「ふぁぁー……眠い……」
目をこすりながらうとうとしだす頭を何とか起こそうと頭を振るが、髪が揺れるだけで特に目が覚めることはない。今日はパパに弓と格闘のお稽古をつけて貰っていっぱい遊んだから、全身くたくたで物凄く眠い。だけど物凄い心地の良いくたくた感だ。もうお風呂も歯磨きも終わったし、何時寝ても問題はない。
ないんだけれど、
「うぅー……」
「ほら、眠いならもう寝なさい」
「もったいないー……」
その言葉にパパとママは顔を見合わせ、少しだけ笑った。あのパパが、笑った。ちょっとだけ驚いて、そして首を傾げてしまった。なんで笑ったんだろう、と。そう思っている間にママが片腕でボクの事を抱き上げてきた。そしてそのまま、ベッドまで運んでしまう。腕の中でちょっと抵抗しようかと思ったけど、ママの腕の中は安心感が凄くて、少しずつ眠くなってきて、抵抗する力が起きなかった。
だからそのまま、ママにベッドにまで運ばれて、シーツをかけられてしまった。軽く手を出して伸ばすと、そこにママが鯨さんのぬいぐるみを抱かせてくれる。ボクの大事な、ずっと一緒のぬいぐるみ。この子を抱いて眠るといつも気持ちよく眠れちゃう。だからこの子を抱くとすぐに睡魔が襲ってくる。瞼が少しずつ閉じてゆく中で、ママの手が頭を撫でるのを感じる。
「時が勿体なく感じるのね」
「うん……」
「でも大丈夫よ、もしもったいなく感じるのなら……」
「感じるなら……?」
「夢を見ればいいわ」
ママはそう言って、ほっぺにチューしてくる。
「ゆ……め……」
そう、夢、という声が聞こえる。
「―――鯨でさえ眠れば夢を見るのよ、ルーシェちゃん。だったら貴女も、遠い冒険の夢を見ればいいわ。貴女が見たことのない景色を、それを夢見ればいいのよ……」
「……ふぁ……ぁ……ぅ……」
ママの言葉には答えられなかった。それよりもすさまじい睡魔が襲い掛かってきたからだ。だから返答するのをあきらめてあくびをこぼし、軽く目元をさすりながらふかふかふわふわのぬいぐるみに顔を埋めながら、完全に目を閉じた。
「おやす……」
「おやすみ、ルーシェちゃん。良い夢」
その言葉と共に、完全に意識を―――。
「―――さて」
空を見上げた。
汗が漏れるほどに熱い。それでも夜空は爛々と星々の輝きによってまばゆく、美しく輝いていた。
「都市の夜景を地上の星と評するか……この景色を見てしまえばそのような陳腐なものと一緒にしないでくれ、と言いたくなる気持ちが出てくる。第一、この夜空は空というキャンバスに自然が絵筆を取って描いたものだ―――一緒にするのも烏滸がましいだろう」
左半身を隠すマントを装着している男が一人、夜空を見上げていた。夜中であろうと暑苦しい熱気を感じられる中、まるで通じないと言わんばかりに黒と青に染められた男の格好は、魔導士とも、あるいは軍服とも取れた。だがひどく白い肌をしており、とてもだが激しい運動に耐えられるような健康さは見れない―――それこそ、死人の様な肌の色をしている。それはどことなく、怪しげな魅力さえも宿っている。
男は見上げていた視線を下ろすと、憂うような表情を浮かべ、マントの下から一冊の本を取り出し、広げる。
「さて、かの聖魔将であれば輝きは人の発展、その営みより生まれるとでも言うのだろうがやはり、過ぎたるもの……とでも言うのだろうな」
男は本の内容を確認すると、それを再び腰のバインダーへと戻した。視線をその前方、崖から広がる眼下の光景へと向けた。
そこに広がるのは大量の鉄くず、そして積み重ねられた魔物の残骸だった。
この100年間、積み重ねられてきた聖魔教団と魔軍の残骸、残骸、残骸。それが視線の届く限り、ずっと続いている。もはや戦場というよりは墓場という言葉さえ似あう場所となっていた。男が立っているその場所も、巨大な残骸の上であり―――それらが壊れ、積み重なり、一つの地形となっていた。
「かつて、ドラゴンが争って生み出した絶景もこうなってしまえば昔はどうだったのか、解りさえしないな。だが時は流れ、すべては変わり行く。流動と滅びもまた一つの美しさ……とは誰の言葉だったか」
男は誰かが言った言葉を口にする。偉人か、作家か、あるいはどこぞの劇場の役者だったかもしれない。それを思い出す必要は……また、暇な時にしようと判断していた。どちらにしろ、答えなんてものはないのだから。男にとって疑問とは自らに問うものであり、そしてまた同時に永遠に答えの出ないものであった。自分に問うて、そしてそれでひたすら答えを転がし続ける。そんな無駄な事をし続けるのが男の趣味であり、ライフワークでもあった。
