ルドラサウム。
諸悪の根源にして白痴の創造神。全知全能でありながら無知蒙昧。この世の全ての苦しみはルドラサウムから生み出された。故にこの世界の全てが恨む存在があるとすれば、それはルドラサウムという存在になるだろう。一番最初にルドラサウムが知った愉しみは他人の苦しみだった。それをルドラサウムは楽しんだ。故にそれを満たす為にルドラサウムから生み出された全ての生物はそれを献上する。この世界のシステムはそうやって出来上がっているのだ。
最初はその事実に恐怖した。次に目を逸らした。そして今では向き合っている。
「だけどそこで何故貴女があのお方をそこまで愛しく思っているのかがまるで解らないわね」
女神ALICEはお茶会でそう言ってきた。此方の存在を不思議がる様に。恐らくはALICEにとっても初めてなのだろう。ルドラサウムを知った上であの鯨の神様を愛しく思う存在を。尊敬し、崇拝し、そしてそれに従う存在なら腐るほど存在する。だがそれを理解し、そして子供の様に慈しむ存在は、1人として存在しなかった。ALICEは人間のバランスを取る為に存在する人類の管理局だ。AL教はその為に彼女の手足として生み出された。だから彼女は人類がどういう生物なのかを良く理解している。だからこそウル・カラーという女が人類最大のイレギュラーである事も良く理解していた。故に彼女は理解出来なかった。何故ルドラサウムをそこまで愛せるか。
だからこそ簡潔に答えた。
「だって、可愛いじゃないか」
「可愛い?」
「そう、可愛い。あの子は既知と未知の狭間で変わろうとしているんだ。変わるという事に期待しているんだ。俺は性善説を信じる訳じゃないけど、あの子は今、戯れの一つとして
それがとても可愛らしいんだ、と言葉を口にした。それをALICEはまるで理解できない様に小首を傾げた。或いはこれが神と女という生き物の差なのかもしれない。ALICEは初めから人間性を欠片も保有していない。彼女が人間らしい仕草や動作を見せるのはそういう風に自分を演出しているだけだから。だからALICEはそれを理解出来ていないのだ。
だがそれを、自分は変化を捉えていた。
男であれば気持ち悪さと憎悪だけが先立つだろう。だからこそ自分は女として生まれてきたのではないか、と思っている。あの白痴の鯨をどうにかできるのは男ではない。導き、育てるのは女の仕事である。クルックー・モフスと同じ事が出来るとは欠片も思っていないが、ルドラサウムと同じものを見て、同じものを知って、その前提で考えて、それで漸くあの子の考えが理解できた。或いは理解出来てしまった。
その精神性は未熟。年月は気が遠くなるほど過ごしてきたのかもしれない。だけど間違いなく、ルドラサウムは子供だった。可愛らしい子供だった、その心は1センチたりとも成長していないのだから。だからこそ可愛らしい、と、愛らしいと思えるのかもしれない。成長を見守る親の心境だったのかもしれない。
「俺は生まれた事自体に意味はないと思っている。それは与えられるものではなく、見出すものだと思っている。そしてもし、俺が自分の生に意味を見出すのであれば、それは唯一全ての真実と運命を知る者として、ルドちゃんに愛を教える事だと思っている。俺はそこに生きる為の意味の全てを見出した」
意味は誰かから与えられるものじゃない。
自分で見出すものだ。だからこそスラルを助けてから、自分の存在意義を、生きる意味を考えた。そしてきっと、これが自分の役割だと思った。
「ルドちゃんも、ハーモニットも、ローベン・パーンも、プランナーも。全員が既にエール・モフスとその冒険を知ってしまった。果たしてそれは俺が持ち込んだのが先か。或いはそれが別次元のルドラサウムによる冒険だったのか―――それを判断するのは正直、どうでもいい事だ」
だけどこれだけは言える。
「完全に同じ物語を経験するだけじゃもう、物足りないだろう」
だから変える必要があった、未来を。だが変えない必要があった、未来を。エール・モフスに新しい冒険を提供する必要があった。前のルドラサウムが経験した大冒険よりも更に大スペクタクルで、激しく、楽しく、記憶に残る様な冒険を用意する必要があった。同じものでは満足させられないなら、それを超える冒険を用意する必要があった。それがこの世界を救う為の鍵になる。
「だからその為に俺は道化にもなんでもなる―――あのルドラサウムに愛を教えたいんだ」
