれど根底には強い想いを滲ませているかのように聞こえる。ぎしりと、胸が軋んだ。

 諭すように、アリスは続ける。

「死別の悲しみはとても苦しいものだろうけど、幸せだった頃の思い出が胸にあればきっと乗り越えて生きていける。思い出は悲しみを癒す薬、後悔は死に至る毒なの。だから……」

 肩を押されて、体が離されていく。顔を上げると、穏やかだけど真剣な表情のアリスがいた。

「後悔しないぐらい、心残りがなくなるぐらい、愛させてほしい」

 深い空の色が、私を見つめていた。

 なんにも、言えない。

「だめかしら?」

 何も言わない私に、アリスは少し困ったふうに、けれど微笑んで、小首を傾げて顔を覗いてきた。

 だめじゃない。ふるふると首を左右に振って答える。その拍子に目に溜まってた涙が降り落ちた。

「でも私、薬を――」

 飲んでしまっている。そう続けようとしたところで、アリスは顔を寄せてきて。

 頬を伝う涙を、唇で吸い取った。反対側も、啄むように。触れられたところから体があたたかくなっていく気がして、目の奥がますます熱くなる。

「きっと、魔法は解けてしまっているわね」

 優しさが滲んだ柔らかな声で、アリスは言う。

「魔理沙の涙、こんなに甘いもの。魔理沙の魔法の味……金平糖の味。心の欠落した部分に、詰めて押し固めた分が、涙で溶けて流れ出てるんだわ」

 きっと、たぶん、そうなのだろう。

 感じていた胸の痛みはいつの間にか変質して、たった数時間前なのにひどく懐かしさを感じさせる、親しみを覚えるものになっていた。

 魔法で止めた夜に、歪な月を背景に宙を舞う姿を見たとき。

 ふとした時に覗く笑顔を見たとき。

 もらった旧い人形を家で一人、眺めてるとき。

 夜空の星を繋げて、姿を思い描いたあのとき。

 そんな時に、感じていた切ない痛みだ。

 自然と、想いが言葉になる。

「アリス。……好きだ」

 整った美貌が柔らかく綻んでいって。私の好きな微笑みが見えた。

「魔理沙。私も、好きよ。……最愛の人に二度も恋されるなんて、こんな幸せなことはないわ」

 近付いて来るアリスの顔は、どことなく泣くのを堪えてるように見えた。

 私からも、顔を寄せて。唇を重ねた。

 

 

 啄むようにしていたのが、いつしかお互いに、唇を唇で食み合うようにまでになった。いつもの触れるだけの口付けでは止まらない。下唇が食べられれば、私はアリスの上唇を食む。

 感じたアリスの味をもっと、と求めて舌を伸ばせば、アリスもそれに合わせて舌を差し入れてくる。触れ合ったその場所で、舌を擦り付け合った。

 凝って傷みきってた心が、解され癒されていく。同時に、心も体も甘い痺れに浸されていった。

 もっと、深く。深いところまで手を伸ばしたい。触れられたい。アリスにしがみついて服を掴んだ。

「ぅ、ふっ、んぅっ……」

 頭の芯が甘く痺れて、切なさにくらくらする。この感覚をずっと追いかけていたい。なのに、アリスは舌を引いて、唇を離してしまう。

「はぁっ……」

 尾を引く余韻に、私は湿ったため息をついた。

 アリスの手が胸元に伸びてくる。器用な指先が、ベストの一番上の釦をひとつ外した。

「……嫌?」

 普段より上擦って、少し掠れた声だった。

 いつかと同じ、問いかけ。でも今度は。アリスの手を握った。

「アリスとなら、……」

 したい。聞こえたかわからないぐらいの小さい声しか出なかった。けど、聴きとってくれたみたいで。

「ん……うれしい」

 ちゅ、と音を立てて頬にキスされた。

「でもここじゃ、ちょっとね。だから……」

 ベッドにいこう? 耳元で囁かれて、体温が一気に上がった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手引かれるままに、ベッドに座るアリスの隣に座った。

