「……なにやってんの」
「音楽聴いてんだよ」
マッハと横に並んで座って、《えむぴーすりー》からイヤホンを伸ばし、それで音楽を聴いている。流れている音楽はどれも全部が自分の知っているものばかり―――というか全部、自分の記憶の中から再現されたものだ。だから聞き覚えのある曲のラインナップしかない。そのイヤホンを片方ずつマッハと分け合って聞いている。スラルが帰ってきたのでマッハからイヤホンを奪って横に蹴って遠ざける。
「あ、酷い。我輩に対して酷い」
「うるせぇ、帰れ。そして死ね。三兄弟纏めて死ね」
「あぁん」
そのままマッハを岩場の端から蹴り落とした。さよならマッハ様……心の中で敬礼しつつ別れを告げる。きっと、次にレベルアップを頼むときには元気にまた変質者として戻ってきてくれるだろう。でもたぶん、ハーモニットとして話しかけたからレッドカード判定出てますよ。それはそれとして、
「聴く?」
「聴く」
横に体育座りしてきたスラルがちょっと戸惑い、手惑いながらイヤホンを差し込んだ。初めてイヤホンを利用する女子の姿―――実にグッド。その初々しさと髪をかき上げる仕草がいいよ、本当に。まぁ、それはともあれ、
「あら、不思議な音ね。聞いた事のない楽器をいっぱい使ってそうな」
「俺の脳内にある曲を再現しているからね。折角ここまで来たのに願いも叶えられない憐れな人類へ、という事で景品代わりに貰ったんだ」
「完全に憐れまれているじゃないそれ。神に憐れまれるって中々できる事じゃないわよ」
そう言ってスラルは横で体育座りになって、並んだ。どことなく、疲れている様な、少し、恐れている様な、そんな気配をしていた。あえて、そこの口出しはしない。して欲しくないだろうし。だから自分も黙って、バランスブレイカー《えむぴーすりー》から流れて来る音楽に耳を傾けた。無言のまま、流れて来る音楽に耳を傾けながら、で、と声を零した。
「《無敵結界》貰った?」
「貰ったわよ。無敵になる力。サービスでしばらくしたら魔人にも適用してくれるらしいわ」
スラルがてきぱきと答え、そして無言に戻った。横を見れば、スラルの表情にはわずかながら、恐怖の色が見える。だがそれを口に出す事はしなかった。出来る筈もなかった。死の恐怖、それを誰よりも理解しているのは自分だからだ。死にたい。だけど、それがどれだけ恐ろしいのか、同時に自分は知っている。だからスラルが感じている恐怖を、それを理解出来てしまう。だから、笑う。
「プランナー、クソだったろ」
「えぇ……普段から神々をクソクソ言っていた気持ちが良く解るわ。アレを知ってるなら確かにそう言いたくもなるわね……全く、騙された気分よ。絶対どこかで詐欺されているに違いないわ」
スラルの言葉に苦笑する。間違いなく、プランナーの事だからそうだろう。あいつは糞筆頭だからな。絶対に幸せになる様な手段を許さない。だからアイツは糞だ。それは認めよう。そして笑うしかないだろう。笑って、息を吐いて、そして溜息を吐く。
「スラル」
「なにかしら」
「疲れたな」
「……そうね。魔王城に戻ってゆっくり風呂に入ってからへんでろぱでも食べたいわね。あ、やっぱりまたうはぁんが食べたいわ。出来立ての奴」
「要求の多い魔王様め」
苦笑しながら立ち上がる。あぁ―――あぁ、そうだよな……これで、スラルの死は確定してしまった。確定してしまった。彼女はこれから死んで、その魂は【血の記憶】に囚われる。そして遠い未来で、戦う為に再現される。劣化して。ただしこの頃の輝きを失って。
酷すぎる事だ―――だがそれは、未来に必要な事だ。スラルの死は未来の為に必要な事でもある。そうしなければ魔王ナイチサが生まれない。魔王ナイチサでなければ魔王ジルを見出せない。そして魔王ジルが生まれなければ魔王ガイが、そこから聖魔教団とその遺産が生み出されない。それによって闘神が生まれないとランスの勝利に繋がらない。
だからスラルは死ななきゃならない。
「さ、帰りましょ。そろそろまともな所でゆっくりしたいわ」
「そうだな……」
入り口を抜けるスラルの後を追って、扉の間から出て行く。この少女の様な魔王を自分は見殺しにする。未来の為に。彼女を、ここで見殺しにしたのだ。マギーホアと同じ様に。誰でもない俺が、その選択肢を選んだ。必要だったからと俺が選択したのだ、それだけが答えだったとしても。
俺は―――屑だ。
