「俺も不死者だからと高を括って街道沿いで居眠りなんてするのが悪かったのだが、まさかハニーなんぞに両足を持っていかれるとはな……まさに笑うしかない、というやつだ。笑うが良い、このふがいなさを。取り戻そうとは思ったのだが魔法が通じない種族だったからな、おかげで手も足も出なかった。いや、手は残ってたんだけどな」
そういって元足なし男は笑っていた。
なんというか―――本当に、ハニーが足を持っていたのだ。それで何をしているのかと思えば遊んでいた。人の足で、だ。まるでおもちゃの様に。ちょっとした異文化ショックを受けてしまった。森の外は自分が想像するよりもはるかに野蛮だったという事実を、そのショックで改めて知らされてしまった。それに最初は平和的に取り返そうとしたら眼鏡をかけていないなら生かす価値なし! とか言われて襲い掛かられるし。
反射的に全部砕いてしまった。いや、これが正当防衛という奴なのだからしょうがないのだが。だけど実力だけを見れば自分のほうが圧倒的に上だったんだから、足を奪ってそのまま逃げてくれば良かった。いや、でも放置してたらまた犠牲者が増えそうだったしアレはアレでいいのかな……? そんな事を考えさせられる足の奪還だった。正直自分で何をやっていたのかちょっと困惑するところだけど。だけどそのおかげで道路に倒れていた彼は足をくっつけて立ち上がる事ができるようになっていた。こういう人間が存在するとは聞いていなかったのだが。
まぁ、危険な気配は感じないしいっかー、という気持ちだった。
「うんうん、それは良かった。最初は驚いちゃったけど、流石に目の前で困った人がいるのを見過ごせるほどボクは無関心にはなれないからね」
困っているようで自分が出来る範囲なら何とかする。少なくとも他人にやさしくできる人のほうが、他人にやさしくできない人よりは全然良い。 無論、そこには限度があるだろう。だがそれはそれとして、何もしないのは見捨てているのも同然で、自分には気持ちの悪いことの様に思える。
それを聞いた彼は少し驚いたような様子を見せた。
「ほう、今の時代には珍しい善性の塊のような人……いや、カラーだな」
「そうなの?」
あぁ、そうだともと彼は頷く。
街道を歩きながら話を続ける。行く方向は一緒だったらしい。
「あぁ。今の時代、人々の心はむしろ醜いばかりだ。十数年前に聖魔戦争が終結したのを知っているか?」
男のその言葉にうなずく。魔軍と聖魔教団が衝突し、地形や常識、人の在り方を大きく変えた戦争だったらしい。らしい、と言うのは自分が実際にそれを目撃したのではなく人づてに聞いただけでだからだ。だが、そうか、と納得する。もうすでに戦争が終わって十数年経過してたんだなぁ、と思い出す。時が経つというのは本当に早いものだ。気が付けば何もかも変わっている。
「聖魔教団の崩壊に伴う文明社会の崩壊は人々から生活の余裕を奪って暴徒へと落とした。こっちの方は恐ろしいぐらいに平和だが、聖魔教団が管理していた街は今ではどこでも教団狩りの最中だ。連中が使っていた技術、道具、力、財を手に入れようとだれもが必死に疑って殺しあっている。聖魔教団を叩き潰した魔軍が去ったからな……次は人間同士で殺しあう時代だ」
「そんなことになってるんだ……」
「あぁ。聖魔教団は魔法を使えるものを優遇し、使えないものを蛮人として奴隷のように扱った……まぁ、つまりは差別と区別を駆使した特権階級に力を集中させる事で力あるものを維持していた訳だ。これが常識だと思う人間が増えればやがて逆らうような者もいなくなる。昔、魔王ジルの時代に似たようなことがあったらしいが……まぁ、今回はちょっと違う。聖魔教団の環境が完成される前に魔軍との衝突、そして反乱が始まったからな」
聞けば聞くほど世の中は乱れているらしい。
戦争が終わったから平和になる―――なんて、世の中は簡単にできていなかった。戦争が終われば抑圧されていた蛮人と呼ばれていた普通の人たちが開放されて、今まで受けていた仕打ちをやり返す為に聖魔教団の魔法使いを探して殺して回っている。それだけじゃなくて憎かったものを破壊して、生きるために奪う。自分で作って生み出そうと考える事はせずにひたすら奪って、くらって、殺して、まだ奪う。外の世界では今はそんな事ばかりになっているらしい。
ほんと、酷い世の中だ。
