「ふふふ、ホーちゃんこっち! こっち!」
「ま、待ってくださいルーちゃん!」
ふふふ、と笑いながらホーネットと軽く距離を開けて走る。後ろから追いかけてくるホーネットは少しだけ本気を出すように、魔力を使って肉体を強化して追いすがってくる。だがこちらも追いかけっこには中々自信がある。追いかけてくるホーネットを振りきるように足に力を込めて跳ぶ。追い付きそうなホーネットに対して距離を開けながら花畑の大地に着地する。それを見たホーネットが軽く頬を膨らませながら、
「《粘着地面》!」
と、いきなり反則技を使ってくる。
……が、問題はない。
ホーネットと自分がやっている追いかけっこは、フライング3秒前、反則ありの問答無用ルールなのだ。魔法ぐらい使われたって反則だけど問題ないのだ。
……反則だけど。
全く問題ないのだ!
ホーネットが着地する所に設置するねばねばする地面を、そのまま強く足を叩きつける事で破壊してしまう。ねばねばするのがちょっとだけ靴の裏にくっついちゃうけど、それでも強く踏めばそれも剥がれる。花畑もちょっとだけ荒れるけどなぜか次の日には綺麗に戻っているし、気にする必要はない。だってここは、そういう場所だってママが言っていたから。だから楽しむように笑って、声を出して、魔法を踏みつぶすとホーネットがもう目の前にいた。
「あ」
「隙あり、ですよルーちゃん」
と、地面を破壊している間に追い付かれたホーネットにタッチされてしまった。ぺちり、と頭を叩かれて、うー、と声をこぼしながらそのままそこに立って、ホーネットが逃げ出すのを待つ。
「いーち、にーい、さーん、しーい、ごろくしはくじゅ!」
「ずるい!」
「ずるいもーん!」
「じゃあ飛びます」
「あ―――!」
ホーネットがママ直伝の飛行魔法で飛び始めた。ボクは、ホーネットみたいに魔法が使えないからママから魔法を教えて貰えたホーネットの事が少しだけ、羨ましい。だけど自分の方がいっぱいママから教わっている。だからそれを考えたら自分の方が上だ。何で上、とかは良くわからないけど。自分の方が上なのでオッケー。
なのでホーネットが飛び上がって逃亡するのを見て、同時に追いかけ始める。勢いよく地面をけって跳躍し、ホーネットへと向かうが、ホーネットが急降下し、こちらの下へと潜り込み、上へと飛んでゆくのを少しだけ面白そうに眺めているのが見えた。空を飛べないと、空を飛ぶホーネット相手には物凄く不利になるというかまともに追い付ける気がしない。
だからずるをするしかない。
そう、これは仕方がない事なのである!
ホーネットを超えるように着地すると、ホーネットは距離を開けずにいつでもよけられるように、一定の距離を開けた状態で浮かんだまま、こちらの動きを待っている。だからそれに対抗するように、手を森の方へと向ける。
「おいで!」
声を張って、呼び出す。
「……」
「……」
手を突き出した姿勢のまま、少しだけ無言で待つ。ホーネットがこちらに視線を送ってくる。
「大丈夫ですか?」
「も、もう少しだけ待ってて! たぶん迷子になってるだけだから」
「迷子」
手をもう一度力強く森の方へと押し出すと、木々の間から回転しながら弓が飛んでくる。それを突き出した手で掴み取り、掲げるようにポーズを決めれば、ホーネットの目が少しだけ輝いているのが見える。うんうん、かっこいいよね。ボクもこれを決めるためにかなり練習したもん。そして
複数の弦が琴のようについた弓はセットとなる矢が存在せず、普通の弓を構えるように弓を構えられる。何をするのか、
だけど、
「しゃららーん!」
小指で弦を抑えながら中指で弾き、音の波を作る。小指で抑える強さによって音の波が、強く弱く低く高くなったりする。その変化が面白い。だけどそれだけじゃなくて、音はどこにでも響くものだから、たとえ見えなくても、聞こえてしまう。
「わぷっ、くしゅん!」
「えへへ、成功」
花びらを音で弾いて、ホーネットの顔に当てた。それによってホーネットの魔法が狂う。これでホーネットが落ちてくる―――!
