一瞬の影が頭上に差した。
瞬間的に落下してくる姿に反応して体が横に向かって飛ぶ。受けない―――受けてはならない。膂力の差は歴然。たとえ、自分の身体能力が優れていたとしても、最上の結果は自分が一切ダメージを受けず、そして道具を一切損耗せずに勝利を得る事だ。つまりガード、防御するという行動は次善策に近い。回避が可能である状況ならば常に回避する事でダメージを減らすのが理想的だ。
だから大きく横に飛ぶ。経験上、ぎりぎりで避けるとそこからコンボが続いて一気に意識を持っていかれるので大きく、武器のリーチから完全に逃れるように回避するのが理想的だ。
「良い判断だ」
上から落ちてきた姿は上半身が裸で、両手に槍と斧槍を握ったパパの姿だ。着地と同時に自分の周囲に斬撃の壁を生み出して、着地狩りなんてさせないように攻撃と防御を同時に徹底している。あんな姿に突っ込んだら最後、お気に入りの服がボロボロになってしまう。それだけは絶対に避けないとならない。だから横に飛びながら腰から引き抜いた矢を軽く指で回転させながら弓に番えるのと同時に放った。
まるで最初から障害が存在しなかったかのように斬撃をすり抜けてパパの顔面へと向かって矢は飛翔し、
それを噛んでパパは受け止めた。
「甘い」
「手加減してよもぉ―――!!」
転がりながら片膝をつくように足を止めるのと同時に完全に槍の矛先が突きつけられるのを、横にずれて回避する。そこから連続で素早い動きが放たれ、此方を立ち上がらせないように追い詰めてくる。これ、3手で詰む奴だ、と経験から察すると選択肢が生まれてくる。
歌うか、否か。
弓だけではこの状況を打破できない。
だけど戦うのに歌や音楽を巻き込みたくはない。
でも、ここでパパに合格をもらえなければそもそも、ここから出る時が遠のいて行く。
その苦悩を避ける一手の間にゆっくりと考え、回避を成功させたところで息を吸い込んだ。
「―――」
「む」
強く口笛を吹いた。
高い音が森の中に響くように貫き、音が次の一手に差し込まれるように入った。音が到達するのと同時にパパの動きが硬直する。それはそうだ。今口笛で
つまりワンアクション稼げる。
その間にハーモニカを吹く。複雑な音を作れる楽器はそれだけでよい。理想はリュートか、フルート辺りだけどそっちは両手を開けないとさすがに難しい。軽く喉で音を調整してから息をハーモニカに吹き込む。七色の音色が鳴り響きながら浸透する。
それをパパが一閃―――空気の壁を切断する事で
極論、音による干渉は音の伝達を阻止すればその時点で無効化できる、という弱点が存在する。そこら辺を一切遠慮なく、パパは突いてくる。こんなこと、そもそも音速以上の知覚を発揮できるドラゴンでもないとできない事なのだが、パパはそれを
大人げないにもほどがある。
だけどそれでさらにワンアクション、時間ができる。ハーモニカ破棄。距離を開けたので弓と矢に武器を集中させて、弦を弾く。矢をまっすぐに放ちながらパパの姿から距離を開けるように後ろへとバックステップを取る。横に残像を生み出すように滑るパパの姿が最小限で矢を回避しながら一気に距離を詰めてくる。その速度はあらゆる点で此方を超えて早い。
身体スペックが根本からして違い過ぎる。
「まだだ、甘い。もっと力を引き出せる筈だ」
「割と頑張ってるよ!!」
第三の目を開く。振るわれる槍と斧槍のコンビネーションを蹴りとスウェーで対応する。第三の目を開いた事によって上昇した動体視力と身体能力が、パパの放ってくる連続攻撃をギリギリのところで反応する事を許す。槍を下へと向かって蹴りながら、斧槍は大振りになるようにそのまま流し押し込む。武器の重量が大きければ大きい程戻すときの時間、そして労力が増す。パパの身体能力からすれば些事でしかないが、それでも一つ一つ積み重ねる事が最終的に大きな変化へとつながる。そうやって生み出す流れが戦闘の結末を生む。
