※この作品はR-18です。

ルドラサウム転生異聞録   作:てんぞー

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Valentines Day 2019 Gele


バレンタイン短編

「ん……ぐぐ……中々、手強い……ですね先生……!」

 

 片手にボウルを抱えながらその中にあるチョコを少しずつクラッシュする様にジルが言った。車椅子に座った状態でボウルを抱えつつもう片手でチョコを潰そうと必死にスパチュラを使ってチョコレートを潰していた。熱を通されているチョコはボウルの中で少しだけ溶けているのだが、ジルの筋力が弱いという事もあり悪戦苦闘しているのが現実だった。

 

 それを横で、自分の分のチョコを砕きながら眺めている。

 

「苦戦してるなら手伝うか?」

 

「いえ……自分の力でやりたいです」

 

「そっか」

 

 頑張って自分のチョコを作ろうとしているジルの姿に軽く微笑みを零し、しかし手伝おうとする事をせずに眺め、自分の分のチョコを先に作ってしまう。レシピの書いてある本は何時でも確認できるように浮かべてあるし、何か問題があるのであれば常にルシアが控えている。筆頭メイドの存在はもう長年連れ添っている従者であるだけに、心の底から信頼している。此方が間違えるようであれば即座に教えてくれるだろうし、そうじゃなければ口出ししないだろう。

 

 本日はバレンタイン・デー。

 

 そんな風習、今のルドラサウム大陸にはないが、ジルと異世界巡りした時に見つけたちょっとした遊びだった。文化そのものをルドラサウム大陸に持って来る意味はないが、折角だからお互いにチョコを作って交換しようという話になった。文化は違うが、それでも互いに楽しめる事はあるのだから。だったらそれを楽しもうという話になる。

 

 毎年やるには流石に長生きしすぎだが、それでも100年に1度ぐらいのペースなら俺達にはちょうどいいんじゃないだろうか? そんな事を考えながらチョコ作りに挑戦する。と言ってもやっているのは異世界で購入してきた製菓用のチョコを溶かしてアレンジする、という簡単な奴だが。

 

 それでもこうやって、二人で並んで何かを作れるようになったというのは嬉しい事だった。

 

 ついつい指先が喜びで踊ってしまう。鼻歌なんかをちょっとだけ口ずさみながらジルと一緒にチョコを作る。

 

 パイシート、クッキー生地、スポンジケーキもある。その気になればちょっとしたお菓子のフルコースが作れそうなものだ。果物もそこそこ良いのが蓄えてあるし、それを放出するのもいい。料理は嫌いじゃないし、特に菓子作りの方が得意だと自負している。だからこの機に今まで手を出す事がなかったものに挑戦してみるのもいいかもしれない。そう思って色々と作っている。だがまずは土台となるチョコの準備だ。定期的にうはぁんを求められて作っているからここらへん、菓子作りに関しては慣れている。

 

 問題は弱っているジルの方だ。

 

 ―――彼女は死ぬ事はなくなったが、それでも弱くなったままだった。

 

 ジルは猛反対したし、最初は口さえもきいてくれなかった。

 

 だがそれでも、死んでほしくなかった。何が何でも死なせたくなかった。ウェンリーナーの力を使う事は出来ず、ジルの体はボロボロのまま死んでゆく。その対策として思いついたのが、魂の共有だった。

 

 このルドラサウム大陸、魂の力、それは全てルドラサウムの生命力から来ている。その為、命が失われて行く体を繋ぎとめる生命力を満たすのであれば、魂を満たせばよいと考えた。だから自分とジルの魂を繋げた。幸い、ドラゴンという生き物は魂を何個か保有する生き物だ。一つ増えたり減ったりした所で、別に何の問題もない。だからそうやって自分の魂を通じて、無理やりジルに生命力を供給した。

 

 どれだけジルが死にそうでも、馬鹿みたいに命で溢れているドラゴンと命を共有すれば、死ななくなる。

 