 アリスは私を体ごと引き寄せて、私もアリスの体に腕を回して、唇を重ね合わせた。

 性急に唇を開いた私の中を、アリスが探ってくる。さっきよりもっと深く。舌に舌を絡め取られると、体の力が抜けていってしまう。

 キスはこんなに。こんなにも、熱かったっけ。癒されるに留まらなくて、溶かされていくかのよう。

 抱きあうだけでは全然足らない。もっと深いところでアリスを感じたい。溶け合って、混じり合って、ひとつになってしまいたい。

 これからしようとしてるこの行為はきっと、そうしたいときのためにあるんだ。アリスも同じ思いでいる。私を蕩かすアリスの熱が、私にそう確信させた。

 いつの間にか服の釦が外されていて。ブラウスの袖が抜かれて、残ったキャミソールの裾からアリスの手が滑り込んで来た。

「く、ふぅんっ……」

 くすぐったくて漏れた声が吐息に混じって鼻に抜けた。触れられるのは恥ずかしい。けど、嬉しくもある。

 私もアリスに触れたかった。アリスの首筋や髪に触れてるけど、全然足りない。肌で、感じたい。アリスの肩に乗せてる手を押して、体を離した。

「アリス、まって」

 キャミソールを私の頭から抜いたアリスを、そこで止めた。

「私もアリスに触れたい。……アリスも、脱いで」

 私がそう言うと、アリスは眉尻を下げて柔らかく微笑んだ。

 顔を寄せて私の頬にキスすると耳元で囁いて、ベッドから離れていった。ベッドに上がってて、と。

 スカートとパニエを床に落とすと、身に着けているものはドロワーズだけになった。

 言われたままにベッドに上がり、のろのろと四つ這いでベッドの真ん中に辺りに行って、足を崩してぺたんと腰を下ろして座った。

 ぱさりと、衣擦れの音。顔を向けると、白いスリップの後ろ姿が見えた。

 アリスは脱いだブラウスを畳むと、ドレッサーの椅子の上に、既に几帳面にも畳まれてる私の服の上に重ねた。

 スリップが捲り上げられて、露わになった腰は折れそうなほど細い。薄く儚げな布地が金糸の頭から抜かれていくと、アリスの裸身には白いブラジャーとショーツのみが残った。

 肌は傷ひとつなく滑らかで真っ白い。すっと通った背筋とすらりと伸びる手足は、私よりは大人びていて、けれど大人より一歩も二歩も手前といった印象だった。

 背中にアリス自身の手が器用に回されて、ブラジャーのホックを外した。

 白い細幅の帯が、張力に引かれてはらりと、左右に緩む。

 一糸も纏ってない背中が見えると、私の頭に一気に血が上がった。見ていられなくなって、ぎゅっと目を瞑って顔を背ける。顔が熱い。心臓の激しく鼓動を打って、高鳴りが止まらない。ベッドに衝いた手でシーツを掴んで、それきり私は気恥ずかしさで固まってしまった。

 ベッドの片側が沈んだ。

「魔理沙」

 優しく呼ばれて、恐る恐る、目を開けた。目の前をアリスの手が横切って、私の顔に触れてくる。促されるままに、そうっとアリスの方を向くと、ショーツ以外何も身に着けていないアリスが、私のすぐ横に膝で立っていた。

 少し恥ずかしそうに微笑むその頬が、色付き始めた桃のようにほんのりと薄く赤を差しているのは、ほとんど全身の肌を晒して、普段は隠されてる、形の良い小ぶりな二つの膨らみを露わにしているせいだろうか。

 アリスは私の手を取って自分の顔まで持っていくと、目を細めて、愛おしそうに手の平に頬ずりした。

 その手で逆に、私はアリスの頬を撫でた。二、三度往復して、そこから手を滑らせてアリスに触れていく。形の良い顎に指で触れた。髪に隠れている耳を暴いて、うなじを探って、首筋を撫でた。

 伝わってくる肌の滑らかさと体温が呼び水になって、言いようのない衝動が込み上げる。

「アリスっ……!」

 首に腕を回してアリスに抱きついた。アリスの腕も背中に回ってきて、お互いに抱きしめ合う。

 密着した肌から溶けていってしまいそうだった。アリスも同じみたいで。私たちは必死に、肌を密着させるのに没頭した。

 どうして、私たちは、離れているんだろう。溶け合ってひとつになってしまいたいという衝動。触れ合った部分からじんと広がっていく甘さに、支配されていく。

「んっ……」

 首筋を唇で吸われた。思わず声が出て、ぴくりと体が震えてしまった。反応に気を良くしたのか、何度もそこに吸い付いてくる。指先まで甘く痺れていく。アリスに触りたいのに、体が上手く動かせない。

