「それじゃ、ママは数日留守にするけどルーシェちゃんはいい子でいるのよ?」
「うん! パパの面倒はしっかり見ておくよ!」
「俺が面倒を見られる方なのか……」
本当に、本当に珍しい事で。
ママが、お出かけすることになった。
なんか、ちょっと遠出してくるとしかママは言わないけど、いつもボクの相手をしてくれて疲れるときもあると思うから。こういうときはいっぱい遊んできてほしいと思ってる。でも出来たらじいじからお菓子とか貰ってくれると嬉しいかなぁ、なんて思う。だってじいじはいつも美味しいものを送ってきてくれる。
外に出たら、会いに行きたい。うん、行こう。
そんなことを計画しながらパパと二人で、しばらくはお留守番する事になった。パパがいるからお留守番という言葉もおかしいかもしれないけど。それでも、ママが出かける事なんて滅多にないから感覚的にはお留守番に近い。
そう、お留守番である!
「ふんすふんす……!」
「気合いっぱいだな」
ママが家にいない、という事はつまり普段は家事などをやっている人が家にいないという事になるのだ。その時はパパと二人で役割分担しながら色々と家の問題を片づけてゆくのだが、今回のボクには大いなる野望があったりするのだ。
だから胸を張り、拳を作ってポンと胸を叩いた。
「任せてパパ―――今回はボクがどれだけ成長したのかをパパとママに見せるから!」
「ほう」
片眉を挙げて軽く試すような視線を送ってくるパパに対して自信ありげな表情を送る。何と言ったって、この100年間、ボクだってただパパとママに甘えていた訳じゃない。甘えながら何時か、パパとママの助けになるようにいろんなことを覚えてきたんだ。普段はずっとお仕事しているママがいない今こそ、ついに僕がどこまでできるのかというのを証明する時なんじゃないかと思う。だってパパ、どこからどう見ても不器用だし。パパに家の事を任せていたら絶対にお皿とか扉とかを掃除で壊しかねない!
だったらやっぱり、ここはボクが家の安全を守らなくちゃいけない。
「ママが帰ってきた時、驚くぐらいいつも通りの姿をそれで見せるの!」
「そうか……上手く行くといいな……」
パパの言い方がちょっとだけ気になったりするけど、それでも自分の力で何とかなるようにしなくちゃいけないのは将来的に旅に出た時の事を考えて当然の備えだった。少なくとも料理ぐらい自分の力だけでできるようにならなきゃ意味がない。だけどそれだけじゃ意味がないし、とりあえずは家の事ができるようになりたい。
だからママがいない、今こそがチャンス。
ママがいるといつの間にか仕事が終わっていて、手伝ったり仕事を奪ったりすることが全くできないのだから。だからママがいないこの間に、ボク一人でできるという事を証明しなくてはならない。
「やるぞー、やってやるぞー!」
「ふ……応援してるぞ」
パパのエールを背に受けながら、ボクはママ抜きでのこの家の世話を始めることにした。
まず一番最初にやらなくちゃいけないのが家庭菜園の世話だ。
うちには家庭菜園がある。日々、食べる野菜や果物の大半は家庭菜園で育てている。森の中にも結構色々と生えているけど、やっぱり家の近くにあったほうが色々と便利だ、という事で普段はママが手入れをしている。ママは小食だけど、ボクとパパは結構食べる分、それなりの大きさの畑がある。これをママは毎朝、ボクが起きる前に世話をして終わらせている。早起きしてママが手入れしているところを見た事があるけど、本当にてきぱきと迷うこともなく、あっさりと終わらせちゃうものだから凄く驚いた。だけどママがいないのなら、ボクがやらないとだめだ。
