自分が家事をする必要がないという環境は割と久しぶりだったと表現出来る。
基本的にジルとの生活では全部自分でやっていて、そのあとうろうろしていても大体は自分でやったり野宿だったりがメインなので、こうやって誰かの家で朝を迎えて目覚めるというのは久しい感覚だった。まぁ、大体自分の家に引きこもるか、それとも野宿で過ごすかの人生だったのだから、確かに他人の家で寝起きするのは割とフレッシュな経験なのかもしれない。とはいえ、ここで長居する予定もない。この幸せな家庭を自分の存在が壊してしまう可能性も大いにある。
だとしたらさっさと出るのが良いだろう。
ベーコン、パンケーキ、サラダ、フルーツ、そして牛乳。シンプルな朝食を食べ終わった所で持っているものは大体身に着けているものばかりなので、置忘れを心配する必要もなく、朝食を食べ終えれば出て行く準備が完了する。
「世話になった。子孫には代々ウル様を泊めた事のある家だって語り継いで良いぞ」
「ふふ、息子や孫に伝えておきますわ」
「ではエルミナ」
「はい、貴方。いってらっしゃい」
白髪をオールバックに流し、腰に剣を数本帯剣した、黒いロングコートの旅装姿でカムイが荷物を片手に、此方へと笑みを浮かべながら頷く。
「では行きましょうか、ウル様」
「いや、その恰好」
「ウル様を一人にしておくのも心配ですので。こう、目を放した隙に村の一つでも破壊しそうだと」
「俺は通りすがりの破壊神か」
この世界では老体と呼べるような年齢になりながらも背筋はまっすぐ伸び、体のバランスは崩れず―――寧ろ体の揺れ、把握ぐらいは昔よりも遥かに進化している様に感じさせる60代手前の剣士はたぶん、断ってもついて来ようとするだろう。それを理解し、苦笑しながらカムイの荷物を強奪し、それを異空間の中に放り込んでハンズフリーにする。そして視線を彼の妻へと向ける。
「悪い、少し借りるな」
「えぇ、どうぞ。見た目以上には出来る人ですから」
その言葉に苦笑しながらカムイが口を開いた。
「この年になっても冒険が出来るというのは中々嬉しい話ですね……曾孫への良い土産話になりそうです」
「お前、後何年生きるつもりだよ……」
一晩だけ泊めて貰ったカムイ邸を出た所で、カムイに案内されるように街の外を目指して歩いて行く。ただ、老体でありながら風格のあるカムイの姿は目を引くようで歩きながらも視線を向けられ、それだけではなくどうやら有名でもあるらしく、軽く挨拶等が向けられてくる。それに対してカムイが微笑みながら軽く時折手を振ったり頷きを返す事で返答している。
「ほほぉ、人気者だな?」
「えぇ、ククル崩壊後はここに妻と移住して魔軍相手に防衛や、自警団に剣術を教えたりとしていましたからね。おかげで自警団の子達は大体が生徒ですよ。今でも剣術や戦術、魔法も教えていますよ」
「勇者は任期が終わっても才能が消える訳じゃねぇからなぁ」
「えぇ、おかげである程度生活は楽ですよ。ククルの血はまだ色濃く残っています。おかげで才能に溢れている子も多いですし」
「成程な……楽しそうだな」
「えぇ、漸く掴んだ平和ですからね。だからこそ全てをガイ殿とウル様に押し付けたようなことが私の中では心苦しく。此度、ウル様と出会えたのはこの胸のしこりを取り払う良い機会かと思いまして」
「はっはっは、年を食って口が達者になったな?」
「いえいえ、ウル様ほどでは」
くつくつと笑い声をこぼしながら年月の経過を感じ取る。どことなく未熟を感じさせた少年が、こうも変わるのだ。やはり人間という生き物は面白い。我々の様な姿の変わらない種族が、一つの事を学ぶのに数百年という時間を必要とする。その何十分の一という時間で学んで成長する人間の姿はやはり凄い、という言葉しか出てこない。俺もかつては人間だった時もあった。だが今ではその感覚も遠い。なぜ、あんな速さで成長できるのか、今でも謎だ。
「それはそれとして、ウル様。どちらへと向かう予定で?」
「ククル跡地。今はもう完全な廃墟なんだっけ?」
「はい。あそこはガイ殿が念入りに破壊しました。それでもいまだにかつての栄光に縋りつく者が廃墟に住んでいるとも……」
「ほーん……ま、とりあえずは見に行くか……」
