「おーやーつー!」
ラ・バスワルドが後ろから首に手を回し、抱き着きながら浮かんだまま、そう主張してくる。
「おやつ! おやつおやつおやつがたーべーたーいーのー!」
「うるせぇ! 耳元で言うんじゃねぇボケワルド! 作ってやるから少し待ってろこいつ……」
「わーい、やった。だからウルは好きよ」
「はいはい……このぽんこつ駄々っ子め……」
息を吐きながら得意なデザートである【うはぁん】を作る為に自分の屋敷の厨房を使う事にした。片腕で料理するのにも慣れたもんで、保存してある桃りんごを取り出したり、パイシートなどを取り出してオリジナル、というかウル式うはぁんを作る事にする。桃りんごもペンシルカウで栽培しているもので、かなり気軽に調達できるものだ―――ペンシルカウ内部と個人使用なら。
流通させられるほどの数は栽培している訳ではなく、俺が個人で料理を楽しむ為に育てている様なもんだ。つまりは個人用の桃りんごになる。これで作るのは当然、スラルに何度も何度も作ってと頼まれた結果、腕に磨きをかけてしまったうはぁんである。こればかり頼んできて飽きないものかと思うが、スラルはそんな事もなく、毎回要求してくるから嬉しくてついつい作ってしまう。
という訳で下処理を行い、パイ部分の準備をし、アイスは作り置きがあるのでそれを利用して、ソースも作ったばかりのがあるのでそれを利用する。なんだかんだで美味しい、と言われて食べられるのは嬉しい事だと思う。少なくとも食べている時の笑顔は間違いなく本物だと思うし。そういう事で手慣れたルーティーンをこなし、
食感もサクサクとしているうはぁんをサクッと作ってしまい、
それをテーブルに運ぶ頃には何時の間にかスラルがいた。
「おい」
「解ってて多めに作ってる癖に」
「いや、そうなんだけどよ……ほらよ」
「やったー! あまあまー」
「んー、これよこれ。これがやっぱり食べたいのよ」
そう言ってスラルとラ・バスワルドが幸せな表情でダイニングでうはぁんを食べている。まぁ、得意な菓子だけあって自分でも結構良いものが作れたと思っている。自分用に1ピース確保しておいた、それを口の中に放り込んで味見する。ベースのパイ部分はサクサク、その上にアイスクリームはふわふわ、そしてその上には極上の桃りんごがうまうま。つまり美味しい。桃りんご自体が物凄く美味しい果物で、元々は伝説と呼ばれるクラスの果物だから、その味を邪魔せずに引き出す配合を考えるのが一番難しかった。その為だけにアイスクリームの甘さを何百回、何千回と繰り返して調節したのは記憶に残る事だった。
「んー、やっぱりうはぁんだけは貴女の作るものが一番ね。何度食べても飽きないわ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ほどほどにな。美味しいものは毎日食べないから美味しいんだからな」
偶にだからこそ、こういう物は良いんだ。毎日食べてちゃ意味がない。まぁ、それでもライフスパンは長いので中々色々と感覚が狂っているのは事実だ。ともあれ、おかわりとか言っているラ・バスワルドの頭を叩いておく。
「なーにがおかわりじゃこのボケ」
「いーじゃないおかわりぐらい!」
「良くねぇよポンコツ! お前今ニートなんだよ!」
「ニート……?」
「教育段階でもなく就職もトレーニングも行ってないただ飯ぐらいだって事だよボケ」
ニートはNEETから来る言葉だ。英語が存在しなければ生まれない言葉の概念なので、当然ながらファック同様説明しなければ理解する生物がいない悲しさもある。ただ此方の様子を見て、ラ・バスワルドは首を傾げる。
「……なんで私が働かなきゃいけないの? 面倒だから嫌よ。だからあの猫に預けるのはいたたたたたたた―――!!」
右腕にだけ神光を纏ってラ・バスワルドの顔面を掴み、アイアンクローをキメてゆく。ラ・バスワルドが手を叩いて解放を求めて来るが、しった事か。こういうダメな奴にはちょっと厳しく世間と社会の現実というものを教え込まなければならないのだ。だからアイアンクローでラ・バスワルドに制裁を加えつつ、ダイニングへと続く扉が開くのを見た。入ってくるのはルシアであり、入室と共に軽く頭を下げた。
「楽しまれている所、失礼します」
「おうどうした」
「助け……タスケ……タスケテ……滅びろ……ドラゴン滅びろ……」
「ウル様に面会を求める者が来ました」