男でも女でもなく、ただの傍観者の屑。それが俺だった。どうしようもないほどに、救いがない。そうしてまた自分に言い訳している。笑えない―――道化を演じたくても笑えない。知っているのだ。自分が根が善人である事なんて。だから親しくなれば、道化を演じる事も出来なくなるって。
死ねたら楽なのに。
そう思ってスラルの後を追う様に外に出る。
そしてそのまま、神の扉の前まで直通で戻された。なんとも、後味の悪い話だった。とはいえ、終わった事は終わった事だ。スラルの事も、自分が神に謁見しなかった事も。ただただ、気持ち悪く後味の悪いだけの話だった。後は俺がこの事実をガルティアにも後から来るケッセルリンクにもバレない様に気を付ける事。それだけを考えれば良い。それだけで良い。
神の扉に出てきた所で、前を進むスラルの姿が見えた。疲れているのか大きく背中を伸ばす姿が見える。その姿を見て、
……スラルに対して感じる罪悪感から彼女の姿が直視できず、軽口を零す前に視線を背けてしまった。
「あー……悪い、スラル。ちょっと休んでから帰るわ」
その言葉にスラルが振り返った。無論、言い訳だ。今のこのメンタルで、スラルと一緒に魔王城に戻るというのはちょっと辛かった。それをたぶんスラルも解っているから、苦笑しながら仕方がないわねぇ、と言ってくれた。
「じゃ、私は先に帰ってるわ……帰ってくるわよね?」
「良い職場だからな」
「そ。じゃ、先に帰ってるわね」
内心は解らないが、満足するような様子を見せてスラルはマルグリッド遺跡を抜けて行った。その姿を見送ってからふぅ、と息を吐きながら手を顔に当て、それでなんとか、表情を取り繕うとする。だが難しい。
「何が、本当にやりたい事だ、此の畜生」
決まってんだろう、助けたいに。助けたいに決まっている。やってはいけない事だと解っている。それでも、助けたいに決まっている。確定された運命でも、裏技、抜け道なんてたくさんあるんだ。その一つでなんとか、スラルを助けたいに決まっている。だが駄目だ、駄目なのだ。そうすると未来が崩れる。エール・モフスが誕生する未来が壊れてしまう。
その未来だけは、俺が絶対に壊してはならないものなのだ。
だからしょうがない。
仕方が、ない。だから笑え。笑って誤魔化せ。笑っている方がなんとなく、辛くない。いや、辛いのだがそれはそれとして笑っていれば誤魔化せる。だから最後まで、自分の考えている事を、
墓場まで持って―――、
「―――あ、また苦しそうな表情してる」
「っ!?」
そんな言葉と共に驚き、飛び退きながら素早く斧を生み出そうとして、しかし、先ほどまで誰もいなかったはずの空間に突如として登場した姿を見て、生み出していた武器を消し去った。そこに居たのは蒼いリボンを装着した、ほぼ裸同然の恰好をした少女の姿だった。だがその姿は、知識として知っている。
「セラ……クロラス……?」
その言葉にセラクロラスはやや眠そうだが、微笑んだ。
「お久しぶりー。あれ? 初めましてだっけ……?」
首を傾げながら登場した少女、或いは少女の姿をした神、聖女の子モンスターであるセラクロラスを見た。彼女は《時》を司るモンスター。故に過去も現在も曖昧であり、たとえ面識がなくとも、未来であったから今知っている、という非常に曖昧な存在である。
「むにゃあ……」
「寝るな寝るな」
「お、おー?」
近づいて軽く頬を摘まんでみれば意外と伸びた。それで両目を開いたセラクロラスがおー、と声を零し、
「お届けものー」
と、そう言ってセラクロラスが黄金の指輪を取り出した。それを受け取り、掲げる様に確認した。いや、しかし、まるで見覚えのないアイテムだった。見た事は……いや、彫り込まれている意図には覚えがある。どことなく、セラクロラスと同じ聖女の子モンスターであるベゼルアイを思い出させる意図をしている。
「なんだこれ」
「《メギンギョルズ》? えーと、レアドロップ?」
「え、ベゼルアイ狩られたの!?」
嘘だろ? アームズ・アークの様なキチガイが他にも居たのか、と言葉を向けるが、セラクロラスが頭を傾けてえーと、と呟く。
「めっせーじ、あります」
「あるんですか」
セラクロラスがダブルサムズアップを向けて来る。そして微妙なドヤ顔がこれで合ってるんだろう? って感じで絶対に教えたのこれ、俺だな……と確信させるものがあった。これは絶対に未来のどこかで何か、頼んだなぁ、と納得できる。このベゼルアイのレアアイテム? ドロップもそういう訳だろうか?