ククル跡地。ガイは約束通り破壊してくれたようだが、それはそれとしてどうなっているのか気になるのも事実だ。自分が亡ぼす事を命じた国なのだから、自分の目で確認しておかなきゃならないのも一つの事実だろう。まぁ、単純に観光目的であるという事実も正しいのだが。
「ふむ……ではうし車をとりますか? ここからククルまでは流石に数日かかりますが」
「あぁ、いいよいいよ。ルドべぇに乗ればいいし。うし車と違って浮かんでいるから揺れることもないし快適だぞアイツは」
「ウル様がそれで良いのなら私も良いのですが……同乗しても宜しいのでしょうか?」
「うちのルドべぇは心優しいから大丈夫。ぬいぐるみなのにな」
「はぁ……?」
ルドぐるみだった筈のルドべぇ。なぜオマエは動いているんだ、という世界最大の謎は放置するとして、移動はルドべぇに乗ればいいから何も問題ない。まぁ、なくてもそのまま飛行する事が出来るから、根本的に俺が移動で苦労するという事はない。まぁ、ついでに一緒に他人も浮かべてしまえばいいのだが、それはそれとして騎乗して移動するというのが一番もふもふふかふかなので幸せだ。
「まぁ、気にするな。足はどうとでもなる。携帯食料の類もJAPANから持ち込んでるしな」
「先ほどの収納魔法ですか」
「そうそう。これぐらいならまぁ、俺でも一人で出来る」
それでもストレージ用の異空間を構築できるというのは便利な事だ。空間魔法は本来Lv3の《魔法》技能を保有する魔法使い専用なのだが、これぐらいであれば―――まぁ、何とかなる。《ゲートコネクト》の方は流石に独力ならカラークリスタルを消費する前提になるのだが。それでも選択肢が広がったのはやはり……まぁ、言葉にする必要はないだろう。
「ではまずはククル跡地へですね」
「おう。さぁて、かつての栄光の残滓はどうなってるものか……」
カムイと談笑しながら街の終わりへと進めば、舗装された道路がそのまま外へ、そして先へと繋がる街道の姿を見せる。これに沿って進んで行けば恐らくは最寄りの街へと辿り着けるのだろう。そう思いながら視線を先へと向ければ、
異様な気配を放つぼろローブの姿が道を邪魔する様に、街の出口を封鎖していた。真っ黒なローブを纏った姿はどことなくぼろぼろでありながら、異様な気配を纏い、あらゆる存在を寄せ付けずにそこに立つ姿が見えた。次元違いとも表現できる異質な雰囲気に、誰も近くには居られず、遠巻きに視線を向けては逃げ出していた。
その姿を見て、軽く頭を掻き、
「もしかしてこの街の名物?」
「ははは、ご冗談を。あんなものが名物等どこの魔境ですか。いえ、一昔前のククルならアリでしたね」
「だよなぁ……」
うん、魔人が多数存在したしいけるいける。とはいえ、明らかに此方を待っている様にしか思えないローブ姿は、明らかに戦意を纏っており、近づいてくるのを出口を封鎖する様に待っている。これがRPGならセーブするところなのだが、あいにくとシステム神は呼び出したとしても嫌な予感しかしないので、諦めて前に踏み出す。やれやれと肩を震わすカムイはどことなく楽しそうに見える。
そしてそのまま前に出て、少しだけ距離を空けた所で黒いぼろローブの存在へと視線を向ける。
「えーと……で、どちらさんだ?」
「……」
言葉に応える様に、ローブの下から魔力が溢れ出す。人間の魔力量ではない。明らかに魔人、そう呼べるレベルの存在感だけに、カムイが静かに剣を二本抜いて逆手に握った。自分も自然と戦闘態勢に入る様に第三の目を開く。
「……見つけたぞ、小娘……いや、ウルだったな」
轟くような声が返ってきた。人の声帯ではない、怪物の声だ。だが言語としては通じるその声色が誰のものであるかを一瞬で察した。
「お前……アベルか……?」
ナイチサ同様、血の記憶から蘇生された上で解放されているらしい。元魔王にしてフィジカル面においてはククルククルに次ぐ最強の魔王だったアベルは、純粋な戦闘能力だけで上級魔人を引き裂く程度の強さを持っている。それがここに現れた事実に驚きながら、アベルが見せる殺意混じりの闘気を感じ取って、戦闘を行う準備だけは整えておいた。
「何故だ」
「あぁ?」
「何故貴様は強くなった」
「何言ってんだお前」
風が吹き、アベルの素顔を隠すフードが外れる。その下から褐色、黒髪に赤い目の男が出てきた。顔の方は中々点数高いな、と心の中で評価しつつ、アベルの続きの言葉を聞いた。
