「うーん、こっちで食う飯よりもやや薄味って感じだな。それに色々と細かい品を並べるのか……だけど一つ一つの味が違って、その変化を楽しむ形だな。フルコースに似た感じのコンセプトは感じるが、こっちのが家庭っぽさが勝るな。うん、日常的に食うなら俺はこっちのが好きだな。ただ間違いなくこれ、ナイチサの奴は気に入らないだろうな。アイツはなんというか……一つ一つが高級趣向なのを好むからな。こういうタイプはアイツの守備範囲外だろ」
「成程なぁ……俺はこっちの気軽さの方が好きなんだけどなぁ」
どこで嗅ぎ付けたのか、いつの間にか厨房の端にガルティアが大人しく飯を待っていた。テーブルにお皿をセットして。気づけばそこに居るという感じ、もはや安心感がある上に、厨房のスタッフもガルティア用の席とかを完全に用意している。ある意味ここの最大の常連なのかもしれない。そんな事を考えながら自分も作った味噌汁の一部に口を付ける。うーん、美味い。やっぱり和食が一番だよなぁ、と思う。食べなくても別に平気なのだが、食べるとやる気が湧いてくる。それがソウルフードというものだ。
「まぁ、個人の趣向が反映される限り、究極の美食ってのも縁遠い話か。一度でいいから食べてみたいもんだけど」
「究極の美食か。確かにそりゃ面白そうだ。見つけたら俺にも紹介してくれよ」
「やだよ。お前全部食っちまうだろ」
「あー……確かに。たぶん我慢できないな」
だよなぁ、とガルティアの言葉に皆で頷いた。だって絶対に全部食べるもんこいつ、うめぇうめぇって。だから見つけてもお前にだけは絶対に教えないから、最高の美食というものを。まず存在するかどうかが怪しいけど。ともあれ、いつの間にか厨房に増えていたガルティアに率直に聞く事にする。お腹が満たされた今、こいつは比較的に気分が良くなっている筈だし。という訳で、
「ナイチサの面を拝みにきたんだけど、お前から見てナイチサってどういう奴よ」
「あー……成程、そういう用事か……」
もうそんな季節か、とガルティアが言う。何だよその季節。ウル様襲撃の季節なんてあるのか。俺は聞いた事ないぞ。でも数百年周期で出現しては魔王の面を見に行っているから、ある意味そういう季節だと思われてもしょうがない。そう思っていると、ガルティアが呟く。
「はぁ、もう次の魔王の時期か」
「おい」
「あぁ、そういや料理長が空けた後戻ってくると数百年以内に魔王交代してたっすね」
「ナイチサ様も終わりかぁ」
「次の魔王様は飯を評価してくれるかなぁ」
「お前らなぁ……」
でも、まぁ、魔王交代前に行動を起こしているんだからある意味当然だよなぁ、とは言える。ともあれ、魔王ナイチサの話をガルティアという魔人の目線から、そして厨房の魔物スタッフ双方から聞き出す事にする。何でもいいからとりあえず並べてみろ、と言葉を放って、それを脳内にメモしていく事にする。
「あぁ、魔王様ってかなり品のある方ですよね。元は人間らしいっすけど。だからこそ人間という生き物を理解しているというか……魔王である事に対して熱も何もない、って感じが凄く強いっすよ。なんと言うか作業的に処理している? 偶に魔王様が機械的に見えるっすね」
「あ、俺魔王様が人間の貴族出身だって話を聞きましたぜ。元々は人間から魔王になったって」
「あー……そう言えばナイチサの奴、サタニアの奴に近い気配があったな。たぶん純粋な人間じゃないと思うぞ……。ハーフって言われても驚かないな」
「ナイチサ様はああ見えて結構文化人だぜ。人間は一生知らないだろうけど、個人で楽しむ為の楽団を設置したって知ってるか?」
「葛藤もなにもなし。スラルみたいに押し殺してるタイプとは違うぜ? ナイチサにとっちゃ殺すのなんて特に思考する必要のある事でもないだけの事だ。あいつはそういう魔王だよ」
え、何それ初耳。というかナイチサの評判を聞いている限り、仕事というか魔王の仕事に関しては完全に割り切った上で、それとは別に個人の時間や感性を楽しんでいる様にさえ思える。
なんだ、こいつ。
気持ちが悪い。ナイチサという魔王を表現するなら、言葉から聞く限りは完全にそうとしか表現できない。魔王としての職務に対してまるで思う事はなく、それを処理したら個人の時間を優雅に過ごしている。苦しいとか気持ち悪いとかそうじゃなくて、まるで何も思っていない。虫を潰す感覚でさえない。息を吸う様に殺している。それが必要であるからそうしているだけで。気持ち悪い。ある意味究極的に人間的で非人間的。その両方を兼ね備えている男。
化け物でも悪魔的でもない。機械でもない。
気持ち悪い。それが今言える言葉による評価だった。ただ、単純に気持ち悪い。その言葉に尽きる。人類側から見れば恐ろしいばかりの魔王だろう。だけどこうやって人類と魔王側から見て、理解する魔王ナイチサという存在のイメージは、余りにも気持ち悪すぎる。
となると、本人はどうなのだろうか?
