道化師。現代で言えばピエロ等のイメージが強い。
連中はエンターテイナーであり、同時に言動的な狂人である。その理由は社会にそぐわぬ思想や高い教養から宗教に当てはまらない自由な言動を行えていたからである。王としての格はそれらのエンターテイナーを飼う所にもあった。スラルが道化師、と表現したのはそう言う部分にあるのだろう。俺の狂ったような言動、しかし不気味なほどに博識な部分に。
正直、良く殺さないもんだと思った。俺なら間違いなく殺している。マギーホアでもたぶん殺す。だがスラルは魔王だ。最も思慮深く、そして慎重な魔王だと言われている。
だが逆に言えばそれは臆病であるという事の証でもある。
「ま、スラルちゃんは神様に《無敵結界》を頼むぐらいには臆病だしねぇ。欠片でも自分を殺し得る可能性を見出せるなら殺して始末するより、可能性の全てを確認したいって所なんだろうな。実に人間らしい」
特に臆病な部分とか。それに魔王が持つ、問答無用の破壊衝動、リトルプリンセスやランスが常に悩まされていたアレに犯されている様な様子をスラルは見せていなかった。つまりシステムとしての破壊衝動はまだ組み上げられていない。或いはそれが《無敵結界》と一緒に実装されたか、もしくはナイチサやジルの残虐性辺りが【血の記憶】に残されてしまったのかもしれない。
ま、どちらにしろ、どうでもいい話だ。その時に知ればいい。今から答えを得たら先の出来事に楽しみがなくなる。
だから運命を視たりするのは愉しみが減るだけだよルドラサウム君?
ある意味、未来を知らない方が楽しかったかもしれないと思う。
まぁ、それはそれとしてスラルから滞在許可をもらったので―――一番最初に見つけた魔物兵をケリ転がして、《裁縫》技能持ちの魔物兵を走らせるようにして来る。そしてその上で要望を伝えてさっさとパシらせる。魔王の下で一時的に働くのだから、このままの服装では格好が悪い。この世界で歩き回る為のちゃんとした服装が欲しかった。スラルを見ている感じ、資材管理や調達、集めたりするのには神経質にやっていそうだし、スラルの上質な服装を見る限り、絶対に部下に作らせたものだというのが解る。
それに便乗して俺の服も作らせてしまおうという話だった。魔王クラスで格好良い服装を期待する。こう、次にハンティに会ったらキャー! 姉さんかっこいいー! 素敵ー! 抱いてー! あ、駄目だ、パットンとハンティのカップリングは外せない。シリーズファンとしてこのカップリングを外してはならないのだ。ならしょうがない、少しだけダサくても我慢しよう。
「パトハンいいよね……でもやっぱランス君とシィルちゃんの組み合わせがね……ファンとしてね、絶対に外せないと思うんだ……こう、あんな態度でも実は一番大切にしているって事実がね、こう、どうしようもない尊みあってね? ウル様溶けそう……」
「いや、厨房で溶けないでください」
と、服飾に関して頼んだ足でそのまま厨房へと来てしまった。隻腕となってしまったが、人間の姿になったので、料理は技能がある事も含め、軽い趣味というか楽しみになりつつあった。というかガルティアに天ぷらを食わせてしまった手前、自分だけ何も食ってないという事実に直面していた。メガラス君は虫ベースだし樹液啜ってればいいのかもしれないが、自分はそうもいかない。
長い間飯を絶っても平気と言えば平気なのだが、ガルティアがああも美味しそうに食べている姿を見ると自分もなんか食べたくなってくる。
「っつーわけで、へんでろぱを作ります」
「なんだよそれ……」
「というかお前誰だよ……」
「気にするな。ウル様は通りすがりの吟遊詩人シェフだ。特技は生でイカマンを食う事だ」
「解った、こいつ逆らったらいけないタイプだな? ん??」
