※この作品はR-18です。

ルドラサウム転生異聞録   作:てんぞー

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GI歴
1年 食券 ジル


 フライパンの上でゆっくりとパンケーキがきつね色に変わっていく。

 

「蜂蜜は軽く溶かして……フルーツのカット終わりましたよ」

 

「よし。もう出来るから皿を並べておいてくれ」

 

「はい」

 

 フライパンの上のパンケーキ二人分、それを焼き続けながら頼めば、まな板の上で切っていたフルーツをボウルに入れてサラダにしてくれる。それをテーブルのほうへと車輪を回しながら運んで行き、並べる。テーブルにそれが並べられたのを確認し、こちらでも出来上がったパンケーキをそれぞれの皿に乗せる。そこに少しだけ溶かしてある蜂蜜をかけて行く。それに新鮮な牛乳をグラスに入れて、一緒に運べば、ちょっと甘めの朝食ができる。それをさっさとテーブルに乗せてしまい、椅子に座る。

 

 テーブルを挟んだ向こう側には車椅子に座った姿がある。少し前までの黒い服装ではなく、清潔感のある、髪に近い淡い水色の服装をしたジルの姿である。見ただけであれば、何も、問題がなさそうには見える―――上辺だけは。

 

「今日も美味しそうに出来ましたね」

 

「ま、俺が作る以上失敗は……あー、たまにする」

 

「解っていますよ。それよりも冷める前に食べちゃいましょう?」

 

「あぁ、そうだな。いただきます」

 

「いただきます」

 

 フォークとナイフをパンケーキに切り込みながら、視線を軽くジルの方へと向ける。長時間握力を保つ事が出来ない為、フルーツをカットした後でちゃんとフォークとナイフで食べられるのかどうかを見ているが、やはり、ちょっと食器を握る手が震えているのが解るため、立ち上がって回り込みつつ、ジルから食器を奪ったらそのままパンケーキを切っていく。

 

「あぁ、もう、一人でも大丈夫ですよ」

 

「強がらない強がらない。俺に遠慮なんて今更だろう」

 

「それは……そうですけど、こうされると申し訳がなくて」

 

「俺は根本的に人を甘やかす方が好きだからほら」

 

 パンケーキを食べやすいサイズに切ったら、それをフォークで刺して、ジルの口元へと運ぶ。ジルは少しだけ恥ずかしそうにするも、口を開いてパンケーキを食べて、嬉しそうな表情を見せる―――うん、君にはそういう表情の方がはるかに似合っていると思う。だから俺も、幸せだ。

 

「このパンケーキ、中に入っているのジャガイモですよね? 良く入れようと思いましたね。似合わなそうな組み合わせですけど……」

 

「俺も長年色々と実験してるからなぁ。まぁ、プロの作ったそれには及ばないけど美味しいだろう?」

 

「私にとっては何よりものごちそうですよ。それよりもほら、先生も自分のを食べないと冷めちゃいますよ。私はもう握力が戻ってきましたから」

 

 そう言ってジルが再びフォークを手に取るのを見て、ちゃんと食べられるのを確認してから自分の席に戻り、自分の分の朝食を食べ始めた。

 

 開け放たれた窓からは新鮮な空気が風と共に入り込み、鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。少し離れた家畜小屋では飼っている夫婦のこかとりすの鳴き声が聞こえてくる。それ以外の音は自然が生み出す葉の音などしかなく、非常に静かで、俗世から隔離されている、何もない場所だった。人里からは遠く、結界によって害ある存在も近づけないここは、ペンシルカウとはまた別の聖域とも呼べた。

 

「風、気持ちがいいですね」

 

「あぁ、そうだな……今日も良い日になりそうだ」

 

 朝食を食べながら言ってくるジルに微笑みながら答えた。ここにはほかには誰もいない。二人だけで住んでいる場所だからだ。

 

 

 

 

 魔王ガイ誕生から半年が経過した。

 

 宣言通り、ククルは解体した。指導者を降りて、そのままジルを連れて雲隠れした。そして事前の打ち合わせ通り一度ガイにククルを襲撃して貰い、そこにあった技術を破壊して貰った。人類は勝利したが、それは新たな魔王を生み出すという風に認知させ、魔王戦争に終わりを告げた。そしてそれから半年が経過している。すでに年は開け、年号はGL985年からGI1年へと変わった。

 

 戦いを終えて、酷く疲れた。ジルも取り戻した。最善を尽くし、最上ではないが、それでも結果を出す事が出来た。ウェンリーナーやバランスブレイカーを使って治療する事も考えたが、ジルはそれらを否定した。余命を全力で生きる。それまで俺を独占するだけでいい、とジルが言ってきたのだ。故に治療の捜索は諦め、

 