 それだけの攻略方法だった。

 

 そして峠を越えたら改めてジルの体を治療する。

 

 そうやってジルは助かった―――体が完全に治る事はなかったが。

 

 それでもこうやって、また日常を一緒に過ごすぐらいの事であれば出来るようになったのは幸いだった。車椅子生活は続行で、魔法を使う事も出来ない体でも、ジルは怒った。そしてしばらくしてから仕方がない人だと許された。それ以来、ペンシルカウで暮らす様になった。

 

 そして今、普通に生活を続けている。

 

 もう、特に望むものもない。政治も今後の未来も、外の連中に任せて半ばジルと引きこもり生活をペンシルカウで送り続けている。

 

 そこに後悔なんてものは―――ない。

 

 

 

 

「よっし、出来たな……ちょっと作りすぎちゃったかもしれないけど」

 

「本当にフルコース作る馬鹿がどこにいるのよ……」

 

 ダイニングの上にチョコレートケーキ、プリン、うはぁん、クッキー等チョコレートを使ったお菓子を大量に並べている。それに一足早くスラルが呆れのコメントを出しながら摘まみ、テーブルの端に座っているラ・バスワルドが黙々と食べ続けている。何時も通りの二人の姿も、もはやこの館では日常的なものだ。違和感とか咎めるとか今更な話だろう。

 

「ほら、興が乗った時ってあるじゃん? 作りたい時に作りたいものがあるし」

 

 視線をテーブルの一角へと向ければ、レインボー・コズミックチョコレートの姿が見れる。それをスラルも見て、此方へと視線を戻してから頷いた。

 

「……そうね!」

 

 そう言うと逃げるようにスイーツ巡りへと戻る。その姿を笑って見送りつつ、車椅子を動かして近寄ってくるジルの姿を見つける。そんなジルの姿を見つけ、近くのテーブルからケーキを軽く切って、皿の上に乗せた状態でジルへと、フォークに刺さったケーキを向ける。

 

「ほら、ジルあーん」

 

「は、恥ずかしいですよ先生。スラルさんが見てますし」

 

 振り返り、スラルがじーっと見つめているのが解る。スラルがどういう事を考え、思っているのかは大体解っているつもりだが―――それでも、自分が選んだのは彼女ではなく此方だ。だからジルがなんか言おうとして口を開いている時に素早く、チョコレートケーキをジルの口の中に突っ込んでやる。

 

「んっ、んぐっ!?」

 

 いきなり口の中にケーキを放り込まれたジルが軽く驚きながらも喉をごくりと慣らし、口いっぱいに頬張らされたケーキを食べて行く。口の中に広がるケーキを何とか噛んで飲み込んでゆくジルの姿は、どことなく雛鳥を思わせる様な様子を見せていた。なんか、物凄く可愛い。

 

 いや、なんかじゃない。物凄く可愛い。そう、ウチのジルは可愛いのだ。必死に飲み込もうとする姿に和んでいると、口の中のケーキを食べ終わったジルが軽く頬を膨らませる。

 

「もう、意地悪ですよ先生」

 

「ごめんごめん。でも美味しかっただろ?」

 

「それは……はい」

 

 ジルが軽くうなずき、笑みを浮かべた。

 

「先生の作る菓子の味、とても好きです」

 

「……おう」

 

 真っ直ぐ目を見てそう言われてしまうと、恥じらってしまう。うん……なんというか、恥ずかしいよそりゃ。ただ、真っ直ぐと此方を見て言ってくるもんだから目を逸らす事も出来ないし、逃げられるわけもない。だから正面からジルの言葉を受け止めつつ、二カっと笑ってありがとうと答えた。そうするとでゃ、とジルが声を零す。

 

「私から、先生へのお返しです」

 

 そう言ってジルが取り出したのは、不格好な形のチョコレートだった。形が所々変だが、スラルの作る菓子の様な、コズミックさは見られない普通のチョコレートだった。ラッピングもリボンが曲がっているもののほどこされており、それが先ほどジルが頑張って作っていた物であるのが理解できる。両手で持ち上げたそれをジルが此方へと見せて、手渡してくる。

