「色々とあったけど楽しい一日だったなぁ」
リーザスを去り、家に通じる荒野の道を一人で進みながらそんな事を呟く。片手にはノート、もう片手にはペン。そこには今日の出来事で感じた事、見た事、聞いたことを書き込んである。言ってしまえば自分の冒険手帳、これまでの、そしてこれからの冒険の記録をつける為のアイテム。これを何冊も消費する規模で冒険と旅を続けるのが自分の目標になる。それだけ多くの物が見れれば、きっと人生が豊かになるに違いない。とりあえずは、歩きながら今日の事を思い返し、書き込む。パパとママ宛の手紙はもう、酒場で昼食が出るのを待っている間に勢いで書いてしまったから心配する必要もない。
だからノートを片手に、耳を周囲に傾けつつ歩いていた。
街での生活、お店、食事、そして旧魔王城。そう言えば街ではちょっとだけ、パパやママの話が聞けたのも楽しかったなぁ、と思う。今度来るときはもうちょっとゆっくりと色々と眺めたい。だけど一番面白かったのはアルシエルの事だろう。
「まさか両足がない状態だったからなぁ。アレは絶対に忘れられないね」
アレは絶対に一般的な出会い方じゃないだろう。おかげで忘れられない出会いになってしまった。だけどかなり良い人だったし、また会えたら楽しいだろうとは思う。こういう出会いがこれからもいっぱいあると思うとやっぱり、外の世界への好奇心が抑えられない。早く、もっと遠くへと旅に出てみたい。パパやママが語ってくれた外の世界をもっと見て回りたい。きっと、自分の求めるものがそこにある筈なのだから。
「この心を絶対に忘れないで、帰ったら一曲作っちゃお」
寧ろ今、歩きながら一曲作ってしまうのも良いのかもしれない。そう考えてノートの中に横線を引いて、口笛で音を調整しながら楽譜を作ろうとしたところで、耳が聞きなれない音を拾い上げた。少なくとも結構離れた場所ではあるが、どうやら鋼の軋むような音がする。その音源は―――どうやら自分が行く先、家のある森の方からしているようだった。中々聞きなれない音なだけに少し首を傾げてしまうが、進んでしまえば解る事だ。
好奇心に触発され、帰宅する為に歩む進みをちょっとだけ早めてみる。
様子を見る為に少し走るように家の付近までやってくる。ここまでくると景色は少しだけ切り替わって、周辺に緑が増えてくる。見慣れた景色にどことなく安心感を覚えつつも、ここまでやってきて確認できるのは見慣れない鋼の姿だった。つまり、自分の耳が拾い上げた音が正確だったことを証明する。家に通じる森の前に立ち尽くしているのは巨大な鋼の姿が一つ、そしてその横には人の姿がある。全身を覆うローブに握っている杖の姿はまさしく魔法使い、という格好だ。だがウチの森の前にいるというのは……お客さんだろうか?
足の歩みを緩めながら、耳を澄ませる。
基本的にウチは外から隔離されている場所だし、パパもママも外からの人を中に入れる様な事はない。そして巨大な鋼の姿と魔法使いは森に入ろうとしていた。だが木々を蹴り飛ばそうとして踏み込む巨大な鋼の姿はその蹴りが木々をすり抜け、森の中へと入り込めば―――姿が見えなくなるぐらいに踏み込んだ時には、森から追い出されるように瞬きの間に立ち尽くしていた。
「うーん……嫌な音」
嫌な音がする。焦り、憎しみ、怒り、そして害意。何かを傷つけようとする低く、暗い音。重く苦しい音にチョークボードを引っ掻いたような色を混ぜた
悪い人たちだ、とそれで判断する。
家の前で暴れているのは正直あんまりして欲しくはないのだが、ママがかけた術がここにはある。それによってママが認めた人しかこの森の中には入ってこれないから、どれだけ物理的に破壊しようと無駄なのだ。だから少し回り道して、別の所から森に入ろうと決める。こっそりとみつかる前に後ろへと下がろうとするが、
「―――おい、アレを見ろよ」
『おぉ? 金髪のカラー……もしかして伝説のカラーってやつじゃねぇか?』
「あぁ……見つかっちゃった……ボクもボクで無警戒に近づきすぎたのが悪いけど」
あちゃあ、と呟きながら頭を押さえる。でもいきなり知らない人を悪い人だと言って否定するのは良くない事だよね、と思い、笑みを浮かべて手を上げる。
「こんにちわ! ボクの家に何か用事ですか!」
『伝説と呼ばれるカラーのクリスタルならそれこそ魔王級の力が発揮できるだろうし、これで蛮族共をこの地上から一掃できる……!』