「魔王になり、誇りを捨て、罠に嵌め、鍛え、恥を投げ捨て、それでもまだマギーホアに勝てない。竜王になれない。そして貴様はなぜ、マギーホアと並んだ。聞いたぞ! なぜ! なぜ貴様が!《ドラゴンLv3》に至ったウル・カラァ……! 何故だ!」
この時点でこの話を知っているのは―――まぁ、ナイチサぐらいだろう。となるとナイチサが態々アベルに告げ口したという事だろうか。ほんとうに余計な事しかしない美白クソ野郎だなぁ、と評価しつつ、アベルから沸き上がる純粋な怒りに対する答えはなかった。
まぁ、強いて言うなら、
「生まれが悪い」
それしか答えがない。生まれが悪い。そもそもこの世界では最も欲しいものが手に入らない様にできているとさえ思える。手に入りそうで手に入りそうで、しかしその目の前で失う。大体そういう風に物事が回ってくる。
ククルククルは平穏。
マギーホアは王国。
俺はジル。
スラルは安心。
ナイチサは永遠に動き続ける事が前提だから永遠に満たされる事もない。
そしてアベルは強さ。
「この世界に生まれた時点で欲しいもんは失う様にできてるんだよ。それに抗うってのなら
それに唯一打ち勝てたのが彼女だけだった。だからこそ彼女の意思は尊重する。そして同時に尊敬する。最後の最後でこの世界という悲劇その物に勝利したのだから。だからアベルには無理だと断言する。生まれた時点で詰んでいる。そしてその執着を捨てない限りは絶対に勝利する事も出来ない。
それがルドラサウム大陸だ。
その言葉を受けたアベルは僅かにそうか、と言葉を震わせ、
「……気が殺がれた」
言葉を告げるとフードを被り直し、一瞬だけ風が強く吹いたと思えば、次の瞬間には魔竜の姿へと変貌し、空の彼方へとその姿を消し去っていた。第三の目を開いたまま、その姿が完全に視界の中から消え去るまで眺め続けてから、漸く視線を外しながら額の目を閉ざした。
ふぅ、と息を吐く。
「てっきり襲い掛かってくるもんかと思ったんだがな……」
「間違いなく殺意を抱き込んでいました。久方ぶりに肩を並べて戦える機会かと思いましたが……」
「まぁ、ここで戦ったら街への被害が避けられなかっただろうし、戦わないのは嬉しい話でもあるんだけどな」
アベルがマギーホアに完封されている為、そこまで強いかどうか解らないが―――たぶん俺が今戦えばどっこい、という所だろうか? 少なくとも俺かアベルのどちらかが死ぬだろう。なんだかんだで一番マギーホアと本気で殺し合っているのもアベルだ。そこらへん、戦闘経験値が他の生物とは段違いという部分もある。
そもそもマギーホア相手に戦闘が発生するという時点で生物としておかしいのだが。
「アイツも……変わり始めてるのか?」
長く生きれば生きる程、変わりづらくなってくる。時間の感覚が伸びて、一瞬と永遠が解らなくなってくる。だから変われない。昨日が今の様に感じてしまう為に、変化その物を意識出来ない。でもその中で変わろうと足掻くのであれば、
頑張れ、としか言葉を贈る事が出来ない。
少なくともアベル君、昔よりは格好良くなっているとは思う。とはいえ、ナイチサ同様生きているのなら将来的にランス君たちに対する強大な壁として立ちはだかるのが見えるのだが。
まぁ、それはそれで面白そうだ。
放置で問題なし。
軽く首の裏を掻いてから再び歩き出す。カムイも剣を鞘に戻し、横に並ぶ様に歩く。
「さぁて、旅を始めようか。とりあえず道中なんか名所みたいなのある?」
「そうですね……途中にらぁめん? なる物を出す店があるとか」
「お、マジ? ラーメンあるの!? おぉ、マジかぁ……こりゃあ食うしかねぇわ……」
新しい同行者と共に新たな冒険へ。今回はひたすら西へ、西へと進んでゆく冒険。しかし不思議と心が躍るのはなぜだろうか。或いは二人だけじゃないかもしれない。時を経て変わりつつある大陸、その社会。
それを見つめつつ旅をするのはきっと楽しい。
新たな冒険を開始する。
原作の話だけど一部長短い食券とかあった覚えがある。
という訳でアベル君も生き残ってたよ。ナイチサが居るので当然なのかもしれないが、そしてアベルもアベルで変わり始める。一度死んで、そこから甦ってそれでもマギーホアに勝てないのでアベル君もついに悩みだす。
その中で一切変化のない美白クソ野郎。お前がナンバーワンだ。