 唇が離されて、熱いため息をそこに落とされると、脚から力が抜けてベッドにへたり込んでしまった。

 肩に乗せられた手に押されて、背中に回されてた腕に抱かれながら、ゆっくりとベッドに寝かされた。

 見下ろしてくる蒼い双眸は、いつかみたいに真っ直ぐに私を見つめていた。思わず目を逸らしてしまう。

 ふ、と息を漏らすのがかすかに聞こえた。私が前のときと同じ様子だったのがおかしかったんだろう。伸びてきた白い手が、頬に触れる。

 前とは違う理由で目を逸らしたのが、アリスならすぐ分かったに違いない。顔はおろか、耳まで熱くなってるのが自分でわかるから。あの時は、隠し事が見透かされそうな気がして。今は、恥ずかしさで、アリスを見上げることができなかったのだった。

 顔を撫でてた手が、首筋を通って、鎖骨に触れ、そして胸に降りてくる。

 胸は自分で触ってもなんともないのに、アリスに触れらると、魔法を掛けられでもしたかのように、おかしくなる。心地良い気持ちよさとは違う、別の気持ちいいが沸き起こってきてしまうのだ。

 さまよっていた手が、私のささやかな乳房の上に留まった。

 手の平を押し当てて、膨らみを集めるように手の山を作られると、じわりとした甘い疼きが沸き起こる。

 手を押し当てたまま、撫でるように円く動かされた。

「はっ、あ……うぅん……」

 疼きが何度も沸き起こる。

 アリスが首筋に顔を埋めてきて、舌を這わせられてぞくっとした。胸に感じる疼きと首筋からの刺激が、背筋を走るぞくぞくしたものを高めていく。

「あ、んっ!」

 頭の奥を貫くかのような刺激に、思わず声が出てしまった。

 痛みじゃない、けれど鋭い、もどかしい感覚。胸の先端がアリスの指に捉えられていた。親指の腹で下から押し上げるように、ふにふにと倒すようにいじられる。

「ぁ、あっ、……ん、んんっ、」

 声が漏れ出る口に手を当てて、抑える。その手を、アリスに掴まれた。

「ぁ……」

 口元から外されて、咎めるように指を甘噛されて。アリスの肩に運ばれてしまう。

 そんなことしたら、声が、

「あッ、ぅあっ、っ、あぁっ、ああッ」

 止まらなくなってしまうのに。

 頬から滑り降りていった手の後を辿るように、アリスの唇が鎖骨に口付けて、そのあと、胸に降りてきて。屹立してる胸の先が、唇に啄まれた。反対側も、指の腹で触られて。

「んあぁっ、や、ああっ、はあっ……!」

 両胸から沸き起こる甘い痺れにたまらなくなって、アリスの頭を掻き抱いた。

 唇で挟むように啄ばんでいたのが、胸の先全体を口に含んだ。突起の立ち上がりを利用して舌先で周りをくるくると舐られる。

 もう一方は指の腹で潰したり、くすぐるように刺激して起こしたりされて。

 頭の奥まで甘く痺れさせられて、だから、気が付かなかった。アリスの手が、腿の間に来てたことに。

 前みたいにされちゃうんだと思ったらやるせなくて、お腹の奥がきゅうっと疼いた。

 反射的に脚を閉じたけど、脚に挟まれたまま手が蠢かされて、その刺激に腰が浮いてしまった。

 体を起こしたアリスに、ドロワーズを引き下ろされた。脚を抜いた時に、膝を割り入れられて、閉じれなくなった腿の間にアリスの手がやってくる。

「アリスぅ……」

 名前を、呼んだ。アリスは顔を上げて、戻ってきてくれた。

 腕を回してしがみつくと、アリスは私がして欲しいことを察して、キスしてくれた。

 自分から顔を傾けて、深く受け入れる。喉が渇いた人が水分を求めるように、舌を必死に絡み合わせた。

 指先が私の中心を探ってる。滑りを利用して、裂け目を上下に撫でられると、体が勝手にびくびくと震えてしまう。

 期待に既に勃ち上がってるそこに指先が触れて、

「んんっ!」

 びくんと体が跳ねてしまった。キスしたままで見えないけど、アリスが笑った気がした。ぬめりをそこに塗りつけて、アリスは指の腹で優しく、何度もそこを撫でた。

「んふ、ふ、うう、んんっ……」

 胸をされてるのとは違う、より直接的な快感。絶妙な力加減と動きで送られてくるビリビリとした刺激に、私はどんどん高みへと登らされていく。

