「ガイ君め……魔王の分際で調子に乗りやがって……!」
呟きながらパンをちぎってそれをシチューの中に浸した。ふやけない程度に浸してから持ち上げて口の中へと運び、その味を堪能する。舌の上に感じるのはミルク系統のクリーミーなホワイトシチューの味わいだ。へんでろぱとは別系統のシチューで、此方はクリームっぽさが強い。へんでろぱの場合はちょっと薄めだったりするのだが、それがまたさっぱりと食べやすい。こちらはご飯かパンと一緒に食べる事前提のタイプのシチューだ。
一緒に食べるパンの方もバゲット系の硬いタイプだ。焼きたてのバゲットはまだ熱く、それを手で割って、シチューに浸して食べるのはややふやけた箇所と、シチューの味と、バゲットの香ばしさ、それと同時にあの硬く、サクサクカリカリとした感触を口の中で味わえるので実に幸せなものである。
うん、
「うまうま。美味しいぞこれ」
幸せと表現できる味わいだった。この分野に関しては完全に敗北を認める事が出来た。
「そうでしたか、ありがとうございます」
そう言って料理を担当していたコックの魔物が頭を軽く下げた。料理を担当しているのはガルティアの下級使徒だ。ガルティアが抱える個人用の料理人、料理の出来る魔物達の内の一人だ。だがその中でもかなり料理の腕前に実力のあるやつで、
新魔王城の厨房前の食堂でガルティア、ケッセルリンク、そして己というメンツで集まっていた。そこには他にもケッセルリンクに仕えるメイドの子達が居たりするものの、働いている魔物達を抜けば大体見知った顔だけが集まっていた。というのも、集まっているのはスラル関係の魔人二人だけに、使徒や下級使徒なのだが。
それでも久々に見る面子だった。
ケッセルリンクは魔王ジル最終戦で一度死亡している。だがケッセルリンクの特性として、彼女は魔血魂の状態から蘇ることが出来る。そしてその結果、男体化の魔法が解けた状態でケッセルリンクは蘇り、今は魔法を使わずに女性の姿のまま魔軍に戻っている。ケッセルリンクが男の姿になったのは、スラルという少女を守るためだったが……もう、スラルを守る必要はなくなったのだろうか? いや、単純に心境の変化かもしれないのだが。
とはいえ、細かい事情は正直どうでもいい。未来が正史と変わってきているのであれば、それはそれで歓迎だ。違う未来、違う物語。大いに大歓迎だ。
ただ、今重要なのは、
「飯が美味い。うまうま」
それに尽きる。シチューを食べ終わった所で次の料理が運ばれて来る。口の中をさっぱりさせるために今度はサラダだ。僅かに香る柑橘系の匂いはヒラミレモンのものだろうか? フォークで軽く刺して口へと運ぶ―――お、リンゴも入っている。しゃきしゃきした触感が良い。実に良い。フルーツサラダではなくリンゴの感触と味がアクセントに使用されている。
「あー、幸せー。台所事情なら魔王城が一番だなこれ」
「だってよ」
「ありがとうございます」
ぺこぺことコックの魔物が頭を下げる。ぶっちゃけ、スカウトしてクリスタルの森にまで連れ帰りたいレベルの腕前だったが、ガルティアが間違いなく許さないだろう。まさか魔王城でここまで食文化が伸びているとは思いもしなかった。いや、前々から飯を美味くする事に対して努力をしているのは解っていたし、そこらへんガルティアが力を入れているというのも解っていたのだが。
「だけど飯に一番拘っているのはここだよなぁ」
「まぁ、魔物界だと取れるもんも限られているからな。輸入を考えても美味しく食べるなら調理の仕方で勝負するしかないからな。必然的にそういう方面で鍛えられる」
「何時もの事だけど、この罰ゲームで良くここまで育てたりすることが出来たよな」
今はこの魔物界が魔王の気配と特性によって不毛化し、そして生態系が緩やかに狂っている。元々人が住むことが出来る様な土地ではなかったが、魔王ガイの時代になって住み着いてから、更に凶悪な生態系が構築されているのは、ここに来るまでに見れた。その中で食糧を育てているのだから、相当頑張っているのが解る。
