「―――先生!」
「あー、はいはい」
ジルに腕を引っ張られながら街を歩く。服装はジルも自分も現地に合わせてコーディネートしており、ジーパンにシャツというラフな格好に帽子を被っている此方に対して、ジルの服装は花柄のワンピースに、幅の広い白い帽子を被っていた。最近のジルはバイタリティも凄まじいもので、こうやって彼女から此方を引っ張って歩く事も増えていた。自分が彼女から離れると宣言した以降の話ではあるが。それでもジルも、変わろうとしているのか。
或いは、最後まで楽しもうと決めたのか。
それでも俺はそのジルの変化を好ましく思っていた。少しずつ変わろうとする彼女なら、たぶん……結末を変えられるのかもしれない、と。変わらないと解っていた癖にそう願ってしまったのだ。
「懐かしい夢を見たな……」
欠伸を漏らしながらルドぐるみを抱いていた状態から体を持ち上げる。片手で目元をさすりながらもう一度欠伸を漏らし、反対側に今日はラ・バスワルドが下着姿で抱き着いているのを見た。基本的に何時も寝ている間にスラルかラ・バスワルドが抱き着いてきている。スラルは純粋に、まぁ、好きだから……という事なんだろうなぁ、と思っている。うん、深く考えると恥ずかしいので考えない事にする。
本当に、本当に偶に
そして最近はその頻度が上がっている。
「むにゃむにゃ……」
「マジで言う奴が居るのか……」
困惑しながらルドぐるみを抱いて眠っているポンコツ神の姿を確認し、苦笑しながら眠っている頭を軽く撫でてから起き上がる。カーテンを開ければ新鮮な陽の光が部屋の中に入り込み、僅かにラ・バスワルドが身じろぎするが、それでも安眠を選んだのか陽の光を無視して眠り続ける事を選んだ。ふぅ、と息を吐きながら、日光を浴びれば自然と光と重力の化身として、自分の中で力が湧き上がってくるのを感じる。
光と重力を象徴するドラゴンとして、陽の光を浴びるだけで意識が覚醒するのを感じられるのだ。だから朝の意識の覚醒はこれを存分に浴びる事が一番早い。そうなったのも恐らくは《ドラゴンLv2》という技能を使いこなすようになってきたからかもしれない。
「ふぅ、目覚めすっきり」
「んゆ……」
「はいはい、お前はもうちょっと寝てていいよ」
ラ・バスワルドのポンコツっぷりはなんというか―――幼い娘を見ている様な感じで、個人的に母性をくすぐられる。ダメな子程可愛い、という奴だろうか。辛辣に扱ってしまうがどことなく見捨てられない……。本当ならもっと適当に叩き出して社会常識とかを身に着けるべきなんだろうなぁ、と思いつつも、だらだらと面倒を見てしまっている。
俺も、大概人の良さはどうにもならない。
ラ・バスワルドが深い眠りに戻ったのを確認してから軽く上にシャツを着て、部屋の外に出て、軽く口を開けながら欠伸を零し、洗面所を目指す。女の朝というものは男のそれよりも面倒で―――とは言うが、男だった時代の方がもはや短く、そして遥かに遠い。男の頃は俺がどうしていたかなんて、もう忘れてしまっている。今では当然の様に寝起きの髪の手入れとかをする様になってしまったが、
「るしあー、るしあー」
「はい、ウル様。おはようございます」
「おはよ、ルシアー」
「はい、では洗面所で何時も通り手入れの準備をしておきますね」
「おー」
従者に任せてしまう方が遥かに楽で速い。先にトイレに行って腹の中をスッキリさせたら洗面所で手を洗って、顔を洗って、歯を磨きながら髪の面倒は何時も通り、筆頭従者であるルシアに任せる。一番信頼している腹心が彼女なのだ。なので自然と、筆頭にもなっている。もう何百年、何千年と続いている流れの為、言葉にしなくても大体の事は事前にやってくれる。そうやって朝のあれこれを終わらせれば、朝食の準備に進む。
朝食の準備も従者に任せれば、とは思わなくもない。
だがなんだかんだで料理を作るのも楽しいのだ。暇な時間にレパートリーを増やしてみるのも楽しく、人生をなるべくエンジョイする事を今では考えている為、飯は手伝ってもらいながらも、自分で大体やっている。こうやって苦労したほうが飯が美味しく感じるし。
そして朝食の匂いが厨房から漂い始めると、
「あさごはんー……」
「アステル、バスワルド様の面倒を」