誰でもない、俺自身が。そうしたいと思った。スラルが作った流れだった。あの一言。友達という言葉が深く、深く自覚させたのだ。
俺はこの世界の住人であり、外側から眺めているプレイヤーではないと。だからやりたい事をやる事にした。自分の持てる全てを持って。たとえそれが誰かの幸福を奪う事だとしても、それでもやり遂げる必要がある。その為にはやらなくてはならない事がある。だからやる事にした。
その為に必要な事は既に見えている。
未来の為にも、
もっと―――もっと、将来の戦いを広げる必要があった。
今のままでは将来的には、ほとんど同じ魔人しか出現しないだろう。それでは駄目だ。それではルドラサウムが飽きてしまう。エールの事はクルックーが何とかしてくれると信じている。だから戦いの規模を広げよう。もっと味方を増やそう、魔人に対抗できる戦力を増やすのだ。将来的に【魔人討伐隊】に参加出来る面子を増やすのだ。そしてそれだけではない。それだけでは不公平だ。ちゃんと見ていて楽しい様に魔人側の数も、戦力も増強しなければならない。
その為には、
何でもやる。
他人を、世界を、自分を利用してでも―――なんでも、する。
その覚悟があった。
「……やっぱり貴女、バグね。根本的に人の考えをしていないわ」
その思想、言動、行動の全てを理解できずにALICEはそう判断した。
そしてお茶会は続いた―――。
「痛ぁい」
全身に痛みを感じ、懐かしい包帯の感触を全身に感じながら目を開いた。見慣れない天井が視線に入り、体を動かそうとして、前よりは多少はマシかな? という感じで体が動いた。上半身を持ち上げながら片手を体にやり、回復した魔力で自分の肉体に探査を走らせた―――そしてそこに、何の問題もない事を確認した。いや、感じるのは僅かな喪失感だ。自分を構成するピースの一つが剥奪されたような感触。あぁ、成程、
「ペナルティ喰らったか」
派手にバランスブレイカーを使って魔王と戦ったし、そのペナルティで何かを持っていかれた。ALICEもそれだけで済ませる辺り、自分には甘いよなぁ、と思う。或いは三超神からやっている事を理解されている為に、重いペナルティを与えないように注意されているのかもしれない。どちらにしろ、生きている。そして魔王の気配はここには存在しない。
そして魔王ナイチサという存在を自分の魂に刻み込む事が出来た。
「とりあえずの目標は達成……かな……」
これで
「なぁーにが目標達成よ」
そう言って自分が寝かされている部屋に入ってくる、聞き覚えのある声がした。視線を入り口の方へと向ければ、そこには元魔王スラルの姿が見えた。その表情には呆れの色が見える。
「流石に魔王と殴り合いを始めた時は驚いたわ……」
「でもそこら辺、スラルちゃん止めないよね」
「考えがあってやってる事なら私が止めるまでもないでしょ? 流石に魔人にされそうになった時は焦ったけど。どこの存在かは知らないけど、魔人にされる直前、空間が微妙に乱れたから間に合ったけど……覚えがあるなら感謝しなさいよ? 私だけじゃ間に合わなかったかもしれないし」
「そうしとく」
スラルの言葉に息を吐きながら後ろに倒れ込む。魔人になる瞬間に空間が乱れた……時間が引き延ばされた? 手を出したのは誰だろうか。マッハか、それとも監視していたALICEか。それとも大穴で……ルドラサウムとか? いや、ありえない。あの子は基本的に眺めているだけだからだ。ゲームの舞台に手を出してくる事はないだろう。だからたぶんどっちかだ。
神様に愛され過ぎて辛いなぁ!
―――無論、欠片も愛されていない訳だが。
一方通行の愛が辛いのである。
「あー……しばらくはリハビリか」
「もうちょっとその奇行を抑えてくれると私は助かるんだけど。危うく貴女の魂を回収しそうになったじゃない」
「その前には気合で天使か悪魔にはなっとくよ」
「可能なのそれ……?」
気合でカラーは英霊になれるらしいし、気合さえあればなんとかなるのではないだろうか……?
まぁ、それにしてもしばらくは療養する必要があるだろう。これはまたレベルダウンだろうなぁ、と呟きながらとほほ、とベッドの中で体を落ち着かせた。まぁ、結果自体は悪くないから問題ないのだが。それに魔王という存在がどういうレベルで強いのかをこの体で経験する事も出来た。今度は魔王ジル対策をしなくてはならない。一発殴って逃げるだけの準備を、どうにか整えて将来用にジル対策データを構築しなくてはならないが……いや、ランスくんが未来でジルに勝利するから関係ないのか?
