ヒラミレモンを齧る。こいつはヒラミレモン、という名称で呼ばれているが、ぶっちゃけオキナワとかで有名なシークワーサーである。つまり地球にも存在する果物である。これが魔王の力を抑制する為のアイテムになるのだから、沖縄パワーというものは馬鹿に出来ないのかもしれない。まぁ、それはそれとして、この酸っぱさが癖になる。おかげですっかりとこの魔王城に居ついてからはなんとか魔王城菜園で育てられないか、
何やってんの? と思うだろう。俺も十分に何やってんだろう、と思ったりもした。だが《農耕》技能は保有していなかったのだ。こんな時、農家がいればまた話は違ってきたのだろう。しかもスラルはどうやらヒラミレモンが苦手な様子。デザートに加工すれば美味しいのになぁ、と思うも、リンゴと桃を使って作った《うはぁん》の方がお好みの様子で、連日厨房に来てはレシピを聞いたり練習したり、ガルティアと並んでお代わりを所望してくる。
ただしガルティア、お前出禁な。
放っておくと保存食を食い尽くすようなやつは二度と厨房に近づけない。その使徒もだ。スラルに被害を相談したら《魔法バリア》の魔法を発明したので、それを織り交ぜた対ムシ用《厨房電磁バリアX》のおかげで今の所、ガルティアの厨房への侵入は防げている。だが奴も歴戦の戦士。いずれは攻略法を編み出すだろう。それまでに解決手段を持ち込まないと魔王城が食料不足で干上がる。
そう、食料不足である。
ガルティア一人で大体魔軍全体の食料の3分の1を食べてしまうのである。クソみたいな方法でガルティアが魔人になってしまった結果、迎え入れる準備もクソもなかったので、魔軍に対するかつてない、味方からの最大の攻撃だった。まさか食料不足で魔軍解体という事態が見えてきた事にスラルが本気で焦っていたのは爆笑した。こればかりはもはや歴史に残る事実として是非とも語りたかった。
《歌唱Lv1》がある事が発覚したので、歌にしたらケーちゃんとガルティアに爆笑されて、スラルには追いかけられた。そんな訳でこのSS歴における魔軍という存在の緩さは大体掴めてきた。
それが魔王スラルに対してこの100年間で出す事の出来た答えである。魔王アベルがエンジェルナイトの粛清によって死亡した為、次代の魔王としてスラルが直接指名され、そしてその影響で魔軍を率いている。彼女が言うには
『どうしても壊したくて殺したくてしょうがないって時が出て来るの。だけどね、これって意外と定期的に破壊や殺戮を行っておけば溜まらずに発散できるものなのよ。だから私は人間をチマチマルーティーン的に削ってる訳ね。常にプレッシャーを与えつつ相手が立て直す余裕を与え、偶に私でガツンとやる。一種のプロレスだけどこれの繰り返しで、まぁ、魔王として暴走する事はないわ』
恐らくは魔王の中で一番最初に魔王というシステムと向き合い、そして同時にそれをある程度解明した魔王だった。スラルがアホみたいに優秀であるという事実は、確かだった。彼女は誰からのヒントもなく、そして書物にさえ記されていない魔王というシステムを一人で解き明かして、それに呑まれないように対策を講じつつ人間と敵対していたのだ。
適度に苦しみを提供しつつ、人間を削減し、それでノルマを達成する。
かなり賢いやり口だった。
「ま―――ルドちゃん達が今回期待してるのは人間じゃなくてスラルちゃんの絶望だろうけどね……」
誰にも聞こえない様に呟きつつ、吸い終わったヒラミレモンを燃やして捨てる。そして魔王城裏の庭に育っている木々をチェックしている。そう、農耕の時間である。果樹園である。スラルの非常に強い要望で甘いお菓子の材料になる果物優先で育てている果樹園である。砂糖とか欲しいから出来たらサトウキビとか育てたんだけどなぁ、ノウハウが欠片もないので、《農民Lv3》の魔物を魔王城では常に大募集中である。
「料理長ー。そっちどうっすかー」
「駄目駄目、枯れそうだわ。根本的に気候が合わないっぽいわ。後俺料理長じゃねぇからテメェ」
「でもいつも厨房に居るじゃないっすか料理長」
「ううん、まぁ、作るの楽しいし……」
「料理長じゃないっすか」
クワを地面に置きながら片腕で体を支え、寄り掛かりつつ溜息を吐く。なんかこの100年で魔軍に馴染み過ぎてない? ちょっと脳味噌蕩けさせてはないだろうか、俺。大丈夫? この緩さでナイチサの時代に突入して本当に大丈夫か? もう既にSS歴200年だぞ?