「んふ、ん、うぅっ……ふはぁっ、はぁっ……」

 離された唇と唇が銀糸で繋がって、けれどもすぐ途切れた。

 顔が、目が、浮かされたみたいに熱い。知らないうちに目に溜まってた涙で前がよく見えない。滲む視界の向こうで、アリスが微笑んでる気がした。

「魔理沙……可愛い」

 あごに、首筋に、唇が降りていく。胸の先端が再びアリスの唇に捉えられる。反対側も再び指先でされて。

「ぁあっ、あ、うあっ、ああッ、……!」

 背中が反って、顎が上がる。両胸のと、裂け目の敏感な突起から送られてくる刺激に、頭の奥でばちばちと火花が飛び散った。

 頭の後ろをシーツに擦り付けながら、胸元のアリスの髪に手を差し入れて掻き抱く。

 裂け目を滑り降りて入り口を探り当てた指が、私のナカに入り込んでくる。快感に蕩け切ったそこは、アリスの細い指を、難なく飲み込んでいった。

「ぁ、あぁ……アリスの、ゆび、……ぁああっ」

 指の先が、最奥まで到達する。少し引き戻されて、また押し込まれる。アリスが、私のナカを探っていると思うと、胸の奥がきゅうと締め付けられた。

 お腹の奥を疼かせる切なさと、心で感じてる甘い切なさ。種類の違う切なさが混ざり合って、溶け合って、相乗して私を苛んでいた。

 指が押し曲げられて、弱いところを圧してくる。

 それだけで、もう、既に限界だった私は。

「あッ、あ! ふあっ、ああぁあああぁぁあっっ!」

 一際指で深く抉られて、敏感な上の突起を指で潰されたら、意識が一瞬で真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かが優しく頭に触れてきていた。何度も。……ああ、撫でられているんだ。自覚したら、意識がだんだんに浮上していった。

「目が覚めた?」

「あ……うん……」

 仰向けで横たわる私のすぐ側に、アリスが横寝していて、私の顔を見つめていた。

 目が覚めるまでずっと、そうやって撫でていたんだろうか。意識が途切れる前の痴態を思い出して顔が熱くなった。恥ずかしい。隠れてしまいたい。

 なのにアリスは私の顔を上から覗きこんできて。顔中に、キスされた。

 頭を胸元に抱き寄せられて、額のあたりに頬ずりされた。アリスのいい匂いに包まれる。

 耳のあたりに感じる、柔らかい感触。当たる感触も、頬ずりも、恥ずかしくてこそばゆいいけど。なんだか満ち足りて幸せだった。

「……よかった」

 アリスは、安堵を滲ませた声で呟いた。

「魔理沙の瞳。憂いの光が消えてる」

「ん……」

 こじらせてしまったけど。問題が解消されて、元に戻ることができて本当に良かった。

「魔理沙。夏になる前に、摘んできた白い花。覚えてる?」

「ああ。ジャスミンに似た香りの花だろ?」

「……あの花はね、梔子の花なの」

 梔子? たしか、染料に使われる実が生る木じゃなかったか。あの花がそれだとは、気が付かなかったが。でも何故、今それを。

「私、魔理沙が心変わりしたのかと思った。貴女の瞳は、秘めた恋の色だから」

「私の瞳が?」

 頷く気配を額の上に感じる。

「熟しても実の口が開かないから、口無しと言うの。……金色は山吹色、梔子の実の色。口無し色は、言わぬ色。……言えない想いの色」

 言えない想いの色。隠し事をしていた私には、心当たりはある。でも、それは。

「秘めた恋の色で、私ではない誰かを見ているんじゃないかって、思ってしまって」

 アリスの声が、揺らいでいく。

「思い違いで、良かった……ほんとう、……」

 言い切れない最後は掠れて消えた。かすかに伝わってくる震え。滴ってきて額を濡らすこれは、アリスの涙。

 苦しかったのは、私だけではなかった。アリスの方こそ、辛い思いをしていたんだ。

 口を引き結んで、歯噛みした。自分の鈍感さに。愚かさに。

 身体を起こす。アリスも身体を起こして、涙を拭おうとした。その手を掴んで顔から退けて、露わになったアリスの頬に口付けた。濡れた跡に沿って涙を唇で吸い取る。……アリスの涙だって、甘かった。