 月餅の力を借りてJAPAN、誰も人が来ない山の秘境に、こっそりと住居を用意し、そこで二人で暮らしている。山奥に構えた住居はそれこそ飛行でもしない限りは辿り着くことが難しい場所に存在し、それによって外界との接触を自分から出て行かない限りはほぼシャットアウトしている。必要なものは大体育てている。小型亜種のこかとりすを家畜小屋で飼育して、卵を産ませたりもしている。近くには川もあるからそこで釣りをして魚を捕る事もできる。必要なものはその気になればなんだって自分で揃える事は出来るし、足りなければ作ればいい。そして本当に欲しい時は山を下りてJAPANの適当な街で物々交換する。

 

 そうやって、完全に他の人達と交流を断った生活をここで行っている。

 

 ジルと共に彼女の時間を過ごす為に。

 

 魔血魂を失って魔王から人間へと戻ったジルの体はぼろぼろだった。内臓のダメージ、魔力の枯渇、技能の破壊、神経系統のダメージ。《ヒーリング》だけではなく幾つかのアイテムを使って治療して、それで漸くジルがまともな食事がとれるだけの内臓機能と、そして手指を動かせる程度まで回復した。それ以上は奇跡が必要となる領域であり、ウェンリーナーなどの神クラスの力が必要とされていた。

 

 だがそれをジルは断った。

 

 今まで話し合えなかった分、一緒に居たいという要望に応えることにしたのだ。そうやってこのJAPANの秘境で、二人で暮らす事にした。ジルは独占するようで申し訳ないなんて事を言っていたが、そんな事は欠片もなかった。むしろ、遅過ぎるぐらいだったのだ。今までほったらかしにして見捨ててしまった分、なるべくともに時間を過ごす為にも、これが一番都合が良い。

 

 こうやってジルとの共同生活は始まった。

 

 1年だけの共同生活。

 

 そしてそれも、既に半年が終わってしまっていた。ジルはある程度延命できる程度には回復しているものの、それでも数年間生きられる程強い体ではない。魔血魂が新たな魔王へと継承されるうえで、不要となり、なおかつ魔血魂に対して逆らっていたジルはおそらく、魔血魂の意思によって傷つけられた。それゆえにジルの体はどうしようもなく、壊れてしまい、彼女一人では生活する事が出来ない体となった。

 

 歩けはするも、それは室内のような掴まる場所のある所のみ。長時間立つ事さえもできず、移動のほとんどは車椅子によるものとなり、その世話や面倒を全て引き受けて見ている。

 

 そしてそれは時を経て治る―――事はなかった。

 

 

 

 

「今夜はカレーな気分だしな。カレー釣るぞ、カレー」

 

「私はそれでいいですけど、先生は釣れるんですか?」

 

「……知識はあるもん」

 

「ふふふ……じゃあ、私ががんばって釣りますね」

 

「生息地、好きな餌、習性、全部把握しているのになんで毎回俺だけ魚を釣れないんだ」

 

 呟きながら山を流れる川の横、川辺の石場に腰を下ろす。釣竿を二本手に握り、片方をジルに渡して、彼女の横に座り込みながら自分も片腕で釣竿を握る。ルドぐるみが水辺の方から這い上がって、水を吐き出すと後ろにやって来て腰の裏に潜り込んでくる。腰の裏辺りがこれで楽になる。背中を預けることもできるし。だけどなんでお前今、川の方から出てきた。

 

 そんなツッコミを心の中で受け流しながら海釣りの時とは違い、針に餌をつけて釣り針を水面に沈めた。こちらに来てからはジルとも何度もこの川で釣りをしていることもあり、ジルも慣れた手つきで釣り針に餌をつけてそれを水面に投げ込み、

 

 二人で静かに、そのまま座って並び、釣りをする。

 

 むろん、ただ座って釣るだけではなく、事前におやつも用意してある。と言っても材料の問題からあまり凄いものが作れるわけではない。こちらでは桃りんごは育ってないし、育つ事もないので、お得意のうはぁんもなしだ。なので此方で手に入れた蜂蜜を使って果物を漬けていた物を用意した。すぐ目の前に川が流れているので、指が汚れることを考えなくてもいい。

 

 足で釣竿を押さえている間にお菓子を詰めているバスケットに片手を伸ばし、そこから指で蜂蜜漬けで結晶化した果物を口の中に放り込んで、指先を舐めてから再び釣竿を握る。

 

「ジルも食べる?」

 

「余り食べすぎると太っちゃいそうですから……」

 

「少し肉がついている方が健康的だぞ? ほれほれ」

 

「あ、じゃ、少しだけ……」

 

 ジルが軽くお菓子を口の中に放り込んで、そして甘い菓子の味に幸せそうな表情を浮かべる。その横顔を軽く眺め、笑みを小さく零す。うん、やっぱり幸せそうに笑っている表情が誰にも似合う。特にジルはかわいいのだから、笑っている方が似合うに決まっている。

