《究極の破局》を吐き出し切った。内臓と外皮の痛みを堪えながら放った一撃は、自分のスペック、経験の全てを利用した最大の一撃、文字通り究極であり、問答無用の最終奥義とも呼べるものだった。むろん、そのまま放てばジルさえも消滅するだろうから、
無駄な事は何一つとしてなかった。
そしてその結果、
破局を受けたジルの姿が漂流する大地へと落下し、倒れた。
それに追随する様に自分も浮遊しているだけの力を失い、近くの漂流する大地に倒れる様に落ちる。力尽きた、とも表現できる。自分に存在する力の全てを吐き出しきった一撃だった。これで通じないのならもはや諦めるしかないというレベルで全部吐き出した。だが、確かに手ごたえはあった。ジルではなく、その中身のクソを間違いなく焼いた感触が存在していた。これでダメならもう何をやってもだめだ。だから頼む、と倒れて動かないジルの姿を見て、口を動かした。
「その娘の中から出て行け―――魔王」
出ろ、出てこい、出て行け、失せろ。
心の中で祈る様に呟きながら赤い三眼を向け続ける。視線をジルへと固定しながら、無限と思えるような刹那を、その姿へと向けて、待つ。すでにその体から意識はノックアウトさせた。そして魔血魂はメインプレイヤーの枠組みから外れたジルから脱しようとする。二級神はバスワルドを見る限り、まだメインプレイヤーの範疇に入るのかもしれない。マギーホアの様にメインプレイヤーで対抗出来ることがその証拠だ。
だが一級神は違う。
そのシステム存在的な領域へと踏み入った場合、魔血魂が適応できない為に、
―――吐き出される。
「
どくん、どくん、と脈打つ音が異空間に響く。ジルの体を中心として、血が滲むような色が溢れ出し、空間を染め上げて行く。今までジルの体内に潜んでいた魔血魂が、ジルが魔王に相応しくない存在に成長してしまったがゆえに、空間を赤く染め上げながら溢れ出し、それが集合しながら肥大化して行く。
やがて、それは一つの巨大な魔血魂となった。
即ち―――血の記憶。
ランスとその子供たちが全員で挑み、そして打ち倒す事によってルドラサウム大陸から魔王という存在を永遠に消し去った相手。それがジルから離れ、ジルを超えるサイズにまで大きさを変え、浮かび上がった。流れる血が永久に飛散しては戻りを繰り返し、永久機関として稼働していた。
それはジルから離れた所で、自由となった。
そして、
「―――殺せ」
声が蠢く様に響く。ただ一言、
「殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ―――」
壊れたラジオの様にただ一言、命令を下す様に殺意の言葉を押し付ける。感情もなく、ただ与えられた役割通りに殺せ。医療概念が希薄なルドラサウムにおいて、その存在を的確に表現する言葉はないが、異世界の存在であれば血の記憶をこう表現するだろう。
感染し、継承し、発症する。血の記憶はまさしくウィルスと表現できるものである。魔王から魔王へと継承され、そしてその存在を殺戮機構へと神の愉悦の為に作り替えて行く。その果てに生まれるのが魔王だ。魔王という存在であり、人格だ。血の記憶に宿る殺意、染められた、新たな人格だとも言える。
機械的にインプットされたことだけを繰り返しながら血の記憶は暴走をするはずだ―――少なくともエール・モフスの冒険では。アレもかなりのイレギュラーだったが、今回もかなりのイレギュラーだ。どうなるか、そう思いながら視線をまっすぐ、血の記憶へと向ければ、
その気配が、此方へと滲みながら迫ってくるのを感じた。
「抹殺せよ。塵殺せよ。殺戮せよ」
「次はULの開始だって? まぁ、確かに未知であるかもしれないな」
血の記憶が空間を侵食する様にジルから此方へと近づいてくるのを感じ取った。この場で唯一メインプレイヤー格の存在として感知したのか、或いは俺に魔王としての資質が存在するのか。どちらにせよ、血の記憶は次の魔王として此方に寄生することを選んだらしい。
まぁ、それはそれで楽しそうだ。毎日ケーちゃんを魔王権限でパワハラ出来るのは間違いなく楽しいと思う。あとはカミーラと自由に遊びに行けるポジションだし。魔軍の改革とか、考えた事もある。だから魔王になってみるのも面白いかもしれない。
「だが今日じゃない。そして明日でもない」
呟きながら体を起き上がらせる。それを無言で見守っていた、ルドぐるみの口に咥えられたエスクードソードが語り掛けてくる。
『おう、大丈夫か?』
「かなり辛い。だけど漸く叩き出せたんだ―――ここで俺が魔王になれば元の木阿弥だ」