 

「はい、ハッピーバレンタインです、先生」

 

「ハッピーバレンタイン。ジル。ありがとうな」

 

「いえ、普段からもらっている一部をお返ししただけですから……大したものでもないですから」

 

 ここまでジルがちゃんと指先を動かせ、喋られるようになるのにもかなりの時間を必要とした。そんな彼女がこうやって、何かを作ってプレゼント出来る所まで回復出来た姿には感動を覚える。実際、最初のジルはそのまま自然に身を任せて死のうと考えていたのだ。それを思い止まらせ、仲直りするまでには相当な苦労があった。それを考えるとこうやっている日常が、

 

 どうしようもなく、愛しいのだ。

 

 だから思う、きっとウル・カラーの物語はここで終わるのだろうと。アレだけ、頑張って暴れて、そして漸く掴んだ日常なのだ。これでもう、終わりで良いだろう。後は未来の連中に任せるとして。このどうしようもなく平和で何もない日常を守り続けたい。過ごし続けたい。このペンシルカウが平和でさえあればいい。

 

 心の底からそう思う。

 

「先生」

 

「ん?」

 

 ジルが此方の握っている不格好なチョコに手を伸ばしてくる。軽く手を下げるとその中にジルが手を突っ込み、そこからチョコを一つ引き抜いてくると、此方へと向けて手を伸ばす。

 

「はい、あ、あーん」

 

 恥ずかしがりながら、此方が口の中へと食べさせたようにジルが此方にチョコを食べさせようとしてくる。恥ずかしがっている姿に内心悶えそうになりつつも、軽く視線を合わせてから口を開けて、口の中にチョコを入れて貰う。

 

 口の中に入ったチョコを軽く転がす様に味わう。笑みをジルへと向け、

 

「ありがとう、美味しいよ」

 

「……! はい」

 

 嬉しそうな表情をジルが見せた。形は不格好だが、味はちゃんとしたチョコになっている。中には果物が入っていて、それもちゃんと味わえる。寧ろなんで何をやっても虹色に輝くコズミック料理を生み出してしまうスラルがおかしいのだ。ジルも技能が消滅している筈なのに、こうやって時間をかけて丁寧にやればなんとか、作れている。なのにそれが出来ない。

 

 スラルの料理とはいったい。

 

「先生」

 

 そんな思考に頭の中が流されそうな時、ジルが声を出して意識を引き戻してくる。そこには両手を伸ばしてくる姿が見えた。

 

「ジル?」

 

「今日はほら……特別な日ですから、その……独占させて貰っても、ですね?」

 

 仕方がないなぁ、と呟きながらジルを車椅子から引き抜いて持ち上げる。ジルがその両手を首に回して、此方に掴まる。その状態で此方も、彼女と同じように黒腕を生やし、もう片手でジルを持ち上げたまま、テーブルの上に乗せてある。モノを軽くつまんで、一緒に食べる。

 

 俺にとって、この世界で一番重要なのは彼女だ。

 

 助けてしまった責任が、俺にはある。だから一生面倒を見るつもりだし、ずっと一緒に居ようと思う。

 

 それが、俺の選んだ結末だから。だからこのバレンタインもどきは、

 

「今度はこっちを試そうか」

 

「あ、私こっちが良いです」

 

 アレだコレだ、ラ・バスワルドに全部食われる前に食べてやる。そうはしゃいで時を過ごした。

 

 きっとこの先も、こんな日常が続くだろうという事を願って。

 




 正史ウル様ルートとは違い、此方はもう外では暴れる事もなく、ジルといちゃおちゃ平穏に暮らして世の中に干渉しなくなるので、この先はランス正史ルートに戻ったり。ランスくんがペンシルカウに来たときに師弟で食べられちゃたたり。

 そんなIFのお話。
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