「アリス、ごめん。辛い思いさせた」

 伏せがちに震える睫毛は涙に濡れていて、光を掃いてきらきらとしていた。その輝きがとても綺麗で、切なくて、私の胸を締め付けた。

「心変わりなんて、してないぜ」

「魔理沙……」

 指先で顎を引き寄せて、アリスに口付けた。唇を啄むように食む。けれど、足りない。薄く開いた唇から、そっと舌を差し入れた。

 歯列を割って、労るようにアリスの舌に触れる。アリスはおずおずと応じて、舌を擦りつけてきた。

 腕が首に回ってきて。私もアリスの腰に腕を回して抱き返した。舌を絡ませ合うまでになって、アリスの味に没頭する。どんな酒にもない、胸の深いところを酔わせる味。

 想いを伝えたくて、名残惜しいながらも唇を離した。

「好き。アリス、好きだ」

 辛い思いをさせてしまったのを、償いたい。

「今まで言わなかった分、今言うから…それで赦してくれるか?」

 私が言ったことに、一瞬きょとんとして、それから、

「……うん。いっぱい、言って」

 恥みながら、アリスは微笑んだ。

 肩を押して、二人でベッドに倒れ込んだ。ずれたカチューシャを外して、手で梳いたそこに口付けた。

 好き。髪に口付けたままで呟く。

 好き。頬に軽く押し当てる。

 好きだ。耳朶を唇に挟んだまま。

 好き。首筋をはみながら。

 想いと口付けを落としていく。

「ぁ、ぅん、っ……」

 触れる度に、ぴくっと反応するアリスが愛おしい。体じゅう、あますところなく唇で触れてみたくなる。

 人のことを可愛いって言うけど、私なんかよりアリスの方がよっぽど綺麗で可愛い。肌だって、どこもすべすべで、触り心地良くて肩だの腕だの腰だのを私はせわしなく撫でていた。

