「それにしてもお前は格好良い歳の取り方をしたな」
「そうですか? 貴女にそう言われると嬉しいですね」
60代目前に迫ったカムイの姿は大人びて、落ち着いた雰囲気を纏っていた。顔には皴が入り、若い頃に着ていたような動きやすい服装ではなく、ややフォーマリティを感じる、大人らしい服装を着ており、どこからどう見ても立派な大人に成長したのがその姿から見える。少し前までは子供だった筈なんだがなぁ、と酒場を出てカムイと横並びに街を歩きながら思い出す。
「俺的には5年ぐらい冒険してた程度なんだけどそうか……40年か……」
「相変わらずそこら辺の感覚が狂っていますね」
「まぁ、数千年生きているとそこらへんはどうもなぁ」
長く生きていれば生きている分、時間というのはガバガバに過ぎ去っていくものだ。1年間が異様に長く感じる事もあるが、また100年が一瞬で終わるときもある。魔法の研究をしているだけで数百年が経過するなんて時だってあるのだから。時間というものは実に理不尽だ。もうちょい俺の為にもゆっくりと流れて―――あぁ、いや、本当にゆっくり流れそうで怖いから忘れよう。
「あの後姿を消しましたが、JAPANですか?」
「まぁ、ちょっとな」
少し言いづらそうに視線を逸らしながら答えればいえ、とカムイが言葉をはさんだ。
「事情の方はルシアさんから説明されていましたから私は何をしていたか知ってますよ」
「……そっか」
片手で軽く後頭部を掻く。とはいえ、自分が悪い事をしたとは全く思っていない。なので言葉だけの謝罪をするようなことは絶対にしない。反省したり謝るなら最初からするな、というだけの話だ。だからか、カムイはそれを見て、小さく微笑んだ。それを横目でチラリとみて、
「どうした」
「いえ……昔より更に綺麗に、いえ……女性的になられたと思いまして。どことなく仕草が前よりも女性的になりましたね。艶があると言いますか」
「ははは……もしかして口説いているのか?」
「おっと、失礼。そういうつもりはなかったのですが。これでは妻に怒られてしまいますね」
あぁ、というかやはり、と言うべきか。カムイもこの年齢になっているのだから当然の様に家庭を持っていたらしい。そういう話を聞かされると本当に時間の流れを感じさせられる。そして同時に、自分という存在が常に置いていかれる実感も。嬉しい事ではあるのだが、同時に悲しい話でもある。だからこそ個人と深く寄り添うのは―――結構辛かったりする。
「しかし、そうか……結婚したのか、お前は」
「えぇ。私にはもったいないほどのしっかり者の妻です」
ついて行くように歩く。その向かう先はどうやら、住宅街らしい。今、カムイが住んでいる家へと案内されているのだろう。そこらへん、特に意識していなかった。この子に関しては昔から信頼を置いているということもあったが、ため息を吐く様に呟く。
「お前が結婚かぁ……勇者の任期が終わった後か?」
「その2年後ですね」
「おや」
この世界の年齢としては比較的に―――いや、16歳で成人すると考えるとむしろ遅いぐらいだった。勇者の任期が終わってから2年後となると、もう既に22歳になるだろう。基本的に戦時だったことも含め、結婚するなら18、19ぐらいには結婚している者が多かった。それだけに22というのは人気者だったカムイの時期としては、遅く感じられるものだった。
「お前なら相手はいただろう」
「えぇ。ですけど私もフラれて傷心中だったので」
「それを持ち出されると弱いんだよなぁ」
そうやって苦笑していると、入った住宅街、2階建て家の前で足を止め、カムイが扉をノックしながら声を出した。それに従って家の中から呼びかけがし、確かめる様に扉を開けば、カムイと同じぐらいの年齢、白髪交じりの髪を見せる女性の姿が扉に出現した。カムイにお帰り、と言葉を向けた所で此方へと視線を向け、驚く様に眼を見開いた。
「ウル様……!」
「よう……お前は工房の娘か。へぇ、中々いい趣味してるなカムイ君」
「……予想以上に恥ずかしいなこれは」
苦笑するカムイを横に、目を丸くして驚いているカムイの妻に軽く挨拶をしながら家に上がらせて貰う。
「元々は私の方からアプローチをかけていたんです」
「それを私が拒否していたんです。当時はまだウル様に恋心を抱いていましたから。それに……勇者特性のことがありましたからね。簡単に誰かからの好意を受けとる事に一種の忌避感がありました。何よりもあの頃は全く誰かに靡こうとしないウル様に惹かれましたし」
「だがフった!」
「えぇ、それで落ち込んでいる所を私がプロポーズしたんです。アレは……ウル様が消えてから数か月後の話ですね。落ち込んでいるのが露骨だったので、こうやって、カムイの襟を掴んで引き寄せたんですよ」
