魔王領南東部夜。
漸く、夜の闇がやってきた。空を見上げれば夜空に月が浮かんでいるのが見える。灯となっているのはそれと、魔法によって浮かべられている光だけになる。既に戦闘の準備は整えられており、武器のチェックや手入れなどを終わらせ、戦闘を何時でも始める事が出来る状態になっていた。後はケッセルリンクの到着を待つばかりであり、黒部とは違う、少人数を前に出して入れ替わりながら戦う戦術をベースに、戦う手筈を整えていた。これだけの大人数が一度に一人を相手に戦う事は難しい。その為、戦闘のトップに出て戦う者を先に決め、戦闘の流れでそれを入れ替えるというやり方をするのだ。
ぶっちゃけ、数ばかり前に出すと同士討ちするし。
そういう訳で戦術も決めて、夜の闇の中僅かな光源に照らされながら待っていれば、
「来やがったな」
その接近を、一番最初に感知したのはカオスだった。誰よりも敏感に魔人の気配を察知すると、ガイの腰で殺させろ、と主張し始める。それをガイが押し込む様に握って黙らせながら、森の奥からやってくる闇の塊を見た。
それを【撃滅隊】が目撃し、戦闘を行う為に構えた。その前で闇は固まり、人の形へと姿を変え、
魔貴族と呼ばれる魔人ケッセルリンクが夜の闇から姿を現した。
その姿は前に出ている此方とスラルを目撃すると、優雅に一礼を取った。
「スラル様、ウル様。お久しぶりです。そしてこのように敵対しなくてはならない事をお許しください」
その姿をスラルは見て、別に良いわよ、と言った。
「元々貴方を魔人にしてしまったのは私だしね。それで敵対する事になったのなら貴方じゃなくて私の責任よ」
「そうですか……」
ケッセルリンクはスラルのその言葉に目を伏せ、そして微笑んだ。
「スラル様……強く、なられましたね」
「んー、ちょっと違うわね。私、元々そこまで強いタイプって訳じゃないし、強くなったというよりは……」
うーん、とスラルが首を捻り、そしてそうね、と声を零した。
「今が好きだから……かしら」
スラルの呟く言葉にケッセルリンクは嬉しそうに笑みを零してからならば、と手を出した。まるで猛禽類の様に鋭くとがった爪を持つケッセルリンクの手、それその物が一つの刃の様である。だがそれだけではなくもう一つ、剣を抜きながら視線を此方へと向けて来た。
「では―――スラル様、これより蹂躙させて貰います。貴女が真にその場を好きだというのであれば、全力で抗って頂きたく」
「回りくどいわねぇ、ケッセルリンクも。でもそうね……私も。柄になく頑張ろうって思えるぐらいには今の居場所が好きなのよね……!」
ケッセルリンクが覇気を高めていく。魔力を全身に纏いながら力を見せ、更にモルルンを駆使する事で自身を強化する。それに合わせる様にかつて魔王といわれた少女の力を絞り出すようにスラルが力を見せる。血の様な赤いオーラを立ち昇らせる姿は魔王としての頃の姿を思い出させるものがあり、
俺も前に出る。力を引き出すために第三の目を開き、ルドぐるみを握りしめながらそれを振るえるように構えつつ、息を吐いて、そして声を放った。
「いくぞお前らァ―――!」
開戦の号砲を告げる。
ケッセルリンクもまた、その表情を引き締め、一切の慢心や油断を消し去った。
「魔人ケッセルリンク―――試させてもらおう、人類」
「ケッセルリンク様、援護いたします!」
「主の邪魔はさせん!」
使徒と堕天使たちの間で一瞬の攻防が行われ、主戦場に対する干渉を双方に弾いた。それと同時にライコウとガイが素早く前に出た。それを超える速度で俺が飛び出し、ルドぐるみを正面からケッセルリンクへと叩きつける。防御に入る剣がルドぐるみを切り払い、衝撃が空気を震わせながら大地を僅かに割る。そのショックを利用して、自分の体を突撃と共に