そんな事ないよー、と魔王城厨房をチェックする。鍋とかフライパンとか意外といいもん揃ってるじゃん、と声を零す。食器とかも割と上品な物が用意されている。魔軍という話だからもうちょっと、こう、雑に用意されているものだと思ったのだが、そんな事はなかった。まぁ、スラルの服装も結構品のある物だし。
「あぁ、そこは魔王様が揃えておけって」
「そうそう、集団として活動するならそれなりに品格が必要だって」
「食事は元気の素だから特に気合を入れるとか」
「まぁ、俺ら料理経験皆無だから焼いたり煮たりする程度しか出来ないけどな!」
厨房でエプロンにコック帽子姿の魔物兵たちがどわ、っと笑う。いかんぞ、それではいかんぞ、と軽い説教を入れる。なんで俺魔王城に来てまで魔物兵に説教しているんだろうか? と軽く首を傾げたりもしているが、
「お前らにアイアン・シェフのウル様が本当の料理ってもんを教えてやるよ……!」
「料理できるの!? マジで!?」
「魔王様でさえ出来ないのに? 神かよ」
スラルちゃんなにやってんだろ……? そう思いながら貯蔵庫をチェック。その中にある材料を確認し、高級食品も普通の食品もつぎ込まれているのを確認した。えーと、コラボカフェに行った事があるんだよなぁ、と頭をとんとん、と叩き記憶を掘り出す。
へんでろぱは原作の説明だとかなり解り辛いが、クリームシチューに近い食べ物だ。ただし肉と魚、両方が入ったそれなりにボリュームのあるものだ。使う材料も結構謎染みたものが多いが、それでも代用品を作れば自分が地球で食べたコラボカフェのメニューの味は、再現できるだろう。後は全部自分が持っている1だか2だか不明の《料理》技能で補正すれば何とかなるだろう。
という訳で作成。
「鶏肉……お、ほららあるじゃん。後はミルクにげっ、ヒラミレモンまで置いてあるのは凄いな。塩胡椒でもいいけど、ストーンガーディアンの涙があるならそっち使っちまおうか。後は野菜と茸を少々……っと、お前ら見てろよ見てろよー」
「任せろ、台無しにした食材を見て爆笑する準備は出来てるから」
中指を突き立ててから作業開始。つってもやる事はほとんどクリームシチュー作るのと一緒なのだが。魔王城の糞雑魚コック魔物に本当の料理ってものを教える為にも、包丁の持ち方からどうやって切るのか、下ごしらえの仕方、どの程度の強さで洗うのか、とか場合によっては洗う為の水の温度の話とかを軽く流すようにしておく。
で、下準備が完了してしまえば順番に時間をかけて、煮込みつつ投入して行くだけなのでそこまで難しくはない。肉と魚だけでは口の中がちょっと重いので野菜といっても汁をある程度吸って味の付きやすいブロッコリーを使う。で、レモンはカットして味付けにちょい使いつつ、飾る事も忘れずに輪切りしたのをよそった器に盛りつけて完成。
やっぱ肉と魚とクリーム煮だと絵面が茶色と白で染まってしまうので、緑野菜をある程度見栄えの為に投入するのは大事だよな、と完成された《へんでろぱ》を見て頷く。うん、出来は悪くないんじゃないだろうか? 少なくとも《料理》技能からは失敗の予感がない。
「ま、こんな感じだな。料理ってのは根本的に才能よりも経験と回数が肝だからお前らもレシピを用意して、それを何度も繰り返せばその内普通に料理ってもんが出来る様になるから。俺もこの100年間は石鍋で料理したり頑張ったし。あ、鍋の中身はやるよ。これだけ食えればいいし」
「流石料理長!」
「話が分かるゥ!」
「いただきまーす!」
「お前ら魂売るの早いな、おい」
まぁ、魔物って大体そういう生き物だよね、って思いつつ完成されたへんでろぱを適当な椅子に座って食べようとすると、
なんか、懐かしい姿が厨房のテーブル前の椅子に座っていた。こう、ねじれた角とか髪色とか、物凄い懐かしいのだが、目の前に並べられているスプーンと、手元のへんでろぱへと向けられている視線を見れば、何を求めているのかが一瞬で解る。