「だけどクリスタルを抜く前に体の方で楽しませて貰おうぜ」
「あうぅ……駄目だった……」
両手で頭を押さえた。やっぱり悪い人たちだったんだなぁ、とその言動から察せてしまった。いくら自分が経験の足りない娘でもこの人たちに捕まってはいけないというのは非常によくわかる。しかもどちらもそれなりにレベルの高そうな相手だ。魔法はやれる事が多く、使い方次第では状況を簡単に覆すし、あの鋼の巨人―――見た事がないからたぶんとしか言えないが、アレが闘神と言う奴なのだろうと思う。
自分がどこまで通じるか、と言うのは正直解らない。そしてそれを試すつもりもない。
なので此方へと近づいてくる巨人と魔法使いの姿を見て、迷う事無くポーチの中にしまっておいた楽器、
―――ホイッスルを抜いた。
「なんだあい―――」
「まーえなーらえっ!」
言葉が続く前に、息をホイッスルに吹き込んだ。短く、そして単純な
「な、なんだこりゃ!?」
『なんかの魔法か!? カラーの呪術か!』
「向け―――右っ!」
ぴっ! と再びホイッスルの音を響かせる。指示通り右へと一気に体を方向転換させると、そのままホイッスルをぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ、と音をリズミカルに鳴らす。それに合わせて一人と一体の足が交互に一二、一二、とマーチをするように上下する。意思に反していきなりその場でマーチをするものだから、当然相手は困惑しているだろうし、止めたくて必死に止めようとしているが音が通じた時点で意味はない。これが心を持たぬ無生物であればまるで意味はないのだが、魂か心を持った時点で通じるから抵抗する事は出来ない。
仕上げに全力で息を込める。
「全力疾走―――!」
「うおおおおおお―――止めろおおおお―――!」
ホイッスルの音が荒野に鳴り響く。全力で荒野へと向けて巨人と魔法使いが走り始めている。背筋をピンと伸ばし、膝を高く持ち上げて走る姿は美しいフォームとさえ見れるだろう。だがその動きを強制されている本人たちは気が気ではないだろう。
「うーん、それなりに力を込めたし。一刻経つか気絶するまでは止まらないかなぁー?」
走り去ったほうへと視線を向けつつ、地平線の向こう側にその姿が消え去ったのを確認してからうん、と頷く。
「できる事なら誰も傷つかないほうが良いよね」
パパなら容赦なく殺しちゃいそうだけど。それでも人が一人減ればその分世界の寂しさが増す様な気もする。それでも戦いが避けられないときはしょうがないけど、それでも殺さなくて済むのならそれが一番だ。なので未だに全力疾走しているであろう方向へと向けて軽くばいばーい、と手を振ったらそのまま家に通じる森の中へと入る。一歩踏み込めば少し離れていただけなのに、強い懐かしさと安心感を覚える匂いに包まれる。
半日、ほぼ半日しかここを出ていないのに、いつの間にかこの匂いと空間が恋しくなっていた。これじゃあ遠出した時にはホームシックになっちゃうなぁ、なんてことを考えながら少し前に進めば、森の中の道が見えてくる。同時に道を遮るように育っていた木々も間を開ける様になり、その合間を通って行けば、
直ぐに木造の実家が見えてくる。家の中から聞こえてくる音に、パパとママが居るのを確信し、走り出しながら声を上げる。
「パパ―――! ママ―――! ただいま―――!」
手を振りながら声を出せば、家の扉が開いてママが出てくるのが見える。その姿向かって全力で走って、広げた腕の中へと向かって一気に飛び込み、抱きしめる。
「ただいま、ママ」
「おかえりなさい、ルーシェちゃん」
抱きしめながら胸に顔を押し付けると、ママが頭を撫でてくれる。この感触に家に帰ってきたんだ、というものを強く感じ取った。嗅ぎなれた家の匂い、ママの服に染みついた料理の匂い、そして聞きなれたパパとママの音。その全てがボクの心に安心感を生んでくれる。それをたっぷりと感じ取ってから顔を上げて、笑顔で受け入れたママの顔を見た。
「聞いて聞いて! 今日はいっぱい新しいものを見て、知ったんだよ! 新しい知り合いもできたし! 面白い事もたくさんあったんだよ!」
「えぇ、そうね。ここで聞くのは勿体ないし、リビングの方でゆっくり聞かせて貰いましょ?」
「うん!」
