ケッセルリンク突破によって魔王城へと向かう事だけなら可能になった。
だが真面目な話をすると戦力不足だ。勇者の任期の件もある為、あまり長々と準備をしていられる訳ではない。980年時点で14歳だ。勇者の任期は13歳から20歳までの7年間だけの最強の時間だ。983年現在、カムイは成長し、17歳の男子となった。僅かな幼さの中に、戦士として育ってきた力強さが見えるが―――それでもまだ、経験不足だと言える。後4年間。ぎりぎり迄引き延ばせば986年の誕生日を迎えるまで。日付は正確に記録している、そこまでぎりぎりだった場合、時間加速等で一気に任期の時間を吹っ飛ばされた場合、詰む。そう考えると襲撃のタイミングは985年がベストになるだろう。
つまりジルとの戦いは985年というタイミングを目指す話になる。今から数えてフルで約2年間という時間になる。魔人ガイだけではなく、魔人ケッセルリンクという味方がついた影響で、人類側の戦力は大幅に強化されたと表現しても良い。魔人ガイ同様、魔人ケッセルリンクは魔人最強格の存在でもあり、彼が引き連れるメイドたちは戦闘以外の分野で最も輝く。部隊をサポートしてくれる人員と、純粋に戦力が増強出来たのは嬉しい話だ。
だがこれでもまだ、戦力が足りないと表現出来る。最終的には防衛に回していたマギーホアも加入し、そしてガルティアも殴り倒して仲間に引き入れる予定でもある。ガルティアの特異体質である《ストマックホール》は腹と繋がっている異空間であり、なんでも溶かしてしまう性質を保有している為、対軍や、或いは魔法等を吸い込んで処理するという事が出来る。大魔法や最上級魔法をガルティアの《ストマックホール》で処理出来る事を考えれば、間違いなく欲しい仲間である。
ここに絶対防御、完全無敵等の手段を持つ魔人ブリティシュが味方に付いて、決戦メンバー全投入で自分の予測する対ジルの勝率は1割から2割、そこにエスクードソードを【刹那モード】に持ち込む事が出来るなら……だいたい勝率四割ぐらいだろうか? どちらにしろ、魔王相手に勝てる、と断言できるラインにはまだまだ遠い。ブリティシュがこっそりとますぞえとレキシントンの相手をして、戦場から除外してくれたのは助かっている。
問題はここからどうやって戦力を増強するか、という事になるだろう。
それをずっと、考えていた。
「どうすっかなぁ」
息抜きに近くの小川に移動し、後ろにルドぐるみを置いて、それをクッションにして座りながら釣り糸を垂らしている。行き詰っている為、軽く自分の心を癒す為にも釣りに出かけている。自作の釣り竿で中々良いものが出来たと思っているものの、釣りの腕前自体は今一なので、釣り糸を垂らした所で全くと言っていいほど成果は出なかった。道具をよくしても、腕前が悪いと全く釣れねぇなぁ、と思いながら水面に揺れる釣り糸を眺めながら、小さく呟く。
「とれる手段は全て取った。それでも倒せないとなると根本的に倒せる難易度じゃないって事になるけど、うーん……いや、それはないな。倒せない難易度だったら調整が入るし。たぶんぎりぎりのラインで倒せるように調整されている筈だ」
たぶん今頃天上でルドラサウムはこう思っているのだろう。
とか、大体そんな感じでリアルタイムでエンジョイしているのが良く解る。その証拠にルドぐるみも最近の展開の流れに実に楽しそうな表情を浮かべている。ルドラサウムとルドぐるみの関係性は皆無だ。皆無なのである。以上、終わり。
「まぁ、【刹那モード】ぶっこむ方法まで構築した。だから勇者が間違いなく切り札になるだろうけど、それだけで倒せるとは思えないしなぁ」
恐らくはジルは戦う時、異世界【オルケスタ】への扉を開くだろう。そこから呼び出す風を彼女が受ければレベルは500以上に上がり、その上でそのスペックはどんな生物でも届かない領域に届くだろう。俺やハンティ、マギーホアがレベル1000に到達しても、あの風を浴びた全盛期のジル相手には勝てるイメージが浮かばない。
そういう意味で、勝率などは計算している。
「ハニキン捕まえられればなぁ……」
もうちょい、どうにかなったと思う。ハニーは魔法に対しては無敵だ。魔王のスペックが生物を凌駕しているとはいえ、根本的にジルは魔法ベースの戦術を取るから、ハニーを味方に引き込むことが出来ればそれだけで大いに有利を取れるのだから。とはいえ、ハニーキングは【亜人管理局】とも呼ばれる存在だ。カラーやハニーを始めとした亜人を束ねる管轄の二級神である疑惑が存在するのだが……これに関しては疑いであり、確定するような言動を聞いた訳じゃないのだが。
【亜人管理局】の話もそうだが。
「ハニーキングどこかにいねぇかなぁ」
「呼んだー?」
そんな声に横に視線を向ければ、真っ白い姿に王冠とマントを装着したハニーキングの姿がそこにあった。一瞬、釣竿を握ったまま動きを停止してしまい。ハニーキングの姿をガン見してしまった。それからゆっくりと片腕を生やし、それで顔を覆った。
「リクエストに応えて出てきたのにどうしたんだよちみちみー」
「いや、こんな状況で会えるとは思っていなかったので……TADA部長?」
「いや、そっちじゃないです。そっちはヤバいから……」
「あ、はい……」