「献上する事を許すぞ」
「カミーラちゃん……」
数百年ぶりに目撃した魔人カミーラは腹ペコさんだった。少々、情けない王冠の姿を見て、しかし懐かしい姿が見れた事にどことなく、安堵を覚えている自分の心を感じていた。カミーラの反対側に座り、二人の間にへんでろぱを置いた。そして人差し指でカミーラと自分を指さし合い、分け合う事も示す。それにカミーラが一瞬、難色を示そうとするが、
「ひゅご―――」
「解った、分け合おう」
重力魔法の応用で口の中に全部一瞬で吸い込んでやろうかと動作を見せたら、あっさりと折れた。スプーンを片手に肉と魚を軽く切り、それをシチューと一緒に口に運んだカミーラは、どことなく満足げな表情を浮かべた。
「今度から私の料理人として傍にいる事を許そう」
「そんなに食料事情が酷いのか、ここは……」
「……まぁ、まだドラゴンの頃であれば知らなかったのだ。我慢も出来た。だが魔王めが人の街から持ち帰った料理を一度食べてしまってはな……」
「舌が肥えちゃったのね」
そら大変だ。ドラゴンの食生活は焼いて食うかそのまま食い殺すか、それぐらいだった。そしてそれが当然だった。味付けとかそんな概念は欠片も存在しない。その中で人間の考案した料理という文化、それを知ってしまうと確かに知らなかった頃に戻るのは難しいよなぁ、とへんでろぱを食べながら思う。
……うん、美味しくできた。ヒラミレモンってこういう味だったのか。うーん、嫌いじゃない。
むしゃむしゃと輪切りのヒラミレモンを食べながら思う。この酸っぱさが自分は好きだ。ヒラミレモン、もうちょっと数確保できないだろうか? まぁ、それはともかく、カミーラがガンガン肉と魚ばかりを食おうとするので、野菜の方を押し付けてやる。バランスよく食え、バランス良く。
「しかし貴様、生きていたか。よくあの騒動の中に生きていたな……まぁ、貴様がそう簡単に死ぬとは思えなかったが」
「神様に愛されているからね。死にたくてもたぶんそう簡単には死なせてくれないさ。一種の呪いの様なもんだよ。とりあえず死ねそうな方向に突っ込んでみてるけど、今の所死ねてないしな」
真面目に運命捻じ曲げられている可能性もあり得るのだ。その場合、死のうと頑張っている俺の努力がまさに道化の様になるのだが。まぁ、それはそれとして、
「ちゃんと食事取ってるか? 肌の色が悪いぞカミーラちゃん」
「雑な飯がどうもダメでな。貴様の作るそれは悪くない。また作れ」
「偉く素直になったなぁ、カミーラちゃんは」
その言葉に、カミーラはスプーンを止めて、此方へと視線を向けてきた。口へと片手で運んでいた食べ物の動きを止めつつ、片目でカミーラの視線に応えた。
「貴様には……勝てる気がしない」
「カミーラちゃんなら殺そうと思えば殺せるでしょ? 俺は抵抗しないぜ」
「そういう意味ではない。根本的に何をしようが、全ての掌の上の様な感じが拭えない。何をしても全てが想定通り。実際、アベルの件も貴様の言うとおりに動けばその通りになった。そして不妊となった私は象徴としての王冠として、取り戻された後ではマギーホアに犯される事もなくなった……全て、貴様が誑かした通りだ」
まぁ、その方が面白いだろうとは思ったし。まぁ、カミーラの言葉は間違っていない。知識は―――或いは、この世界という事に対する真理があれば、その程度容易いだろうとは思う。万能でも全能でもない。でも確かに、自分が保有する知識の数々はそれその物が《真理》と名乗っても良いレベルでの情報だろう。
