「うむ―――まぁ、これぐらいなら良いだろう」
「そうね、これぐらい出来るなら……良いかしらね?」
そう言ってパパとママからとりあえずのオーケーサインが出た。パパとママが認める、最低ラインを越せた。その為に数年間、みっちりいろんなことを教わり、そして練習し、勉強してきた。その積み重ねた努力が今、漸く形になって実った。その感覚が喜びと共に自分を満たしている。だから両手で拳を作り、ガッツポーズを居間で作った。
「よーし! 念願の外の世界が見れる―――!」
苦節、生まれてから100年。これまで外を見ることなく生活してきた。だが漸く、その外にある世界を見る事ができるようになる。この森の外の世界は、この森とは全く違う姿、形をしているらしい。地形も全然違っているらしい。それを知っているのは、言葉でだけだ。だけどそれを漸く、自分の目で確かめる事ができる。
漸く、だ。漸くそれを現実として認識できる。
その喜びとワクワクがひたすら胸の中を満たす。
果たして、外の世界はどんなふうになっているのか。
「ただ、いきなり遠出するのはやめた方が良いだろうな」
「あ、うーん……そう……だよね……」
「あらら、露骨にテンションが落ちたわねぇ」
いきなり長旅をしてはいけない、と言われてちょっとだけ落ち込む。だけど言っていることは正しい。いきなり長旅をしたところで、旅歩きという事自体に慣れていないのだから、経験不足やらなにやらで大失敗をしそうな気がする。その考えで冷静さや落ち着きを取り戻し、個人用のソファに座り込む。パパは腕を組みながらふむ、と声を零し、
「そうだな……最寄りの街の……ダッヅの街が、ここから大体二刻程の距離だな。往復で四刻、あっちで昼食をとって帰ってくればこっちで夕食が取れる……日帰りの丁度良い練習にもなるだろう」
「おぉ……それがボクの最初の冒険だね!」
「最初の冒険……そうね。それが良いわね」
最初の冒険。と言っても本当に近所を軽く回って戻ってくる程度の冒険だ。冒険とも言えないかもしれない。だけど初めてここから出て、外を歩くという意味では丁度良いぐらいだとボク自身も思えた。少なくとも、いきなり大陸の反対側を目指す旅を始めるのは色々と危険だなぁ、と思う程度には馬鹿じゃない。西の方では対魔軍の防衛線が存在する。魔王城へ、ホーネットへと会いに行くために旅をするという事はその防衛線を突破する方法を考えなくてはいけないという事でもあるし、
そんな長旅を最初からやると、寂しさで死んじゃうかもしれない。
だから、まぁ、最初は近場でいいのだ、近場で。
そして付近で慣らしてから少しずつ遠くへと行けるように練習を重ね、やがて大陸の反対側を目指す。どうせホーネットも魔人になって待っているという話なんだ。
100年ぐらい練習したって問題はない。
だけどそれはそれとして、楽しみである事実は間違いない。
パパとママが言うには
ダメだ。
いったんその事を考え出すと、楽しみで仕方がなくなってくる。
「ボク準備してくる!」
「さすがに今日は許可できないぞ」
「解ってるってパパ!」
「ふふ、本当にかわいいはしゃぎようね」
パパとママの声を後ろにおいて、そのまま自分の部屋に駆け込んでゆく。この日の為に事前にありとあらゆる冒険に便利そうな道具を集めたり作ったり買って貰ったりしてあったのだ。道具の揃え具合だけならかなり用意周到になっていると思う。
自分の部屋に駆け込んで、そのままの勢いでベッドへとダイブ。喜びに鯨のぬいぐるみを抱きしめて顔をうずめて、軽くゴロゴロと転がってから―――ぬいぐるみを投げ捨てて体を持ち上げる。
「よっし、何をもっていこうかなっ!」
ベッドから降りながら部屋の隅にかたずけてある鞄に近づいて確認する。ここには何個か鞄の類を置いてある。何度も何度もこの中に何を詰め込むのかを考えてきて、そのたびに本番にならないと何を詰め込めばいいのか、それが解らずに中にものを詰めてから毎回引っ張り出している。そしてそのまま、旅をする準備の為の鞄だけが置き去りにされている。何度も何度も、アレを見てはどうしようか、と悩んだものだが、
今日は、本当に何を持っていくのかを悩む事になる。
「あぁ、どうしようかな、どうしようかなー」
悩むような言葉を選びながらも満面の笑みをこらえきれないのは、鏡を見なくても解る。だって楽しみだもん普通に。
「うーん、今回は日帰りになるから……あまり大きな鞄を使うのはダメだよね? 着替えも必要ないし、身軽のままで良さそう」
うん、下手に大きな鞄を持ち歩いても邪魔なだけだ。となるとポーチバッグ辺りが良いサイズになるんじゃないだろうか? 着替えも、食糧も必要はないだろうし。とはいえ、片道二刻もかかるのを考えると、途中で絶対に喉が渇いたりするだろう。となると水筒と、ジャーキーぐらいは用意した方がいいんじゃないだろうか?