「……」
「お前は会わない方がいいぞ、アレは」
此方が考え込むような表情を見せると、ガルティアが口を開く。
「
「解ってら、そんな事ぐらいは」
とはいえ、これは必要な事なのだ。魔王全てを知る事。これは後々の未来の事を考えれば、必要な事である。ククルククルの戦いは見た事がある。アベルとは戦場で短くだが喋った事がある。スラルは友達で、ナイチサはこれから会える。確認しなければならない。魔王という存在を。歴史に残るが残されない存在を。誰かが。いや、俺が覚えていたいのだ。
「ま、逃げ出す準備だけは事前にしてきたから」
「いや、そうするなら来るなよ」
「料理長は相変わらずロックだなぁ……」
「だけど嫌いじゃないぜ、料理長」
「未だに処女だけど」
顔面をキッチンの壁に埋め込んでやった。肩に勇者王を担いでふぅー、いい仕事をした、と息を吐きながら、まぁ、なんとかなるだろう、と息を吐いた。楽観している訳ではないが、それでも十分、どうにかなると判断した結果が今、こうやっている事なのだ。だったら躊躇しない事が今、最も必要な物だろうと判断する。という訳で、何時までも厨房にはいられない。
「行くわ」
「おう、行ってこい。今の時間なら自室でパイアールに作らせた蓄音機で音楽を聴いてるぞ」
「あぁ、気配で大体解る。あそこね」
優雅にクラシックでも聴いているのかねぇ? なんてことを考えながら厨房を出た。
幸い、通路でこれ以上魔人とエンカウントする事はなかった。その代わりというか、少しだけカミーラの気配を感じた。アレは少し、誘う様な気配だ。また話し相手が欲しいのだろうか? ナイチサやジルの時代は割と魔王城に近寄り辛いものがあるので、会いに行けるかどうか怪しい―――まぁ、ナイチサの反応次第ではある。という事で流石に近づくと面倒な警備の目もある為、クローキングで通路を抜けて、魔王城の奥、ナイチサの私室へと近づいて行く。
一定以上近づけば、警備の姿が消える。そして残されるのは魔王の濃い気配だけになってくる。魔王の私室がある空間、その周辺だけが完全に魔王の気配に飲み込まれている。
「んー……これはウル様大人気って奴かな」
誘われている。かなり、露骨に。何時察されたかは解らないが、それでも明確にナイチサに来るように誘われている事だけは、此方に触れては部屋の中へと引きさがって行くナイチサの気配で理解する事が出来た。これは中々凶悪な気配ではないか、と息の下で声を零す。そして部屋の近くへとまでやって来れば、蓄音機から流れて来る、そこそこ精度の良い音楽の音が聞こえて来る。
これは―――バイオリンの独奏だろうか? 悲しげな、バイオリンの旋律が空気に流されている。
それに聞き入りながら、音を殺して扉を開けた。
そこそこ広さのある魔王ナイチサの私室は、私物らしい物が少なく見えた。スラルの部屋はアレでぬいぐるみとか意外に置いてあったりするのだが、この部屋にはそう言うものが少なかった。唯一置いてあるのはレコードプレイヤーの様な蓄音機で、記録された音をそこから延々と吐き出し続けている。魔人パイアールに作らせたという蓄音機から放たれるメロディはやはり悲しく、
しかし、どことなく魅了する響きがあった。
部屋の奥、表情が影になって隠れるものの、ナイチサが椅子に座って音楽に聞き入っている姿が見える。それを邪魔しない様に扉を開けたまま、無言で流れて来る音楽に耳を傾けた。
それが、終わる瞬間まで。
その時間、約5分。その間、お互いに言葉を交わす事もなく、最後までバイオリンの旋律に聞き入っていた。そして再び、演奏が最初から始まる。
「……良い音だな」
「解るか」