カミーラはそれを知らずとも、それに似た何かを感じ取っているのかもしれない。カミーラもなんだかんだでドラゴンだ。王冠として扱われ、丁寧に犯され続けてきたが、それでもドラゴンだ。彼女は決して、愚鈍ではない。寧ろ賢しい方の生物だ、スペックとしては。未来での彼女があんまりなのは、彼女の性質として怠惰の陰に覆われてしまった事にも原因がある。
だが今の彼女はその長い怠惰に陥る前の状態だ。
「ウル・カラー……貴様は一体、何者なんだ……?」
カミーラの言葉にさぁ、と答える。
「その答えは俺が一番知りたい。メインプレイヤーなのか。或いは特別ユニットなのか。それとも第四の次元を超えた来訪者なのか。それとも新しくルドちゃんが思いついたゲームの一部なのか。或いは或いは俺自身がルドちゃんの化身かもしれないぜ? あぁ、いや、それは流石にないか。はっはっは……」
どうせ、言っている意味の大半も理解できないだろう。だからカミーラに顔を寄せ、その瞳を覗き込みながら、息が当たる距離で口を開く。
「―――君の瞳に映るウル・カラーは何に見えるかな? 鯨かな? 竜かな? 神かな? それとも悪魔かな? 無力なカラーでもいいんだぞ。カミーラちゃんは、俺が、何に見えるのかな―――?」
「―――」
カミーラが言葉を失い、動きを停止させる。瞳を覗き込んだまま、あらゆる動きを停止させ、唇を開こうとして、それを閉ざした。言葉を見つけようとしてそれを失っている様だった。
あぁ、うん、
「ちょっと意地悪し過ぎたかな。年下の娘に大人げないか」
嗤いながらカミーラから顔を遠ざけ、そのまま椅子から立ち上がる。ヒラミレモンを1個だけ手に取って背を向け、厨房の外を目指す。
「あぁ、残りはカミーラちゃんが食べちゃっていいよ。俺はこの酸っぱさが気に入ったし」
手の中で転がし、上に投げてキャッチしながら厨房を出るものの、カミーラから返答はない。意地悪し過ぎたかもしれない。それでも俺だって自分が何者なのかは知りたいのだ。なんでここに居るのか、なんでドラゴンだったのか、なんでこんな知識があるのだろうか。俺の運命がどうなっているのか、ALICEちゃんに教えて貰いたいぐらいだった。あぁ、でもそうか、あの神の誕生は俺の後なのか。となると本格的に俺、おばあさんではないか。本当に多くの神や魔人をちゃんや君付けで呼べるのか。それはそれで楽しいぞ。
「ま、楽しければなんでもいいんだけどね」
キャラづくりにじゃなくて、素で脳味噌を蕩けさせられるような状況が好ましい。そんな日常が続いてくれれば、何も文句はない。そう思っていると、
「あまり、私の部下を虐めないで頂戴ね」
と、気配も音もなく、何時の間にか手に転がしていたヒラミレモンを奪われていた。背後を振り返れば、厨房の方へと向かうスラルの背中姿が見えた。
「あぁ、後料理が上手なら今度私になんか、甘いものでも作って。上司命令ね……すっぱ」
一口だけ噛んでヒラミレモンを投げ返してくるスラルの背中姿を見送りながら、上書きする様にヒラミレモンを噛んだ。
「このどうしようもなく頭を殴りつけてくるような酸っぱさがいいんじゃないか。スラルちゃんは子供舌だなぁ」
ま、楽しく。楽しく、やらせて貰おう。まだ楽しめる魔王の間に。それと並行して魔法の研究をしなくてはならないし。
《無敵結界》対策、SS歴の間にある程度形にしておけば、間違いなくナイチサやジルの時代でも魔人や魔王を相手に遊ぶ事が出来るのだ。
それを学べる最高の環境、出て行くわけがないだろう。
狂気の底をうっかり開けちゃいそうなカミーラさん、やっぱアイツ悪魔だわと結論付ける。そんな傷心かかか、カミーラさん! が間違いなくそうなるのを見越して隠れてスタンバイしてたリスがどこかに居るらしいですよ。
あいつ、危機管理能力だけ天元突破しているから魔王城に来た時点である程度察しているやもしれぬ。
スラル様はホワイト企業の社長。鯨はブラック企業を複数運営する社会の闇。