SS歴は500年までしか存在しないのだ。
つまり後300年でナイチサの出番だ。
「なんで100年魔王城で農家やって貴重な時間潰してるんだ俺……」
「料理長―! こかとりすの雛が生まれましたよー!」
「マジかー!? スラルちゃんに名付けさせてからカミーラちゃんに食わせようぜ!」
「さらっと内乱の火種を作るの止めてくださいよー」
「それよりもこの前言ってたカレーに挑戦しましょうよ、カレー」
「香辛料なんて中々レアなんですから、揃った時にやらないと」
「胡椒は植えても植えても片っ端から腐るからなぁ……」
完全に会話が農家のヒトになっている。魔軍これで大丈夫? と思うが、汚染されているのは最初に厨房に居た数名の魔物兵なのでまだ大丈夫だと思いたい。こういうのが全体に増えたらそれはそれで問題だと思うし。ほら、気持ちよく殺せないという理由でね? まぁ、それはともあれ、100年ものんびりと魔王城で、特に命の危険もなく過ごしてしまった。
SS歴、恐ろしいほどに平和だと理解してしまった。
「……ま、ナイチサみたいに人類大きく削らないのは正解なんだけどね。勇者システムが稼働されても困るだけだし」
悲劇のキャストその数百だか数千だか数万、勇者。魔王が暴れ過ぎた場合に魔王を殺す為の特攻兵器。究極的に幸せになれないシステム。バランス崩壊に対するお仕置きシステムとも取れる。
個人的にコーラス0024にはちょっと会ってみたい気持ちもあるし。だが会うだけアレは損、というか無意味か、と理解する。7級以上の神はルドラサウムの為に動いている駒に近いし。ま、勇者システムの事を俺が考える必要はない。アリオスの登場まで何千年あると思ってるんだ。
「つーか、カレーも魚から採取できるらしいんだよなぁ、この世界。食物のあれこれがカオス過ぎんぜ。まぁいいわ。甘いもんが恋しくなったし、うはぁんでも食うか……」
「あ、うはぁん作るなら俺にもくださいよー!」
「駄目駄目! 《桃りんご》は超レアなんだから。1個だけ俺の為に確保してるんだから食わせられるわけねぇだろ……」
本当に魔軍の会話かこれ? と思いながら魔王城裏手の魔王菜園から離れる事にした。
100年も暮らしてれば部屋の一つや二つ貰えるという事もあり、それなりの待遇で住まわせて貰っていたりする。少なくとも魔人クラスの待遇でスラルは置いていてくれる。個人的な意見だがスラルは俺を味方にしたいのではなく、
そんな考えを頭の中で流しつつお着替え。農作業用に来ていたシャツとオーバーオールを脱いで、その代わりに普段着に着替える。
下はシンプルに汚れが目立たない紺の長ズボン。上は乳袋型の白いシャツ。そしてその上から蒼色のパーカージャケット。まぁ、それだけだ。ちょっとデザインが未来を先取りしすぎている気もするが、ちょくちょく異世界人やら宇宙人がやってくるので、このルドラサウム大陸でファッションセンスに関してツッコミを入れる存在はいないのだ。余りにも不毛な話題だからだ。
という訳で、ウル様カジュアルルックが完了する。後はここに外行き用にベルトポーチを装着したりする。ただ今は魔王城勤務なのでそういう戦闘用装備をする必要がない。
「……というか魔王城あまりにも快適すぎるんだよなぁ」
呟きながら赤く、シックに設えた魔王城内の自室、ソファに座り込みながら足を組んでふぅ、と息を吐く。唯一残された右腕をソファの縁に乗せて、寄り掛かりながら息を吐き、手を前に持ってくる。
「鍛錬したかったらメガラスとガルティアがいるだろ。ちょくちょくケーちゃんが頑張って鍛えてる姿はすっげぇ応援したくなって手を出しているからこれ含めてレベルダウンの心配性は皆無な環境」
もうこの時点でだいぶ、環境として良い様な気がするが、
「スラルが人材管理とか資材管理とかを几帳面にやっているおかげでガルティアが食べ過ぎなければ物資に不足するという事はないし、人材も適材適所で運用されているから得意不得意でちゃんと仕事を分けているし、不満があれば改善して働きやすい様に環境にしているしんー……? 人間を殺しまくっているって事実を抜きにすれば理想の職場じゃこれ……?」
スラル、恐ろしい子、と慄きながらちょっとコミカルにリアクションを取り―――息を吐きながら目を閉じた。
まだ生きている。
まだ死ねない。
そして大きなイベントもない。
……平和だ。
この100年、本当に平和だ。人類は大きく数が減る様な事はないし、魔軍も特に何かトラブルがあった訳でもない。大きな事件もなく、大きな障害があった訳でもない。俺でさえ割と脳味噌を蕩けさせながらも平和に鍛錬と色々と遊ばせて貰った。
ただそうやっていると、どうしようもなく嫌な事を思い出してしまう。
「すまない、マギーホア。本当にすまない……。俺の心が弱かっただけにお前まで壊してしまって、本当にすまない……」
強く、賢かった王様。俺の心が弱かっただけに、道連れが欲しくて求めてしまったイケニエ、マギーホア。本当に、本当にごめんなさい。素面に戻ってしまうと後悔と自責の念しか浮かんでこない。あぁ、あとそうだ。