 鎖骨に口付ける。どんどん降りていく。やがて、柔らかな膨らみの裾野に差し掛かった。

「魔理沙……ん、もう、ゆる、す、からっ……」

 私の髪に差し入れてるアリスの手が、私をキスを窘めるように軽くくしゃりと掴んでくる。

「……私の気が済まなくなった」

 止める気なんて全くない。桜色の頂点に、キスを落とした。

「ひゃ、ああっ……」

 ふる、と揺れるそれが可愛くて。食べてしまいたくなる。実際にそうしてみた。

 舌の先で感触を確かめる。舌の先で探れば探るほど、凝って姿かたちを自己主張していく。味なんて無いのに、頭の奥では甘さを感じていた。

 反対の方に手をのばす。手の平にすっぽりおさまる膨らみと、口の中で感じる柔みは、生まれてから今まで、触れてきたものの中で一番に柔らかかった。

「く、ふ、ぅうっ……魔理沙ぁ……」

 額に降ってくる声は上擦ったものだった。

 好き。口に含んだままで声に出したら、短く悲鳴を上げて一際強く、身体が跳ねた。

 口から外れてしまう。逃げたそれに、ちゅ、と音を立ててキスして、顔を上げると、アリスはほおずきみたいに顔を真っ赤にして、蒼い瞳を涙と熱で潤ませていた。

 きっと、お腹の奥で熱が渦巻いてじんじんしてるに違いない。さっきまでの私みたいに。

 可愛い。好き。熱から救ってあげたい。込み上げるそれらの思いとは別に、激しい衝動も湧き上がる。……めちゃくちゃに、どうにかしてやりたい。

 腰から手を滑らせていって、ショーツに指掛けて膝まで引き下ろした。

「ぁ……」

 小さく声を上げて顔を覆ってしまう。そんなことしても、そこは隠れないのに。

 曲げた膝を通して、足首からショーツを抜いて、膝の間に膝を入れながら、アリスに覆いかぶさった。

 なだらかな下腹を撫でて、さらに下へ。

 僅かに茂るそこの奥に、指を進めた。指先が触れた柔い感触の閉じた部分は、熱い潤いを伝えてきた。あんまりに熱くて一瞬、酩酊のように、頭がくらりとした。

「っ、ぅ、ん……」

 息を詰めてる気配がする。顔を覆う腕を掴んで退けてしまう。見上げてくるアリスの顔は依然赤いままで、瞳の蒼は新たな涙を湛えていた。

「アリス」

 名前を、呼んだ。

「魔理沙、ぁ……」

 縋りつくように首に腕を回してくる。口付けると、アリスから舌を絡めてきた。指の動きに連動するように、合わせた唇の間から堪え切れない声混じりの息が漏れる。

 上の方の、小さく屹立した部分を探り当てて、指の腹で慎重に撫でると、ますます呼吸が乱れていった。

「ふ、ぅんっ、んんっ、……く、うぅんっ、」

 呼吸が苦しくならないように、唇を離してから、熱く潤ってる窪みに中指を押し当てて、ゆっくりと沈めていった。

 入り口こそきつかったものの、溢れてる滑りに助けられて、難なく入っていく。

 すごく熱くて、そして狭かった。アリスの奥に触れていると思うと、頭がじんと甘く痺れてたまらなかった。

 指先が残るぐらいまで引いて、再び押し込んだ。もう一度。再び。何度も。往復する度に水音が高く立った。アリスの背中が弓なりに反っていく。

「アリス、好きだ」

 囁いて、首筋に顔を埋めた。うっすらと汗をかいているせいか、アリスの甘いようないい匂いが少しだけ強く感じられた。

 背中に回るアリスの腕に力が入る。胸が密着して、二人の間でアリスの膨らみが柔らかくたわんだ。

 手の動きを強く速くしていく。

「ぁ、好きっ、魔理沙あっ……ぅ、ああッ! あああぁぁああぁっ」

 指の先が奥深くを何度目かに突いたとき、一際強く、アリスの身体が跳ねた。

 弱めた指の動きに合わせて小刻みに体を震えさせて、それが止まむとやがて、くたりと脱力してベッドに沈んだ。

 

 

 

 

 

 目を閉じたまま、アリスは眉根を寄せて荒い呼吸を繰り返していた。

 汗で張り付いた髪を指で退かしてやって、頬に口付けする。……しばらく戻ってこないかもしれない。

 ベッドの端っこに寄ってた掛け物を引っ張りあげてアリスに掛けてやりながら、自分も被さってその横に寝そべった。

 手を握って。眠っているようなアリスの横顔を見つめていたら、なんだか胸が一杯になった。

 身体の隅々まで、じいんとしたものに満たされていく。

 それと同時に、眠気が徐々にやってきて。

 アリスのぬくもりをすぐ側で素肌に感じながら、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拡散していた意識が徐々に収束していく。

 暗闇に慣れた目が、ぼんやりと隣りのものを認識するより先に、穏やかな規則的な呼吸とぬくもりと、握られてる手の感触が、魔理沙の存在を私に伝えてきていた。

 いつかみたいに、居なくなっていたりしない。

 体ごと魔理沙に向き合う。指を絡めた手を握ると、幼げな手は無意識ながら握り返してきた。自然と頬が緩む。

 

 人と妖の差に悩んでいたとは、盲点だった。

 

 妖に囲まれて生きる幻想郷の人々にとって、結ばれた人妖の結末については織り込み済みの事柄だと思っていた。

 さらに言えば魔理沙は魔法使いで、魔と知を探究する者として見識はそれなりにあるという私の認識が、事の判明の妨げにもなっていたと言えなくもない。

 この子は生まれて十数年。まだまだ幼いのだった。

 人生の半分近くを人里から離れて暮らしているのだから、里人が知っていることで魔理沙が知らないことが少しあっても不思議ではない。

 

 たった一言問うてさえくれれば、一夏も悩むことはなかっただろうに。怖かったのかもしれない。離れることになるかもしれないのが。

 私も私で、魔理沙の心をはっきり知ることが怖かった。

 

 私たちには、言葉が足りていない。想いを通わせる言葉が。

 秘めていては、伝わらない。

 

 これからは、言葉に言葉を重ねていこう。少しづつ。

 相手が居なくなってからでは全ては遅い。

 年老いることもなく、魔力で肉体維持が可能だが、私とて不滅ではないのだから。

 魔理沙が後悔しないように。

 

……まあ、魔理沙のこと。たぶん数年もすれば、捨食捨虫の法をその手に掴んでしまうだろう。

 異変解決に未練がなければ、あっさり種族魔法使いに転向しそうだ。

 魔法の探究には時間はいくらあっても足りないのだし、本人も至る先々で結構乗り気なのを表明してるし。

 だから。

 何時別れるとも、お互いに後悔の毒に蝕まれることがないように。

 いくども想いを通わせよう。

 けれども、今は。

 

 

「……おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あの花の実は、言はぬ色。

ご読了、ありがとうございました。





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