―――室内に雌の臭いが充満している。
完全に発情した女が理性を吹っ飛ばした状態で絡み合っている。金髪の女―――ウル・カラーは人型の生物としてはあり得ないとも表現すべき膂力で相手を―――悪魔スラルを抑え込みながら唇を重ねている。発情が酷いのか、快楽に目が濁っているウルはそれだけで軽く絶頂しているようで、唇を重ね、口内で舌を絡めるとそれだけで軽く体が震える。それを肌で感じ取るスラルが最初は確認しようとし、しかしウルの方から送られてくる熱情に充てられ、
やがて、言葉を捨てる。
重ねられる唇に唇を重ね、伸ばされる舌に舌を絡め、そして体を寄せ合いながらも服を脱いでゆく。通常であればもう少しスラルも抵抗できただろうが、ウルが辿った変化は生物として、或いは
激しく求められ、それを我慢出来るほどの存在は、非常に少ない。
求められる事にあっさりとスラルは陥落し、ウルが求める。更に強く、快楽を。一度意識が飛ぶほどに絶頂する事を経験しているだけあって、体の方はそれに適応する様に更に経験を吸収している。もっと長く、強く、確実に孕めるように体は発情し、熱を纏いながらスラルを求める。
唇を重ね合いながら裸になった体を擦り付け合い、秘部を何の躊躇もなく寄せ合い、そこでキスする様にくっ付けてから体を合わせる。発情から始まった熱情が伝播し、思考能力を削る。ともに人を超えた体力と耐久力を併せ持つ存在、
快楽を貪る様に身を寄せ合って絶頂しても、それで欠片も満足ができず、更に求めようとする。歯止めを完全に消し飛ばして、
求められるだけお互いを求めていく。
そこに終わりはない。
「―――という事になっているだろう」
「物凄く具体的ですね、マギーホア様」
「うむ、どうしても聞こえてしまうからね。まぁ、私だけだとは思うけどね」
そう言ってマギーホアは優雅に紅茶を飲んでいる。ウル邸の食堂で、ウルが部屋に戻ってから現れたマギーホアが何の事を話しているのかは、大体察せた。音が魔法によって遮断されているが、これでも従者筆頭だ。何が起きているのかは雰囲気と気配で察せるものだ。なので主がスラルと情事に耽っているのは解る。相手は違うが、それでも主の秘め事は前にもあった事だ。
問題は別のところだ。
「発情期、でしたっけ」
「うむ、そうだ。中々来ないので心配したが、どうやら心と体の問題も改善されたようだし、これからは遠慮なく仔も産めるだろう」
そう言うとマギーホアは先行きを楽しそうに目を細めながら紅茶に口をつける。猫の様な姿をしていながら、その本当の姿はドラゴンである、というのは見た所で理解するのはあまりにも難しい事だろう。その動作と思慮深さはドラゴンらしくなく、主であるウルが尊敬しているのは知っているものの、この存在がドラゴンという生物に結び付けるには、あまりにも違い過ぎてて困惑する。とはいえ、魔王城での戦いのときのその本当の姿を目撃しているだけに、疑う事はない。
「マギーホア様、それで何時になれば主の発情期は収まるのでしょうか?」
「気絶するほど絶頂するか、或いは孕めば自然と収まるな。発情期の気配を感じて山の者達も求婚しに来る準備を整えていたし、孫が近いうちに見られそうで私としても実に楽しみだ」
「……求婚?」
「ん? 求婚もなしにくっつくのは私が許さないからな。今頃それぞれがアピールを考えながら此方に来る準備をしているのではないのかな?」
それを聞いて悟った。
場合によってはペンシルカウ、消える。
発情期に入ってもし、望まぬ相手の子を主が身ごもってしまったらどうしようか? いや、主の事なのだ。きっとそれも慈しみをもって育てるであろうことは容易に想像できる。ただ物凄い個人的な理由で、そういう事からパートナーが出来る姿は見たくないと思う部分もある。ウル・カラーという存在は周りに大きな影響力を与える人物だ。もし、子供を孕めばきっと、その子供を愛するし、孕ませた相手にも色々と配慮するだろう。
そしてそんな相手が出来たら周りが黙っていない……!
