「ごろごろー」
「ごろごろー」
「ごろごろー」
スラル、ラ・バスワルド、自分の三人で屋敷のソファでごろごろしていた。一日中鍛錬している訳にもいかないし、気が抜けた時にはこうやってごろごろしている。ラ・バスワルドもいつの間にか魔界から宅急便で送られてきたし。結局、何時も通りのペンシルカウに戻った。長い時を過ごすのであれば、ここペンシルカウの《金鱗館》とカラーからは呼ばれている我が屋敷で過ごすのが一番楽だ。なんだかんだでここで過ごす事も多いし、何より自分のライフスタイルに合わせて大きくカスタマイズしている。だから休んだりする場合はここが一番だ。
根本的に冒険好きで世界をあっちこっち回るのも好きなのだが、それでも安らぐのであればやっぱりマイホームが一番という部分はある。最初、ペンシルカウにあるマイホームが屋敷になっている姿を見たときは驚愕してしまったが、それでもこれだけ長く住んでいればもう慣れる。
そして完全に慣れると、好きな部屋、好きな場所でごろごろしだす。
無駄に広い部屋、リビング、大きなソファ。人をダメにするルドラサウム人形。これが揃ってれば生き物は大体堕落する事が出来る。
という訳で聖魔教団が生まれるまでの数百年を、ペンシルカウで過ごす事にしていた。正確に言えばペンシルカウと、翔竜山だが。
本当はもう一度冒険にでも乗り出しても良いと思っていたのだが、これ以上外に出回って自分の痕跡を地上に残すのは気が引けた。そろそろククルで起きた出来事、そのすべてが伝説だったように、人々の中で風化して欲しい。その為には何代かで人間が忘れられる様に、目撃される事無く大人しくしておく必要がある。
まぁ、その間にアベルと一戦やるのだが。
その事に関しては今から楽しみでしょうがない。
以前、自分がアベルを目撃した時は自分とアベルが本気で殺し合えば恐らくは勝算は
それは生まれてこの方、狂って吐いて苦しんでもずっとやめてきていない事だった。もはや、強さを積み上げて行くというのは自分にとってのライフワークだった。
「あー……平和ねー……」
「ここ数百年、ちょくちょく戦争とかあるけど大きいのはないからなー」
「最近は軍事国家が台頭してきてるらしいけどねー」
女三人でソファの上をそれぞれ別々に雑な恰好でごろごろして休みという概念を堪能しつつ、特に何かをするわけでもない同じ時間を共有していた。気づけばこの三人でセット扱いされているような気もする。
「ウル様、お茶を入れてまいりました」
「わぁい」
「お茶ー」
「おかしー」
亡者の様にソファから這い上がりながら座り、ルシアがセットしてくれたお茶セットを前に、少しだけ意識や姿勢をシャキッとさせて、カップを手に取る。ここら辺の礼儀作法、所作に関してはマギーホアから嫌と言う程叩き込まれた部分がある。折角の女王という立場なのだから、やれることはやっておきなさいと叩き込まれたのだ。
まぁ、基本的に使わないのだが。
ペンシルカウではアットホームな女王で通っているのだ。
昔はもうちょっと味の細かい部分とか解ったんだけどなぁ……と思いつつルシアの入れた茶を飲む。相変わらず謎のコネクションを持っているようで、独自のルートで茶葉や茶菓子を仕入れて来る。そのおかげで午後のお茶の時間、飽きる様な事はない。そこら辺の努力に関してはこの堕天使メイド長、一切の妥協という概念を覚える事はないのだ。しかし、長年仕えてくれているし、そろそろ褒美でも出してあげなきゃダメかなぁ、と思ったりもするが。
「あー、脳味噌が動いてきた」
「一日中ごろごろもしてれば脳味噌ぐらい溶けるわよ」
「うまうま」
ラ・バスワルドだけ関係なくずっと脳味噌が溶けているような気もするが、餌さえあげていれば無害なのだ。餌さえあれば。まぁ、ラ・バスワルドもあれはあれで哀れな生き物だ。ラ・ハウゼル、ラ・サイゼルに分かれていないまま人間性を高く獲得しているのが原因でアンバランスなレベルでぽんこつだし。
まぁ、嫌いではない。寧ろ好きだとも言える。だから放っておけないし、ついつい甘やかしてしまう。
ただ、まぁ、それはさておき。