「だから、君のその善性はこの時代においては得難いものだ。どうやって今まで保ってきたかは解からないが」
「そうかなぁ? まぁ、ボクは所謂”箱入り”って言葉が付く生活してたしなぁ。パパとママに教えられたからね」
「ほう、何をだ?」
男は興味深そうにこちらを見ているので、笑って答える。
「関係のないところだからこそ、幸せでいてもらったほうが気持ちよくない?」
関係のない人、関係のない事、興味のない事。そういうものがあるのは当然だし、しょうがない事だ。だけど、どうせならそういうものが幸せでいたほうが世の中……もう少し、楽しいんじゃないのだろうか? 少なくともボクは、興味もない知らない誰かが不幸そうな表情ばかりを浮かべているような場所を歩きたいとは思えない。どうせだったらだれもが楽しそうに生きる世界を旅して歩きたい。
「だってそのほうが絶対に楽しいし」
「楽しい、か。……成程、確かに。成程確かにそれは大事だ。あぁ、いや、まったくだな。楽しいという気持ち以上に重要なものはないとも」
何が面白かったのか、男は今の返答に何か面白さを感じてか笑っていた。変な人だなぁ? と思いつつ眺めているとすまない、と返答が返ってきた。目の端の涙を軽く拭いながら横に並んで、街道の先にある街を目指して歩いている。未だ地平の先に街の姿は見えなくとも、知らない人と出会ってお話をしているという状況は確かに胸を躍らせていた。
「ところで」
「うん? なにかな」
「名前、聞いても良い? ボクはルーシェ、ルーシェ・カラー」
短い旅とはいえ、せっかく知り合った誰かの名前を知らないのは経験的に勿体なさすぎる。だから、軽く自分の名前を告げながら名前を聞いてみれば、相手のほうが少し驚き、ショックを受けたような表情をしていた。
「……いや、そうか。俺とした事が少々無作法を犯してしまったようだな。いや、本当に済まない。名を出されたのであればそれに応えるのが作法というもの」
男は、それから小さく息を吸い込み、
「―――アルシエル」
名乗った。
「アルシエル・イスエル。何でもない、ただの不死な哲学者さ」
それがアルシエルという個性的すぎる男との出会いだった。
「ほう、ルーシェ嬢は旅をする事自体が目的なのか」
「うん! ボクはずっと森の中で住んでたからねー。こうやって外に出て歩くだけでも楽しいんだよ。さっきから歩いているだけで次々と詩のネタが思いつくし……あぁ、足を止めてそれをまとめる時間がないことが勿体ないというかじれったいというか! 日帰りの予定だからあんまり寄り道とかできないんだよね、ボク」
だから詩を纏めたり、曲をつくったりするのは家に帰ってから! と決めている。完全にここら辺は自分の趣味の問題なのだから、それでパパやママを困らせたくはない。
「成程、な。旅が目的でもあり、同時に手段でもある。古の賢人曰く目的と手段が一致するものは永遠に満たされることはない、何故ならそこに終わりはないからだ等と言われているが、俺にはその気持ちは解らないでもない。俺も似たような人生を送っているしな」
「アルシエルもそうなの?」
「あぁ、哲学の探求は俺にとってのライフワークさ」
ただ歩いているのも暇なので、当然のように話し合う。話題は自分のやっている事、したい事、好きな事、興味のある事。当たり障りのない会話だが、見知らぬ誰かと行う会話は新しい発見がいっぱいだった。哲学者、なんて存在は知識の中でしかいなかったのに。今、自分の横ではそんな存在が旅をしながら探求を続けているとの事だ。
ちらり、と横を歩く肌が青白い男を見て、視線を前へと戻す。少しずつだけ街に近づいてきただろうか? まだっぽい。
「まぁ、説明したところでまるで理解されないし、理解されたところで他人にとってはまるで意味のない無価値なものだけどな」
アルシエルはそれを無価値だと言っているが、ボクはそうは思わなかった。首をかしげながら、
「だけどアルシエルさんはそれを探求して追及してるなら、アルシエルさんにとっては価値のある事なんでしょう?」
「あぁ」
「だったらそれでいいんじゃないかなぁ。それが他人に迷惑をかけない範囲なら、別に理解されなくたって何も問題はないと思うけどなぁ」
その言葉にアルシエルはくつくつと笑い声を零す。横を見れば、楽し気な表情を浮かべている。