だから諦めない。
ぎりぎりのところでパパの武芸を受け流しながら矢を放つ。風を纏った矢がパパの武器によって弾かれ、纏っていた風がそのまま裂傷となるように体に絡みつく。その間にも常にパパから鋭い、首や急所を狙う連続攻撃が放たれてくる。
その速度が徐々に、反応するたびに加速する。
「まだだ」
「つ、辛い……!」
弓を握っているのに距離を取らせて貰えない事実があまりにも絶望的だ。パパの武器を蹴って後ろへと飛ぼうとすれば、その瞬間に空中で滞空している時間を狙って一気に落としに来るだろう。だから重要なのは常に攻撃を近距離でさばきながら攻撃を続ける事だ。
必然、加速する連撃の中で此方も連続で矢を射る。
もう、矢筒から一本一本矢を抜くのが面倒だ。
矢筒をワンアクションで外し、落下する物を後ろへと向かって踵で蹴り上げる。中から吐き出されるように散らばる矢を後ろへと向かって連撃から逃亡しつつ一つ一つ、つかんでは連続で矢を放つ。偶に魔力を矢に絡める事で、弓に番える事なくその場から槍のように発射する。瞬間的に放つ矢は全部5本が上限、それ以下の矢を素早く連射する形になる。数は少ないように見えるが―――重要なのは威力、そして正確性。
連続で放つ矢をパパが槍と斧槍を正確に振るって叩き落す。金属と金属が連続で衝突する音が響き渡り、鏃が削れて火花が散る。
火花が舞い散る森の中で、パパの姿が徐々に接近する。第三の目だけでは足りず、鱗を片腕に纏っていてもまだ、力を欠片も使っていないパパには敵わない。
故にパパは当然のように接近する。
蹂躙、圧殺、制圧。
まさにそれを肉体と技術の全てで体現する様に、正面からあらゆる障害を踏み越えてゆく。その姿に対応するように矢が放った直後に消滅し、その力だけが放たれる一撃を連射する。
だがそれすら正面からものともせずに踏み込んでくる。
無理だ。
絶対に無理。
どんな手段であろうとも、パパを武器を使って、足を止める事なんて不可能だ。それは解り切った結果だ。パパが弓の使い方を教えてくれて、戦い方の考えや技術を鍛えてくれたのだ。そこからさらに発展させようとパパの能力を武芸方面で越えるというのは不可能だろう。だからどれだけ矢を射った所で、パパの足を止める事は出来ない。徐々に加速するペースにも対応しきれなくなってきている。その事を考えればそろそろ限界に到達する。
だがそれよりも矢が早く枯渇する。魔力矢であれば本数を気にせずに使う事もできるが、アクションとして発動させるのに一手かかる。その事を考えれば矢が尽きた時点で詰む。
故に次の矢に手を伸ばそうとして何もない状態が生まれた時、
「さて、どうする?」
詰む、
「こうするよっ!」
には、ちょっと早い。
「調停者、争乱の地に身を立てて暴威を止める」
「ふむ」
言葉を口にし、手を叩き、最後に必要だった要素を埋める事で詩吟を完成させる。詩吟が示すように、完成し、発動した瞬間
つまり、パパからの攻撃はすべて、無力化される。
全力で山を砕くほどの威力を繰り出しても、それがボクに対する結果を生み出す事はない。また同時に、ボクがこの間に攻撃を繰り出しても意味は持たない。これはそういう楽曲。世界に直接訴えかけて成立させる
「こーれーで―――」
フルートを取り出す。口につけて音を鳴らす。リズムに合わせて序曲から入り、音を素早く加速させて流し、完成させる。
「へーいーわーの―――歌!」