外の世界も楽しいけど―――やっぱり、この家が一番好きだ。外を見て、少しだけ経験して、そしてここに戻ってきてそれを改めて感じ取りながら今日の楽しさを分かち合う為にリビングへと向かう。きっとそこには表情に変化がなくても、そわそわしているパパの姿もあるはずだから。
だから速足でリビングへと行けば、腕を組んでどことなく落ち着きのないパパの姿があって、ちょっと笑ってしまった。
「ただいま、パパ!」
「あぁ、お帰りルーシェ」
でもその落ち着きのなさも顔を見せた瞬間にはなくなってしまった、安心したような様子を見せた。やってきたママも話をゆっくり聞く為に紅茶を淹れてくれて、
それからたっぷり、三人で座って今日の出来事を話した。
道路で倒れていたアルシエルの事から。あの人はちょくちょく本を取り出してみていたけど、アレは何だったんだろう? そんな事を思い出しながら話して、リーザスという街の話をする。そこからお土産屋に入って、色々とみて―――そしてもちろん買ってきた日頃の感謝を綴った手紙をプレゼントした。会心の出来だっただけに、パパもママも喜びながら受け取ってくれた。こうやって自分で用意したもの、それで喜んでもらえるというのは本当に嬉しい事だった。
そしてそこからは旧魔王城とミストの話。初めて出会ったエンジェルナイトの人。それから帰り道で遭遇してしまった恐らくは聖魔教団の残党。
本当にいろんなことがたくさん起きた日だった。楽しくて楽しくてしょうがなく、今夜はその事を思い返すだけで眠れるのかどうかわからない程楽しい日だった。もう、帰ってきてからパパとママに語っている間は興奮してしょうがなくて、次の冒険か、旅に早く行きたいという気持ちがまるで抑えきれない。
本当に―――本当に、楽しい一日だった。
「ルーシェは?」
「直ぐに寝ちゃったわ。遊び疲れちゃったみたいね。小さな冒険は大成功ね」
くすり、と笑う。本人は全く気付いてなかった様だが。それでも初めての外出と経験で、自分が思っているよりもずっと消耗しているものだ。まだ若いドラゴン・カラーの小さな冒険を微笑ましく思いつつ、リビングのテーブルの上に置いてある土産の手紙に手を伸ばしその中身を再び確認する。そこには普段は口にしない、ルーシェの感謝の気持ちが綴られている。シンプルで、照れ臭く、そしていざ伝えようとすると中々伝えられない心。それがしっかりと形になってストレートに伝わってくる。自分から生まれたにしては真っすぐで素直な、良い子に育ってくれたと本当に心の底から安心し、感謝している。
あの子が土産として選び、形にしてプレゼントしてきた宝物を胸に抱きしめて、呟く。
「エンジェルナイトに聖魔教団の残党ねー。どちらも
呟きながらアベルの横に座ると、アベルが腰に手を回して、抱き寄せてくる。
「ルーシェの動き出しに合わせて世界そのものが回り始めているんだろう。彼女が今この世界の中心点だ。冒険と物語を求めるなら世界もそういう風に無意識的に回り始めるだろうな」
ルーシェ・カラーは、その正体は―――もはや、語るまでもない。それを自分とアベルは良く理解している。そして理解しているからこそ愛情を注いできた。いつか、あの子がこの世界の全てを救うであろうと信じて。だがそれは絶対に口にしないし、感じ取らせない。そういう重い期待の類は全て、彼女にはふさわしくはない。
ただの我が子として愛し、そしてこの世界をあるがままに愛して欲しい。
自分にある思いはそれだけだろう。
そう、もう、私の物語は終わりに近い。
長く続いたウル・カラーの物語は、主役の交代によって終わりを告げる。
主役は母から子へと、ウルからルーシェへと。想いを継承して引き継がれる。だからルーシェ・カラーが冒険に旅立つその日、彼女の物語が本当の意味で始まる。そしてその時がウル・カラーとしての物語が終わり、
正史から外れたこの転生異聞録の序章が終わる。
アベルに身を預け、寄りかかり、体でその熱を感じた、息を吐く。
「あーあ……終わり、近いわね」
「……そうだな。終わって、しまうな」
その悲しみを、言葉にする事は難しい。だけどここまでずっと、お互いに覚悟してやってきたことなのだ。それが世界の為であり、そして子の為でもあると信じて。だから私たちは祈る。
未来に幸あれ、と。
ルーシェちゃんが世界の中心。彼女が動き出せば当然、物語も動き出す。即ち低確率で起きるはずの事が当然の様に起きる様になる。主役が舞台に上がるとはそういう事でもある。
物事はもっとドラマティックに。