―――痛い。
痛みで目覚める。
つまり死んでいないらしい。
痛みを訴える体を動かさず、瞼だけを開く。それで少しずつ光を目の中に取り込みながら、自分の体から魔力の類がすっからかんになっているのを理解した。あぁ、派手に戦ったから当然だ。吐き出し終わった後でまだ殴り続けた。楽しかった。死んでも良かった。だけどまだ、死ねなかった。アレで死ねないのは……贅沢しすぎるな、という誰かのメッセージだろうか? あぁ、いや、それを考えるのは俺じゃない。
ただただ、体に残る余韻の熱を楽しんでいた。楽しかった―――楽しかったんだ。
これ以上なく、楽しかった。それで死ねなかったのなら……まぁ、しょうがない。最終的に負ける事を選んだのは自分なのだから。それで満足できなかったら何で満足できるか、という話になる。いや、そもそもどこまでも満足できない、餓えているような奴がいればそれはそれで生まれた事が間違いなのだろうと思うけど。だから目を開き、見知らぬ天上を見上げた状態で声を零す。
「あぁ―――楽しかったなぁ……」
ただ、ただ楽しかった。それを呟くように天井を見上げ、目を閉じる。今でもあの熱狂と興奮を思い出せる。時間にしては短かっただろう。だがその瞬間に、自分のやりたい事の全てが詰まっていたような気がする。だから楽しかった。他に何も考えず、ただ全力で暴れるだけ。たったそれだけだ。
だがそのハードルのなんて高い事なのだろうか。
強くなればなるほど、相手が居なくなる。全力で撃ち合える敵が存在しなくなる。そしてその果てには理由を付けて力を使う事を封じられる。それが社会で生きる、という事だ。だからこそこうやって好き勝手振るう、振る舞う事が出来る事に喜びを感じた。やはり、自分はドラゴンだと思わせられる。ここまで暴れる事に楽しさを覚えるのは人間では無理だろう。
俺はもう、根本がドラゴンなのだ。それを改めて自覚させられる。
「はぁ……」
楽しかった、と。そう息に吐いて天井を見上げる。死ななかった……だからまた、暴れられるだろうか? あんな風に戦えるのならまた、戦いたい。あんな風に全力で刹那を生きたい。長く、惰性のまま生きた所で生きていても意味はないのだ。刹那を流星の如く生き抜いてこそ、生物の本懐があるのかもしれない。
そう思いながら閉じた目を開いた所で、自分のものとは別の気配を感じた。
首を横へと動かせば、自分が寝かされているベッドの横の床に背を向けるように腰を落ち着けている背中姿が見えた。その包帯に覆われている背中姿を見て、自分の体へと視線を向ければ、服を脱がされた上で傷口を塞ぐように包帯を巻かれてあった。どうやら彼―――アベルによって治療を施されていたらしい。
アベルもアベルで褐色の肌に大量の傷跡を残している。時間と共に徐々に癒えているのが解るが、それでも全ての生命力を吐き出し切ってからの再生だ。自分も、アベルも完全に調子を取り戻すまでは時間がかかるだろう。そう思って傷だらけのアベルの背中を眺めていると、
「……起きたか」
「おう」
確認してくる様な声に応える。その声を聴いて、アベルは軽く息を漏らした。そこにはどことなく、安堵の気配を感じられた。
「……」
「……」
それから、互いに黙ってしまった。
アベルも此方を気を遣っているのが解るし、自分も自分でアベルになんて声をかければいいのかが解らなかった。ちょっと新鮮で、困惑する感じ。なんて、この雄に声をかければ良いのだろうか。こいつは、俺に勝ったのだ。俺に勝利した。だから間違いなく、こいつの方が強いと言っても良い。そこに不満を抱いているのだろうか? それとも喜んでいるのだろうか? 背中姿だけではアベルがどう思っているのかは、よく解らなかった。だからなんて、言葉を口にすればいいのかが解らず黙ってしまった。
だが彼方も同じようで、どこか喋ろうとしては口を閉ざす気配を感じ、
「……体は、大丈夫か」
「お……おう」
「そうか」
そんなやり取りをして、また黙ってしまった。こちらに視線を向ける様な事はなく、視線を外したまま黙り込んでしまった。なんだろう―――なにか、言いたいのだが、それをきりだせない。口に出さないつっかえを感じてた。だがそのもどかしさに耐えきれず、あー、と声を零す。
「治療。してくれたんだな」
「あぁ……お前を死なせたくはなかった。……そう言ったら笑うか?」
「いや、笑わないよ。笑えないよ」
アベルの言葉に対して、体を持ち上げながら答える。笑える訳がないだろう、とも思った。何よりも、
「最初にそう思って拳を緩めたのは俺だろう。それで殺したくない、死なせたくはないって……そう思った所で、俺に言える事は何もないよ」