「うーん……」
腕を組んで考える。ベッドに腰掛けながらぬいぐるみを抱き、頭を悩ませる。
「往復で四刻……と考えると結構な移動になるんだよねー。帰りは途中までうしを使ってもいいんだけど、それはそれで味気ないし。となると歩いている間どうしようか、って事なんだよねー」
歩くだけは暇……という事もないだろう。だけど正直、歩いているだけなのは勿体ない。未知の景色をスケッチしたい。思った事を言葉として、詩として残したい。感じた事を音に乗せて運びたい。となると楽器は外せない。一番得意な楽器はそれこそ、バイオリンだ。アレとリュートが自分のお気に入りともいえる、一番得意なものだ。だけどこの規模の道のりとなるとバイオリンを運ぶのはちょっともったいないし、今回はリュートだけでいいかなぁ、なんて考える。
水筒と、軽いおやつと、リュート。
後は財布だ、財布を忘れちゃだめだ。街に行ったらパパとママに、お土産を買って帰りたい。いや、そう考えたらポーチじゃちょっと辛いかもしれない? サイズにちょっと制限を加えればやれなくもなさそうだ。まぁ、最初なのだ。気負わず、気負わず。
自分に何度もそう言う。近所を散歩して戻ってくるようなものだ、と。
だけどそれでも、漸く自分が得られた自由なのだ。それを想像するとどうしても興奮してしまう。鞄の中に何をいれるのか。それだけ盛り上がれてしまうのだから。
「うーん、うーん……」
横に、ベッドに倒れこみながら頭を悩ませていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はーい!」
「少しいいかしらー?」
「どーぞどーぞ」
声からすぐにママと解ったので、ベッドから体を持ち上げながら座って待っていると、部屋の中にママがやってきた。ベッドの端に座っている此方の姿を見るとママはあら、と声を零した。
「ご機嫌そうねー」
「うん! そりゃあ当然だよ。やっと外の世界が見れるんだもん」
「そうね、そうよね」
そう言いながらママは横に座ってきた。なんというか、今日のママは少しだけ雰囲気が静かのように感じられる。ぬいぐるみを抱いたまま、視線を横にママへと向けた。
「……どうしたのママ? あまり元気じゃないけど」
「そうねー、」
ママはそう言うと、目を閉じて考えるように首を傾げる。
「いよいよルーシェちゃんもこの森の外に出られるだけ大きくなったわ。今は近所だけになってるけど、それが終われば少し大きな旅に出ても大丈夫じゃないかなぁ、って思っているのよ」
「うん」
それだけ、自分が信頼されていると思うと嬉しくなってくる。だけど、そう言うママの表情はどことなく優れていなかった。だからママの言葉を待つ様に、視線を向けたまま、ちょっと座る距離を詰めてママの言葉を待つ。
しばらくしてからそうね、と声を零してママが続ける。
「私ね、昔はいーっぱい失敗とかを繰り返して、それを覚えながら旅をしていたのよ。いっぱい楽しいこともあれば、嫌な事もそれだけあったわ。それだけじゃなくて、私もいっぱい人が嫌がるような事もしたわね……うん、私も色々と若かったわね」
「うん。でもボクはそういう話を聞いて旅に出たいと思ったんだよ」
きっと、失敗も成功もたくさんあるだろう。だけどそれを全部ひっくるめて、人生は楽しいのだと思う。ボクもボクで、自分だけの物語を描きたい。きっと、ほかの誰にも負けない楽しい物語になるだろうと思っている。だから、旅に出たいと思ったんだ。
「そう言ってくれるのは嬉しいわよ? でもね、そうやってルーシェちゃんを良い子に、良い子に育てようとしてもしかして、私たちの理想を押し付けてしまったんじゃないか、って事が心残りだったの」
それは、きっと、ママの本音だったんだろう。もしかして、初めて聞いたママの弱音でもあるかもしれない。少しだけ困った様子で、ママは自分がやってきたことが正しかったのだろうか、なんてことを考えていた。それに対するボクの答えはちょっと、難しい。