「はいはーい。バスワルド様ー、此方ですよー。歯をピカピカにしましょうねー」
「ふぁい……」
ルドぐるみを片腕に抱いたラ・バスワルドがアステルに片手を引かれながら洗面所へと連れていかれている。流石のクソレズ堕天使も相手は選ぶので安心出来る。ともあれ、ラ・バスワルドが歯を磨いて顔を洗っている間に朝食の準備を進めてしまう。メニューはその時の気分で決めるもので、JAPANから醤油や味噌を輸入している事もあって、日本風の和食だって朝には食べる事が出来る。
だけど今回は比較的スタンダードなコカトリスの卵とぶたバンバラのベーコンを使ってベーコンエッグを作り、ククルで作った小麦粉を使ったトースト等でシンプルなブレックファーストを作った。完成されたそれらをテーブルに並べ、
「マッハ様も食べますー?」
「我輩も食べるぞ! 無論! 食べるぞ! 食べるぞ!」
「アピール強い」
「無駄に等級の高い化身ばかり作ってまるで遊べない馬鹿二人に対して自慢する内容が増えるのであるからなぁ!」
割と愉快な性格をしているレベル神マッハを召喚して、朝の支度を軽く終えたラ・バスワルドがやってくるのを見た。ラ・バスワルドの手から解放されたルドぐるみが床をふよふよとホバーしながら部屋に勝手に戻っていくのを眺めつつ、
「じゃ、いただきます」
何時も通り、いつの間にか食卓に加わっていたスラルと合わせて、朝食を取る。朝食を食べている間にルシアが本日のスケジュールを教えてくれる。
「今日は何かあった?」
「いえ、今日は仕事が入っておりません。必要な書類仕事などは片付けてあるので。鍛錬の要請もないので、今日一日だけであれば空いています。釣り具の用意をしましょうか?」
「んー……いいや。偶には都市内をうろうろするよ」
「そうですか」
仕事があるのであればスケジュールに合わせて活動、無ければ大体何時もは釣りに出かけるか、ごろごろやっているか、軽く運動するか、新しい料理でも開発する為に厨房に籠るか、をするのだが。今回はそう言う気分でもなく、自分の街を歩き回りたい気分だったので、今日はそうする事にした。
そんな風に、
ウル・カラーの一日は始まる。
ククルの民は俺の国の民みたいなものである。故に敬うのと同時に、苛烈な手段からある程度の恐怖を持たれている。そういう風に向けられる様に調整しているとはいえ、やや辛いものがある。なので、基本的に外をぶらつく時は、一般市民用の商業区ではなく、戦士や兵士などの為に用意された商業区などを利用している。
当たり前の話だが戦えない人間からすれば
ここら辺をうろつくだけでも、割と楽しい。
ルドぐるみを浮かべてその上に座りながら、ふよふよゆらゆらとゆっくり、浮かんで進んでいく。度々街中をこうやって歩き回っている事もあり、
「お、ウル様じゃねぇか! こっち来て飲もうぜー!」
「昼間から誰が飲むか馬鹿野郎。もうちょっと肝臓に優しくなれよ」
「うぇーい! うぇへへーい! ふぉふぉーい!」
「言語機能失いやがった……」
酒場の方から笑いながら酒を飲んでそのままリバースしている馬鹿の姿を見て、苦笑しながらそのまま街中を浮かんで進んで行く。此方の商業区の方は昼間から馬鹿をやっている奴もいれば、次の出撃の準備に物資を漁っている奴の姿も見える。基本的に一緒に戦う連中ばかりである為、恐れるどころか話しかけてくる姿も見え、そこには夫婦で赤ん坊を抱きながら歩く姿も見え、
「あ、ウル様! ちょっとこの子を祝福してくれませんか!? どうせ暇でしょう?」
「なんだよどうせ暇って。お前ら全員の面倒みてるから基本的に忙しいに決まってんだろボケ。オラ、ガキを見せろ―――おう、可愛いじゃねぇか」
夫婦の抱いている赤ん坊に近づき、指を伸ばして見れば、赤子が笑いながら小さな手を伸ばし、それで指を掴もうと手を揺らしている。その子供の頭を軽く撫でてから、小さく笑う。母親が子へと向ける慈しむ視線を見て、少しだけ、女として憧れを抱く。果たして俺も、そういう風に我が子を抱く時が来るのだろうか……? まだ、想像できないが、平和な時代が来たら変わるのかもしれない。
「よしよし、お姉ちゃんが平和に暮らせる時代を作ってやるから安心して寝てろよ」
「お……姉ちゃ……ん……? どこ……?」
「おう、平和な時代におめーのとーちゃんは辿り着けねぇみたいだけどな」