「……」
その言葉にアベルが黙る。何かを考えるように、言葉を選ぶ様に。そして数秒、また沈黙を得てからアベルが口を開く。
「何故……何故、最後に拳を緩めたんだ」
「それは……」
意識が朦朧としている中で告げた言葉を思い出しながら、そうだなぁ、と言葉を零す。
「お前に……見惚れたのかもしれないなぁ」
「……俺にか?」
アベルの言葉にあぁ、と答える。
知っての通り、ルドラサウム大陸は地獄だ。真面目に生きようとするものほど辛い。そして同時に、裏技や抜け道、バグ技の類は大量に存在する。そう、強くなるだけなら手段は割とある。自分がかつてやったようにバランスブレイカーを発掘するとか。アイテムを使って強化するとか。それこそ再び魔血魂を飲み込むとか。アベルにも手段があっただろう。
「だけどさ、お前どれも使わなかったじゃん」
アベルは結局、自分の身一つしか使わなかった。
強さを渇望しながらも、原因を外に求めなかった。
弱いのは相手が強すぎるのが悪いのではない。
弱い自分が悪いのだ。
不器用なほどにストイックだと思う。格好良いほどに馬鹿だと思う。だから自分の翼を削った。だから骨と爪を引き抜いた。今のアベルのドラゴンとしての姿は、到底見ることができる様な状態ではないだろう。だからドラゴンの力を引き出したような、中間の姿にしかなれない。そしてたぶん、戻る様な事もしないのだろう。ドラゴンとしての姿を放棄してからこそ、漸く手にする事が出来た力なのだろうから。今のアベルは強さの為にドラゴンである必要を捨てている。
勝ちたいん、だろう。
その為に自分の信念と矜持以外の全てを燃料と材料とした。
それが、
「どうしようもなく格好良かったんだよ。お前の姿が」
自分の身だけで勝とうとする姿に。外道に染めずに強くなろうとした姿に。バグでも裏技でもなく、正面から戦ってきたのだ。一人で。その上で、劣勢でも関係なく立ち上がった。自分の身一つを貫こうと最後まで血反吐吐いて立ち上がる。
「その姿にな……見惚れたんだ」
その姿を見て、この男を殺したくないと、そう思わせられたのだ。
「うん、俺はそんな感じかな。……なんか、愛の告白しているみたいで悪いな、気持ち悪いだろ」
誤魔化す様に素早く言葉を紡ぎ、苦笑する。何を言っているんだろう、俺は。そう思いながら軽く頬を掻くと、
「いや―――おかしくは感じない」
アベルが否定して来る。こちらに視線を向けないまま、アベルがぽつり、ぽつりと呟く。
「俺も……最初は殺し、喰らうつもりだった。だが戦ってみれば、感じた事のない充足感が心を満たすのを感じた。これほどまでに誰かに求められ、そして応えて貰えるというのは初めてだった」
呟き、アベルが天上を見上げる。
ドラゴンの中でも臆病者として生まれ、恐怖と憧れから魔王になり、そして蹂躙されて封じられ、死亡した。求められる事はなく、常にマギーホアの影に居たドラゴン。その一生は誰かに求められるものでもなかった。それはアベルが踏み出さなかった事にもあるだろうが、それをアベルは今経験した。踏み出し、変わり、そして求め応じられる事を。
「あぁ……そうだな、今となっては自分の変化に驚いている。だが嫌いじゃない。あぁ、嫌いじゃないさ」
アベルはそう言うと、言葉を止めた。それ以上口にするのが恥ずかしくなったのかもしれない。絶対に此方に視線を向けないようにしつつ、俯いている姿が見えた。
なんというか―――本当に、本当に不思議だった。この状況が。お互いに何度か殺し合った事はあった。その度に特に何か、感想を抱く事もなかった。だけど今回本気で殺し合って漸く向き合ったような感じはあった。
「アベル」
「なんだ」
「ごめん」
「謝るな。寧ろ誇らせろ。お前程の女を俺は魅入らせたんだ。それだけ俺はきっと……変われたのだろう。ならば俺はそれを誇るさ」
アベルは本当に、変わった。今まで背負っていたものすべてを投げ捨てて、アベルという存在の根本だけを残した。それによって存在していた重荷が消えた元ドラゴンで、人でもない存在は自分の覚悟と信念だけを背負っていた。きっと、それ以外の全ては元々彼にとっては余計だったのかもしれないと、今更ながら思った。
これが本当のアベルという雄なのかもしれない。そう思いながらはぁ、と溜息を吐く。
「どうしたもんか」
呟き、苦笑する。それを聞いたアベルが此方へと声を投げて来る。
「何が、だ」
「いや。ほら、俺は負けただろう? 負けたらさっぱり死ぬつもりだったのにこうやって生き延びちゃったし」
「なら帰れば良いだろう。お前にはお前を待っている者が居る筈だ」