魔王なんざいなくてもこの大陸には大量の悪役が存在する。血の記憶なんてもの、神なら簡単にコピーを作れるだろう。そんなことしなくても新しいポジションを生み出すだけで冒険をさらに拡張することだってできる。
だからここで血の記憶をぶち壊しても問題はない。
まぁ、割とブチ切れているのは事実かもしれない。ここで血の記憶を粉砕してやろう、と思うぐらいには。そして侵食して来る血の記憶を吹き飛ばす様に、今の状態で繰り出せる全力の鉄槌をたたき込む。空間に震動と衝撃が轟き、それが浸食して来る血の記憶を弾く。
だがそれが明確なダメージを血の記憶に刻む様な姿は見えなかった。
まるで、もっと強大で、もっと強く、さらに恐ろしい存在を殴りつけたような、そんな感触だった。
「……いや、まさかな」
可能性を否定し、血の記憶を睨んだ。さて、どうしたもんか、と考える。そう思った矢先に次元の裂け目が完全に開く。レガシオとマギーホアが物理的に破壊したようだった。そしてそれを目撃し、即座に自分の行う行動を決定した。
残された最後の魔力を放出し、全速力で加速しながら血の記憶に突貫する。こちらに寄生しようと伸ばしてくる血の触手を咆哮と魔法で弾き飛ばしつつ、その直ぐ下で倒れているジルを回収する。
「―――」
ジルを巨大化した腕の、掌の上に乗せた。そこからジルの体の感触が伝わり、そして感じられる。彼女の体の状態が。その中身が―――。
「っ……!」
歯を食いしばりながら、空間を蹴って更に加速する。次元の裂け目へと向かって飛翔すれば、横にルドぐるみがエスクードソードを咥えたまま並走し、
血の記憶を置いた状態で次元の裂け目を突破する。
異世界の回廊を抜けてルドラサウム大陸へと帰還した瞬間、システムが適用され、無理やりドラゴン化が解除されてヒューマン・カラーの姿へと戻される。名残惜しさを感じつつも姿が戻った所で魔王城の床を片腕にジルを抱えつつ滑り、
ルドぐるみが裂け目を飛び越えた所で叫ぶ。
「裂け目を! 閉じろ!!」
「言うと思ってたわ」
そう言ってスラルが手を叩きつける様に振るい、魔王城の玉座の間にあった空間の裂け目が閉ざされた。それから離れた所で、帰還を喜ぶ事もなく、無言のまま次元の裂け目があった場所を見つめる。だがそうやって見つめているのは自分一人だけではなく、レガシオ、そしてマギーホアもある程度距離を作りながらその場を見つめていた。その中で、レガシオが口を開いた。
「……おい、ウル。なにから逃げてきた」
「血の記憶。魔王の体内に宿る魔王の人格の元。叩き出したんだが、どうにもならないから逃げてきた」
「そんな事よりもわしにジルを殺させろ! 殺させろ殺させろ殺させろ切りたい切りたい切りたい刻ませろぉ!!」
「少し黙っていろカオス」
カオスを握るガイにちょっとだけ同情しながら、マギーホアが視線を変えぬまま、此方へと言葉を向けてくる。
「ウル、この気配に間違いがなければ……」
「俺も、信じたくはないですけど。殴ってみましたが感触は……」
「成程―――これはいかんな」
マギーホアが言葉をそう放つのと同時に、空間から血色が滲みだし始めた。ジルとの戦いが終わった魔王城は元のサイズ、元の色を取り戻していた。だがそれが空間を侵食する様に出現するのと同時に、再び空間が血色に染まり始める。あの吐き気のする血色が再び魔王城に舞い戻る。
その血の臭いは濃く、
―――感じられる純粋な力は、ジルを上回っている。
やはり、殴った時の感じは間違いではなかった。
「こいつが……血の記憶か……?」
距離を開けながら、次元を超えて侵食し、姿を現す血の記憶を全員で見た。アベルの姿もナイチサの姿もなく、どうしているのかを聞き出したい所ではあるものの、そんな余裕は血の記憶を前に吹っ飛んでいた。赤い血の宝玉は浮かびながら新たな魔王を生み出す為に次の存在を求めており、
その矛先は次元を越えて、生物が増えた所で此方に向けられていた。
血の記憶が俺を求めている。ジルを抱えたまま片膝をつき、それを眺める。このまま血の記憶の破壊に移りたいが、ジルを抱えるだけでもはや俺の方も限界だった。【魔王討伐隊】もその役割を果たすも、数は当初の半分にまで減っている。大量に死人が出ており、まだ仲間たちの死体が端の方に転がっている。
「なんだ、これ……これがジルの中身だってのか?」
「これが、元凶ですか……? なんて……なんて、無色な……殺意」
「儂らはこんなものに苦しめられてたのか?」