ラ・バスワルドの発言を無視しながらルシアの言葉に首を傾げればスラルがあら、と声を零した。
「珍しいわね。大した用事じゃなさそうなら大体ルシアちゃんが追い払っているし」
来客に関してはルシアの判断で面倒なものを弾いている。そうでなくても勝負を挑んでくる奴とか胸を狙って揉みにくる親子4代とかいるし。お前らの情熱の方向性は絶対におかしいからな、反省しろ。と、最近は頭と心に余裕があるのか変な方向へと思考がぶっ飛びやすい。反省反省、と黒腕を生やしながらこめかみを叩きつつ、ルシアに誰が来たのかを尋ねる。
「―――無所属の魔人です」
成程、確かにそれは面会通すわ、と納得するしかなかった。
「あ―――! 赤いの!」
無言でラ・バスワルドの顔面にルドぐるみを叩き込んで地面にはっ倒して転がしておく。ククルにある屋敷の応接室、そこのソファに座りながら対面側に座る二人組の姿を見た。一人は深紅の髪色が特徴的な青年の姿をした戦士であり、もう一人は神官の服装をする、背の低い少女の様な姿の女性だった。昔、その姿を目撃している為、誰であるのかを自分は良く知っている。その時はほぼ前後不覚だったり一切の余裕がなかったので申し訳ない対応となってしまったが、
「久しぶり、とでも言うべきかな、ブリティシュ君。そしてカフェちゃん」
「お久しぶりです女王ウル」
「お久しぶりです」
ブリティシュとカフェが対面側のソファに座りながら軽く頭を下げた。彼らはエターナルヒーローと呼ばれるチームの一員だった―――が、彼らは俺や神々を原因として、チームが崩壊している。特にブリティシュに関してはスラルがジルとの契約に従って魔血魂を使用し、魔人化させてしまっている。その姿はかつて、エターナルヒーローの頃から一切の変わりはないものの、気配に関しては既に人を捨てている部分がある。実力はカオスを握っているガイレベルはある……様に感じられる。
「……あの時は悪かったな」
「いえ……後からウル女王が僕達を本気で止めようとしていた事だけは解りましたから。いえ、確かに多少は乱暴だったと思いますけど。ホ・ラガからあの時の女王には一切の余裕が残されていなかったとは聞きました」
あのホモ、ちゃっかりブリティシュとだけは連絡を取っていたのか。これはギルティだぞホモ。そんなに男が良いなら翔竜山にこっそりと封印したゴッドハイパー兵器を解禁して叩きつけてやろうか。等と心の中で思いつつ、それを一切顔にも口にも出す事なく、長年付き合いのあるスラルにだけは察され、呆れた視線を向けられる。
ごめんってば。
「あー……それで、このタイミングで接触してくるって事は協力してくれるって事でいいのか? このポンコツワルドを足止めしてくれたってのは解ってるんだけど」
「ポンコツじゃーなーいー!」
神としての威厳も魔人としての威厳も美味しい飯と怠惰な生活と偶にやってくるマギーホアズブートキャンプによって全て失ったラ・バスワルドを見て、ブリティシュは少しだけ複雑そうな表情を浮かべてから、頷いた。
「はい、元々は人類軍ではどうしようもない部分を遊撃で抑え込もうかと思いまして。ウル女王達の部隊は強く、そして動きは早くても細かい部分は察知されたりするのでカバー出来ませんから、間に合わない部分は助太刀しようかと思っていたんです」
「えーと……それが、その、女王さまたちの動きが余りにもイケイケだったから……」
「あぁ、うん、仕事が浮いちゃったんだ」
ブリティシュが苦笑しながら頬を掻いた。あぁ、でも、まぁ、俺もかなりイケイケな感じで最短ルートを魔王城まで構築するつもりでやったしなぁ、と思う。もし俺が遅れる様だったら、此方からも魔軍側からも個人であるが故に察知されないブリティシュが、単身で足止めをする予定だったのだろう。
「はい。西ルートで魔王城を目指す予定だったら、東ルートから出て来る永劫の剣を抑え込む予定だったんですけどね。その心配をする必要もなさそうなので、ますぞえとレキシントンを撃破して奈落に叩き落しておきました」
「さりげなくとんでもない事してるなお前……」
だがそうか、と納得させられる。魔人レキシントン、魔人ますぞえを目撃しなかったのは、表舞台に出て来る前に魔人ブリティシュが撃退しておいてくれたおかげなのだろう。そのおかげで此方も防衛がかなり順調に進んだのだ。ここに関しては純粋に感謝するしかないのだが、
