カミーラの部屋はなんというか―――貴族の部屋、とでも表現すべき豪華さがあった。少々煌びやかなものが多いとも言える。とはいえ、ドラゴンは昔からある程度、宝物に対する執着心の様なものを持つ。雄はそこら辺の執着が薄く、マギーホアがコレクションを持っている程度だが、雌はそれなり収集癖みたいなものがある。自分も気づけばバランスブレイカーを探し回ったりするし、ハンティもアレで実家には色々と物を置いている。だからカミーラの部屋の装飾品や調度品に関してはそこまで驚くものでもなかった。とはいえ、もうちょっと装飾とかを質素にして屋敷で暮らしている身としては、流石にこの貴族らしい豪華さは気後れする部分があった。
だがそれも即座にテーブルについてクッキーをもぐもぐと食べ始めるラ・バスワルドを見れば吹っ飛ぶ。遠慮も容赦も持たない元女神の姿をカミーラと共に眺めてから二人で無視することを決めて、テーブルに着く。それに合わせ、魔物兵が紅茶を淹れる。来客を予想してか、既にポットは温められていた。そこから蒸らしながら、心地よい紅茶の匂いが部屋を満たしてゆく。
「貴様が料理の仕方を教えた魔物がいただろう?」
「あぁ、かなり昔の話だけど」
「アレは死んだが技術を継いだ魔物は出てな。これはその技を継いだ一体という訳だ。中々美味く茶を淹れるものだから仕える事を許している」
「へぇー。やっぱり魔物でも後に残るものはあるんだな」
それよりもカミーラが魔物兵の様なセンスの欠片も感じない存在をそばに置いていることが驚きではあるのだが。根本的に自分の美的センスに引っかからない存在であれば絶対にそばに置かないのがカミーラだ。というか根本的に面食いなのだ、こいつは。美しいものしか置きたがらない。つまりそれに匹敵するだけの価値をカミーラが紅茶に見出しているという訳であり、
淹れられた紅茶を手に取り、そして香りを楽しんでから口へと運んでみる。
「ん……美味しいな」
「作法に通じるか」
「まぁ、こう見えて教養人の文化人だからね、俺は」
ストレートでそのままを軽く楽しんでから砂糖を投下する。やっぱり味覚が女のそれなので、甘めな方が個人的に好きだ。シュガーキューブを二個だけ投入し、ミルクは抜きで楽しむ事に決める。カミーラの方はどうやら砂糖すら入れずに楽しむようだが。席に着きながら紅茶を片手に、ここが本当に魔王城かどうか疑わしくなるような優美さでティータイムに入る。
なお、お外ではトッポスが虐殺トロフィー獲得に向けて頑張っている模様。
血の雨が降っていることを考えれば一応は魔王城らしい光景なのかもしれない。
並べられているクッキーは少々甘さ控えめの様に感じられるが、それでも舌ざわりが悪くない。紅茶を飲みつつそれを軽く口の中へと運び、咀嚼する。うん、悪くない。ウチのシェフほどではないが、魔物界で育てられている食文化の方も悪くない。そう思える程度には美味しかった。
なおそんな感想もなくパクパク食べているのがラ・バスワルドである。
「これ、材料とかどうしてるんだ?」
「魔王城を新築する際に農場を作っていた。あまり広くはないが、私達だけで楽しむ分にはある」
支配者の特権、というやつか。ガイが許可を出しているのなら、或いはガイが自分から推し進めたのかもしれない。なんだかんだでアイツもククルでの生活は楽しんでいたような気もするし。まぁ、正直魔物のことは使い捨ての存在も良い所だし、その待遇を深く考えるだけ無駄だ。たまに突然変異が生まれてくる以外では、連中はローコストというか、余り文明とかそういうのを必要としない生物だ。
そういうのが生まれてもトッポスが始末してくれそうだし。
「魔王戦争後は会わなかったし、カミーラが気楽にやっているようで良かったよ」
「そう言う貴様は少し……女としての自覚が生まれたようだな。所作に女らしさが見れる。いくら教えてもまるで覚える事は無かった動きが今では自然と出ているな」
「そう……なのか?」
女らしさと言われても正直ピン、とは来ない。だが所作や仕草、動きが女性らしくなっているという自覚はどことなくある。自分ではわからなくても、向けられる視線が女に対する視線であるのは解るし、どことなく自分がジルの仕草を引き継いでいる部分を偶に、ふと思い出すのだ。まぁ、今では完全に心身共に女だ。生まれ変わって漸く心と魂が体に馴染んだ、という事だろう。