「あぁ、漸く孫の姿が見れるとなるとどうにも落ち着かないな。うーむ、アレは絶対に良い母親になる。うむ、それは私が保証しよう。うむ」
「駄目だ、マギーホア様が既に爺ボケを発症しておられる―――アステル」
「ふぁい!? あ、いや、抜け駆けなんて考えてませんよ! ほら! ウル様の耐久力じゃ援軍が必要にならない? だったら私が混ざろうかなぁ、って……」
「
日頃から食っちゃ寝して何もせずにごろごろしているのだからこれぐらいは役に立て。でも混ざったら屋敷諸共揺れないだろうか。壊れたらその時はその時で修理すればいいだろう。だが問題は主に子供ができてしまうという可能性だ。個人的な好悪は別として、今の段階で主に子供ができてしまったら間違いなく本人が色々と諦めてしまうだろう。
種族の事情があるのかもしれないが、主の最大の幸福を願うのが従者という生き物である。場合によっては最終戦争が勃発しかねない。もし、主が子を孕む時が来るとして、それは発情期による結果ではなく、主自身がそう望んで産むべきであると思う。故に仔を持つにはまだ早いと判断する。
世界の平和のためにも。
「アステル、どこへ」
「あ、いえ、その……ほら、ウル様が気絶するほど気持ちよくなればいいらしいからお手伝いしようかなぁ、なんて……」
「他の子達を全員招集してください。堕天使たち全員で迎え撃ちます」
「あぁ、やっぱりそんな顔してたと思った……」
早急に、役に立たない猫は放置して、すぐさま行動に移らなくてはならない。ドラゴン共が主をその毒牙にかける前に迎撃態勢を整えなくては……!
そんな事を考え、行動を実行しようとした所で、強大な気配が到来するのを感じ取った。まさか、もう求婚に来たのか、と心の中でドラゴン共の迅速な反応に驚愕する。まさか、もう主を襲いに来たのだろうか?
その事実に隠し切れない焦りを内心抱えつつ、即座にアステルに指示を出す。それを渋々ながらも了承したアステルが他の子達を招集しに行く間に対応するために、ドラゴンの気配がする正面玄関へと回ろうとすれば、老練の元勇者、カムイが腰に剣を装着した状態でついてくる。
「ご一緒しましょう」
「ありがとうございます」
元勇者が味方に付いてくれるというのであれば助かる。既にエンジェルナイトという肉体で到達できる強さは追求し続けている状態だ。それでもドラゴン相手は厳しいものがある。現代に残っているドラゴンはどれも、単体で魔人級の戦力を保有する存在と戦えるだけの戦闘能力の持ち主だからだ。それが一斉に求婚に向かってくると実に恐ろしい結果になるだろう。
故に覚悟を持って、光槍を片手に、入り口を開け、その前に来ているドラゴンを目視する為に視線を向けた。
玄関外、正面。
そこにサファイア色の鱗を纏った巨大なドラゴンの姿が見える。翼を大きく広げた姿に陽光が煌めき、海に溺れたような色合いを一瞬、周囲に投影する。その景色に一瞬だけ目を奪われ、しかし即座に正気を取り戻しながらこほん、と声を整える。
「こちらはウル様のお屋敷です。失礼ですが、何の御用でしょうか」
サファイア色のドラゴンに向けた言葉に、サファイアドラゴンが応えた。
―――頭を下げて。
「こちらこそいきなりの訪問、申し訳ありません。翔竜山に住まうサファイアドラゴンのイエルドと申す者です。此度は発情期を迎えたウルに我が子を産んでもらうべく、求婚しに参りました。現在、発情期の真っただ中で苦しんでいる事は解っていますので、今回は挨拶と此方の方をプレゼントに」
そういうとサファイアドラゴンは背の方から美しい蒼いバラの花束を取り出し、それを正面に置いて下がった。
「今はこれを。また今度、話せるときに参ります」
そう告げるとドラゴンが去って行った。おいていった青バラの花束を持ち上げ、造花でもなんでもない、本物のバラであるのを確かめてからそれを手に抱き、
「思ってたのと違います……」
「もっと、こう、物騒になるものと思っていましたが。流石マギーホア様の薫陶とでもいいましょうか」
カムイのその言葉に頷く。ドラゴンなんて大体脳味噌ドラゴンだからもっとこうストレートにセックス! みたいなノリで突っ込んでくるのかと思ったが、そんなことはなかった。その事実にほっとする。今のサファイアドラゴンの様な紳士なドラゴンが来てくれるなら、全く問題はない。
