死にたかった。
ただひたすら―――死にたかった。
期待されるだけで死にたかった。お前なら出来ると言われるのが辛かった。勝手に神様に設定され、それで超がつく程に優秀な能力を見せている。こんなもの、俺じゃない。システムに設定されただけのアイコンだ。これで俺が出来るなんて―――なんて―――吐き気がする。期待されるなんてありえない。結局、何一つ俺じゃない。こんなもの、俺じゃない。
死にたい。ただただ死にたい。
生きているという事そのものが恥ずかしい。調子に乗っていた自分が恥ずかしい。何かをしようと思う事が恥ずかしい。与えられた力、才能、その全てで何かをしようとした自分という存在そのものが余りにも恥ずかしい。恥ずかし過ぎた。死にたくなってくる。所詮は神にセットされた人形。与えられた設定。それで調子に乗って何かが出来る筈もないのに。だってそうだろう?
結局は神様が決めた通りの流れじゃないか。
何をやってもシナリオ通り。だったら自分の存在する意味は? 頑張る意味は? 抗う意味は? ない、何もないのだ。それに気づいてしまえば早い。
古代ヘルマン領を抜けて―――大陸中央部、カラーの森を更に抜け、それから向かう場所は一つしかなかった。
大陸最後のドラゴンの居場所。ドラゴンの巣。
翔竜山。ここに、自然と死にたくなった気持ちを抱えたまま、戻ってきていた。
「……マギーホア様、王様。俺達の偉大なる王様、マギーホア様。彼なら、彼なら俺を殺してくれる。確実に、怒って狂ったまま殺してくれる。そして殺した事も忘れてくれるはずだ。マギーホア様、マギーホア様なら……」
呟きながら、死ぬために故郷へと帰ってきた。生まれ育った森を抜けて、翔竜山へと人の姿のまま、入山する。人の身ではまともに登れない垂直の岩肌は、この先、長い年月を経て人類が少しずつ道を作って行く事になる秘境の一つである。だが今はそれがない。故に整備されていない、剥き出しの岩肌だらけの場所になっている。
それを魔法を駆使して、垂直に登って行く。重力を半減、斥力で跳躍し、岩肌から剥がれない様に、マギーホアの裁きを求めて垂直に翔竜山の岩肌を登って行く。上へ、上へ、加速する様に登って行くにつれ、空気が少しずつ薄くなっていき、雲が見えて来る。それに伴い、
懐かしい、同胞の咆哮が聞こえる。
「ウル! ウル・カラー! 馬鹿野郎! 生きていたのならさっさと顔をだせ!」
雲の中から飛び出してきた同胞が笑いながら空から降りてきた。壁を蹴って跳び上がる此方の姿に浮かぶ様に、ドラゴンが一頭降りてきていた。そしてそれに続く様に、更に一頭、次の一頭と出てくる。
「俺が、解るか」
「お前の様な特徴的な奴を忘れられるかよ」
「なんだ、イメチェンか? 似合ってないぞ」
「それにしても不便そうな姿をしているな。そうだ、乗ってくか?」
「頼む―――上へ、マギーホア様に会いたいんだ」
「任せなっ!」
同胞の背中に飛び移り、その背に乗って一気に上へと昇って行く。ドラゴンを止めて感じられなくなった凄まじいまでの風を感じる。全身を駆け抜けて行くこの感触―――愛おしい、翔竜山の風。故郷の風だ。それをドラゴンの背の上に立って、全身で浴びる。あぁ、涙が出そうな程に懐かしく、そして気持ちが良い。自分が失った世界だった、これは。そして俺ではどうしようもない世界だった。
雲を突き抜け、ドラゴンが登って行く。翔竜山の頂点へと。何時かはまた、別の役割を与えられる場所へと。そして到達した頂点で、同胞の頭の上を移動し、飛び移る前に、軽く頭を撫でた。
「ありがとう」
「気にすんな、同じ仲間だろう」
さて―――どうだったのだろうか。
そう思いながら跳躍し、翔竜山の頂上へと飛び降りた。マギーホアの巣へと。王者のみが許される場所へと。そこに立ちながら思う。果たして俺は本当にこの世界の住人であるのか。それさえ疑わしい。何故、生まれたのか、何故生きてるのか、もはや、どうでもいい。
死にたい。本気で。それだけが心を支配していた。
だから来た。確実に死ねる場所へ。確実に自分を殺してくれる存在の場所へと。
「……」
だから到着し、そして視線を奥へと、マギーホアの巣の中へと向けた。そこにはちゃんと、強大な気配を感じていた。
無言のまま、待つ。
洞窟からその姿が出て来るのを。
ルビー色のスーツに、蒼いネクタイ。そして猫の体に人間の骨格と言う奇妙すぎる、或いはコミカルともとれる姿に変貌してしまった王の姿を。そうなるとは、既に知っていた。猫人間の様な姿を。自らKD、と王国がなくなった所で発狂しながら主張する姿を。
姿はコミカルなのに、
威圧感は、強さは、あの頃から一切何も変わっていない。それだけが一緒だった。気配も、強さも、何もかも弱くなったうえで壊れかけで戻ってきた自分とは違って、