「さて」
男はもう一度さて、と声をこぼしながら残骸渓谷へと視線を向ける。
そこでは火花が散り、夜にも関わらず爆発や怒号が遠くから聞こえてくる。安らぎ、安寧という言葉からは程遠い戦いが常に行われてきた。そこには聖魔教団製の量産型闘将の姿や、量産型闘神の姿が見え、魔軍側も無限に魔物を前線に送り込むことで昼夜問わず戦い続けていた。
「今日こそ目的の相手を見つけることができれば良いんだが」
男は己の目標を再確認しながら、戦場を俯瞰する。100年間続いた戦いは地形を変え、そして環境も変えている。ここには残骸や市街だけではなく、そこから生まれた怪異や現象さえも存在している魔境となりつつある。だが魔軍と聖魔教団の最前線である以上、双方引けずに100年間、休むこと毎日殺し合い続けている。果たして尽きるのは資源か、それともモンスターの生産か。
「或いは聖女の子モンスターの胎が壊れるか……いや、神なのだからそんな事にはならないか。どちらにせよ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとJAPANでは言っているしな。探しに行くか」
男はそう言うと片膝を大地につくように立て、
―――一瞬で戦場の中へと景色を変えた。
すぐ頭上では砲撃が飛んで行く。それが横にいた魔軍に衝突し、その姿を粉々に砕きながら新たな残骸を積み上げる。砲撃を回避してからゆっくりと立ち上がり、爆風によって舞い上がった埃をマントから叩き落とす。
「一番禍々しい気配は……こっちか」
感覚を研がせ、戦場全体で最も
かつて、神に近づいたといわれるドラゴンが殺しあった結果、大地は抉れ、そして高低差の激しい地域がここに生まれた。そして残骸が詰まれど、その高低差の激しい地域であることに変わりはなく、崖から飛び降りては反対側へとつながる残骸の橋を渡って進んでゆく。
戦場の、ど真ん中を。
「人の本質とは獣である……だがこれを見ている限り、魔物も人もそう大差はないな。果たして真に獣なのは人の本性か? いや、或いは生物をそれに駆り立てる衝動こそが真の獣なのかもしれないな」
誰かに意味のある言葉ではなく、自分へと問いかけるように男は戦場を駆け抜けてゆき―――夜闇に紛れそうな姿を、魔軍が発見する。赤魔物兵の集団が正面から斧を手に迫ってくる姿が見える。
「生身の教団兵!? まぁいい、死ね人間―――!」
「おいおい、人違いだよ。勘弁してくれ」
男の言葉に魔物兵は返答することも無く、咆哮と殺意だけで答える。
「ある意味、これが今の大陸の本質か……嘆かわしい」
正面から自分を圧殺できる数を前に男は一切減速する事なく正面から突っ込むように踏み込み、その左手を腰のバインダーに格納されている本に触れる。魔物兵から正面衝突する数秒の間に、素早く唇が動く。
「征服せよ、眼前に大地あり―――藤原石丸の言葉を知っているか? いや、知る訳もないか」
正面に斧が来る―――そしてそれが男の首元に突き刺さった。深々と突き刺さる斧は一撃で即死させるだけの殺傷性を誇っている。だが深々と突き刺さった個所からは血の類のものは流れず、深い闇と穢れのみが溢れている。闘将や鉄兵とも、そして人間とも違う感触に攻撃を加えた魔物兵と、そして後続の魔物兵の動きが止まる。その反応を待っていたとばかりに男は右手を伸ばし、その手を魔物兵の頭に添えた。
「じゃあな」
魔物兵の頭が消し飛んだ。無色の爆発が襲い、空間に波紋が生まれる。頭が消し飛んだ個所からは男と違って血が溢れ出し、即死した事実を証明していた。そのショックによって動き出した魔物兵が男を殺すために動き出す。だが最初からそう来るのを理解していた男が最小限の動作で、軽く体を揺らすように斧による攻撃を回避し、カウンターとしてそのまま体に手を添え、
ゼロ距離からの爆破で魔物兵を屠る。
10を超える集団は男が反対側へと抜けるころには全滅しており、その間に追ったダメージは時間の経過とともに時間を巻き戻すように衣服ともども修繕されてゆく。
「こっちか?」
戦闘音が最も激しい方向へと向かって走ってゆく。広く遮蔽のない空間は魔物と鉄兵、そして量産型闘将で溢れている、身を隠すものがない空間では一瞬で姿がセンサーに引っ掛かり、捉えられる。
