「おぉ、この感触! まさに浴衣である!」
旅館とかに置いてある浴衣、自分のサイズに合わせたそれを装着する。濃紺に白い模様の入った浴衣、その帯を装着して、脱衣所で着替えを完了する。姿見の前に立って、浴衣姿の自分を確認してみる。うむうむ、中々悪くない姿をしておる。胸が大きいから着物とは合わないかと思ったが、そうでもないではないか。髪は今回、アップに纏めておくか、と魔法を使って髪型をセットする。和風、髪を上げてセット。うむ、和装ならこれが良い。近くにお店があるならそこで色々と服装の方も購入しておきたい所だ。なにせ、和服なんてJAPANでもないと今は入手できない。状況からして一番防衛力があるのは大陸の人間もいる、モロッコ周辺から天満橋の周辺だろう。
となるとお買い物をするならここしかない。ここにはアマテラスが持ち込んだ味噌があるのだ―――そう、味噌、ソウルフード。醤油も普通に存在しているし。そう考えるとやっぱり、JAPANに来てよかったと思う。ともあれ、姿見の前で1回だけ回転し、よしよし、と自分の姿を確認する。悪くない、悪くないぞ。ただ、
乳袋の謎機構はこの世界の服装、共通なのか? 普通に胸が強調される様に服が変形している気がする。いや、胸が楽なのはそれで助かるのだ。とはいえ、流石エロゲ世界、乳袋は今の時代、服装のスタンダードなのかもしれないと思うと、ちょっとした戦慄に襲われる。でも良く考えたら乳袋あった方が可愛いもんね、そうだよね。でもTADAは眼鏡萌え。
「んー、こう結べばいいのか?」
「あー、駄目駄目。前が逆、逆。こっち向け。直してやろう」
ハンティが浴衣の着方を間違えているので、帯を取って着付けを手伝う。こればっかりは知識がないとどうしようもない。ササっと着直させ、そして帯を教えながら結ぶ。そこまで難しくはない。一回覚えてしまえば後は一人で出来るだろう、この子は根本的に俺よりも頭が良いし。後顔も良い。即ち、最強である。ナチュラル発狂かな?
「うっし、こんなもんだろ。後はサンダルを履いて、旅館歩き回りセット完了だな」
「うーん、異文化だなぁ、これ……」
ハンティは自分の浴衣セット姿に軽い違和感を抱いているようだが、元日本人としては物凄くしっくりくる恰好だった。だって俺、前世では室内で甚平姿で夏を過ごしていたりするのだから。アレ、通気性がいいからだいぶ楽なんだよね、と思い出す。まぁ、それはともあれ、武人で美人な姉妹がこうやってお着替えを完了させたので、
風呂上りの珈琲牛乳を飲んで。外へ出て軽く、ショッピングへと連れ出す事にする。無論、財布はちゃんと持ってきている。それを忘れるような事はしない。それを片手に―――というか片手しかないのでそれで握って、外へと飛び出す。
「おーい! 早く来ないと置いてくぞハンティ!」
「あぁ、もう、こっち来てから本当に元気だなぁ!」
「がっはっはっは!」
笑いながら旅館近くの歓楽街に突入する。
天満橋の周辺は未来の戦国ランスやランス10等で目撃する程盛り上がってはいないが、それでも十分にこの時代のスタンダードとしては盛り上がっている。出店、商店街、客引き、大陸とJAPANという新しい繋がりを商売にしようという連中がこぞってここには集まっている。そのおかげで疑似的な街がこのモロッコ、天満橋の周辺には出来上がっているのだ。
このヨーロピアンな、アメリカンなエセっぽさをJAPAN風に盛り込んだのは、なんというか……物凄く大阪を思い出す感じが近い。そう言う風にちかちか目立つようにそこら中出来てるので、見るものにはまさに飽きないと言える状態だった。見覚えのある景色が見覚えのない景色風にアレンジされて並べられていた。正直、これを見ているだけでも何時間でも時間を潰せる。だけどそれが目的ではないので、適当な商店に近づく。
「おっちゃーん、俺の様なかっこいい姉ちゃん向けの浴衣何着かない?」
「へいへいへいへーい! これは先に言おうとした言葉を取られちまったぜ……そこのかっこいい姉ちゃんと、いっしょに連れてきたまたかっこいい姉ちゃん、丁度君ら向けの良い感じのが色々とあるぜ」