「ほうほう?」
「カムイが勇者特性で自分は異性に好かれるっていうのを嫌っていたのは知っていたので、だからこう言ったんですよ―――あと数年待つ。勇者の任期が終わって、それでも私が貴方を好きでいられたら、一緒になってくださいって」
「超男らしい」
「ふふふ、工房の一人娘でしたので」
「こほんこほん……こうやって目の前でその頃の話をされると流石に恥ずかしいですね……」
カムイが片手で顔を隠し、恥ずかしそうに笑っている。その姿を見ながら淹れてもらった紅茶に口をつけて飲んでいる。勇者だったカムイは卒業し、エスクードソードをコーラへと返却し、全てが終わったら剣術の教師として生活しているらしい。今でもレベル99を維持しており、戦えるらしい。そこは流石元勇者とでも言うべきか。
美しい、年月の重ね方をしたようだった。
「二人暮らし?」
「えぇ、息子と娘が居るんですけど二人とも結婚して家を出て行きました」
「偶に孫を連れて戻ってきますよ。工房は息子が継ぎましたし」
「ほぉ、孫まで出来ちまったか」
40年が経った。流石に40年も経過するとこんなにも変わって行くのか、と驚かされるものでもある。あの頃、最前線で戦っていた仲間のほとんどは魔王城で死亡し、その残りの大半も経過した年月を考えればもう死んでいるだろう。60に近くなり、それでもまだ健康的に生きているこの夫婦が中々逞しいだけで。
あぁ、でもこうやって寄り添える相手がいるのは少しだけ、憧れるかもしれない。
俺が甘えて寄り添える相手はどこかに居るのだろうか……?
まぁ、まだ世界は続くのだ。それを考えるにも早いだろう。とりあえず、昔の仲間に会えた所で少しだけ安心した。ほんのわずかではあるが、気がかりでもあったのが解消された。
「俺がいなくなって不幸になってないかと思ったが、そんなこともなかったか」
「一人で生きていく力を人に教えたのは貴女ですよ。貴女と共に肩を並べ、戦えた事は私の一生の誇りであり、そして誰にも譲れない想い出でした」
「言う様になったなぁ、あの子供が……」
ほんと、人間ってば見てない内に直ぐに大きくなり、そのまま消えていくもんだ。寂しくないと言えば嘘だ。だけどその瞬きの間に見せる輝きがやはり、人間が人間であるということの証なのかもしれない。
「……しばらく俗世間から切り離されてたから世間知らずになってんだ。今、どうなってるか教えてもらえるか?」
「えぇ、では軽くアレから何が起こったのか説明しましょう」
言葉に応える様にカムイが頷き、そして魔王ジル敗北以降の時代―――つまりはGIが始まって以来、何が起きたのかを説明してくれる。
まず初めにククルの崩壊。これに関してはある程度計画通りに進んだらしい。だが一部の連中が国家解体に反対してきた。ここら辺は予見した通りであり、それに対処する様に魔王ガイが魔人を引き連れて襲撃した。これにより大半のバランスブレイカー等、ALICEにしっかりと処分しておけと言われた部分は始末することができたらしい。ただし、思想やシステム、ノウハウ、一部の免れた技術はガイが襲撃する前に持ち出して逃亡したらしく、ククル解体後はルドラサウム大陸に散らばってしまった。
これにより一部バランスブレイカーが流出する。大陸の一部では【ククルの遺産】として扱われ、争奪戦に発展しているらしい。建築技術や都市のプランニングに関してもククルからの技術や思想を流用しており、この地域での発展はそれを応用したものである為に早いのだとか。
ククル自体は解体されたが、その解体後、人員や技術の流出によってこの東部一帯は開拓と発展が行われており、それを潰す様に魔軍が魔王城を拠点に戦争状態にあった。だがこれも少し前までの話であり、現在、魔軍とは停戦状態に入っているらしい。というのも、魔王城に単身で突撃した英雄が存在し、その活躍によって魔軍は大陸最西部まで引き上げたらしい。
「成程、シルキィ・リトルレーズンの奮闘に変わりはなかったか」
正史と比べると20年早く戦争が終わってしまった。その結果、GIもまた20年早く開始されてしまった。その事に不安を覚えなくもなかったが、それでもどうやら正史通りシルキィはガイへと突撃し、その身一つで魔軍を魔物界へと追いやる事に成功したようだった。これがないと魔物界への移住が存在せず、人類圏が正史の様な発展を遂げることができない。そのため、なかったらなかったで別の方法でガイをぶち込んでやろうかと思っていたが、どうやらその必要はなくなったらしい。
それはそれとしてシルキィのあの服装は痴女かなにかなの?