やっぱりTADA部長の話はNGなのか―――うむ、そうだよね。部長の事は滅茶苦茶質問したいのだが、世界観が崩壊してしまう可能性があるというか、立場的にルドラサウムの上に行く可能性もあるから、考えるだけ止めよう。真剣に考えるとまた心が壊れるだろうし。なので釣り糸を垂らしたまま、溜息を吐いた。
「ずっと探してたんですよ、ハニーキング様。それとも亜人管理局とでもお呼びしましょうか」
「あぁ、いいよいいよ。私もそっちの呼ばれ方はあんまり得意じゃないからね。君の管轄も上司に取られちゃったし」
「ハニーキング様も大変そうですね」
「上司が横暴だとね」
社会人の悲哀が漂うハニーキングだった。突然の出現に思わずまともに対応してしまった。釣竿を握ったまま、これどうしよう、とリアクションに困る。え、待って、と心の中で自分のストップをかける。ここでどういうリアクションを取ればいいのだろうか……? いや、まて、
「今から眼鏡っ子を調達する……!?」
「嬉しいけど錯乱してない?」
息抜きに趣味をしていたらいきなり大物と地上でエンカウントするんだからそこはしょうがない。ハニーキングと言えば文字通り、ハニーの王様だ。ハニーキングの号令一つでハニーが地獄の様なハニーフラッシュ戦術で戦い始めるのだから、そりゃあ恐ろしいものもある。それにハニーには昔、盾にして攻撃をしのぐって戦術を使ってしまった手前、自分自身で話すのはちょっと畏れ多いというか、申し訳なさがあるというか。大体そんな感じなのだ。
「……すみません、ちょっと錯乱してました」
「うん、落ち着くといいんじゃないかな! うん!」
軽く深呼吸をして、息を整えてから脳を整理しながら、思考を巡らせる。ハニーキングが出現した理由を考え、そしてその影響を考え、何が出来るのかを考えた。ハニーキングがこんなタイミングで出現する理由は一つしかないだろう。
「……ジル戦だけですか?」
「それ以外はズルいからね! いやー! 私の普段の活躍を見せられないのは残念なんだけどなぁー!」
ハニーキングの尊大な姿を見ながら、視線を正面へと戻し、釣り糸を水面に垂らしたまま、率直に思った事を口にする。
「……ジル、勝ったらそこまでヤバいんですか。薄々は感じてましたけど」
「そこはノーコメントかな!」
「それ、答え言っている様なもんじゃないですか……」
言外にジルが勝利してしまった場合、
その【阿摩羅モード】や【涅槃寂静モード】でさえ、ほぼ達成不可能な条件に近いのに。まぁ、【刹那モード】は裏技でどうにかなるだけ、有情かもしれない。
それでも、直接メインプレイヤーが管理者側を攻略出来るようになるものを思いつかない。或いはそもそも、システムの枠に収まらない例外を用意すればどうにかなるかもしれない。
そこまで考えた所で、竿を握ったまま、額を押さえた。
「その為の異世界か……」
「ノーコメントで!!」
「ハニーキング様……」
「いや、うん、言いたい事は実に解るよ? それでも神様側からのネタバレはいけないからね!」
「ハニーキング様……」
言っている意味は解るが、それで納得できるかどうかは、また話が別だ。とりあえず、更に話をハニーキングから聞き出そうとしたところで、ハニーキングの陰からシークレットハニーが出現し、ハニーキングにひそひそと何かを告げた。
「じゃ、私は次の用事があるからもう行くね!」
「あ、ちょ」
「ばいばーい!」
「あー……」
そう言うとハニーキングが逃げ出す様に一気に去って行った。その姿をしばらく眺め続けてから、溜息を吐き、釣り糸を水面に垂らすのに戻った。水面を釣り針が割って落ちてしばらく、水面が僅かな揺らぎだけを見せる時になってくると、心が少しずつ落ち着いてくる。ふぅ、と息を吐きながら今はとりあえず、ハニーキングが参戦してくれた事実を喜んでおこう、と決めておく。ジルとの決戦に向けてまた一つ戦力を増やす事が出来た。だが同時に不安もある。
一級神と戦うのに必要なのはレベルではない。システムへの干渉能力だ。ククルククルが実力的には最も一級神に近い存在、神に近いスペックを保有していても神に届かなかったのは、このシステムに対する干渉能力を保有していなかったからだ。このシステム干渉能力があるから一級神はメインプレイヤーからすれば無敵に近いのだ。レベルリセット、技能剥奪等の能力に対して、メインプレイヤーは抗う事が出来ないのだから。
つまり、神々が便宜を図ってくれているという事は、
ジルがそれを超える手段を見つけた、という事でもある。
「……あるのか? そんな都合の良い手段が」
少なくとも自分には思いつかない。数千年を魔王として生きたククルククルでさえ、一級神には届かなかった。そうなるとジルはきっと何かを見つけたのだ、《ゲートコネクト》を使って。問題は俺が思い浮かべられるアリスパラレルにおいて、それだけの権限を獲得できるような方法を知らないという事だ。
全く、思いつかない。
「うーん……考えてもしょうがねぇか」
なんだかんだで【決戦】ではハニーキングも人類側に参戦してたし、その事を考えるとジル戦でのみハニーキングが味方に加入するのもぎりぎりセーフなのかもしれない? まぁ、《ラグナロク》を無傷で突破する事の出来る盾が入手できたのは悪くない話だと思う。
うん、
最強無敵のブリティシュシールドとハニーキングシールド。
防御力高そうじゃないかこの二つ?