ちょっと意味が解らない。
というか時間を超えて物品のお届けとかできたんだなぁ、と軽く驚く。しかし考えれば神であるし、時というカテゴリーに特化したセラクロラスであれば可能なのかもしれない。そんな所でセラクロラスの持って来たメッセージが気になる所だった。なのでセラクロラスの前でしゃがんで、次の言葉を待てば、半分眠りそうだったセラクロラスがぱっちり、と目を開いた。
そして、口を開いた。
「―――お前、友達と呼んでくれた奴を見捨てるの? ダッセェ。……だって」
「―――」
それだけ告げるとセラクロラスは目を閉じ、そして完全に眠り始めた。その姿はそのまま横に倒れて、すやすやと眠り始める。だが、ただ、その言葉のインパクトに殺されて、反応出来ずにいた。
煽られた。
しかも誰に?
恐らくは未来の自分に。
「は、はは……なんだそれ……」
《メギンギョルズ》を掲げ、それを眺めて、呟く。
「なんだよそれ……」
まるで……自分はダメだったから、変えてみろって感じのメッセージは。
尻餅をつく様に座り込みながら、ははは、と小さく笑う。なんだそりゃ。ざけんな。未来からのメッセージってなんだよ。超展開じゃん。まるで予想してないわ、こんな事になるなんて。しかもなんでベゼルアイのレアドロップなんてあるんだ? もしかしてアレか?
死んだときに落としたのか?
「あ―――」
その考えで、至ってしまった。
「―――」
そういう事なのだろうか。そういう事なのだろうか? つまり、Cエンドの未来から放り込まれたのだろうか、これは。発破として。ヒントとして。
「やめてくれよ……俺に良い方向に向ける様な期待を向けないでくれ……」
膝を抱え、頭をうずめて隠す。
「違うんだ。俺は強くなんかないんだよ。怖いだけなんだ。それを忘れたいだけなんだ。もっと早く死ねたらきっと良い方向に転がっていた筈なんだ……。だから違う、俺に出来る事なんて何もない筈なんだ」
俺はモブで異物で、イレギュラーで、生贄だ。ランス君たちが生まれて来るまでの娯楽の繋ぎ。だから未来を創る事も、それを変える様な必要もない。何もない筈なのだ。だからやめてくれ、未来を変えてくれとか、そういうのを、
「本当に……俺に期待しないでくれ……」
《メギンギョルズ》を見て、それを持ち上げる。
「こんな、こんなちっぽけな指輪一つであの未来を変えろってのかよッッ!!」
投げそうになって―――投げられなかった。持ち上げた指輪を降ろし、それを握った。
「俺に未来を変える力なんてないよ……」
床に再び座り込んで、脱力し、吐息を漏らす。先ほどまでセラクロラスがいた場所を見れば、既にその姿はそこになかった。残されたのは彼女のリボンが一つだけだ。それだけだった。それを見つめ、口を開き、
嘆く、
「みんな……本当に勝手過ぎるわ……」
友達と思っているとか、本当の願いとか、救わないのか? とか。本当に、皆、勝手な期待ばかり押し付けてくれる。
なんで頭を空っぽにさせてくれないんだ。頭を空っぽにして、ただチンコを求めて馬鹿をやっている。それだけでいいじゃないか。なのになんで変な期待とか信頼を寄せるんだ。
本当に、
「やめてくれ……」
蹲り、顔を押さえ、呟く。
だがその声は誰にも届かない。
ランス10風選択分岐。つまり1週目か2週目か。
隠して溜め込んでそれで我慢していた物が全てメッセージで決壊した感じ。なければ普通に戻れてたという。
遊んでいるプレイヤーなら知っているだろう。ランス10という作品はちゃんとケイブリスを倒せるAエンドよりも、敗北したり絶望のパラレルに突入するBや敗北するCエンドの方が圧倒的に多い。
周回前提、それで強くして攻略するのが決戦と言う舞台。
何もしなきゃランス君負けるって、知っちゃったね。