がっはっは、と笑いながら許して、もう一度赤子の頭を撫でてから、強く、元気に育ってくれと祈ってから再び街中を浮かぼうとしたら、
「あ、ウル様!」
「ん? お、カムイ君じゃん」
聞き覚えのある声に振り返れば、どことなく品のある服装に身を包んだ今代の勇者カムイが腰にエスクードソードを装着したままの状態で、此方を見かけると嬉しそうに笑みを浮かべながら手を振って近づいてくる。彼、なんというかわんこ系に近いよなぁ、と思って苦笑しつつ、動かずに待ってあげる。
片手を振りながら近づいてくるカムイはもう、その十代も半ばを超えて、少年から青年へ、そして男への道を進み始める年頃だった。幼さの残っていた表情は逞しく、そして更に綺麗に磨かれてきている。
「ウル様散歩ですか?」
「おう、今日は特に用事もないしな。自分の護っているものを再確認する為でもあるし、今日はゆっくりと街を見て回る予定だよ」
時々ウィンドウショッピングとかしつつも。ククルでは文化の多様性を認める。発展を認める。芸や娯楽に対してパトロンとして金を出資する。それでもっと、今までの時代にはなかった楽しみを覚えて欲しい。だから服装や食事、芸術などは自分の手を完全に離れて進化している。その多様性を眺め、楽しむ為の散歩でもあるのだ。
自分の想像や発想を超えて、育つ文化。それを眺めるのも楽しい。
「じゃあ僕もご一緒します。今日は非番なので鍛錬以外はする事もありませんでしたし」
「お、そうか? じゃあ、来い来い」
カムイがその返事を貰うと足早に近づき、横に並ぼうとして、
「よっと―――暇だし私も一緒に回るわ」
「……」
カムイが並ぼうとした横に、スラルが先に割り込んで横を取った。その姿をカムイが一瞬だけ表情と動きを凍らせて停止し、スラルが一瞬だけ、ニヤリ、と笑みを浮かべた。そしてカムイの腰にあるエスクードソード、その内部に居る勇者の魂、アレフが爆笑している。
『はーっはっはっはっは! モテる女は辛いな女王様ぁ! はーっはっはっは!』
爆笑しているエスクードソードを全力で投げ捨てたい気持ちだったが、それをぐっとこらえて我慢しながら、牽制し合うスラルとカムイの姿を眺めた。
「……スラルさん」
「……なにかしら」
「大人げなくありません?」
「え? そうかしら? 私はそう思わないけど」
スラルとカムイの間に繰り広げられる会話にエスクードソードの爆笑が響き、それに軽く溜息を吐きながら視線を逸らせば、ケッセルリンクに仕えるメイド使徒たちの姿が見えた。此方を見て軽く頭を下げると、そのまま日用品などの購入へと戻って行った。街中に魔人や使徒、悪魔に勇者という存在が溢れているのに、
それでも人々は何もないかのように、何時も通りの生活を続けていた。
最終的に何時の間にか隊の面々が集まり、笑ったり遊んだり酒を飲んでいれば、いつの間にか夜になっている。余り夜更かししていても次の日が辛くなるだけなので総統権限でブーイングを喰らいつつ解散を言い渡して、酔い潰れたラ・バスワルドをルドぐるみの上にのっけて帰ってくる。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ。湯の準備は出来ております」
「ひゃっほう」
帰ってくるとルシアが的確に此方の欲しいものを読んで、準備してくれている。体は動かさなくても、酒盛りをしてきた影響で、ちょっとべとつくのを感じる。風呂に入って汗をさっぱりと流したいと思えば、しっかりと用意してくれる従者の存在が頼もしい。しかし口に出していないのに何でこいつそこまで解るんだろうか? とは思わなくもない。
そんなこんなで脱衣所で服を脱ぎ捨て、体を洗い、髪をアップで纏め、
湯船に肩が隠れるまで浸かる。
ルドぐるみが広い浴槽を勝手に泳いでいるのを眺めつつ、ふぅ、と息を吐いて縁に背中を預けながら天井を見上げる。
「あー……今日も一日終わっちゃったなぁ……」
そんな、何でもない一日だった。
ウル様の特に華麗でもなんでもない一日。
本当に特になにか特別な事があった訳でもない普通の日常の様な様子。普段は何をしているのか、とか。どんな感じなのか、とか。まぁ、基本的にそれなりに緩くやって生きている。
こんな日常が続けばいいのにね。