もう既にGI180年だ。
「時が流れるのも早いもんだぜ……少し前に何があったっけ?」
その言葉にラ・バスワルドがマカロンをバキュームの様に吸い込んで飲み込み、首を傾げ、
「アレじゃない? 魔王ガイが新しい魔人を追加したの。確か魔人ワーグじゃなかったっけ」
「あら、貴女が名前を憶えているなんて珍しいわね」
「流石にそこまで馬鹿じゃないわよ私も!!」
スラルとラ・バスワルドのやり取りにワーグねぇ、と呟く。
鬼畜王と呼ばれたランスシリーズにおいて、最大のキーともなるキャラクターだった覚えがある。詳しい事はノートを確認しないと何も思い出せないが、それでも彼女がルドラサウムに幸せな夢を見せる事で、あの創造神を幸せに眠らせ続けられることが出来るというのを覚えている。この世界における、一つの答えだ。もう一つがエール・モフスとして生まれて来る事で生きる事、人の楽しさを知る方法だ。
ただ、まぁ、ぶっちゃけどちらも既に知っている以上、同じことを繰り返しても完全には満足しない。だからこそ自分の様な存在が生存を許され、未来を少しずつ変えているのだが。
ワーグはそれでも、ファイナルウェポンとしてなるべくランス君の時代まで生きていて欲しいよなぁ、とは思う。
それ以上は何もないが。
だけど、
「ガイ君が魔人を増やすってのは結構意外だよなぁ」
マカロンを指先でつまんで、口の中に放り込みつつ呟く。
「そうねぇ。ガイ君って魔人の権威とか強さとか、そういうのを気にするタイプじゃないし。そもそもガイ君自体が人間側の存在だから、人類を脅かす事とか考えてないのよねぇ。だから彼が魔人を増やす理由ってのがちょっと気になるわよね」
「だからって流石に遊びに行かないけどな」
しばらくは歴史に出現しない様に気を遣っているし。
だけど、まぁ……ガイが魔人をここから更に増やす事は知っている。スラルも知っている。だからこそ、なんでだろうか? と今更思わなくもない。それなりに魔人の数は既に揃っているし、魔人を作れる数にも上限がある。それに着々と近づきつつあることを考えると、ガイの体から魔血魂が少しずつ失われているという事実が解る。
あぁ、だけどそうか、と納得する。
「魔血魂の総量減らしてる?」
「魔人を増やして自分の魔血魂分散させてるの? でもそれって根本的に無意味じゃないかしら? 魔血魂が単体で動く様になったらアレ、勝手に魔人から飛び出て集まるでしょ」
「あー」
そう言えば遠い未来の巨大魔血魂戦、確か魔人化していた連中は大半が魔血魂を奪われていたというのを思い出す。何故かますぞえとケイブリスの魔血魂だけはそのままだったらしいが。いったい何が条件だったのだろうか? いや、或いは気合とか根性とかそういうのでも割と答えが出て来る気はするものだが。とはいえ、ガイが魔人を増やすというのは魔軍側の戦力増強につながる事でもある。
「ガイ君は聖魔教団とかの事は知らねぇんだよなぁ」
「まぁ、現状ノートの内容を知っているのは私達だけよね?」
未来の知識を記したノート。これがあるから常に自分は先を読んで行動できるし、大体のタイムスケジュールを組める。だが自分以外にも未来の情報、そして更に多くこの大陸に関する情報を知る事の出来る存在がいる。
賢者、ホ・ラガだ。
自分が知る限り、全知を求めて絶望したあの賢者であれば自分の様に、先読みによる行動で有利を取ることができるだろうとは思っている。だがホ・ラガ自身はその知識に絶望している為、能動的に動く事は一切ない。そもそも彼が与えられている知識も本当に全知か怪しいのだが。少なくとも、エール・モフスの存在やそれによって生まれる未来への希望等を認識する事はなかったらしい。
ただ―――まぁ、ナイチサが色々とべらべら、アベルに言っていたという事実もある。ナイチサもかなり深い部分でこの世界の事を理解していそうに思える。正直殺してやりたいのが本音だが、世界を混沌とさせるという意味ではアレ以上の人材が存在しないのも事実だ。となるとそう簡単に殺していいものか? という疑問も生まれる。
悩ましい。