動きやすいオーバーオールに着替えて、ストローハットをかぶりお着換え完了。畑に脚を取られても良いように、ブーツを履くのも忘れちゃいけない。
「よっし、ママの真似をして、っと……」
如雨露の中にお水をたくさん入れて、それを撒いてゆく―――撒いて―――撒いて―――撒いて……。
水が切れたら注いで、また撒いてゆく。そしてまた切れるので撒いてゆく。
「そこ、水を与えすぎだぞ」
「わ、解ってるよ! パパはちょっと静かにしてて」
「そうか……」
水を与えすぎちゃだめだから適度に水を与えるのを止めつつ、何とか畑の一列目に水を与える事を終えて、額の汗をぬぐいながら空になった如雨露を見て、
そして大量に残された畑の姿を見る。
自分が終わらせた量と、残された量を見てしばし、固まる。
「ルーシェ……パパが手伝おうか?」
「……」
数秒ほど、どうしようかと考えてからがっくりと肩を下ろし、
「うん……パパ助けて……」
「よし、任せろ」
結局、パパの力を借りる事となってしまった。
「良し! 失敗は成功の元! 次成功すればいいのいいの!」
窓の外を見ればせっせと水撒きをしているパパの姿が見えた。ボクがやるよりもはるかに手際の良い姿は、パパが畑の世話に慣れているという事を証明している。当然だけど、ママがお出かけしている間は大体の事をパパがやってくれている。だからパパがこういうことができるのは、当然だったりする。だからそっちはパパに任せるとして、今度は絶対に失敗しない事をする。
そう、お掃除である。
こっちは度々ママと交代してやっているから何も問題はない。やり方も、道具も、全部どうすればいいか分かっている。こっちは畑の方とは違ってすぐに終わらせられる自信がある。
「まずはクローゼットから掃除機を取ってー」
ママが普段から使っている掃除機! これはマナバッテリーによって駆動しているから、普段バッテリーに魔力を充電しておけば本体が壊れない限りはちゃんと動き続ける、簡単にお掃除ができる必須アイテム。これがあるからボクでも簡単にお掃除ができるのだ。一応先に掃除機の中に入ってるごみ袋が空っぽなのを確かめてからスイッチオン。
がーがー音を鳴らしながら掃除機を動かし始める。
「すいすいー」
フローリングの上を滑らせて、ちゃんと部屋の隅っこの方まで掃除機を滑らせるのを忘れない。本当に届かない角の角の方や、ほそーい所は掃除機に備え付けのチューブを使って吸い込む。地味に部屋が多かったりするので、掃除しなきゃいけない範囲は広い。だけど掃除機の掃除は凄い楽なので、そんなのは関係なくすいすい進んでゆく。リビングを終わらせたらダイニングへ。そこから廊下に出てトイレ、洗面所、そしてパパとママのベッドルームに自分の部屋の床を掃除機ですいすいと掃除してしまう。
そう、ボク一人でもできるもん。
一通り掃除機での掃除が終われば中のごみ袋を取って、その口を結んでからごみ袋をごみ箱の中へと捨て去り、新しいごみ袋を中にセットして完了。
普段から家を綺麗に使っているのは事実だが、それでも生活していれば少しずつ汚れてくるのは事実だ。だから定期的に掃除する必要がある。とはいえ、普段から綺麗にしているからそんなに掃除する必要なんて元々なかったから、簡単に掃除するだけで綺麗になる。
でもこうなってくると少し物足りなさが出てくる。
もうちょっとお家を綺麗にお掃除したくなる。
となるとやっぱり窓の掃除だろうか?
それともキッチンの掃除だろうか?