着物の上半身を片袖だけはだけさせた中年がキセルを咥えつつがっはっは、と笑う。一番最初に選んだ店は、店員の目に一切の邪気の気配を感じなかったからだ。長く生きていれば大体目利きの利く奴や、邪な考えを抱いている奴は一目見れば解る―――それこそ、余程隠していなければ。
少なくとも人を見る目だったらこの2000年近い人生でだいぶ鍛えられていると思う。特にそうしなければあの王国は潰れてたし。まぁ、それはともあれ、ややかぶいた格好をしている店員の兄さんがやっている出店、というのか。そこに並べられている浴衣などを見る。
「姉ちゃん大陸の方の人間だろう? なのに良くちゃんと浴衣が着れてるねぇ。大抵の大陸の人は帯で間違えて歩いている間に抜けちゃったりするんだよねぇ」
「あぁ、あるある。慣れてない人だとなるよな、アレ。ちなみにハンティは放置してればそういうコースだった」
「!?」
俺だって日本に居る頃は経験したわ。室内だったけど。ちゃんとやらないと歪んだり開いたりするから鬱陶しいんだよね。その代わりにちゃんと着ると全く動じないけど。それはそれとして、引っ張り出してきた浴衣を見てわーい、と騒ぐ。やっぱり、
「これを見ているとJAPAN魂が騒ぐ。うーむ、浴衣だけではなく普段着用の小袖や甚平欲しいなぁ……女性用甚平ってある?」
「あー……流石にちょっと需要の問題でねぇな。ただ欲しいのならこっちで注文してやろうか?」
「お、マジか」
「マジぜよ」
それから値段交渉を軽く重ねながら、ハンティを引っ張って、二人で似合う浴衣をセレクトしてみると。自分はどう足掻いても、プラチナブロンドの髪が目立つので、それに合わせ少し暗い色を選べば、髪が目立つのでそういう色のを選ぶものの、ハンティの方は逆で、髪色が黒なので明るめの服を着た方が、可愛く映えると思うのだ。どうだろうか? カカカ、カミーラ大先生は俺のファッションセンスをどう評価してくれるだろうか? 難しい問題だろう。今度魔王城にテロしに行く時は是非とも確認しなくてはならないだろう。
そこらへん、どうかなぁ、ルドちゃんは。ん? 盛り上がれば何でもいいかもしれない。
「毎度アリ。また来るのを待ってるぜ」
「まぁ、甚平の方あるしな! じゃあな。さぁ、飯の前に飯をしよう!」
「あぁ、止まらない……」
「止まらねぇぞ俺は……」
ハンティの言葉に思わず古いネタを思い出してしまい、反応して口に出してしまって、笑う。アリスソフトさん、細かいネタは拾って採用していくスタイルだから、どっかで団長ごっこも見れるのかもしれないなぁ、と思いながら笑ってハンティを引きずり回す。まだまだ、飯の時間にはある。それでも日常がお祭り騒ぎの様なこの場所には回る所がたくさんあった。
「アカメフルトー! アカメフルトあるよー!」
「ぱちぱちー! ぱちぱちあるぞー!」
「刺身! イカマンじゃねぇぞ? 魚の刺身だ! デラックスマグロの刺身あるぞ!」
「射的―。射的してるよー。隣のくじはぼったくりだからやるなよー」
「ざけんな。俺が必勝と定めた宝くじが特等だぞ!!」
「誰か奴に現実を教えてやれ」
「今新聞確認したらアレ、一等でしたねぇ……」
客が一気に群がってる。今、奇跡の瞬間を目撃したのではないだろうか? 馬鹿な奴はどこにでもいるんだなぁ、というのを理解させてくれる。それでも楽しい連中ばかりだった。幸せな気分だった。
このルドラサウム大陸にはこういう馬鹿がたくさんいる。そう言う連中が馬鹿をやって失敗して成功して、その結果笑ってなんか、いい感じに1日が終わるのだ。その景色を眺めているのが、いつの間にか好きになっていた。
果たして、それに明確に気付く様になったのは何時頃なのだろうか……。
たぶん、カラーの女王なんて看板を背負って、皆の生活を見守るような立場になった時だったかもしれない。今までとは違う、一人の為ではない。自分の為でもない。皆の為に今を。スラルを助ける事から一歩先に進んだ広さ。そこで見えたものが、どうしても愛おしく感じられたのかもしれない。
誰かが日常を楽しんでいる。笑って、泣いて、そして必死に生きている。その姿をずっと見つめているだけで、自分はどことなく楽しかったのかもしれない。いや、実際楽しかったのだろう。最初はこのルドラサウム大陸に生まれて、苦しかった。辛かった。何もかもが怖かった。だけど今になって思うのだ、