ガイとライコウがそこに続いた。突撃から勢いを続け、日光とカオスをまずは《無敵結界》を叩き割る為に振り抜き、叩き込んでいく。
「
それをケッセルリンクは知っていた―――或いは予知していた。主力が人間である以上、絶対に攻撃を通す為にカオスと日光を振るう事を。
それを当然の様にケッセルリンクが霧となって透過した。日光とカオスの斬撃がケッセルリンクの体を通り抜け、
「ガイ!」
「駄目だ、斬った感覚がしないッ!」
「面妖な!」
カオスと日光が空振った。それを確実に葬る為にケッセルリンクが霧のまま動いた。
「受けよ」
霧がガイとライコウを覆い、一瞬で酸素を奪って窒息に追い込もうとする。かはっ、と吐き出される短い息にスラルが即座に状態解除の魔法をケッセルリンクへと放ち、《ミスト化》を解除しながらガイとライコウを解放する。
だがその瞬間には既に、戦力トップ筆頭が二人、一瞬でブラックアウトに追い込まれ、ゆっくりとその体が地面に倒れていく所だった。
だが気絶する寸前には、
「っぉ―――」
「うおおおお!?」
ガイがカオスを投擲していた。それをALICE式の剣の振るい方でカオスを浮かべたまま振り落とし、ケッセルリンクの《無敵結界》へと叩きつける。ガラスの割れる音と共にケッセルリンクを守る最強の盾が破壊された。だがそれと引き換えに日光ユーザーとカオスマスターが同時に落とされていた。
野郎、最初から狙っていたな? と再びルドぐるみを握りながら前に突撃する。スラルの手によって霧の状態から《アモルの闇》を再び蔓延させながらケッセルリンクが君臨する姿に、ルドぐるみを叩きつける。剣とぶつかり合い、衝撃がまき散らされる。自分の中で力が消費されるという概念が見失われ、後どれだけ動けるか、というのが見えなくなる。それとはまた別に、戦場そのものがやや薄暗く、光が奪われていくように狭まっていき、仲間の姿が見えづらくなる。
「焦る必要はありません! 事前の想定通りに動いてください! ただ転がっている魔人ガイとライコウは踏まない様に気を付けてください」
「すまん、どちらか踏んでしまったかもしれない」
「ノス―――!」
踏んだのがライコウだったら致命傷なんですけどぉー! と心の中で叫びながら、此方の攻撃に続く様にノスがブレスをケッセルリンクへと放ち、広範囲を炎で焼き尽くした。炎がケッセルリンクを焼くも、あまりダメージを姿に見せず、そのまま踏み込んでくる。それに対応する様に金属音が連続で響く。闇の中でケッセルリンクのみが見えるが、その姿が連続で応戦する様に攻撃を弾くのは見える。
その間隔を捉え、視覚だけではなく聴覚と嗅覚、そして命の気配で闇の中に消えた仲間たちの姿を捉え、連携する。
「ウル・チャージかーらーの―――! ウルあたたたたぁーっく!」
チャージを乗せてから一気に広範囲を吹っ飛ばすようにケッセルリンクに渾身の《ウルアタック》を叩き込んだ。剛撃が大地を粉砕しながらケッセルリンクの姿を弾き飛ばす。
「何年貴方の主をしていたと思ってるのよ。面倒なそれを、剥がさせて貰うわよ」
弾かれたケッセルリンクが着地するのと同時に《アモルの闇》がスラルによって剥がされる。それによって戦場の全容が見え、メイド服姿の使徒が武器を手に間近まで接近しているのが見えた。
「ごめん遊ばせ」
「させんッ!」
使徒の攻撃を堕天使がカットし、割り込みながらそれを引きずって戦場をズラす。その間にエルドとカムイが飛び込んだ。《アモルの闇》が剥がされた事で露わになったケッセルリンクの姿へと一瞬で接近して攻撃を叩き込もうとし、