「あぁ……世の中の物悲しさを表現した演奏だ、これは。だけどその中に……」
「そう、美がある。苦しみと悲しみの中に隠された美、この旋律はそれを一人、孤独に表している……」
ナイチサは言葉をそう呟き、流れて来る旋律に聞き入る。その姿を捉える為に一歩、部屋の中に進んだ。ナイチサの攻撃が確実に届く距離にまで接近してしまった。一歩の違い、しかし確実な違いである。だが不思議と、今、この魔王が自分に対して攻撃を仕掛けてくるような事はない、と確信していた。
「音楽は好きか」
「軽く演奏する程度には。吟遊詩人の真似事をして時間を潰して回ったりする事もあったなぁ」
その言葉にナイチサはそうか、と呟き、
「貴様の話を聞いた」
と、言葉を切った。
「私の配下から、かつて魔王城に居た貴様という人物の話は聞いている。奇天烈で、優秀で、それでいて様々な手段を駆使し魔人を撃退するカラーの女王」
「―――」
ナイチサの顔を見た。そしてその目を見た。そこに見た光に言葉を止めた。言葉を失うしかなかった。ナイチサは正気だ。正気だった。だがその瞳の底にある物が見えてしまった。それが問題だった。あぁ、何て事だ。本当になんてことだ。ありえない。そうとしか言葉が口から漏れない。
「ありえん……」
「お前はさぞや陽気な演奏をするだろうと思った。誰も彼もが舞台に上がり、そして踊りたくなるような曲を。だが違う。そこに居る貴様を見て理解した。貴様はそういう存在ではない。一人だけの狂想曲だ。たった一つの物語、たった一つの音。それを生み出す為に100の音を生み出し、しかし決して巻き込んだ音を顧みる事がない。究極的に独奏しているだけの音を貴様は奏でるだろう」
「お前は―――」
ナイチサの言葉は、真を捉えていた。俺はルドラサウムの為に魂を捧げる事を誓った。この世界の為ではない、あのルドラサウムというあまりにも可哀想で、憐れで、そして愛を知らない鯨に、本当の愛というものを教える為に動いた。その為に利用できる全てを利用するという事を決めている。あらゆる流れを巻き込んでルドラサウムへと愛を教える事を目指している。
だからナイチサは正しい。
だがそれは同時に、
「―――ルドラサウムを知ったのか」
「然り」
返答は短い。だが表情のないまま、ナイチサはその言葉に答えた。
「私は知っている。この世界を構築する創造神の名を。その存在を。創造神が何を求めているのかを、も。私が魔王として就任する時」
「三超神ローベン・パーンに知らされたか……」
「成程、狂気に隠れた真理の賢人の名は伊達ではないか」
「―――」
こいつは世界を理解している。世界の仕組みをローベン・パーンから伝えられている。その上で魔王として君臨している。【血の記憶】に呑まれている訳でもない。自発的に、自分の責務として人間を苦しめ、殺し、そしてそれを献上しているのだ。
「……成程、理解したわ」
ナイチサを見て理解した。《メギンギョルズ》が力を発する。《時の忘れ物》が時を歪める。ドラゴンの血が目覚める。魔力が高まる。数百年間溜め込み続けてきた魔力を解放し始める。それで無詠唱で支援魔法を使い、魔王城を破壊し始めながら、激怒の炎で心を燃え上がらせた。
ここまでブチギレるのは、恐らく人生で初めてだった。
純粋な怒りだった。
「お前とは一生解り合えないな」
「そう思うか? 私はお前の事が気に入った―――是が非でも配下の魔人として仕えさせたいな」
壊れてもない。正気だ。この魔王は最初から最後まで正気だ、それでいて
それが平常、平静、通常。
サイコパス。その言葉しかこいつには見つからない。