キング・ドラゴン、マギーホアは一切、狂っていない。壊れてもいない。正気のままの瞳を真っ直ぐと、登場と共に見せていた。何も変わっていない、偉大なる王のままだった。驚愕とともに、言葉を失った。自分が知る以上、王国を失ったマギーホアは発狂した筈だったのだ。発狂して、正気を失って、クイズ狂いになって、
「マギーホア様、なんで、狂ってないんですか……?」
洞窟から出てきたマギーホアの背筋は真っ直ぐ伸びていた。かっこいい程に。あの頃の威厳に一切陰りがない様に。その瞳には憎しみが見えない。闇の色が一切見えない瞳をしていた。清廉潔白であるわけはない。それでも、あの頃、王道を歩んでいた王と一切変わりはなかった。その姿があり得なかった。
「あの時、俺は確かに―――」
「―――確かに、私は怒りに狂った」
マギーホアが、言葉を遮った。言葉を失い、近づいてくるマギーホアを見る。
「怒りに狂った。何故言わなかった。だが一時の怒りだ。そして狂気だ。そう……狂気だ。普段の貴様を見ていれば、どういう事実だったのか、何を知ったのか、何故そうならなければならなかったのか……それを私は漸く理解したよ……」
マギーホアが申し訳なさそうな声で言葉を紡いだ。
「違う―――違う!」
死にに来たのに、こんな仕打ちはあんまりだ。マギーホアならさっくりと殺してくれると思ったのに。狂っているから何もかも、忘れて殺してくれると思ったのに。なのにマギーホアは変わっていないじゃないか。あの頃と、何も、未だに偉大なる王のままではないか。いや、前よりも酷いかもしれない。この世界のルールを理解しているではないか。何をしてはならないのか、解ってしまっているのではないか。
「俺は、俺は―――お前が! お前が苦しむ姿が見たかったんだよ! マギーホア! お前が苦しめば良かったんだ。苦しんで欲しかったんだよ! ドラゴンを! 俺達を滅ぼした原因として! 苦しんで欲しかったんだよ!」
「あぁ、そしてそれだけ貴様も苦しんでいたのだろう……」
「あ―――い、やめろ。違う。お前は何も理解しちゃいない―――なにも、この世界に関する絶望を、何も、理解しちゃいない」
マギーホアを拒絶する。声を荒げながら、近寄るなと威圧する様に。死にに来たはずなのに、マギーホアを遠ざける様に何時の間にか、動き出していた。何をやっているんだろうか。だけど解ったのは、もう既に違うという事実だ。未来が既に変わっている。マギーホアが狂っていない。狂わせなくてはならない。絶対に。そうしないと《決戦》に繋がらない。
だけど、マギーホアは申し訳なさそうに、
「―――すまない」
謝った。俺の目の前で。頭を下げて心の底から謝罪したのだ。その姿に叫ぶしかなかった。
「違うだろ! 違うだろう、マギーホア! お前は! 王だった! 偉大だった! お前は凄かった! 最強だった! 魔王でさえお前には勝てなかったんだ! お前は! 俺達の! 希望で、王様だったんだよ、それがすまないだなんて謝らないでくれよ……」
その姿にどれだけ希望したか、憧れたか、羨んだか。どんなドラゴンも、その強く、賢い姿に憧れたのだ―――当然、俺も。道化を演じ、狂気の檻に閉じ込めながらも、それでも思った。あんな風になりたい。威風堂々、しかし王道を歩む竜の王様。あんな男になってみたいって。全てのドラゴンがそう思った時代があったのだ。
なのに、
「頭を下げるなよ、マギーホア様……なぁ……俺は、もう、死にたいんだ……その為に来たのに……ほんと、酷いよ王様……」
近づいてきたマギーホアが頭を振り、そして口を開いた。
「すまない。私にはその言葉しかない。王として、真に私が完璧であれば……貴様の―――いや、君の苦悩に、苦しみに気が付いてあげられたのだろう」
だがマギーホアは頭を横に振った。
「だが違った。私は愚かな王だった。栄光だけに目を向けた結果、私は自分の国を滅ぼした。その陰に未来に絶望している臣民がいるという事実を知らずに。最後の決闘、あそこに見せた真意を私が見抜ければよかったのだ。だが私はそれを見抜けなかった―――愚かなだけに」
「違う、違うんだ……貴方は本当に優秀だったんだ。こんなの、とんちみたいなもんだよ……誰が繁栄したら滅ぼされるなんて解るんだよ……」
そんなの、余りにも酷すぎる。平和にしたから滅びるなんて。誰がそんなの解るんだよ。誰がそんな事を望むんだよ。誰が一体、そんな事を察する事が出来るんだ。ヒントはあった。確かに存在していた。だけど解る様なヒントではない。最初から解らせるつもりはなく、終わった後で理解させる為のヒントだ。こんなの、詐欺でしかないに決まっているじゃないか。
だから、