今では男である前世への未練も、執着もない。
或いはそれが、最終的に自分を女にした原因なのかもしれない。
どちらにせよ、私は女性であるという意識はあるし、そう答えることもできる。それがカミーラの方から見てわかるのであれば、良かった。自分の知り合いでメンドクサイ女性ナンバーワンは? と言われたらまず間違いなくその称号はカミーラに与えるし、逆に女という生き物に関してはこのカミーラがお手本でもあった。始めの頃は女性の体に関するアレコレをカミーラから教わった。
髪の洗い方とか、そういう細かい所を、だ。
「思えばアレからもう何千年も経過しているのか……」
「私としてはいまだに貴様がアレとつるんでいるのが驚きだな。貴様もいい加減雌としても仕上がって来ただろう。最近はアレが番を作れとうるさくはないか」
カミーラが煩わしそうに部屋の隅に置いてある物へと指さした。
そこには貼り付けにされたややボロボロのマギーホア人形が置いてある。SS期にカミーラを虐める時に大量生産してひたすら投げつけたやつだ。非常に懐かしいものであった。多少ボロボロではあるものの、どことなく修繕された形が見える。雑に扱ってから壊れては直し、を何度も繰り返したような、そんな感じがする。
なんというか、憎しみだけでは表現出来ないカミーラのメンドクサイ感情を感じられる。だけど大抵の女とはメンドクサイ生き物だ。
無論、俺も部類で言えばルドラサウム大陸のメンドクサイ生物筆頭に入る。
「最近はお見合いを勧められていて……」
「だろうな。トロンは潰えたとしても、本質が君臨する者だ。どう足掻いてもお節介を焼きたがる。鬱陶しいのなら顔面に一度鬱陶しいと言ってやれ。昔の様に融通が利かぬわけではなかろう」
「間違いなく100%善意で言っているから断りづらいんだよなぁ……」
「言わなければ解りもしないだろう。そもそも奴の善意でトロンは滅んだのだから。私は滅んで良かった、としか言えないが」
当時のカミーラのポジションと言えば王冠、つまりはドラゴンを産むためのマギーホア専用肉便器だった。その扱いについて考えるとやはり、カミーラは怒りしか感じないのだろう。今でも憎しみを引きずっている様にも思える。だがそこにあるのは憎しみだけじゃない様にも、彼女の態度からは見て取れる。こう、フィーリング的なものだが、
「もっとちゃんと誘って貰いたかった?」
「さて、な。今となってはどうでもいい事だ」
「そうだな」
紅茶に口を付けながら唇から零してしまった言葉を、これ以上紡ぐ事をやめる。なんにしろ、魔人となってカミーラはずっと魔軍に居る。離反するチャンスはあっただろうし、今となっては魔軍を抜けるのであればガイに話を通せばどうにでもなるだろう。そうであってもカミーラはプラチナドラゴンの魔人として魔軍に残る事を続けているのだ。それが彼女の選択なのだろう。何があっても翔竜山に戻ってくる事はない。
「それよりも貴様が見合いを勧められる事の話をしろ」
「えー。ウルちゃんはずかしーいー」
「その馬鹿みたいな表情を止めろ」
カミーラが呆れの視線を向けて来る。そしてクッキーを軽くつまみつつ、
「で、貴様の事だ。番に条件を求めているだろう? どうした」
「俺よりも強い奴」
「納得の条件だな……」
絶対嫁さん貰うぞー! とやる気になっているドラゴンが力を求めてマギーホアと日夜鍛錬を続けている事から翔竜山の方はだいぶ騒がしくなっている。そして偶にチャレンジャーが此方にやってくることもあるのを殴り返している。俺より強い奴を条件にすると、この大陸から大体の生物を除外する事が出来るので、割とお見合いのハードルをガン上げ出来て楽になった。
しかしそこでカミーラがいや、待て、と言葉を置く。
「そもそも貴様……子供作る気はあるのか?」
失敬な、と空になった紅茶のカップを置く。今まで気配を消して控えていた魔物兵が此方のカップを確認し、二杯目が必要かどうかを確認してから用意してくれる。その間にクッキーをつまんで、軽くルドべぇの上で転がりながらごろごろしている元破壊神の姿をチェックしてから話を続ける。
「俺だって子供の顔が見たいさ」
「本当か? 貴様、昔からどう見ても同性が好きなようにしか見えないからな」