声がこぼれ、血の記憶へと視線が集まっている。それを受けても血の記憶に変動はない。機械的で事務的な殺意をこぼし続けるだけだ。ひたすらそのために存在し、そしてその為だけに生み出された存在であるが故に。だから血の記憶はそれしか行わない。殺意でのみ構成された物質とでも表現できる、
そしてそれを今、破壊する無二のチャンスだが、
その前で、誰も動けずにいた。
「……」
「なに、これ。私の中に居た時はこんなおぞましい強さを持ってなかったわよ」
スラルが零す言葉は血の記憶の気配を肯定する。そう、それだけ圧倒的だった。血の記憶が落とす気配はもっと偉大で、強大で、
特に―――ずっと戦い続けていたマギーホアは。
ククルククルの気配に動けずにいた。
その気配は相対してしまえばわかる、絶対に勝てないという事実が。故にどうしようもなく動きは停止してしまい、そして、武器を取ろうにも、その次の動きが繰り出せなくなる。
故に血の記憶が迫ってくる。言葉を失い、殺意を囁きながら。
「……僕が時間を稼ぎます」
カムイがエスクードソードを握った。蒼い光を纏う刀身はそれがいまだに【刹那モード】に入っており、生物最強格のスペックを保有したままの状態である事を証明していた。カムイはそう言いながらエスクードソードを逆手に握りつつ、前に出た。
「勇者特性の特典で僕は死ねません。死んでも即座に魂が補充されます。だから
「カムイ、それは」
「いいんです。僕の恋心が届かないのは知ってますから。それでも貴女の為に戦えた事を誇りに思います。魔王に思うところはあります、ですが貴女の幸福のためであれば―――」
「悲観的になるのは聊か早い」
前に出ようとするカムイを押し留めて前に出たのは、
「ガイ、おい、何やってるんだ」
魔人ガイの存在だった。カオスを腰に戻した状態で血の記憶の前へと、赤く塗り潰された光景へと進んだ。そこでガイは口を開いた。
「元々……私かお前が次代の魔王になるという計画だったな。その役割を果たさせて貰おう」
「待て、ガイ」
「煩い女だ。お前はいい加減幸せになれ」
言葉を言い返そうとして、口を開こうとするが、ガイの呪術によって言葉が奪われ、反論ができなくなる。それを止めようとする者もおらず、解除しようとする者も居ない。馬鹿しかいないのか、と叫びたく、動きたくても、何も言えず、体も動かない。強く、歯が砕けそうな程に歯を食いしばりながらガイの行方を見つめた。
血の記憶に―――巨大な魔血魂の前に立ったガイが、声を張る。
「私が……次の魔王となろう。魔血魂よ、私に宿ると良い!」
「ガイ! おい、ガイ聞け! ガイ!」
カオスの静止を振り払い、血の記憶が空間への侵食を停止させ、その呼びかけに機械的に答え、殺意を囁き続けながらそれは凝縮する様にガイの中へと入り込んでいく。染み込む様にガイの中へと向かって魔血魂は溶けて行き、
その全てはガイの中へと飲み込まれて消えた。
その景色を誰もが見守り続けた。そして、新たな魔王誕生の瞬間に立ち会った。
魔王ガイ、誕生の瞬間だった。
先ほどまで存在していた原初の魔王の気配は消え失せ、残されたのは新たな魔王ガイの威圧感だけだった。魔王が生み出す絶対的な威圧感が空間を満たし、その姿に緊張感が漂う。
「……ガイ?」
それを確かめる様にカオスが言葉を放ち、
「……ふぅ、成程。これが破壊衝動か。事前に話を聞いていなければ飲み込まれていたかもしれないな―――大丈夫だ、全てもう一人の私に押し付けた」
「さらっと酷いことしましたね」
ガイが髭を軽く弄りながら自慢げな表情をしているのに緊張感が抜け、魔王の威圧感も霧散する。
それによって、
数十年間人類と魔軍の間で続いた魔王戦争が、漸く終わりを告げた。
長い、とても長い戦いに終わりが来た。その事実に人の口から安堵の息が漏れ、その場に、床に座り込む様な音や、笑い声を上げるような声が響く。そして同時に、
腕の中で、眠っていたジルが眼を覚ますのを見た。
ゆっくりと、目を開きながら、それで此方に目の焦点を合わせてきた。それだけで状況を飲み込み、あぁ、と悲しむ様な声がジルの口から漏れた。
「負けて……しまった……か……」
「あぁ、俺の勝ちだ、ジル」
「そう……か……全力で戦って……負けた……か」
悲しそうに、しかしどことなく満足げにジルは微笑んだ。腕の中に抱くジルの姿はぼろぼろだった。だがそれ以上に、その中身がぐちゃぐちゃになっていた。恐らくは魔血魂だ。血の記憶となって這い出た時にやられたのだろう。魔力が回復する端から《ヒーリング》を使って治療を試みるも、肉体がそれを受け付けていない。
まるでぼろぼろとなった状態が正しいような、そんな感触を受けていた。
―――これじゃあ1年も持たない……!