というか魔人全体が露出多めとか馬鹿じゃないの?
まともなセンス保持してるのカミーラだけじゃん。
「そうか、魔物界に移住したかぁ、連中は」
「……知ってましたね?」
「まぁ、そうなって欲しい、とは思ってたけど実際そうなるとは思ってなかった。となると人類での群雄割拠の時代が来るな……」
「そうですね。恐らくは近いうちに北と西で国家構築が始まるでしょう。もう既にその流れは見えています。ですが同時にこれは大陸で人類が覇権を握るという流れでもありますから。既に西の方ではAL教が復興完了しつつありますし」
「相変わらず動きが速ぇな、おい」
ALICEもALICEで人類を管理しなきゃいけないから当然の動きか、とは納得するが。とはいえ、人類の時代が始まるとなると、今度は人間同士での殺し合いが始まる時代になるのだろう。JAPANでは見慣れた景色だが、大陸の方では―――あぁ、いや、NCでは割と見た景色だったな、と思い出す。
だが人間の時代が始まるのか、と思うと感慨深さはある。
これから始まる時代は魔軍の影響なしで人類が熟成する時間なのだから。今までは魔軍との戦争が常に存在していたが、その干渉なしで人類が成長し、そして殺し合う普通の人間の時代なのだ。
やはり、今までとは勝手が違ってくるだろう。
とはいえ、後250年近くは大きな動きはないので、しばらくは平和に、暇にやっていけそうだが。
「それでもそうだな……ガイに全部押し付けてしまった訳だし、ガイの様子を見に行くのも悪くはないか」
「魔王城まで? 相変わらず散歩気分で気軽に言いますね……」
「相変わらず総統は無茶苦茶ですわよね」
「ひでぇ」
まぁ、西への横断ルートだったら途中でペンシルカウ、翔竜山と経由する事も可能だ。そこで軽く故郷の連中の様子を見つつ、その前に元ククル跡地を確認し、そして魔物界へと向かえばいいだろう。なんだかんだで魔物界も長年、探索する回数も機会も多かったし、あそこら辺の地理は体に刻んである。
それに《ドラゴンLv3》となった事をマギーホアとも相談したいし。完全に《ドラゴンLv3》という技能を理解するにはやはり、それに一番習熟しているマギーホアの助けが必要だ。
まぁ、なんだかんだでククルククルの気配を感じ取ってしまったのだ、血の記憶との将来的な戦いはまずまともなものにはならないだろう。そのためには自分もひたすら、強くなる必要がある。それこそマギーホアの様に二級神と戦えるレベルにまで。それぐらいあればククルククル相手に即死する事はないだろう。
考えると憂鬱になってくるけど、ドラゴン本能はククルククルと戦いたいと主張している。君、血の記憶の前ではビビってたのにガバガバ過ぎない?
「ウル様? 百面相をしていますが」
「あぁ、ごめん。この先の旅も楽しくなりそうだな、って思ってただけだよ。明日にはここを出て西へと向かうつもりだし」
「そうでしたか。なら今晩はウチに泊まって行ってください、歓迎しますよ」
「そうそう、ウル様なら遠慮する必要もありませんよ」
一瞬、それに甘えていいかどうかを考えるものの、カムイとその妻からは純粋な善意しか感じられなかった。ならそれを断る必要もないだろうと、その好意に甘えることにした。
―――そうやってその夜は、昔話に花を咲かせ、過ぎ去った時を懐かしんだ。
綺麗な歳の取り方。
カムイ君も昔はショタだったのに、結婚して、子供ができて、その子供も結婚して。こういうキャラが加齢して行く姿を書くのは実はすごく好きだったりする。