「大丈夫だろうか、あの子は。ハンティ、ちゃんと生き残ってくれているだろうか? 世界はシナリオ通り進んでいて、ちゃんと未来にまで彼女は繋げられるんだろうか? 最後まで面倒を見られずに本当ごめんよ……」
自分で散々人を殺して好きかってやった上でふと、素面になった時にこうやって謝り続けているのだからどうしようもない。どうしようもないと解っていても、それでも謝らないと駄目だった。俺は根本的に心の強いニンゲンではないと、ドラゴンの頃から解っていた。
だからキャラを作らないと駄目だ。
仮面を被って、道化を演じて、何か、笑えるような事に執着して、それで現実から逃げ続けないとどうしようもなく駄目な程、心が弱い。それでいて酒では一切酔えないのだから困った。酒にも、薬にも逃げる事が出来ない。無駄に強い耐性を持つ自分の身体がこういう時だけは恨めしい。
「……」
考えるのを止めよう、と思って中々嫌な考えは頭から消えない。負のイメージ程脳から剥がれないとはいったい誰が言ったか。人生、嫌な事だらけで苦しい事ばかりずっと、残留する様に覚え続けている。まぁ、ルドラサウムとしては其方の方が面白いのだろうが。
「ふぅー……うはぁん食って気分取り戻すか。あとはケーちゃんモフモフするか」
まだリスであるケーちゃんは非常にモフモフである。やばいぐらいモフモフである。しかも強くなる事に燃えるモフモフである。つまりはモフモフである。それを抱きかかえるだけでも軽く幸せになれるのだが、ケーちゃんはかくれんぼスキルを全力で発揮して此方から良く逃げ回るのだ、モフモフしたいとき程。アイツ絶対《隠密》技能生やしてるだろうってレベルで逃げ回る。
よし、脳味噌が蕩けてきた。
料理でもいい。魔法研究でもいい。鍛錬でもいい。農耕でもいい。なんでもいいのだ。深く集中すればその間は余計な情報を全部、脳からシャットアウトして集中できる。その感覚の間だけが救いなのだ。
だから厨房へ行こう。そこで桃りんごでうはぁんを作って、食べて束の間の幸せを感じるのだ。
と、何をするかを決めた所で、
こんこんこん、と扉にノックの音が聞こえた。扉の向こう側の独特な気配で、誰がそこに居るのかなんて事は解る。
「スラルちゃん入っていいよー」
「あら、じゃ失礼するわね」
部屋の扉を開けて、スラルが部屋に入ってくる。室内を見渡し、ふーん、と声を零しながら此方へと視線を向けた。
「なんというか、意外と物を置かないわよね」
「元がドラゴン・カラーだからな、俺は。大体ここに来る前は全裸で森の中で生活してたんだぜ。こっちに来ても服と仕事道具さえありゃあ、まぁ、満足だな」
或いはCDプレイヤー……とは言わないが、レコードぐらいは置いてもいいかもしれない。そういうのは好きだ。だけど技術力的に考えて不可能だろう。可能なのは魔人パイアールぐらいだろうか? だが彼が登場するのはナイチサの時代だ。少なくとも300年以上先の未来の話になる。それまではレコードもお預けだろう。
「それはそうとスラルちゃんどこに座る? 横? 膝? ベッド? それとも床?」
「どこに魔王を床に座らせようとする奴がいるのよ」
サムズアップをスラルに向ける。それを受けてスラルは溜息を吐いた。部屋に入るも、腕を組み、そして此方に半眼を向ける。
「ケイブリスから話を聞いたわ―――貴方、神への謁見方法を知っているみたいね」
「あー……そっか、そういやケーちゃんも知ってたな」
ケーちゃんに神の扉の事を教えてしまったのは、今更ながら失敗だったかもしれないなぁ、と思ってもいる。アレ、神が人間を苦しめる方法で動くのであれば真っ先に対応してくれるから、LP歴のケーちゃんが手を出すような事があれば、間違いなく応えてくれるだろうとは思う。今さらではあるが、失敗だったと思っている。
「まさかこんな身近に答えがあるなんて思いもしなかったわ」
「俺は割と露骨に誘ってたけど」
「馬鹿ね、どう見ても罠じゃない。でもあの臆病者が保証するなら間違いなく正しいだろうし、これで遠慮なく聞けるわね」
ケーちゃん、ある意味で魔王にも信用されていた。まぁ、リス時代のケーちゃんは比較的にマスコット的扱いとして愛でられていたという話もどこかで聞いた気がする。
まぁ、余談はともあれ、
「スラルちゃん、神様に会いたいのか?」
「えぇ―――もう、不安で不安でしょうがないわ。何時貴女みたいなのが飛び込んで殺しに来るかもしれないって思うと」
ならしゃーないな、と声を零し、ソファから立ち上がる。そしてそのまま、優雅に一礼をスラルへと向けて取る。
「では僭越ながら、神の扉へとこの私がご案内いたしましょう、魔王陛下」
絶望と破滅への道を、マギーホア同様今回もどうやら俺が演出する事になるらしい。
全く、なんて酷い世の中なんだ。
無敵結界を貰う為に神様に会いに行く地獄、始まっちゃうか……。
何だかんだで神の扉、黄金像、その全ての場所を把握して隠したのこいつなんだよね……。