片腕に抱く命が、今、漸くこうやって引きずり出せたのに、今も抱いている最中に零れ落ちていくのを幻視する。なんて―――なんて醜悪。そこまでして死を望むのか、血の記憶とは。悪意だ。その創造と存在には悪意しか存在していない。だがまだだ、まだ諦めない。まだ手段はある。そう、ウェンリーナーを探せばいい。或いはセラクロラスでもいい。健康な状態に戻せばいいのだ。そうすればまだ助かるはずだ。この大陸のどこかに隠れていたとしても、無理やり見つけ出して引っ張り出す。
「先生……」
そんな、思考を遮ったのはジルの言葉であり、腕に抱かれるジルは長い間見せることなかった、柔らかな笑みを浮かべ、
「また……一緒に、夜更かしして、研究して……美味しいもの……食べたいな……」
「あぁ、そうだな……誰にも邪魔されない所で、静かに暮らすか」
ジルの姿を抱きしめ、静かに、GLの終わりを感じ取った。全てが全て、救われたわけではないし、完全無欠のハッピーエンドではなかった。大勢の仲間が死んで、そしてジルが殺されない事に不満を思う者も多い。
それでも、これは一つの結末。
限界を超えて協力し合い、そしてつかみ取った一つのエンディング。
それを―――誰にも、否定させはしない。
「かくして決戦に天上の観客は大いに沸き上がる。捧げられた茶番に夢を見て、次の茶番まで再び揺り篭にて眠る……ジル、惜しい才能だった。だが事前にあの女に出会ったことが致命的だったな」
蠢く闇の中で、一人、戦いの終わりを見通した者が呟く。それに付き従うのもまた闇であり―――此方は人の姿をしていない。輪郭を、或いは形を完全に失った魔人であった。歴史の表舞台にほぼ立つ事無く潜み続けた悪魔はくすりと笑いながら己の主にして契約者を見合える。
「不満そうですわねぇ、ナイチサ様ぁ?」
「不満ではない。だが茶番だと言っているだけだ。所詮は神々の愉悦を満たすだけの劇だ。そこに過度な期待を混ぜてどうする? それが胸を打つようであれば褒美も出よう。だがそうだとしても、永遠に輪廻に囚われ続けるだけだ。その合間の刹那に何を求めようが、無意味でしかない」
「くすくす、相変わらずナイチサ様は面白いですわぁ」
その言葉に元魔王ナイチサは答えず、魔王城と呼ばれるそれがあった方角へと視線を向け―――興味を失うように視線を外した。
そしてそのまま、闇に消える様に歩き出す。
「行くぞサタニア。今のままでは人類が優勢過ぎる」
「はぁい、ナイチサ様ぁ。ふふふ、ナイチサ様の為であればどこまでも……」
そして、闇から男と悪魔の存在が完全に消え去った。
これにてGLはおしまい。
ジルちゃん、余命一年。魔王ガイ誕生。大筋は正史のまま。しかし野放しになった最悪も存在する訳で。どことなくビターかもしれない。完全無欠ではないけど、それでもそこに確かに救いはあったんじゃないかなぁ、って。
次回からGI開始。