あまりにも勿体ない、と。
こんな楽しく、美しくも醜い世界から目を逸らして生きるのはあまりにも。
勿体ない。
「まさかこういうもんが食える日が来るとはなぁ……おぉ、懐かしき匂い……!」
「うーん、初めて見るものばかりだけど……まぁ、姉さんが美味しいって言うなら大体問題ないか」
カニ! 海老! タイ! 豆乳鍋! 白米! 味噌汁! この組み合わせがまさかルドラサウムで味わえるとは思いもしなかった。ちょっとした感動である。いや、嘘だ。かなり感動している。これだけでJAPANに来た事に関しては大体満足しているレベルでやばい満足感である。だってこの味、この味はもう、千年単位で味わっていなかっただけに、口の中に入れた瞬間にもう涙が出そうになってしまった。
それを味噌汁と白米で飲み込みつつ、鍋を小さなお椀に移してからそれも食べる。やばい、やばい美味しいのだ。普通に美味しいのだ畜生。クソ美味しいよ認めてやるよ。
「うぅ、この肉味噌いい、素晴らしい……レシピ欲しい……白米に乗せて食べると超美味しい、ご飯進む……ハンティは―――」
食べる前は生の魚に不安を見せていたり、まぁ俺が美味しいというのなら大丈夫とか言っていたハンティだが―――今、無言で全力で食べている姿を見せていた。箸を全く使い慣れていないのでフォークで突き刺しながら口の中へと運んで行き、カニをこっちが食べる姿を真似てちゅるちゅると啜って食べ出し、それで集中している姿が見える。その姿を見て苦笑し、
こっちもカニを食べる為に一時的に無言になって殻を割る。あぁ、本当に懐かしいこの感覚。カニなんて本当に長い間食べていないし、この刺身の盛り合わせ、新鮮な魚を使っていて実に美味しい。刺身なんて大陸だとイカマンぐらいしかないから、魚の刺身とかこれ、結構レアなのではないだろうか?
そんな事を考えていると、部屋の扉が開く。
「はい、お待たせしました。此方うし肉のしゃぶしゃぶですー」
「マジで!?」
「お客様には鬼を追い払ってくれたおかげで被害が少なかったので、感謝を込めてという事ですので」
「わぁい」
美味しい飯の前では誰もが幼児退行する。仕方がない、だって美味しいんだもん。だがそれはそれとして、これらのレシピ、食べながらなんとか、何とか覚えたい。何とか覚えて自分のモノにしたい。大陸に戻った所でも自分で作れるようにしたい。特に味噌は大事だ。アレはJAPANにしかないものだから、此方で購入しておかないと味噌汁とか全く食べられなくなってしまう。その度にJAPANに買い付けに来るのも悪くはないのだが、それはそれで手間だ。
もう、翔竜山で味噌を作ろうかなぁ、と悩むぐらいには魅惑の調味料だと思う。ありがとう、アマテラス。フォーエバー、アマテラス。お前の事大好きだよアマテラス。やっぱお前がナンバーワンだ。味噌の味に感動している間は本気で信仰する。
「呼ばれなくても参上! 我輩今信仰心の話を感じ取った故に参上したのだがなんと! これは実に美味しそうな料理が」
「《メタルライン》」
「《ガンマ・レイ》」
「あぁん」
ザビエルダークで何度も盾として活躍してくれたマッハ、沈黙。窓を開けると無言のままハンティが窓からマッハを捨てる。そうやって振り返ると、いつの間にか三枚目の座布団が用意されており、そこに見覚えのある悪魔の姿が無言でカニの足を一本掴んで、それを折りながらちゅうちゅうと啜っているのが見える。
「これ……これにつけて食べると美味しいわね……」
「解る」
「だよな」
マッハは汚らしい男なのでアウトだが、スラルは女子なのでぎりぎりセーフ。2人から3人へと女子会の規模を広げて、鍋を食べたりカニを無言で割り続けたり、しゃぶしゃぶで食べたり、JAPANという国に到着して最初に経験する夕食、それを心行くまで無言で集中して食べ続けた。
美味しさ。その概念に国境はないのだと、カラーと転生者と悪魔という種族を超えたトリオで確信し合った。
雑に扱われるマッハーモニット様。
JAPAN料理というか日本料理。人生を更に楽しもうと決めたウルちゃ。ルドの真意とは? カニは美味しかったのスラルちゃん? マッハ様は盾にするもの。
もうちょいJAPAN。それが終われば……?