1年
「―――えい」
「あいだだ、だだだ! いだだだだだぁ! やめて! マジで痛いの!」
「甘んじて受けなさいよ」
「もう過ぎた事だろ!?」
「いや、数百年はこのまま苦しめる予定だから」
「やめてく―――あいだだだだぁ!? ぎゃぁ―――!」
包帯の上から指をつんつん、と押し付けられて苦しみに悶える。酷い、余りにも酷い。俺が何をしたって言うのだ。これは酷すぎではないだろうか? とか言っている間にまた押し付けられた。ぎゃぁ、と悲鳴を零しつつ、助けをガルティアへと求めて視線を向けるが、そんな事を気にせずにスラルの作った毒ケーキを美味しそうに食べている。駄目だアイツ、何時か殺さないとならねぇな! 心の中であいつを毒殺せねばなるまいと誓うが、無理だな、と悟る。ゲロまずでも楽しめるとかもはや一種の才能だ。《フードファイターLv2》ぐらいはありそう。
まぁ、そんなんで、
元魔王スラル。
今はちょっと肌の色が青白い……悪い感じで頭から二本の角を生やした
ドラゴ・デモニックウォー、通称デモニックウォー、或いはDDW。それから100年程経過し、既に歴はSSからNC、つまりは魔王ナイチサの時代へと変節を迎えていた。その中で今、自分はある種の平穏を味わっていた。
ドラゴンで悪魔を殴り飛ばし、三魔子から譲歩を引き出す事が出来た。なおマギーホアソロでも三人とも殴り倒せたらしいので、割と真面目にどうにかなる作戦でもあった。やっぱりバランスブレイカー筆頭格は次元が違ったという話でもあった。ともあれ、レガシオとはウマが合ったとでも表現すべきか。戦いが終わったら肩を組んで酒を飲もうとしたらそのまま複雑骨折して緊急治療するハメになった。それでも長期間の治療が必要になるレベルで大ダメージとなってしまった。
根本的にメインプレイヤーが多重に使う事を想定していない神クラスのアイテムを連続で使用している反動で肉体が非常にぼろぼろになっていた。これでドラゴンじゃなければ本格的に願いかウェンリーナー案件と呼べるレベルだった。だがやはりそこはドラゴンの超再生力。数百年という時間は間違いなくかかるも、それでもまず確実に体を元に戻す事が出来るという話だった。それ故に肉体はゆっくり治す事にして、悪魔側とドラゴン側で色々と協定を結んだ。
これだけ物凄い悪魔側が頼み込んだ。特にマギーホアを出禁にしたがっていた。二度と来ないでくれと頼みこむレベルで。確かに、普通に走っているだけなのに気付いたら悪魔がミンチになって次の瞬間には血風になって消えていたとか、あまりにもショッキング過ぎる光景だった。マギーホアの悪魔界出禁にもあまりにも納得がいき過ぎる。ラサウムかテェロ・エティエノが相手でもなければどうしようもないフリーな人材とか悪夢でしかないのは良く理解出来る。
そう言う訳でそれを条件の一つに、他にも細かい条件が悪魔との間に結ばれた。
天界側とは積極的な協力姿勢を見せない事。これに関してはドラゴン全体で恨みがあるので問題がなかった。その次に魔王スラルを助けるのはいいが、蘇った後は悪魔として記憶を保持したまま転生させる。此方に関しては少々議論が入り、元々は記憶のないまま悪魔として転生させるという形だったが、これではほぼいい様に使われるだけなので最終的に所属は本人自身に決めるとして、寿命の存在しない悪魔に転生するという事で決着した。少なくとも悪魔であれば天界に味方する事はまずありえない。
それ以外にも細々と連絡交換したり、LINEやってる? みたいな話し合いをしたり、と悪魔界側とある程度のコネクションを作る事になった。三魔子長男のプロキーネには嫌われたものの、次男のボレロ・パタンは三男のレガシオ同様、かなり好意的だった。悪魔という名前からは信じられない程に義理や人情を良しとする性格であり、悪魔に対する面倒見の良さがある奴という評価は、間違っていなかった。自分よりもメインプレイヤーという枠で強いマギーホアを気に入ったり、友達一人助ける為に乗り込んだ自分を気に入ったらしい。
この後、テェロ・エティエノの登場で少々焦ったり揉めたりもし、最終的にテェロ・エティエノを通してラサウムの意思による、悪魔・ドラゴンの休戦協定が結ばれた。また同時に、スラルの件の対価として人間の死を大量に必要とするという対価を求められたので、直接殺すのではなくNC歴に出没するJAPANという新しい大陸、そしてそれより始まる【藤原石丸】の【JAPAN征伐】の話をした。この後でナイチサによる死滅戦争の話をする事で、JAPANの異変が無ければ再度要求するという形で話は纏まった。