「然り、然り。ただそう割り切れる者の方が少ないのが世の中だ。結局、多くの者が見返りを求めている。名声だったり、金銭だったり。己の努力が何らかの形で報われることを求めている。趣味だから、好きだから別に何かを求めている訳じゃない……という奴は、基本的に稀だ。その感性を大事にすると良い。求道者の得難い性質だ」
「ありがとう?」
褒められているのかどうかは微妙なのだが、一応その言葉は受け取っておく。
だがそれはそれとして、
「アルシエルさんは、哲学者としてライフワークに挑んでいるんだよね? 命題みたいなものはあるの?」
「あるぞ。常に取り組んでいると飽きるから定期的に休みの年を何年か挟み込みながらやっているが。追い求めているものはある」
「ほえー」
真剣そうな表情に言葉は、アルシエルが本気で追い求めるものがあるのを証明していた。興が乗ったのか、アルシエルはその続きを求めなくても話を続けてくる。
「俺はな、神の証明が行いたいんだ」
「神の証明って……アレ?」
道路脇を指させば、道化の恰好をしたレベル神が横からスライドするようにやってきた。何が気持ち悪いって、完全に正座した不動の状態なのに氷の上を滑っているかのような清らかさでやってきた事だ。我が家でレベルアップを担当しているレベル神のマッハさんである。ちなみに紹介されたのはつい最近の事で、外に出ている時にレベルアップをしたければマッハを呼べばいいよ、とママに教えられた。
「お呼びですかなルーシェ様!!」
「うん、特に用事はないから帰ってもいいよ」
「ははー! これが噂の悪戯コールってやつですな!」
そう告げると出現したときの様に正座のままスライドして消えていった。その姿を見送ってからアルシエルへと視線を向ければ、
「いや、ああいうイロモノではない。アレはアレでなかなか興味深い存在だが。だが違う」
愉快なレベル神ではない、と言って。語る。
「俺が求めるのは
「真の神様……?」
神の真も偽もあるのだろうか? と考えてから、真の神様がいるとすればそれは―――、
「……創造神ルドラサウムの事?」
自分の知識を動員し、一番それっぽい答えを彼に示してみる。それを聞いたアルシエルはしかし、驚いたような様子を見せてから小さく笑った。
「その名を知っているか……いやはや、驚いた。滅多な事では表に出る事の無い名前だから知っている者は極僅かなのだが……」
「あ、違うっぽい」
「あぁ、残念だが不正解だ。俺が求めているのはルドラサウムではないからな」
そこでアルシエルは言葉を区切り、正確には表現が違うかもしれないなぁ、と呟いた。その意味が解らず、首を傾げる。アルシエルは腰のバインダーから本を一冊抜き取った。どことなく懐かしさを感じるその本を広げ、その中を覗き込みながら言葉をつづけた。
「俺が真なる神と呼んでいるのは
「……アレ、それがルドラサウムじゃないの?」
「少し前まではそうだった。だが代替わりしたよ」
「神様って代替わりするんだー」
「不思議な事にな。ルドラサウムの代わりに今のこの大陸を支え、そして運営しているのはその神だ」
本を閉じて、それをバインダーに戻した。男はため息を吐きながら憂鬱そうな表情を浮かべる。
「俺は、知りたいのさ。彼女の名を。真なる神の名を。そして問いたいのさ」
「問いたい……?」
それは、と言う言葉でアルシエルは区切り、口元へと指を持って行った。
「秘密だ」
「えー!」
「くっくっくっく……何、誰も一つぐらい秘密にしておきたい事があるのさ。俺の求めるものなんて他人に自慢できるほど面白いものでもないから気にするな」
「いや、それは無理があるよ。ねぇ!」
「はは、ほら、俺の事は良いから―――見えてきたぞ」
「え?」
アルシエルに促され視線を正面へと戻せば、遠くに古めかしい城の姿と、その近くに広がる街の姿が見える。お城! あんなものがこんな近くにあったんだ! 初めて現実に見る実物の城の威容に一瞬で心奪われながらも森では感じる事がなかった大量の人が密集する事で生まれる熱気と生活感を風に感じ始める。アレが、人の住む街―――。
アレが、
「まだ王政もなく、王族もなく、発展途中の街―――リーザスだ」
ついに、人の街に入る。
ついに発覚、哲学者さんの名前。
どっかで聞いたことのある名前してますねぇ……?