「そりゃ、そうだろうけどさ」
ちょっとだけ頬を膨らませる。アベルに解らないかなぁ、と声を送る。それを受けてアベルが軽く首を傾げつつ、
「何が、だ」
「いいか」
「……何が、だ」
解らないのかこいつは……そう思いながら、ため息交じりに言葉を口にすることにした。
「お前は俺に勝ったんだ」
「あぁ、解っている。それを俺は誇りに思っている」
「あぁ、だけどそれだけじゃないんだよ。解るか、アベル? 戦って終わり、って訳じゃないだろう」
その言葉にアベルは反論する。
「俺は食わないぞ」
「殺してくれ、とは頼んでないさ」
「ではなんだ」
「俺は、お前に負けて。それで俺を殺さないんだ。殺さなかったんだ。なら今の俺を、お前なら好きに出来るって話だよ」
「……俺は」
少し低く、唸るようにアベルが声を出す。
「もう、二度とそういう風に振る舞うつもりは……ない。俺の欲望とエゴで穢し蹂躙するのは疲れた。無理やり奪って組み伏せた所で満たされるのは虚栄心だけだというのは王冠―――いや、カミーラの件で十分学んだ。俺は」
アベルは少しだけ言い淀み、
「……そこまで、価値のある者ではない」
「……」
反省するのを通り越して卑屈になっている、とも言える。だけど過去のアベルの所業は確かに酷かった。それを客観視できるだけ成長なのだろう。だけどそれはここで言う言葉ではないし、それは間違っている。
もっと、違うだろう。
俺は―――ウル・カラーは、その姿に心を熱くしたのだ。
求めて、立ち上がって、立った一人で戦った。
神々に笑われ、愉悦され、そして利用され、蹂躙されて。
それでもまた立ち上がったのだ。退場させられた舞台へと再び戻って来て、それで真摯に己と向き合って帰ってきたこの、こいつの、この―――その、姿を、
俺は、
だから負けてもいい、と思ってしまった。
こいつになら、負けてもしょうがないと思えてしまったんだ。
解って、くれないだろうか。
そんな奴初めてだったんだ。衝撃だったんだ。今まで、そうやって激しく求めてくれた雄はいなかったんだ。心にずしん、と響いたんだ。自分が欲しかったものを、与えられたような感じで。
だからさ、そんな事を言わないで欲しい。
まるで俺の趣味が悪いみたいじゃないか。
だから、
「おりゃ」
「っ? 何を……」
ベッドから落ちるように、背中を向けているアベルに後ろから抱き着いた。服を着ていないから当然のように裸の胸をアベルの背中に押し当て、残されている片腕をアベルの首に回した。そうやって体を密着させる。ちょっと、ドキドキしているかもしれない。同性相手にはそこまで珍しくない事だが―――こうやって、異性に自分からアプローチするのは初めてかもしれない。
「正直、これ以上口にするんは恥ずかしい部分あるんだけどさ……」
それで何を言わんとしているのかアベルが察したのか、顔を僅かに此方へと向けて来る。なので笑みを浮かべる。ちゃんと、笑えているだろうか? 包帯がまかれているから変な風じゃないと良いのだが。
「俺は……お前に、求められる程良い者じゃない。寧ろ逆だ。どうしようもなく救いがなく、もはやまともなドラゴンでもない。お前に相応しい相手は別に居る」
「それを決めるのは俺だ。そして俺は、アベル。お前が良いって思ったんだ。お前が……お前だけが俺を満たしたんだよ。この世で、唯一お前だけが俺を満たしてくれたんだ。そして
或いはずっと、そうしたかったのかもしれない。勝って、戦って、歩き続ける。人類の、ルドラサウムの住人の最先端として。
その事に、疲れていたのかもしれない。
「だからさ、アベル」
だから、
その先の言葉を口の中にしようとした所で、アベルが振り返って此方を抱えた。軽い驚きの間にアベルが持ち上げた此方の姿をベッドの上へと戻し、
頭の横に手を置いて、覆いかぶさった。
「愚かである自覚はあるが―――そこまで、鈍いつもりはない」
「……じゃあ、どうなんだよ」
お前は、どうなんだよ。
求められたから応じるのか? どうなんだ?
その答えを求めるように視線をアベルへと向ければ、アベルが軽く目を閉じてからそうだな、と呟く。それから目を開き、
「俺には……お前以外の雌は考えられない」
「カミーラよりも?」
「カミーラよりもだ」
「ハンティよりも?」
「ハンティよりもだ」
「そっか」
「そうだ」
じゃあ許す。
腕をまた伸ばして、アベルの首に体をぶら下げるようにして、自分の体を引き上げて、
―――唇を寄せた。
アベルくん、ほんと成長したね……。
という訳で次回は皆恩多セって感じだけど君たち、アベル君への殺意大丈夫……?