なんだろう、
なんて言えば良いのだろうか。
「ボクにも……解らないなぁ……」
「そう?」
「うん。外に出れないことが窮屈だって思った事はあるよ。なんでボクは外に出ちゃいけないんだろうって思ったよ。ホーちゃんに会えるまでは寂しかった部分もあるかなー」
その言葉にママは少しだけ俯く。だからでもね、と声を置いた。
「でもね」
それだけじゃないんだ。
「確かに、不便だと思ったりちょっと嫌だなー、って思う事はあったよ。でもね、パパもママも優しかったんだ。一緒にいれば、どれだけボクを愛して、ボクの為にやってくれているのか、言ってくれているんだ……って事が良く伝わってくるよ」
そう、常に親の愛は感じていた。
多少の不便はある。多少の不満はある。それは仕方のない事だろう。何もかもが完璧、というのはどうしようもなく無理な話だ。もしそこに、本当に完全無欠で無敵で完璧という存在があれば、それはもう存在して良い物ではないと思う。欠点があって、欠けているものがあって、だからこそ面白いんじゃないかと思う。ボクだって最初から音楽が完全に完璧だったとしたら、こんなにもこれを楽しめるとは思えない。
だから、
「大丈夫だよ、ママ。ボクはちゃんとこうなって良かった、って思えているから」
「そう?」
「うん。ボクは……パパとママの娘で良かったと思っているよ」
「そう……そうなのね……」
その言葉に安心したのか、ママの体から力が抜けて、此方に寄りかかってくる。昔は大きく、そして重く感じたママの体。だけど今では寄りかかられても支えられるぐらいには軽く感じられる。そこに自分も成長したんだなぁ、という感慨を感じられた。だけどそうか、ボクももうそれぐらい大きくなったんだと改めて実感させられてしまった。
「ねぇ、ルーシェちゃん」
「なぁに、ママ」
「お外に一人で旅に出たら……もう、パパとママは助けられないわよ? それでも本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。その為にずっと、何度も練習してきたんだから」
「本当に大丈夫?」
「心配し過ぎだってば。ボクだってもう何もできない子供ってわけじゃないんだから」
「ママからすればまだまだルーシェちゃんは若いんだけどなぁー」
「ママはもう数千歳じゃん……ボクまだ100歳超えたばかりだよ……?」
流石にママの年齢と比べられると困る。それでも、一生懸命パパとママが伝えようとしてくれるものを受け止めて、頑張ってきたんだ。必死に覚えて、それを形にしてきたんだ。だから、
「大丈夫だよ、ママ。ママとパパが教えてくれた事はボクちゃーんと覚えてるから」
「……うん、そうね。ルーシェちゃんがそう言うなら私も信じるわ。だって自慢の娘ですもの」
ママはそう言ってボクを片腕で抱きしめて、頭を撫でてくる。ぎゅー、っと抱きしめてくるママの力は少し強いけど、それでもママの温かさというのは、小さいころから感じてきたもので、心地が良い。このまま目を閉じれば眠っちゃいそうなほどに。だけどママはしばらくぎゅーっと抱きしめた後は、解放してくれる。
「うぅぅ……一日のほとんどルーシェちゃんを見れないと思うとママ、ちょっと寂しくなってきたんだけど……やっぱり、ママと一緒にでかけ―――」
「ない!」
「えぇー! ママと一緒に出掛けましょうよー」
「ダメったらダメ! ボクの初めての旅は一人でやるよ!」
とんでもない事を言うママを部屋から追い出し、小さく笑い声を零しながら明日、という日を求めて再び鞄のところへと戻る。
さあ―――未知は目の前だ。
次回、ルーシェ、初めての外出。
ついにここまで来た、という感じで。ルド転はウル様の物語なので完全に世代交代終わったら完結なので、後はもう8話以内で終りそうですねー……。
長かった転生異聞も、終わりが。