でも正直、キッチンの掃除はやることが多すぎてママの手際を見ていても何をすればいいのか、全くわからない。それに火の回りを勝手に触ると危ないって怒られる。となると窓の掃除をするのがいいのかもしれない。窓の掃除だったらちょっとパパの力を借りる必要があるかもしれないが、一日で全部綺麗にすることができるはずだ。
そうとなれば、やる事は決まった。バケツや雑巾を用意しなきゃならない。
「よーし、やるぞー」
と、気合を入れた所で、
「ルーシェ。そろそろ昼の準備をするから切り上げておけ」
「あ、はーい!」
パパの声に一時的にお掃除を中断する。手を洗ってきたパパと一緒にキッチンに向かいながら、冷蔵庫の中をチェックする。ママが出ていく前に事前にいろいろと用意してくれたり、作り置きを用意してくれている。それから手を付けるのも別にいいのだが―――やっぱり、折角ママがいないのだから、自分で何かを作りたいという欲が強い。幸い、自分でも簡単に作れるものがある。材料も冷蔵庫の中に揃っている。
「どうする?」
「サンドイッチ作る!」
「ならパンを切ろう」
「じゃあ具の用意する!」
「その前にちゃんと手を洗っておけ」
「はーい」
パパに促され、手を洗ってから昼食の準備に、パパと一緒に入る。そこにママはいないけど、やっぱりパパと一緒に何かをする、というのは物凄い新鮮だ。いつもはママとやっていることばかりに、同じことでも違う風に感じられる。この少しの変化が、楽しいのだ。
ママが家にいないのはちょっぴり寂しいけど―――やっぱり、少しだけ感じる非日常は楽しい。
それから数日間は、パパとお留守番をした。
数日間家をママが空けるというのは本当に珍しかった。何かがあるようなら、必要なら、というのは大体パパがやってくれる。長期で外に出るのは大体パパで、ママでも長い間外に出るような事はなかったからだ。だからすぐに帰ってくると思って実行した、《お帰り、家はピカピカにしておいたよ》作戦は失敗したものの、しばらくはパパと二人の生活で、家のあれこれをやっていた。
やっていてわかるのは、一人でなんでもかんでもやろうとすると、すぐに時間が無くなってしまうという事だった。
自分でやれることはやろうとして―――頑張ってみたらいつの間にか日が暮れていた。
最近は歌を歌ったり、パパに買ってもらった楽器でちょっと演奏してみたり、楽譜の読み方を覚えてみたり、色々とやりたい事が多かった。なんというか、これが一番楽しい! というものがようやく見つかった感じがあるからそれをする時間も欲しい。
だけど家の事をやると、それだけで一日の時間が潰れてしまう。そうすると練習する時間も、遊ぶ時間も、勉強する時間も無くなってしまう。
だから本当に、本当に……しょうがないけど、パパと役割分担して、家の事を片づけることにした。一人でなんでもかんでもやろうとすると、全く時間が足りないし、パパが凄い寂しそうな顔をしている事も解ったからだ。
決して、もっと遊ぶ時間が欲しいからという理由じゃない。
だけどこうやってママがいない時に全部やろうとして解るのは、これを普段からママは何も文句を言わずに、しかもちゃんと時間以内に終わらせられるように一人でやっているという事だった。
意外と……というか、結構な重労働だ。
それをママは何も文句を言わずに全部、毎日毎日やっているのだ。
改めてそうやってママがやっていることを自分で感じると、感謝の言葉しかなかった。ママはいつもいつも笑顔で、そして飽きる事もなくボクとパパの面倒を見ている。
純粋に凄いなぁ、と思う。
ボクだったら毎日そんな風に我慢する事は出来ない。だから家にママが帰ってきたら、思いっきり抱きしめてお疲れ様、お帰り、そしてありがとうの言葉を伝えないといけないと思った。
この感謝の気持ちを、どうにかしてママに伝えなきゃいけない。だけどどうすればこの心いっぱいの気持ちを伝える事ができるんだろう?
そんなことを考えている間に、森が少しだけざわめいた。
それでママがこの森に帰ってきたんだ、というのが解ってしまった。
家の中で読んでいた本を椅子の上へと置いてから家の外へと向かって走って飛び出し、家へと向かって林道を歩いてやってくるいつも通りの、変わらないママの姿を見つけた。その姿を見て、自分が寂しさを感じていた事を自覚しながら、それがママの帰還と共に払拭されたのを感じつつ笑みを浮かべて、近づこうとしたところで、
ママのすぐ横、足にしがみつくように半分隠れるようにいる子の姿を見つけた。
綺麗な、長い緑髪の女の子―――どこか、おどおどとしている様子の、子。
初めて見る、自分よりも小さな人。
初めて会う、パパとママ以外の誰か。
助けを求めるようにママを見上げたのは、ボクだけじゃなかった。
だけどママはボクと彼女を見る顔へ笑みを浮かべて、何も言わない。だからボクは……たぶん、彼女よりも年上だから、歩いて近づきながら、
「あ、あの」
と、声をかけて。その声に彼女はちょっとびくり、と体を震わせてから消え入りそうな声で答えてきた。
「は、はい」
「ぼ、ボクはルーシェ。き、君の名前は?」
「わ、私は―――」
彼女は、少しおびえるように、しかし覚悟を込めるようにママの後ろから出てきて、頑張るように―――、
「ほ、ホーネットでしゅ!」
噛んだ。
でしゅ。
ロリホーネットよ~。