と、思ったのも束の間。
ホーネットから瞬間的に大量の魔力が放出された。
「あ゛っ」
「え? あっ」
ホーネットから瞬間的に放出された魔力が行き場を求めて暴走する。ホーネットは、凄まじい魔力を持っていて普段はそれをコントロールしているのだが、どうやら今ので完全にコントロールを失ってしまったらしく、ホーネットが滅茶苦茶おろおろしながら見渡している。自分も肥大化を続ける魔力を前に、弓を握った手を大きく振っている。
「静まれー! 静まりたまえー! 魔力さん静まって―――!」
「たぶんそれじゃ静まらないです―――!」
「ほんと!?」
「本当に!」
静まらないらしい。降りて―――というよりは顔面から落ちてきたホーネットと一緒に地上でわたわたドゥーム・デイの到来を絶望しながら眺めていれば、
「―――全く、何をやっているんだ」
頼りになる声が、ちょっと苦笑交じりにやってきた。
視界に映らない速度で出現した影は、登場と同時に一撃で破裂寸前だった魔力を消し去って、余波も何も残さず消滅させて―――しかし、魔力を暴走させているホーネットがまだ残っている。ホッとしたところで今度は魔法が暴発しそうになり、
それをパパが軽いデコピンをホーネットの額に叩き込んで止めた。ついでにと言わんばかりにパパがこっちにもデコピンを叩き込んでくる。軽くその衝撃によろけながら額を抑える。滅茶苦茶痛い。ちょっと涙が出ちゃう。
ちゃんと痛いというのを確認するようにパパがボクとホーネットを見て、腕を組む。
「遊びに夢中になるのはいいが、ちゃんと注意を払うべきところには注意を払っておけ。全く、落ち着くまで魔力は消しておくからな」
「はい、ごめんなさい……」
「はーい!」
「本当に反省しているのか……」
パパがあきれた視線をこちらに向けてくるが、大丈夫大丈夫、今回はちょっと咬み合わせが悪かっただけだ。次回はこう……詠唱キャンセルとか、そんな感じの大道芸を狙っていけば面白いのかもしれない。声に対して音をぶつけることで無音を作る……そうすれば魔法とか完全に抑え込めるんじゃないだろうか? まぁ、ホーネットが魔法を使わずに魔力をぶっ放してきたらどうしようもないけど。
それでもこのエクストリーム追いかけっこの探求は、止まらない……!
「反省してない顔だなこれは」
「あ痛っ」
パパにげんこつを貰ってしまった。
ホーちゃんが、ホーネットがうちにやってきてから一年が経った。
なんでも、ホーネットは《外》の世界では物凄く強く、そして魔王とかいう人物の娘らしい。ホーネットが解る頃にはホーネットのママは死んでいて、ホーネットのパパの魔王が部下の決戦リンク? とかいう人に頼んで面倒を見て貰ってたらしい。ママが言うには、別にホーネットは嫌われている訳じゃなかったらしい。魔王も偶にホーネットに会いに来ては色々とプレゼントしてたらしい。
パパが不器用な奴だ、と言っていたのをママが物凄い視線で見てたのが面白かった。
しかし、外の世界で起きている戦争もこれからは激しくなっていくらしい。なんでも、クライマックスとの事。これから更に激しく、そして一部を除いた大陸全土で今までにない規模の大戦争が発生するらしい。
まおー様は城を出て戦う。決戦リンクさんもそうらしい。魔人と呼ばれる人たちは皆、戦うらしい。そうなると誰も、ホーネットと一緒にいられない。だからそこをママが連れてきた、という話だった。戦争が終わるまで、大体の見通して10年ぐらいという話。その間、信頼して安全だと解る場所にホーネットを預かるという事で、ホーネットはうちにいる。