というかハニーキングを割って防具に出来ないのだろうか? それともその破片を装備するとか利用……する―――とか―――。
「―――」
軽く、ふざけるつもりの思考だった。だがそれは唐突に、答えへとジャンプするだけのものがあった。少しだけ、ふざけた考えから零れ出た可能性に、唇を震わせながら、呟く。
「え、いや、でも、可能なのか? 神そのものを道具として使う事でシステム干渉を可能にするって。アリ……なのか……? だけど魔王が明確に神に届かないのはシステム権限を持たないからだって言われているし……となると……システムに干渉する事が出来る様になれば……?」
下位の神―――レベル神と呼ばれる連中でさえ、レベルを上げたり下げたりする事が出来る。
「可能……なの……か……? いや―――できる、できるぞ」
それは誰よりも、
「
《神光》、神たるステージに立った存在の証。神族のみが使用する事が可能となる威光。その輝きは、メインプレイヤーという制限を超越する力が存在しており、システム的な管轄や干渉が違う。その為、《無敵結界》を素通りしたり、そのもので種族を変質させる事で神族となる事も出来る。まぁ、これは裏技に近い。
だけど―――その裏技等を教えたのが俺なのだ。
「やべぇ、ジルならマジでやりかねん……」
俺の持っている知識を吸収したジルなら、【ひつじNOTE】を見てしまったジルであれば、俺よりも早く、事実に辿り着いてやりかねない。自分の内に足りないなら、そう、他所から調達すればいい。
「……あかん。釣りやってる場合じゃねぇなぁ」
とは言いつつも、心を落ち着ける為に釣りは継続する。趣味に没頭している方が、思考がクリアになるからだ。故にそのままの状態で―――考える。
「専用対策が必須だよな」
ハニーキングが協力してくるレベル。つまりはそれだけジルが脅威となっている事の証でもある。ハニーキングとマギーホアのコンビとかいうちょっと大陸滅ぼすつもりか? と言いたくなるコンビでも勝率が薄い、という事なのだろうか。いや、となるとシステムに対するシステムで殴り合えという話か? いや、駄目だろうそれは。それじゃあメインプレイヤーの遊びの範疇を超えてしまう。一級神や三超神の出張案件にインフレしてしまう。
まだジルを処刑、処罰していない事はつまり
「となるとメインプレイヤー級でカウンターが出来る? んー? んー……聖女の子モンスターか? セラクロラスなら確かに時を巻き戻して取得をなかった事に出来そうだけど……《ゲートコネクト》には時間軸に関連する干渉論もあったから時間巻き戻した所で通じるとは思えねぇしなぁ……」
まぁ、いいか、と呟く。気付けただけまだよい方だ。
対策に関してはスラルとレビンを筆頭とした頭脳チームと相談しながら考えればよい。
とりあえず、重要なのは次の一手―――何をどう、動かすか、という事だ。
その為にも今は静かに、釣り糸を水面に垂らし続けた。
その時を待つように。
カムイ君も気づけばもう17歳。勇者の任期失効まであと数年と考えると割とタイムリミットがヤバく感じるけど、そうか、もう17歳なんだよなぁ、って……しかしこの子、ティーンエイジを魔人と戦ってばかり過ごしているけど人生の後半戦大丈夫? とか思いつつはーにほー! 部長じゃないよ! ハニーキングだよ!
深まる謎、ジルの手にした権限、魔王との戦いも見えてきた。