自分には力がある。それこそ多くを破壊し、好き勝手出来るだけの力がある。その気になれば、人類程度絶滅させる事だって出来る。自分にも、勇者への対抗策は何個か用意してある。これをもってルドラサウム大陸を滅ぼす事だってあり得る。だがしない。したくもない。だが出来てしまう、というのが問題だ。
自分の軽はずみな行動が、全てをご破算にさせてしまう可能性だって存在するのだ。その事を考えたら思い付きのままに行動する事が出来なくなる。
何よりも聖魔教団とM.M.ルーンの存在は、今自分が注目している最大の玩具の一つだ。聖魔教団が生み出す闘神という存在は、それこそ魔人に匹敵するレベルの戦闘力を有する存在だ。魔剣カオス等の結界を突破する手段さえ存在すれば、魔人を何体か殺し切れたのでは? という疑いさえもある。《無敵結界》という反則が存在していることが原因ではあるものの、
それさえなければ魔人を殺せた兵器というのは、実に規格外の存在だ。
そんな連中と戦争が出来ると思うと、実に心が躍る。
踊るのだが―――最近はもっぱら、近いうちにあるもっと楽しみな事が出来てしまった。
「んにゅ」
「にょい」
数十年後に待ち構える楽しみの事を想像していると、気づけば目の前に回り込んだスラルが両手で頬を引っ張っていた。頬を引っ張られた状態のまま、スラルを見上げながら視線を送る。
「にゃんだよー」
「なんか、ちょっと気にいらない」
ちょっとだけ不機嫌そうな表情をスラルは浮かべていた。はて、俺が何かしただろうか? と少しだけ考えて止める。こういうのは即座に答えが出て来なかったら、開き直ればいいのだ。そもそも深く考えられるような性格をしていないし。悩むだけ無駄だ、無駄。
だから逆に胸を張った。
「はぁ……いや、もう……本当に……」
それを見てどことなく呆れたような表情をスラルは見せてから、横に座ってお茶を飲むのを再開する。
なお、ラ・バスワルドは当然のように我関せずと茶を飲んでお菓子を食べてごろごろしている。こいつだけほんと、セックスするとき以外はマイペースだなぁ、と思う。
「ねぇ、ウル」
「ん?」
「……そんなに楽しみ? アベルと戦うの」
「そりゃあそうだよ」
拳をぐっと握る。
「今までずっと、誰かの為、何かの為に戦ってきたんだ」
スラルの為、未来の為、ジルの為。そうやって常に誰かの、何かの為に戦ってきた。苦しいし、辛いし、それでも覚悟もあったから戦えた。心が折れた時も、死にかけた時だってあった。だけどそれを乗り越えてきた。その上でここにいるのだ。
だけど思う事はあった。
義理とか義務とか。
覚悟とか。
そういうのを一切全部捨て去って、ただ快楽のままに殺し合いたい。
一番原始的なドラゴンの欲求、本能。強い生物として持ちうる快楽を求める衝動。だからセックスも好きだし、食べるのも好きだし、ぐだぐだと寝るのも好きだし、戦って殺し合うのも好きだ。強くなる事に対する努力だってずっと楽しい。
だけど今まで、戦うという事には常に事情があった。
戦う上で常にそれを楽しむのを阻む様に、フィルターがかかっていた。
だけどこれは違う。
全てを忘れて、
男も女も、雄も雌もない。
ただ戦い、勝利するべき存在としてアベルは此方を見てくれた。
ただただ、その事実が嬉しいし、そういう風に変わったアベルを見るのも楽しかった。その上で自分が全力を出し尽くして勝利してみたいという強い気持ちがある。そう、勝ちたい。戦いたい。己と同格の存在と競い合って更なる高みを目指したい。
その戦いへの欲求と欲望が、一切邪魔されずに発揮できる戦いなのだこれは。
「楽しみだよ」
「ふーん」
そう言うとやはり、面白くなさそうにスラルが呟き、頬を突いてくる。
「なんだよ」
「べっつにー?」
そう言いながら再び頬を突いてくる。
「スラルちゃん?」
「なんでもないわよ?」
そう言いながらもスラルが頬を突いてくる。どことなくいじけている様にも思える。その事に首を傾げながら、
平穏な午後を過ごした。
その姿は恋する乙女のようだったらしい。まぁ、ストレートすぎる告白にも近かったからね。