「本当に失礼な」
カミーラのその認識を修正する。
「俺はレズビアンじゃない。
「それはそれでどうかと―――いや、相手を選べているだけいいのか? 発情期はどうしている」
「感じ取ったら感度を上げるお薬飲んで一瞬で意識トバして終わらせてる」
「その発想はなかったな……」
絶頂しなきゃ終わらないんだったら、一瞬で絶頂すればいいという理論。問題は間違いなく人前では出来ないし、感度を数千倍にする薬なんて一瞬で人間を廃人にするものだ。まさかネタで作ったものがこんなに実用的なものになるとは、誰も思いもしなかっただろう。いや、でも発情期特有の脳味噌が吹っ飛んでひたすらセックスしている感じもアレはアレで楽しいんだけど。
「というかカミーラは発情期来てないよな」
「あいにくと魔人になってからは一度も経験していないな」
あぁ、やはりそこら辺から調整入っているのだろうか? 肉便器となる事を求められた女が発情も来ずに犯され続けるというのも最高に悲劇的だよなぁ、と思えるのは神々側の視点を理解できてしまうからだろうか? まぁ、あまり考えていて健全な事ではないし、もう忘れても良い類ではある。
二杯目の紅茶に口を付けながら、しかし、と声を零した。
「こうやってカミーラと普通に話せる日が来るとは思いもしなかった」
「……」
その言葉にカミーラは言葉を返さず、黙り込む。
個人的な話ではあるのだが、
「最近父親面しているマギーホア様とつるんでる分、嫌われてるもんだと思ってたけど」
それ以外にも結構、俺にはやらかしが多い。脅迫したりとか。あまり、俺といて良い目をカミーラが見た事は無かったと思うが、カミーラはさて、と声を零す。
「そうだな、貴様個人は別段、そこまで好ましくはないな」
だが、とカミーラは言葉を続け、そして小さく笑みを浮かべた。
「貴様が昔、一度だけマギーホアを怒りで狂わせたことがあっただろう」
「あぁ、左腕吹っ飛ばされた時」
「私はアレを見ていた」
カミーラは言葉を続ける。
「怒りに咆哮した、あの瞬間だ。私には解る。常に冷静で、そして厳格であり続けた竜王マギーホア。奴が一瞬で全ての仮面と理性を剥ぎ取られた。奴が積み上げてきた全てが崩れ去った瞬間だった。絶望と、狂気と、そして何よりも抑え切れない怒り。アレは
爆笑した。
カミーラはそう言った。
「愉悦という言葉があるのなら、あれがそうなのだろう。貴様の甘言に乗り、アベルに連れ出され、魔人となり、だがそれも瞬きの間には終わり、連れ戻され、また倦怠の中で犯され続けるかと思えば―――これだ」
楽しそうに語り、紅茶で口の中を軽く潤してからカミーラが言葉を続ける。
「あの景色には、それだけの価値があった」
「俺としては忘れて欲しい過去なんだけどね……」
「諦めろ」
カミーラはまるで忘れるつもりはないと言わんばかりに足を組み、紅茶を片手に優雅なティータイムを楽しんでいる。そうやってカミーラが口にした事で解ってしまった。こいつ、今度はどういう醜態を見せてくれるのかを楽しみにしているのだ。げんなりとした表情を浮かべる。
「お前……趣味が悪くない……?」
「神魔に手を出している貴様よりはまともだ。第一アレが父親の真似事だと? 相変わらず面白い話を持ってくるな、貴様。で、アレはどういう風に失敗したんだ」
「失敗前提」
「貴様が居る所ではなぜかアレは失敗する。なるべく惨めなのから話せ」
「カミーラちゃんお前本当にもう……」
趣味の悪さに関しては人の事が言えないでそれ以上何も言わないが、それはそれとして、長年の軽い謎が解けた瞬間でもあった。昔は気にしなかったような事ではあるものの、今になって聞いてしまったのはなぜだろうか。
とはいえ、表面上は和やかで、それなりに意味のある会話は出来るのだ。
彼女との関係はこれで良いのかもしれない。
本命への突撃をかます前にカミーラと近況を報告し合いながら和やかなティータイムを過ごした。
アベルにされた事もマギーホアにされた事もずっと忘れないし恨んでいるし憎いけど、それはそれとしてそれは過去のことであるし、物凄く笑わせてもらった。女とは複雑怪奇な生き物。
それにしてもウル様脅威の絶頂術。昔は薬物意味なかったけど今は通じるよ、という事の証でもあったり。
という訳でそろそろ今期の魔王に会いに行こうか。