まぁ、ナイチサが珍しく人類50%にしちゃうとかいうポカをする時代なので、悪魔の方はもぐもぐされちゃった人員を補充できる良いチャンスであろう。
と、いう訳で、ある程度悪魔との交渉は固まった。詐欺はさせない。絶対に。その場合はマッハーモニットを悪魔界に投げつけた上でマギーホアに本気で暴れて貰うだけだから。流石にそれも理解されているので、悪魔の方も詐欺をする様な事は出来ない。寧ろプランナーの糞と比べると、悪魔の方は評判に関わるビジネスなので、基本的に契約内容に関しては絶対厳守するスタイルなので、間違いなく魂を奪われるという点を抜けば天のカス共の千倍はまともだったりする。
そんな事で、
それからはどうやってSS歴を綺麗に終わらせるか、という話である。
SS歴500年にスラルが死亡する事は《無敵結界》によって確定している。その為、その時代をどうやって綺麗に、ドラゴンを撤退させて終わらせるか、と言う話になる。派手に暴れたのはいいが、そろそろドラゴンを表舞台から隠さないとまたエンジェルナイト出勤案件になりかねない。
なのでちょっとずつドラゴンの死を偽装する事で前線から引き剥がしつつ、隠して撤退させるという事をする必要があった。
―――これに協力してくれたのが意外にもメガラスだったりする。
元々メガラスに魔王に対する忠誠心は全くという程存在しない。彼は元々ホルスの同胞の安全を確保する為に魔人をやっているのであって、彼は自分の同胞の無事を確認し続ける為にひたすら魔人を続けていた。だから魔王スラルを守るために命令以外で動くような事はほとんどない。なので頼んでみれば馴染みだからとサムズアップで協力してくれた。
まさかの魔人の裏切り者である。数千年展開が早い。
そういう訳でメガラスがドラゴンを倒す茶番劇を開始し、それによって前線と人類の戦線からドラゴン達の姿が消え、翔竜山や世界各地の秘境へと再び、次の戦争やパーティーに備えて隠れていく。そうやって少しずつ、SS歴からドラゴンの姿は消えていき、メガラスは何時の間にかドラゴンスレイヤーの称号を貰う様になり、
そしてSS歴500年。
試作型であったが故に《無敵結界》に呑まれてガルティア、ケッセルリンクの前で魔王スラル死亡。魂をレガシオが確保し、ケッセルリンクとガルティアによって埋葬された肉体を確保。のちにそれを再生し、肉体を悪魔へと転生。そこに確保しておいたスラルの魂を戻し、
これにて悪だくみが完了する。
スラルちゃん完全救済計画の全貌となった。
「改めて話を聞くと頭の痛い事をしてくれたわ……」
「今痛みを感じてるのは俺の体なんだよぬわぁぁぁぁぁあああ―――!」
「この程度で悲鳴とかやーねー」
「相変わらず容赦ねぇな……」
ガルティアがぼそっと呟くのが聞こえる。解ってるなら助けろ、と視線を向けるのだがガルティアが逃げる様に視線を逸らす。お前、お前―――! ケッセルリンクなら助けてくれたぞ! ケッセルリンクは今魔王城に居るけどな! 助けてケッセルリンク! おばあちゃんが助けを求めるんだぞ! 助けろよ!
無理ですね。
「というかこんなことするなら事前に私に伝えてもいいじゃない」
「全体の動きが俺の【真理】から外れても困るんだよ。それに成仏せずに現世に魂を残すには死にたくない、って思わせる魂の熱量が必要だから、ある程度スラルちゃん追い込む必要あったからね。楽しく追い込ませ痛ぁ―――い!!」
「ほんと反省してないわね……こいつ……」
もしかしてこれから数百年間、治療終わるまでこうやって定期的にスラルに傷口をツンツンされるのだろうか? この拷問の様な真似が続くのだろうか? やばい、新しい性癖に目覚める可能性が出て来たぞ、と軽く戦慄していると、スラルが溜息を吐きながら離れてくれた。お? と思いながらスラルを見てれば腕を組み、近くの机に背を預ける様に寄り掛かり、で、と声を零した。
「貴女には未来が解るのよね?」
「おう」
「……未来に私が必要だったの?」
「いや……確かにスラルちゃんが居れば未来はもっと良くなるかもしれないけど、別にそういう目的で助けた訳じゃないしなぁ」
だってほら、友達って言われたじゃん? マギーホアの時は逃げちゃったけど。それでも友達と言ってくれる馬鹿が居るなら、
「俺を友達って呼んだことを一生苦労させて後悔させたいじゃん? 早々に死んでもらって楽になっちゃ困るでしょ」
いえーい、ピースピース、と指を持ち上げるが、脛に蹴りを叩き込まれた。地味に痛い。そこは無事な場所だからほとんどダメージがないのだが。それを見ていたガルティアがぼそり、とケーキを勿体なさそうに食べ終わりながら呟く。
「……照れ隠しに素直じゃない奴。似たもんか」
「なんか、言った?」