 

 口の中で転がす蜂蜜キャンディに近いレモンを味わう。甘い。

 

「カレー……もうちょっと食べやすくなってくれればいいんだけどなぁ。ターメリックとかガラムマサラとか、絶対にどっかに転がってそうなんだけどなぁ」

 

「先生……カレー、好きですよね」

 

「カレーは好きだけど今のカレー環境は嫌いだな。ぐぬぬぬ、カレー事情を改善したい。俺、スパイスから作ってカレー作りたいわ……なんか、こう、そういう技能持った便利な奴いねぇかなぁ。作ったり応用したりするのが出来る奴」

 

 喉元まで来ている気がするんだけど記憶違いだろうか? うーん、いたような、いなかったような。まぁ、何かあればそのうち思い出すだろう。それよりもそう、カレー事情だ。

 

 この世界、カレーは【カレー】という魚の体液から作り出すのだ。【ひつじNOTE】くんにそう書いてあった。つまりカレーはスパイスの配合ではなく、魚から搾った液体で作られている―――カレーのカレー部分は、完成品がデフォルトなのだ。流石ルドラサウム大陸、実にファンタジー。数多い異世界ファンタジー系統でも魚の体液がカレーになっているという発想は流石狂っているとしか言えない。

 

「レッドチリ、ターメリック、コリアンダー……あとなんだっけ? もう1種ぐらいあれば基本的なスパイスを押さえられるからそれでカレーを作れるんだよなぁ。レッドチリに関しては見つけたし。ターメリックとコリアンダーが皆目見当もつかん……!」

 

「そんなにカレーが食べたいんですか……」

 

「違うんだ、俺はもっと好きな味に調整したいんだ。本格派インディアンカレーとか、この世界にはないんだぞ? やっぱり作って食べてみたくなるじゃないか。というか【カレー】のコンディションや気分で味が左右されるってのが気に入らない。気に入った味が再現できねぇよこれ!」

 

「釣るのじゃあ辞めます?」

 

「釣るぅ」

 

 でもカレー好き。美味しいから好き。個人的にキーマカレーが好きなのだが、【カレー】から作るカレーではアレを再現するのは中々に難しい。やっぱりスパイスから作るのが一番だと思う。まぁ、やり方は知らないのだが。

 

「先生、そういうの好きですよね」

 

「挑戦するの? 楽しいよ。少しずつ成果を残して進んでゆく感覚が楽しいんだよ。長生きしてるからね。刹那的な娯楽よりも長期で楽しめるものの方がずっと楽しめるってのが漸く解ってきたんだ」

 

 釣りとか、料理とか、人の成長を見守るのとか。長い時間の間に少しずつ変わっていくのを見るのがこれ、楽しいのだ。まぁ、価値観ドラゴンなので戦っても楽しいのだが、それでも最近は自分の中の女を自覚する。

 

 ゆっくりと、静かに見守っているのが楽しかったりする。

 

 日々の暮らし、それを眺めているだけでだいぶ満足できる。

 

 まぁ、でもヤッパリ飛び込んで暴れたい欲は尽きないが。

 

「ふぅー……釣れないなぁ」

 

「私も釣れませんね……」

 

 二人で釣り糸を垂らしたまま、水面へと視線を向ければ、そこにカレーが泳いでいるのが見えるが、なぜか綺麗に釣り針と餌だけを回避して泳いでいる。そういえばマッハに鑑定して貰ったらジルは最低限のLv0技能以外は技能が壊滅、それには釣り技能が存在すらしていなかった。

 

 即ち、

 

 二人揃って壊滅的に向いていない。

 

「……」

 

「……先生?」

 

「うん?」

 

「1匹ぐらい釣れるといいですね」

 

「そうだなぁ……まぁ、釣れなかったらオムレツってことで」

 

「あ、私アレ好きです。ご飯の部分が美味しくて」

 

「あ、解る? あれ、こかとりすの肉汁を米を炊く時に使ってるんだよね」

 

「見てます見てます。料理に拘りますよね」

 

「料理は愛! なんてことを抜かす馬鹿が世の中に居るけど、その愛ってのは工夫と、積み重ねてきた試行錯誤の時間の事を言うんだよ。だから美味しいものを作るなら、それだけ拘るもんさ。美味しいものを食べてもらいたいからな」

 

「じゃあ、夕飯も楽しみにしていますね」

 

「アレ? 釣れない前提の話をしてない?」

 

 首をかしげると、ジルに小さく笑われてしまった。だがそれにつられ、自分も小さく笑い声を零す。

 

 肩を寄せ合い、ジルの軽くなってしまった体を軽く支えながら二人で、そのまま、静かに夕食を求めて魚釣りに没頭した。




 GIの始まりだよー。

 なんでもない、何にもない普通な日常。だけどそれが本当に遠かった。
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