「食糧事情に関しては前々の魔王から―――スラル様の時代から続いてきた一種の伝統ですからね」
「そうそう、ナイチサもスラルもジルも飯に関してはずっと研究続けてきたからな。畑の維持とかの研究の為だったら割とポンと予算組んでくれたんだよな」
「魔王でさえ食欲に勝てなかった」
まぁ、どんだけ強くても美味しい食事の魅力には抗えないから是非もないよね! という感じなのだが。
ともあれ―――この魔王城は見た感じ、平和だった。
「ジルの後の治世だし、どんなもんかとちっとは心配してたけど問題はなさそうだな」
ジルの治世は人類と全面的に敵対し、家畜にした治世でもあった。ある意味、最も魔物が魔物らしく、魔軍が魔軍らしくあった時代でもあった。あそこまで徹底して人類と敵対した魔王が初めてだからだ。スラルはある意味で加減していた。ナイチサはそもそも策謀で人間の恐怖と絶望を引き出すことを第一にしていた。その為、魔軍が完全に大陸を支配する様な状況に到達するのは、ジルの代で初めてだ。
その上で生物の根本的な常識とでも呼べる部分が変わった。
人類ではなく魔物が人間を家畜として業務的に飼うという環境の構築。それはこれまでの生物の生態系を大きく変える形だった。それによって生物のサイクルが大きく変わり、常識等も変わった。そういう時代が確かに存在したのだ。その後始末を全部ガイに押し付ける様な形で自分はしばらくの間、俗世から切り離して生活していたのも事実だ。だから大陸がどうなっているか―――というより、魔王領がどうなっているかは疑問があったのだが、
「ま、既に100年以上経過しているからな」
骨付き肉に噛り付きながらガルティアが声を零す。
平均的な魔物の寿命はそんなに長くはない。種によってはそれこそ100年以上生きる個体もあるが、魔軍で採用しているのは数だけは多いタイプだ。魔物大将軍とかならそれなりに長生きなのだが、魔物兵に利用される程度の魔物が魔軍を構成する大半であり、こいつらの寿命はそこまで長くはない。突然変異等のタイプを除けばそれこそ既に世代交代を行っているだろう。
環境を変えて世代交代を行えば、それに合わせ常識等も変わってくる。
それを完全に悪用したのが人間牧場だったのだが。
思い出すだけでもあれは悍ましかった。人間を家畜として育てる事が当たり前であり、そこには憎悪も何もなく、ただの作業でしかなかった。その上で終わった後、解放された人類は家畜のまま自由になった。それが普通の人間として生きていける様になるまではまた、何代か代替わりする必要があるだろう。
少なくとも家畜としての教育が完全に記憶から消えるまで。
だがジルの治世から100年以上が経過している。その事を考えると確かに、世代交代でそろそろ違う考え方や習慣が出来てきている頃だ。まぁ、この様子を見ている限り、大丈夫そうかなぁ、という感じはなくもない。
「おや、心配していただけているようで」
「何を言ってるんだ。魔軍が暴走したら一番最初にぶつかるのは俺だろうが」
「そういう事にしておきましょう」
「ケッセルリンクの分際で生意気だぞこいつ」
ケッセルリンクの頬でもむにむにと引っ張ってやろうと思ったが、それよりも運ばれてきたチョコレートケーキのほうが美味しそうだったので許した。口の中に広がるビターなチョコレートに、一緒に味わえるほのかな甘み。そしてふわっふわのスポンジの感触。あぁ、こういう絶妙な焼き加減って本当に難しいんだよなぁ、と味わいながら思う。自分もなんだかんだで未だに料理を趣味として続けている。これでも練習を続けているのだが、ルドラサウム大陸の法下だからか、中々実力が成長しない。技能レベルを超える実力を付ける事は、中々に難しい。時間があった所で、成し遂げられるという訳でもない分野だ。
ましてや、今では完全にこの世界の住人だ。
この世界の法則、ルールは守られなければならない。