その攻撃が見えない壁に阻まれた。
「《無敵結界》……!」
「張り直すのが早過ぎるだろこいつ!」
「ハイパーウル様カオス投擲ぃ―――!」
「ちょ、せめて使うならもうちょい儂をまともに使ってぇー」
カオスをケッセルリンクへと向かって蹴り飛ばす。音速を超えたカオスの弾丸がケッセルリンクに衝突しようとして、《ミスト化》によって回避されようとするのをスラルが即座に魔法の即時マルチタスク展開によって妨害した。それによってカオスがケッセルリンクに衝突し、防御に入った姿が《無敵結界》を破壊される。衝撃から再びケッセルリンクは吹き飛ばされるものの、その姿を今度こそ完全な霧に変えて、楽しそうに笑った。
「楽しませてくれる!」
霧の状態のまま襲い掛かってくるケッセルリンクが一番近くに居たカムイとエルドを霧で捉え、そのまま一瞬で酸欠からブラックアウトに追い込む。攻撃を妨害しようとパンドラのダートが飛翔するが、それが一瞬だけ霧を貫くだけで、妨害にもダメージにもならない。
「勇者も魔人も一瞬で落とされるとか嘘でしょ……!?」
「ならば面で吹っ飛ばせば良いだけだ―――ふんっ!」
ノスが飛び上がった。そしてそのままドラゴンの重量のまま、一気に急降下を開始し、
ケッセルリンクが変化した霧を空間丸ごとボディプレスから巻き込んで粉砕した。だがそれを見たケッセルリンクは移動し、その間にダウンした味方を回収しつつ、
「悪いねノス、巻き込むよ!」
「やれっ!」
ハンティの《火炎流石弾》がノスを巻き込みながら霧を蒸発させるように放たれた。ノスを焦がしながら水分を蒸発させるようにケッセルリンクを巻き込み、
炎を避けさせながらケッセルリンクが人間体に戻った。
「《火除けモルルン》、《風除けモルルン》―――」
「ガ! ン! マ! レェェ―――イ!」
火と風を避ける呪いを自身に付与しながらケッセルリンクが突っ込んでくる。それに対して正面から重力砲を叩き込み、一瞬だけ動きを鈍らせながら後続を前に出す。
「攻撃を止めるな!! 数で押し切れェ!」
「アイツに攻撃させると壊滅するぞ!!」
「解ってるわよんな事!!」
「起きろー! ダウンしている馬鹿共起きろ! マジで起きろぉ!!」
後方も軽い地獄に突入しながら、剣を片手に突破して来るケッセルリンクを蹴りで抑え込み、蹴り飛ばそうとして《ミスト化》によって貫通し、窒息させられそうになるのを、
「《ゼットン》!」
「っ!? 流石……!」
自分に《ゼットン》を叩き込む。《火除けモルルン》の影響で霧は火を避ける。故にミストケッセルリンクは窒息させる事が出来ず、気体から固体へと戻る。その姿にノスが突進してくる。大地を粉砕しながら削り、音速の巨体が弾丸として放たれる。
それにケッセルリンクが衝突し、ノスに引きずられる様に数百メートル移動した。だがケッセルリンクもそれで倒れる事はなく、途中で《無敵結界》を張り直してノスの攻撃を防いでいた。
「ふ―――はぁぁぁぁ―――!」
普段のケッセルリンクの優美さにあるまじき咆哮が放たれる。足を大地にアンカーの様に踏み込みながら、モルルンと魔法によって強化された肉体で拳を作り―――それをノスへと叩き込んだ。轟音と豪風が駆け抜けて行く。衝撃がノスを弾き飛ばし、その姿を僅かに浮かばせながら後ろへと弾いてくる。
そこに人類勇士が近づく。
「そ―――らよ!」
欠片も技巧を感じさせない狂戦士の大剣が大地を薙ぎ払う様にケッセルリンクへと放たれ、《無敵結界》へと叩き込まれた。だがその衝撃がケッセルリンクの動きを止め、
「―――無式……!」