「ん? ごっそさん。やっぱお前の作る飯は宇宙だわ」
ほんと面の皮が厚いなこいつ、とガルティアの返答や態度を見て苦笑しつつ、窓の外へと視線を向ける。
時代はついに変節した。
時代は魔王スラルが《無敵結界》の副作用で死亡した事でSS歴からプランナーに新たに指定された魔王、ナイチサのNC歴へと移り替わった。それによって人類は一時的に魔王から解放された。NC1年。魔王ナイチサの動きはまだ、ない。魔王城に残ったケッセルリンクの言葉によればナイチサは自身の力を確かめる事、そして魔軍全体の掌握の為にしばらくは動かない様子を報告していた。
だが既に歴史は知っている。
魔王ナイチサが人類最大の虐殺者になるであろう事実を。
「……ちと、眠くなってきたな」
「あら、じゃあ邪魔したわね。私は悪魔界で上司のご機嫌でも伺ってくるわ」
「んじゃ、俺は魔王城に戻るか。長期間空けてても疑われるだろうしな」
「いや、お前は食べ歩きしてたって言えばそれで許されるだろ」
マジで、みたいな表情をガルティアが浮かべるが、魔王城に居る―――というか魔軍全体でそういう認識があるから、たぶんナイチサもナイチサで納得してしまうんじゃないかと思う。まぁ、その為には変装しなければならないので、大変そうだが。
翔竜山の麓、カラーの森に作った新しいマイハウスの中で、新たな時代と新たな歴史の流れがつくられて行くのを自分は感じる。
魔王スラルは死後、悪魔となって生き延びてしまった。どう足掻いても未来に登場するであろう―――殺されなければ。そしてそれに従う形でガルティアとケッセルリンクは半ば、魔軍という組織を裏切っている。無論、魔王の絶対命令権には逆らえないだろう。だが彼らが真に忠誠を誓っているのは、スラルという女だけだ。彼女が求めれば、二人は何時でも魔王や魔人を裏切るだろう。
それだけじゃない。マギーホアが正気のままだ。多くのドラゴンがマギーホアに下に集って今は未来に向けて、新たな戦いに向けて隠れて潜んでいる。ここから本当にドラゴンの魔人や使徒が生まれるのか? 一緒にレガシオと戦ったノスが魔人になるとは、到底思えなかった。
変えようと思って未来を変えようとしている訳ではない。
それでも今を変えようとして、それで未来が少しずつ変わってきている。
果たしてエール・モフスが生まれる未来はやってくるのだろうか?
ルドラサウムは愛を知る事が出来るのだろうか?
超英雄ランス君は、その大冒険を繰り広げる事が出来るのだろうか?
今すぐここで死んで、未来を確定させる事が俺の役割ではないのか?
俺が存在する事そのものが間違いなのではないか?
……考える事は色々とある。だがKukuが終わり、AVが終わり、そしてついにはSSが終わった。これからはNC歴となる。人類が最もたくさん死んだ時代。藤原石丸が活躍する時代。そして《無敵結界》という暴力が人類に絶対的な絶望を教える時代となってくる。変わりゆく時代の中で、
たぶん、俺も変わっていかなきゃならないのだろう、というのを思い知らされている。
だけど今はちょっと、体力が足りなくて眠い。
だから車椅子からベッドの上へと痛みで呻きつつ転がり、部屋を出て行くガルティアとスラルに手を振った。
「じゃ、お休み。またね」
「怪我、ちゃんと治して俺に飯作ってくれよ」
「お前ほんとそればっかりだな! ……おやすみ」
部屋から出て行くのを確認してから苦笑し、枕に頭を乗せて、
ゆっくりと、目を閉じた。
―――そして目を開く。
怪我もない状態で両足で立つ。両腕が揃っている。空の上、美しい光景が広がっている。そして言葉では言い表しづらい、モニュメントの様な建造物が存在している。その前には小さなテーブルと、二人分の椅子がある。既に対面側には座っている姿が見える。なので悪い悪い、と片手を上げながら挨拶をし、
その対面側に座る。その反対側に居る姿は―――神々しい少女だった。美しい金色の髪をした、
「じゃ、今夜のお茶会を始めようか―――ALICEちゃん」
世界は変わっていく。
時代は進んでいく。
新たな概念、人々、物、流れ、法則、ルール。
SSという時代が終わって新たな魔王が生まれた事により、抗えない時代の流れがやってくる。求めようと求めずとも、常に流れはやってくる。故に重要なのはその中で自分が何をしようとする事であろう。
NC歴、開幕―――。
SSの終わり、NCの始まり。夢の中のお茶会。悪魔になった魔王。裏切りの魔人。
未来に向けて段々とだけど流れが歪み始めている。果たしてエールちゃんはちゃんと生まれて来るかな……? とおもいつつ、ナイチサの時代が始まるよ。人間が一番死んだ時代だから戦争だけには困らないんだよなぁ……。