そんな訳で一年、一緒だった。
最初のころはなんというか……凄い、テンパってた。なんでもかんでもできる! という事を見せようとしたり、お父さんである魔王を心配させないようにしているのがボクからでも解っていた。だから良く噛んでいたし、転んだりする姿も見えて、たまに泣きそうになっていた。だけどそれをホーネットは堪えていた。やっぱり、寂しいんだったと思う。初めてお父さんから離れて遠くで暮らすことになって。
ホーネットは、ボクが知っている限りとても頭の良い子だから。きっと、彼女がわがままを言ってはいけない、言えないという事が解っていたんだと思う。それでも寂しさというものはごまかせるものでも、我慢できるものでもない。だからそれを忘れようとして空回って頑張ろうとする姿は―――うん、少し前に自分でもやったなぁ、というのを思い出す。
ともあれ、それから一年が経過したのである。
ここまでくると、流石に気を張り続けるのも難しいという事で、ホーネットもちょっとだけ頑張るのをやめた。でも元が頑張り屋さんみたいで、いつも何かできないか、というのをパパとママに聞いてくる。だけどホーネットにもちろん、ボクも負けてはいられない。ホーネットがパパとママに何かできないかと聞くのなら、ボクもパパとママに何かできないか、と詰め寄る。
そうやって、ボクとホーネットは競い合うようになった。
どっちが役に立てるか、からどっちのが凄いのかへ変わった。
そうなってくると、ホーネットもだいぶ遠慮というものがなくなってくる。ホーネットはお嬢様だから、そういう風に教育を受けたらしいから、口調はボクなんかと違って物凄く丁寧で、おしとやかな感じだ。でも、彼女の根本の部分はそうじゃない。物凄いお転婆……なのはボクと一緒。だから体を動かしたり、一緒に遊んで回るのは凄く楽しい。
何よりも、初めて自分と比べ、競い合える友達は凄く、嬉しい。
今までは自分ひとりで頑張って、パパとママに教わるだけだったけど、今はホーネットがいるから一人で頑張るだけじゃない。自分がどれだけ成長したのかを図って勝負できる相手がいる。
それがたまらなく、楽しかった。
この一年間の毎日が本当に本当に楽しくて、走って遊んだり、武器の練習も今までは嫌だったけど楽しくなってくる。歌を一緒に歌ったり、森の動物さんたちと混ざってお昼寝とかもしている。
こんな日々がずっと、ずっと続けばいいのに。
楽しい毎日が、ずっと続けばいいのに。
遊んで学び、競い合いながら毎日を過ごす。
ルーシェ・カラーとホーネットが、同じベッドの中に入って眠っている。遊び疲れからか、深い眠りに落ちている二人は夢さえも見る事のない深い眠りに落ちている。安らかな表情は、その日がどれだけ満ち足りているのかを表現するものでもあった。手を繋ぎ、一緒に眠る姿はまるで姉妹のように見れる。
ルーシェ・カラーと、ホーネットは同年代の子供ではない。
ルーシェ・カラーはホーネットよりもはるか昔に生まれ、少女のまま時を過ごしている。少女が少女である限り、ルーシェの時は止まったままとして進みはしない。
だがそれが通じるのはルーシェ・カラーだけである。
チクタク、壁に掛けられた時計の針が音を立てながら進んでゆく。
来たときはまだ、ルーシェよりも少し背が低い程度だったホーネットは―――この一年で、その身長がわずかに伸びていた。
少しずつ、
少しずつ、大人へと向けて成長していた。
次回、ルドラサウムは今日も地獄です ~2時間スペシャル~
特別ゲストに魔王ガイ、魔人ケイブリス、絶・闘神M・M・ルーン等を迎えてお送りいたします。