となると、と声を零す。
「【撃滅隊】の方に合流してくれるのか?」
「その事を話そうと思って今日は此方に来ました」
ブリティシュは此方の言葉に返答しながら、頭を横に振った。
「まずはすみません、此方はまだ合流する予定はありません。ただ数年以内に―――勇者の任期が切れるぎりぎりのライン、そのラインで恐らくは魔王ジルと戦いに出ると此方では見ています。ですのでその時に動きに合わせて僕も魔王ジルの討伐に乗るつもりでいます。ですがそれまでは、独自行動を続けようかと」
「……」
ブリティシュの言葉を腕を胸の下に回して持ち上げる様に構えながら聞く。んー、と呟きながら、考える。
……これ、言い訳しながらカオスや日光と会うのを恐れてる奴だよなぁ。
無論、考えた事を口には出さない。顔にも見せない。だがなんとなく、ブリティシュの思っている事は解った。これでも長年生きているのだから、人間の境遇を通して何を考えるのか、何を思うか、というのは大体解る。そしてブリティシュの性格と経歴からすれば、
だがこの英雄は人が好過ぎるのだ。
優しすぎる。そしてきっと、それを口にして言っても、認めない頑固さも持ち合わせているだろう。魔人ブリティシュはラ・バスワルドの《破局崩壊》を完全遮断する事に成功した魔人だ。その戦闘の話はラ・バスワルドを此方に引きずり込んでから聞いている。その話から恐らくは《ガードLv3》を保有しているものだと、予想できる。ラ・バスワルドの《破局崩壊》を遮断できるガード技能だ。
恐らくは完全無敵化の防御行動を行える能力を持っているのだろう。
これから進む道や戦いを考えると、是非とも欲しい味方ではある。だがブリティシュの様なタイプは、素直に口で言った所で納得する事はない。
「運命が導くか」
「えーと……」
「あぁ、いや、何でもない。遊撃だったか。いいんじゃないか? ただお互いに連絡を取る手段だけは確保しておかないか? 魔王城に乗り込むってのに連絡が取れませんから一緒に行けません! ってのはちょっとおまぬけだし」
「あぁ、それもそうですね。連絡手段に関しては此方からホ・ラガに頼もうかと思うのでまた後日、空いている時に来ます」
「おう、何時でも来い。抗う人類の味方だからな、この国は」
そう言って少しだけブリティシュとは言葉を交わし、ブリティシュは使徒となった神官カフェを連れて、去って行く。魔人となった事で戦士としての実力は間違いなく磨かれており、強くなっている。だけどそれが幸福だとか、幸せだとか、誇りに繋がるのとはまた別の話だ。
ケッセルリンクは自分から魔人になる事を望んだタイプだ。
だがブリティシュは魔人になる事を選べなかった。
魔人になる、というだけでもそこには大きな違いもあるし、その裏にある出来事も違う。単純に強くなる、という訳ではないのだ。魔人は魔王と並んだ魔軍の象徴である。そしてそれとはまた別に、
日光は魔人に故郷を滅ぼされている。
カオスは恋人を魔人に殺されている。
それがどれであったかは知らないし、日光もカオスもそれを口にする事はないだろう。だがブリティシュにはエターナルヒーローのリーダーとしての責務があった。魔王との戦いを目指していたのに破滅をもたらしたという負い目がある。そして自分が最も忌むべき魔人という存在になってしまった
或いは、
人類の勝利に、滅私奉公する事で少しでも―――という事なのかもしれない。
「うーるー、私甘いものが食べたいー」
「お前しばらく黙っていたと思ったらさぁ……」
ブリティシュとカフェがいなくなった所でラ・バスワルドが再び文句を言い始めた。ポンコツの癖に色々と要求してくるポンコツの姫か、こいつは。
「あぁ、でも駄目な子ほどかわいいって思ってしまう……」
「それ、きっとダメな奴よ……?」
「解ってる、解ってるけどダメな子ほど構っちゃわない?」
「……解らなくもないわね」
お菓子を要求しながら床に倒れるラ・バスワルドの、二級神とも破壊神とも、魔人とも全く見えない姿をスラルと二人で観察しながら、その姿を運んで餌付けするか、と決める。
ブリティシュも、未来を向いて歩ける日が来ればいいなぁ、と思いながら。
魔人ブリティシュ。やはりカオスや日光とは顔を合わせられないって部分がある。まぁ、壁男やっているよりはマシだとは思うんだけどね。
次回は983年。段々とだけど勇者の任期切れが近づいてきたねー……。