自分の中にある愛を、楽しさを、心の温かさを伝える事で戦う気持ちを消し去る歌。それを超至近距離からパパの中へと叩き込んで、心の中で完全に決まった! とガッツポーズを取る。《調停者の諧謔曲》の効果が切れたところでフルートに口をつけたまま、動きを止めてパパの方へと視線を向ける。
「パパ! やっぱり暴力はいけないと思うんだ、ボク」
「これは暴力ではなく愛の鉄拳だから問題ないな」
「あう」
デコピンを食らって一発で倒された。
「自分の奥義の類が通ればそのまま勝てるという甘い考えは捨てろ。上位であればそうであるほど、生物としての理や、その制限から外れる。都合の良い願い程叶わないものだ」
「厳しい……」
家のすぐ近くの森の中で、パパとの訓練が終わった所で、両足を広げるように葉のクッションの中に座り込んでいる。パパはその前で腕を組んで見下ろしている。地味に食らったデコピンがいまだに痛い。
「だが……今回は悪くなかった。能動的に音楽も詩も戦いに取り入れていたな」
「本当は嫌だけど……すっご―――く! 嫌だけど! だけど使わないとパパ相手に1%でもいいから勝ち目を作れないもんボク!」
「まぁ、使ったところで俺は負けないが」
「ひどい」
強くてずるーい、と文句を上げると、パパが本当に、本当に珍しく大きな笑みを浮かべた。
「お前の父親だからな。この世界で一番強いぞ」
「うーん、これは勝てない」
まぁ、パパがそういうなら勝てないよなぁ、って納得はある。とはいえ、今回はそれなりに本気でやった。ホーネットから学んだ魔法の矢も、連続矢も、ホーミングも、行動阻害も影縫いも全部混ぜたうえで歌って敗北した。正直、かなりショックだ。パパが本気を出していないのは知っているが、それでもまさか勝率0%だとは思いもしなかった。ずるい。ずるいけど許す。娘だもん。
「いいか、ルーシェ、主義主張を持つのは別に良い。だがそれを押し通せるのはそれ相応の力を持っている場合だけの話だ。お前がこの大陸でもそこそこの実力を得たとしても、音楽を戦いに使いたくないという思いを簡単に踏みにじってくる存在は割と多い。ナイチサとか、ナイチサとか、ナイチサとか、ナイチサとか」
「パパ、それ個人指名してるだけだよ」
「いや、すべて別名義のナイチサだ」
「別名義」
そこに関してはあまり、踏み込まないようにしよう。踏み込めばそれだけなんか、話が長くなりそうな気がする。とはいえ、
「あーあ……でも負けちゃったー……」
「だが良い具合だ。外に送り出しても、心配しなくて良いぐらいにはな」
パパのその言葉に即座に起き上がりながら詰め寄る。
「本当に!? 本当に大丈夫なの!?」
その圧に負けそうなのか。パパはこちらを軽く両手で抑えてくる。それにちょっと、はしゃぎ過ぎたかもしれない、と手を後ろに回してパパから離れた。
「その……本当なの!?」
「圧が変わっていない……が、まぁ、良いだろう。それぐらいの腕前があれば、困らされることもないだろう。本当に厄介な生き物―――魔人や魔王に関してはこっちの身内に近い存在だしな。となると後は人類だが」
人間は、あんまり強くないらしい。少なくとも矢を一発打ち込めば、爆発四散するレベルで弱いらしい。そんな弱くてどうやって生きていられるのだろう……? という疑問はあるのだが、それはそれ。旅をする上ではまぁ、問題はないという話だ。
うん、つまり、
「こ、これでパパとママの許可を取れた―――!!」
やったー、と両手を上げながら万歳する。
生まれてから百年と十何年。
ボクはようやく―――外の世界が、見られるようになる。
世代交代もそろそろ完全に終わりそうだなぁ……。