だけど既に魔人ノスが生まれる可能性は消えた。あのお爺ちゃんは今日も翔竜山で元気に堕天AKをホームランしている。その事を考えたら絶対に魔人になるなんて未来は見えない。ガイに封印され、そのまま一生封印されていそうな気配だ。或いはノスの代わりに何らかの化け物染みた魔人がジルの配下に追加されるのかもしれない。既に魔人黒部や魔人サタニアという自分の知らない魔人が産まれているのも事実だ。
だが、自分はそれを好ましく考えている。
少しずつ未来が変わっていくのを楽しみにしていた。舞台を変えずに内容を大きく変える。そんな未来をルドラサウムも一緒に楽しみにしている事を自分は期待している。まぁ、それが裏切られて俺が道化だった場合は―――笑おう。
少なくとも自分がやっている事に対して自分は満足できているのだから。
「貴女のそういう、なんでも楽しめるって所は本当に羨ましいわ。私なんて領地持ちで部下が出来ちゃったからまたシフトやローテーション組んで人材管理しているのよ? 魔王も悪魔も大差ない生活なのに」
「でもスラルちゃん、ノルマはサクッと達成して自由時間は遊んでるよね」
「折角寿命と役割から解放されたのだから当然でしょ? 生きている間はこれからも、もっともっと楽しむ予定なんだから仕事は最低限終わらせて後は美味しいもの食べたり観光したり遊んだりして過ごすに決まってるわよ」
ここで仕事をさぼるという選択肢が出てこない辺り、実にスラルらしいというか、きっちりしている女だよなぁ、と思って苦笑する。それを聞いて、スラルは両手を腰に当てながらでもいい、と言葉を置いた。
「私の遊び相手は少ないのよ? ガルティアもケッセルリンクも基本的に魔王城勤めで遊びに誘えないし。だから貴女ぐらいしか遊びに誘える相手がいないんだから、勝手に死んじゃ駄目よ」
「俺だってもう自殺したいとは思ってないから大丈夫だよ」
今回はやや見通しが甘かった上にちょっと簡単にキレてしまったのが原因だが。あそこまで簡単にブチギレになったのは、恐らくドラゴンの血だろうなぁ、と思う。圧倒的強者を前に戦意高揚してしまうドラゴンの闘争本能、ハンティはそこら辺、ドラゴン技能がLv1か0なのかは解らないが、薄いのだ。だけどそこらへん、俺は濃いので通常のドラゴンの様に興奮してしまう。
たぶんそれとナイチサという存在を許容出来ない拒絶の意思が組み合わさって最悪のコラボレーション、という感じだった。存在そのものが許せず、瞬間的にカッとなってしまったのは事実だ……歳をとりすぎて自分の感情を制御出来なくなっちゃったのだろうか? これじゃおばあちゃんって言われてもしょうがない。
まぁ、人生はそんな事もあるだろう、という話だ。
何時までもくよくよしててもしょうがない。ただ、ナイチサと戦って改めて解った事がある。
「《無敵結界》さえなければアレ相手に勝てるのかマギーホア様って……やっぱ王様すげぇわ」
「世の中本当に狂った強さの奴が居るわね」
そしてあのナイチサを200年以内に出現する勇者が瀕死の状態にまで追い込むのだ。アレを、あの魔王ナイチサを勇者が瀕死に追い込むのだ。唯一知っている勇者は未来に生まれる勇者アリオスだけだったが―――魔王との戦いを経験し、【エスクードソード】と【勇者システム】による50%時のブーストというモノを今回の件で良く理解した。
人間じゃねぇわこんなの。
そう思いながらしばらくは休むことにした―――まだまだ、やる事はたくさんある。ずっと寝ている暇なんてないのだ。
なにせ―――死滅戦争がもう、直ぐそこまでやってきている。
魔王と戦わせる結果がどうなるか解っているけど、将来的な意味を含めて、1回は戦わないとそのヤバさが表現として伝わらないからなぁ。とはいえ、これに勝てる連中お前ら本当になんなの? って感じはする。
という訳で死滅戦争はーじまーるよー。
ウルちゃまとルドちゃんの共通認識、見えてきたかな?