「マギーホア様は悪くない……悪くないんだ……悪いのはそれを伝えなかった俺なんだから……」
「いや」
マギーホアは頭を横に振った。
「私がそれを知った所で運命は変わらなかっただろう。或いは運命が変わる事を拒否したであろう。私は―――確かに強く、そして賢い王だった」
だが、と言葉を強めた。
「私に―――運命を変える力はない」
だが、と再び言葉を置き、目の前までマギーホアはやってきた。そして獣人の手を伸ばし、此方の目元に触れる。何時の間にかそこには涙が流れていたのを、マギーホアが拭った。
「だが君にはある。間違いなく。結末を変える力があるとすれば、それは君にしかないものだ。なに、今の私の生活も悪くはない。王国はなくなってしまったが、こうやって身軽にはなった。それにこの手なら友の涙を拭う事ぐらいなら出来る―――悪くはないだろう?」
いや、でも、と言葉を置く。信じられなかった。そうやって簡単に許そうとするマギーホアの姿が。何故、と言葉を口から漏らし、マギーホアが笑った。
「確かに私は怒った。苦しんだ。狂おうかと思った。狂ってしまえば良かったかもしれない。だがその時に私が思い出したのが君だった」
普段から狂っているフリをしている君を見た、とマギーホアは見た。
「そして私は狂おうとするのをやめた。君は狂おうとした。だが狂い切れなかった。君の瞳の中にはいつも絶望と狂気が見えた。だが同時に僅かな希望も見えていた。君は見えていたんだ、常に未来に。たとえ滅んで、絶望し、狂気の中で逃避していても、それでもどうにかなるかもしれない未来があるのだと。その事実を君はずっと知っていた―――だから私も狂う事を止めた」
信じる事にしたのだ、とマギーホアが口を開いた。
「私の臣民が、友が、その瞳に見た希望の未来を」
ぽんぽん、と頭をマギーホアに叩かれた。
「だがその涙に濡れた瞳に今、希望がない。何があった。何が君の見た希望を閉ざした。教えてくれ、我が臣民よ。騒がしき友よ。何が、君の知る希望を奪った」
何も変わっていない、偉大な王様だった。マギーホア。前よりも成長しているかもしれない。失敗を、そして挫折を乗り越えたマギーホアの姿は、史実、或いは正史には存在しない輝きを持っていた。自分がまるで知らない結果だった。だがそこに不思議と、不安はなかった。
自分が何かをすればするほど、原作から乖離する。
そうすればエール・モフスの誕生から離れてしまう。
それは―――絶望だった。圧倒的絶望。何もどうしようもない、闇。この世界の未来が消えると同じ事だった。だから何もしたくはなかった。何もできなかった。だけど違った。
自分が何もしなくても勝手に世界は滅ぶんだ。
自分が動かなかった結果が、Cエンド―――ケイブリスの勝利、人類の絶滅エンド。
人類は負けるのだ。何もしなければ。その事実と共に、希望は全て砕け散った。もはや自分の中で我慢できる事も、狂気を演じる余裕も、その全てを奪われてしまった。だから、
初めて、涙を全て瞳から決壊させた。
力を失い、両膝から崩れ落ちる。
そして―――漸く、口を開けた。
「助けて……助けて、マギーホア様。もう、耐えきれない。頭がおかしくなりそうなんだ。未来の事なんて考えたくもないのに。神に設定されただけの力なのに。それで未来をどうにかしなきゃならないって思う度に頭が痛くなるんだ。吐きそうで苦しいんだ。今すぐ死にたくてしょうがないんだ」
助けて、お願いだから。
「助けてください、マギーホア様」
涙を流し、惨めに助けを求めた。それしかもう、自分には出来なかった。恥知らずの行いだった。だがそれにマギーホアは猫面で笑みを浮かべ、頷いた。
「―――聞こえたな貴様ら! 同胞が助けを求めたぞ! 我らの答えはなんだ!」
翔竜山に、長年響かなかった、ドラゴンの雄叫びが空の遠くまで轟くほど響いた。
それにマギーホアが手を伸ばしてくる。
「任せよ―――このKD、たとえ玉座も王冠も国も失っても、同胞を見捨てる事はない。絶対にだ」
ここから未来は、変わり出す。
【X】に続く未来にマギーホア以下ドラゴン軍団、参戦決定。
かろうじて狂気を演じられていたのはそもそも「将来的にランス君が全部どうにかしてくれる」という漠然とした希望があった。未来ウルがそこらへんGI歴の聖魔教団の動きやGL歴の人間牧場見てて改めた所があったんだけど、それでは初動があまりに遅すぎてCエンドへ。
ランス君が敗北するという結果だけを理解した結果、最初にして最後の希望を失った、という訳でした。
何もしなければ、結果を変えなければ未来は明るいとずっと思っていたのが裏切られる話だったけど。
きっかけさえあれば誰だって変われる。そんなドラゴンの王様は偉大だったという話。