そう思った直後、音速を超えて弾丸の如く翔竜山の方から赤い鱗のドラゴンが飛翔し、目の前の大地に衝突しながら動きを停止させ、起き上がった。
「俺の! 子を! 産んでくれ!」
「前言撤回で」
「ですね」
屋敷内のマギーホアの方へと視線を向けるが、出て来る気配も止めようとする気配もない。根本的にドラゴンは強さによって構築される社会なのだから、負けたら子供を孕まされる目にあうのは種族的な価値観としてある意味、当然なのかもしれない。となると余計負けられなくなる。光槍を作り直しながらそれを構え、屋敷の方へと興奮した様子で突撃して来るドラゴンの顔面に勢いよく一撃を叩きつける。それに怯んだ所にカムイが飛び込んで足元の動きを斬り裂いて転ばせる。
「お待たせしましたっ!」
「畑での作業を切り上げてきましたー」
光で編まれた鎖と杭が興奮するドラゴンの体を大地へと縫い付け、追撃する様に《スリープ》が鍬に纏われた状態で振り下ろされ、ドラゴンの頭に叩きつけられ、魔力抵抗を貫通する様に直接脳内へと叩き込まれた。興奮していた様子のドラゴンは普段、屋敷ではなく別方面で作業している同期の仲間たちの手によって制圧された。
「ルシアちゃんお待たせー」
「ウル様が大変なんだって? ヘルプに来たよ」
「あとはい、アステル」
「あぁーん、私も混ざりたいのにー……」
「中々姦しくなってきましたね」
元エンジェルナイトの堕天使が一気に増える。堕天使の仲間の数は多くないものの、全員がエンジェルナイトとして鍛えられる範囲で鍛えられるだけ鍛えられている。むろん、翔竜山のドラゴンたちなどを相手にして。その為、ドラゴン連中に対しては何が有効なのであるのか、連中がどういう強さをしているのは良く吹っ飛ばされている経緯から理解している。このメンツが揃えば大体の相手に対してはどうにかなるだろう。
そう思った直後、
空が暗くなった。
見上げればそこには無数のドラゴンが降りてくる姿が見えた。そのまま屋敷に突撃しない辺り、マギーホアの気配を感じ取っているのかもしれないが、地響きを起こしながら突撃し、落下して来る姿は質量の暴力としか表現が出来ず、見ていて深い絶望感しか沸き上がってこない。光槍を片手に、降り注いでくるドラゴンの集団を見上げた。
「ルシアさん? ルシアさん? これ、どうにかなります?」
「本格的に暴れ始めたらマギーホア様が多分護るために動いてくれますから。流石に戦闘の余波で気絶して発情期終わりとかなったらあの方でも憤慨しそうですし」
「もうお屋敷までぶつけるの誘導しません?」
「無理です」
「ですよね」
だが諦めない。
心は折れない。
従者たる者―――最大の幸福を願うべきなのだ。
求められる事を成すだけではない。最大の幸福を自ら作りに行く。良い未来よりも更に良い未来を。主の為に粉骨砕身悲しませぬように働き、そして確実に成果を出す。それでこそ従者として自信をもって胸を張る事が出来る。
「故に諦めません! 主の幸せな家庭の為に、引けません……!」
「私達もウル様に仕える身、落第点を通すことはできませんからぁ!」
「えー、やるのぉー? 混ざりたい……」
「文句を言わない! 私達がやらなきゃ誰がやるの!」
魔王と戦う時なみに覚悟を込めてドラゴン集団へと視線を向け、このドラゴンの波を抑え込む決死の覚悟を決めた所で、聞き覚えのある声が響く、
「待て―――!」
「レガシオ様!」
悪魔界の大物、三魔子のレガシオが剣を十の腕に握った状態で出現した。その姿に一瞬だけ希望を覚えたが、
「一番最初に求婚したのは俺だ!」
「駄目だ、完全に遊びに来てる顔ですアレ」
「引っ掻き回す為だけに来ましたね……」
レガシオの気配に釣られてか、マギーホアが外に出てきた。
「待て―――同族以外の婚姻は認めない……!」
「お義父さん……!」
レガシオの挑発するような遊ぶような声に、マギーホアが迷わず突貫した。レガシオが竜王キックを喰らってドラゴンの集団の中に叩き込まれるのを見て、理解した。派手に暴れ始める集団がブレスを放ったり斬撃を飛ばしたりするのを時折弾きつつ、確信した。
「―――これがペンシルカウの滅びですか……!」
ウル様大人気。でも普段は気の強いウル様が快楽でトロントロンになっているところを襲って卵を産ませたいというドラゴン共の気持ちはよくわかる。だって絶対にえろいもん。
えっち。
やっぱりマッハ様はずっと爆笑しながら転がってた。