日光とエスクードソード二刀流で再起した勇者がその隙間に飛び込んですれ違った。《無敵結界》を再び破壊しながら転がり、今度こそ完全にダウンして大地に倒れる。再起しただけでも十分過ぎる。カオスどっかに蹴り飛ばしてしまったし。
「張り直される前に!」
「落、と、せぇ―――!」
ケッセルリンクも無傷ではなく、集う攻撃とその迎撃、回避、そしてカウンターを重ねて行くうちに優美だった恰好は切り傷と魔法によって削られ、燃やされ、ぼろぼろになって行く。だがその表情はどことなく楽しそうであり、真剣ながらも、笑っている。そう、ケッセルリンクは受け入れていた。
隊に混じって必死に指示を出しながら守る為に戦うスラルの姿を。
ケッセルリンクの視線はずっと、そこに注がれていた。
必死に戦う姿、抗う姿、必殺の剣と爪で一撃で勇士たちをダウンに叩き込みながらも、それでも常にスラルへとその知覚の一部は向けられていた。本気で戦い、殺し合いながら、それでもフェミニズムを見せつつ、
敬愛する主であるスラルをまだ、見守っていた。それをスラルも解っているようで、ケッセルリンクの《ミスト化》と《アモルの闇》を片っ端から解除と封印しつつ、勇士たちに《魔法バリア》をマルチタスクで同時に張り、使徒からの介入を遮断する様に堕天使たちに先回りの指示を出して、
必死に、魔王だった頃よりも必死に頑張っている姿を見て、
そこに満足そうな表情を浮かべていた。
だが流れは既に決まっていた。数の優性を此方は得ていた。ガイ、カムイを始めとしたトップ戦力を素早くケッセルリンクは落とせた。だがそれ以降はスラルにより必殺の変化や魔法を的確に封じ込められてゆく。それ故にケッセルリンクが持ち味を失い、残されるのは剣術と魔人としての身体能力。
「押せ……!」
だがそれこそ、最も相対を得意とするのが【撃滅隊】。自分よりも強い相手を、自分よりも巧い相手を。格上と戦い、希望を見出す為の隊。人類の希望を背負った部隊。それが役割。それであるが故、単純に強いだけの相手であればあるほど、強く当たれる。持ち味を失ってしまえばただの魔人になる。
故にそこからは連携して押し込む。
若干焦げているノスを盾にしながらケッセルリンクへと蹴りを叩き込みながらルドぐるみを振るって、弾く。突撃から矢が叩き込まれ、ケッセルリンクが回避する所に《白色破壊光線》が放たれ、
それをケッセルリンクが弾く。
だがそれに追従する様に、
赤い、深紅の血色の魔力がうねった。
戦局を見通す元魔王―――最高戦略を見る瞳の主が見た。流れを。最初から最後まで。どうすれば勝てるのか、どうすれば自分の一撃が通るのか。かつてよりも遥かにクリアで、そしてもっと必死で、更に力強く。
スラルの放つ必殺技の姿を前に、ケッセルリンクが笑みを零した。
「お見事です、スラル様」
「―――ソリッドブラッド」
そして血色の奥義が放たれた。回避も防御も不可能なタイミングを狙って放たれたそれはケッセルリンクを飲み込み、絶妙に殺さず手足を捻じ曲げて弾き飛ばし、大地にバウンドさせながら吹き飛ばした。大量の魔力の消耗とひたすら計算し続けた証拠にスラルの額には玉の様な汗が流れており、
それを拭いながら、
「あー、しんど。帰ったら甘いものを思いっきり食べたいわね……」
そうやって、しかし苦笑を零しながら勝利を刻んだ。
ガンメタユニット・スラルちゃん。
という訳で、ケッセルリンク戦終了。これでケッセルリンクのカード獲得で更に隊の戦力パワーアップ! とはいえ、まだまだ敵は多いもので、これで楽になるかと言えば……うん。
少しずつ、仲間を増やして強くなっていこう。