まぁ、それでも神光なんてズルは出来るのだが。神光も今ではほとんど体の一部の様なものだ。好き勝手変形させたり混ぜたり拡張したりする事も出来る。死後、神として働かされるなら、今のうちにもっとなんか、器用に扱う方法を覚えた方が良いだろうか? いや、でも、まぁ、もう既に良い様に使っている気がする。
そんな事を考えているうちにチョコレートケーキを食べ終わってしまった。残念。
「ふいー、ごちそう様。満足満足。ほんと良い感じに料理人育ってるな、お前の所」
「だろう? おかげで俺も食べるのに飽きないよ」
「お前に食べるのに飽きるって概念が存在する事実に驚いたよ」
「食後のお茶をどうぞ」
「お、悪いね」
シャロンから食後の茶を貰いながらそれをゆっくりと啜る。こうやって飯を貰っているとあんまり、ペンシルカウに居る時と感覚が変わらないから、旅行してきた感じが薄い。いや、まぁ、だったら少しは介護されている生活を押さえろって話なのだが。基本、楽を覚えるとなるべく自分で働くのが面倒になってしまうのが悪い。
「はぁ、実家の様な安心感」
「やってる事が
「まぁ、そうなんだけどさ」
ガルティアはそこらへんずばずば遠慮なく口にするよなぁ、と思いながら軽く椅子の背もたれに寄り掛かり、そういえば、と茶を口に付けながら呟く。
「穏健派の面々は大体見て回ったけど―――残りはどうよ?」
魔人レイ、魔人レッドアイ、魔人ムサシ、魔人永劫の剣、魔人ケイブリス等を始めとした武闘派、戦闘力の高い魔人。魔王ガイの治世は言い換えれば親・人間の治世だ。ケイブリスであれば吐き気がすると言うだろうし、それ以外の魔人も自由に戦えない等となるとガイに対する反発力が凄まじいだろう。まぁ、連中では魔王に匹敵する力がないからどうしようもないと思うが。
あとメガラスがどこに居るのか、というのも気になる。
「メガラス君とかはどうしているよ」
その言葉にケッセルリンクが確認する様にメイドの方へと視線を向ければ、メイドが軽く頭を下げてから言葉を続ける。
「メガラス様でしたら魔王様に許可を頂き、現在北の宇宙船に一時帰還中です。宇宙船修復を行っているそうです」
「あー……成程な」
漸く、ホルスを人質にとらない魔王になったから、メガラスも許可をもらって安心して自分の同胞に会いに行けるようになったのだろう。メガラスもメガラスで数千年ぶりのホルスとの再会になるのかもしれない。とはいえ、この大陸の空は高く飛べない様になっている。宇宙船が離脱する様な高度に到達しようとすれば、自然と弾かれてまた墜落だろう。
その事実を告げるかどうかに悩む。
だが今の衰退したホルスの技術力で宇宙船を修復できるとも思えないし、放置で良いのかもしれない。
「ケイブリスの奴は相変わらずずっと鍛えてるな。ムサシも琴線に触れるものがあるのかずっと相手してるな」
「性根の気に入らないところはありますが……あの純粋に力を求め、鍛え続ける姿勢には敬意を示せる部分がありますね」
「へぇ」
ケイブリスがそんな評価を受けているとはちょっと意外だった。未来的に大ボスのポジションを飾るのがケイブリスになるのだから、とびっきり強くなっていてもらわないと困るのだが、それでもストイックな姿勢を今でも貫けているのにはびっくりだった。原点回帰モードがまだまだ継続しているのは個人的にも喜ばしい事だった。
そのまま話を聞くと、レッドアイは現在新しい体を探し放浪中らしい。魔人レイはジルが消えた事にやる気を失って腐り気味、パイアールは何時も通り誰かに興味を持つ事もなくひたすら怪しい機械を作り続けている。
そのほかの連中もそこそこ平和にやっているが、人間を喰らったり闘争本能の強い魔人からはやはり不満が漏れている。それをガイに見せる事も、伝える事もないが、それでもフラストレーションは静かにたまり続けている。
それをどこで、どうやって発散するのか。
ガイの治世の手腕の見せ所だよなぁ、と考えながら懐かしい話に花を咲かせた。
ただ、ちょっとスラルとの関係を聞いてくるケッセルリンクが煩かった。
素でウル様の脳味噌から消え去るアベルとかいう奴。