「生存反応―――なし、死人、ゾンビタイプの魔物と判断する。攻撃を開始する」
「活きの良い死体だろう? こう見えて一応は生きてるんだぜ」
反応が極限まで機械的ではあるが人を材料とした自己判断可能な闘将―――量産型闘将が男を発見するのと同時にその鋼鉄の拳で遅いかかってくる。やれやれと言わんばかりの声を男は零しながら横へと飛びのき、すぐ横を闘将が突き抜けるのを確認した。その背後で残骸を吹き飛ばし粉砕する姿を見れば、死ねない肉体であろうとも関係なく粉々に粉砕される未来が男には想像できた。
「そらよっ」
振り返りながら男が手を振るう。放たれる魔法は炎でも、氷でも、雷でも光でも闇でもない。再び無色の衝撃が空間を超えて通り過ぎた闘将の背に叩き込まれ、着弾と同時に炸裂する。その背中を大きく砕きながらコアを露出させる。時間とともにその背中の傷がふさがる前に素早き叩き込まれた二回目の衝撃によって闘将の機能が停止し、倒れる。
「生物を蝕む獣性は怨嗟と絶望しか生まない。もうすでに大陸全土に憎悪の禍根は植え付けられている。この世界ももう終わりかもしれないな……」
闘将を処理した所で一気に平原を駆け抜ける。そのまま残骸の背後へと隠れ、魔物隊長が率いる部隊が闘将と衝突する戦場を眺める。闘神が振るう蹴りが魔物兵を一瞬でバラバラにし、魔物兵が闘神へと飛びついてプチハニーを起爆させる。自爆特攻をとって闘神を殺しにかかろうとするも、闘神がそれに構う事無く魔物兵を、そして魔物隊長を蹂躙する。闘神という別格の機工に対して、魔物や魔物兵ではあまりにも格が違いすぎる。到底相手にはならない。
「闘神が出てくるとは参ったな……」
闘神。聖魔教団が誇る最高戦力の一つ。M・M・ルーンが最強の存在であれば、その下にあるのが闘神だ。量産型とは違い、こちらは常にアップデートと改修が施され、
通常であれば。
「とはいえ消し飛ばされてから黄泉路を戻ってくるのも面倒だしな……さて、この先に行くにはどうしたもんか……ん?」
闘神をどうやり過ごして奥へ行くかと男が思案した時、凄まじいまでに禍々しい気配が急接近するのを感じ取った。反射的に男は飛びのき、転がりながら片膝をつくように体勢を整えた。その直後、空を見上げれば、
凄まじい質量が闘神めがけて落ちてくるのが見えた。
砲弾、と思いかねない速度と質量は一瞬で闘神へと到達するとその巨体に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。寸前に反応の間に合った闘神は両腕を交差することでガードしながら、その頭に装着された機構から光の砲撃を放った。
戦場を貫き、横断するように光の柱が放たれた。
「遅ぇんだよ雑魚」
雑魚、そう闘神を評した存在は右手に大剣を、左手に大剣を、それとは別に体から生えた人の胴体程はあるであろう腕とは別に持つ、人ほどの大きさな副腕にそれぞれ槍を一本ずつ握っていた。体を部分的に覆う鎧を装着し、鋭い目つきはそれだけで心臓を止めそうなほど威圧感がある。
薄皮一枚ほどの狂いそうな瘴気を圧縮して纏い、踏む大地を腐らせている。良く見れば闘神の両腕は既に腐り始めている。光の柱を回避した魔人は片腕の大剣を振り上げながら闘神に接近する。砲撃を放った闘神はそれを回避する為に硬直が蝕む体を無理やり引きずるように横へと動かして柱で戦場を無差別に薙ぎ払う。
だがそれに魔人は構わない。
薙ぎ払われる光を大地を踏み腐らせて砕き、そこに生まれた隙間に体を落としながら光を掻い潜る。そしてそのまま一直線に闘神に接近し、
大剣で殴った。
闘神の巨体が宙を舞いながら吹き飛び、魔軍と聖魔教団を無差別に衝突させ、潰してゆく。
その姿を眺めながら、立ち上がり、再生するのを待つ様に魔人は、
「見つけたぞ―――魔人ケイブリス……!」
最強の魔人、ケイブリスは戦場に現れた。
「立てよ雑魚が。お前らが本気で戦わなきゃ俺様の経験値にならねぇだろうがぁ―――!!」
傲慢としか呼べない咆哮をとどろかせながら、或いは魔王よりも恨まれる魔人が構えた。
これぞ最前線。
これが今の大陸。
これが―――未来のない闘争。
その夢であった。
そう、夢。
それが自覚された瞬間、すべてははじける水泡となって消えた。
僅か喉奥に残る苦さと気持ち悪さだけを残して―――夢は、何も痕跡を残さない。
この後怖い夢を見た! 起きたルーシェちゃんはパパとママ挟まれて朝までぐっすり眠りました。