だからこそブチギレる。魔力が解放されて鱗を纏い、第三の目が開く。長年鍛えられたドラゴンとしての力が解放され、周辺の重力が歪む。《勝利の鍵》が黄金に輝きながら超過駆動を開始する。量産型の《劣・呪術ブースター》を全て待機状態に叩き込む。まず間違いなくALICEからのペナルティがこれで来るだろうが、
それでも止める事は出来なかった。
ここまでの怒りを感じるのは初めてだ。今行っている準備が全て無駄であるのは解っている。どれだけ全力を込めても絶対に勝てない事ぐらい、痛い程理解している。《無敵結界》が突破できない。自分にはその手段がないのだ。【カオス】も【日光】も存在しないし、俺は神魔でもない。攻略する為の手段は全て置いて来た。
戦えば絶対に負ける。
それでもこのクソサイコパス野郎だけは許せなかった。
黒腕を生み出し、重力斧を握り直した。遠隔操作でポケットを開き、そこからしまい込んでいる道具を放出し、自動装着する。保有する全てのバランスブレイカーを起動した。スラルの時代が終了してから集めてきた、全てのバランスブレイカー、800年近い歴史。積み重ねてきた禁断の兵器の数々を解放する。
「―――」
逃げなくてはならない。間違いなく。ここから逃げ出さないと、恐らく確定で魔人にさせられる。だが逃げられなかった。逃げられない。こいつは、こいつだけは絶対に許してはならない。それだけの理由があった。
「お前の様な奴が居るから―――」
あの子は、永遠に愛を知る事が出来ない。
それは仕方のない事かもしれない。これは八つ当たりにも近い。狂ったままの俺。ナイチサを見ているのはそういう感覚だった。諦め、屈し、そして神の奴隷となる事を決めてしまった自分。やっている事がそれと一緒。だから嫌悪する。そして理解する。こうやってずっと、楽しませてしまうから新しいものを見ない。見れない。気付けない。ずっと一つの物事しか見れない。
こいつは、特大の邪悪だ。
それを見てナイチサは表情を変えず、剣を闇から引き抜いた。
「屈服させる手間が省けるな。来い」
「《ファミナルス・レイ》」
ぶち殺す。殺意と怒りを込め、しかし次を見据える為に、魔王に必殺技を叩き込んだ。1000年前よりも遥かに凶悪で強力で、物質の強度を無視して分解、圧壊、圧縮させる、2000年近い年月を研鑽に当てる事で強化と進化を繰り返してきた文字通り必殺技。これが生物である限り、問答無用で殺すだけの殺意に溢れた奥義とも呼べる必殺技。
しかし、それに一切影響される事無く。ナイチサは立つ。周りの魔王城の空間が粉砕され、蒸発する様に圧縮して消えていく中でも無傷のまま立ち、
「我が魔軍に命じる―――我に挑戦する者への手出し不要」
命じた。魔人は手出しするな。
そしてナイチサは小さく、その鉄面皮を微笑んで崩した。
「真理の者よ。では私に心の底から屈して貰おうか」
「吠えろ小僧。2000年間、魔王や魔人と戦う事だけを考えてきた戦士の恐怖、魂に刻め……!」
その言葉に魔王ナイチサが剣を振り抜き、周辺の光と重力による圧縮を切り払った。
「では始めよう、挑戦者。その足掻きを持って神の愉悦を満たすと良い。それが我々の救いとなるだろう」
絶望的な―――勝利の存在しない戦いが始まった。
ウルちゃま、恐らく人生において最もブチ切れた瞬間。つまり、それだけ鯨の事を愛している。
勝ち目? ないよ、そんなもん。戦ってる勝てる相手ではないのだ、魔王とは。根本的に負けて死ぬしか選択肢が用意されていない相手なのである。最低限、同じ様にレベルが200超えた仲間と、無敵結界を破壊する手段がないとどう足掻いてもね。
という訳で次回、魔王ナイチサ戦。なんと、スキップなしである。