その日、西部オピロス帝国は見た。
空から来る存在の姿を。
漆黒の混沌竜の背の上で片腕を抱く様に、しかし威風堂々と立ち、従僕を引き連れながら大空を何者にも邪魔されずに飛翔する姿を。それはそうやって大空を完全に支配した状態で飛翔しながら、
声を零した。
「あれ、速度落ちてない」
「ごめん、ブレーキ間に合わないや」
「嘘だろお前」
そしてそのまま王宮に衝突した。
「ばぁーか! ばぁーか! ばぁーかばぁーか! ばぁぁぁぁ―――っか!」
顔面から王宮に突っ込んで目を回しているカオスバカドラゴンの顔面に蹴りを入れる。スリットドレスだから足が出しやすいなぁ! と笑いながらカオスバカドラゴンの顔面を蹴り飛ばす。もう一発蹴りを入れて、踏みつける様に顔面を何度も何度も踏む。
「こいつ! 本当に! お前! 速度! 大丈夫? って何度も! 何度も! 聞いただろうが! 大丈夫大丈夫、これでもプロのドラゴンだからって言ってたのは! どこの! どいつだ! こいつ! 本当に……!」
もう、本当に言葉もない。折角格好良く登場を決めようと思ったのに、それなのにこれは何だよ。振り返りながら視線を向ければ、どうやら丁度玉座の間に突入したらしく、玉座に座っている王様? 皇帝? がやや驚きながらも親衛隊に護衛されているのが解る。そこら辺素早く準備に入れる辺り、優秀だよなぁ、と思うので懐―――つまり胸の谷間、通称乙女ポケットから【賢人会】への招待状を取り出し、それを相手の方へと、届かない様に放り投げる。それを転がしたのを見せてから、カオスバカドラゴンの上で目を回して倒れているルシアとアステルをよいしょ、と引きずり下ろす。顔を軽く右に左にと叩き、起きろー、と特に優しくもなく目覚めて貰う。
「ぴ、ピリオドの向こう側が……」
「煉クンの真似はいいから」
「ふへへへ、ウル様ぁ、へへへへ……」
「お前は欲望抑えろ」
だから堕天してるんだよ……と言いたい所だが、背後の方、玉座から声がかかってくる。そこに座っているのは頭に冠を乗せた、30過ぎ程の髭が生えた、逞しい肉体を持つ男だった。此方を眺め、首を傾げ、髪の間に軽く隠れる赤いクリスタルを見て、驚いたような様子を浮かべた。
「もしや、お前がカラー女王、ウル・カラーか……?」
「元、女王だ、元。もう国はないし、あんな罰ゲーム楽しかったけど誇る事でもないしな。鬼畜女王ウル様だ、崇め奉れ」
「ばんざーい!」
馬鹿ドラゴンの顔面に蹴りを入れる。お前、実は解っててやってない? どうなの? ねぇ、と、軽く顔面をブーツの底でぐりぐりと踏みつけるけど楽しそうだ。ほんとドラゴンってドラゴン。他に表現する言葉がない。ともあれ、堕天AKが―――なんか、それっぽい種族名を考えておく方がいいのだろうか―――が、起き上がったので、とりあえずは残された右腕を突き出し、
サムズアップを向けた。
「クラッシュランディング失礼、本当は服装に合わせてもうちょい優雅にダイナミックなエントリーしようと思ったけど馬鹿が減速という概念を解さなくてね? こんな風に突撃するハメになったのを許してね……王様? 皇帝?」
「余は皇帝オピロス4世だぞ」
「じゃ皇ちゃんで」
「皇ちゃん」
「不敬者ッ!!」
そう声を張り上げたのは皇帝オピロスの直ぐ傍に居た、魔導士の様な恰好をした眼鏡の男だった。うん、不敬である事に間違いなく異論はない。だけど相手の立場に合わせて口調を変える予定は、現状我々の王様以外に対して行う事はないのだ。俺がまともな口調で話す相手はただ一人と決めている。なので無駄だ。不敬と言われてもしょうがない。存在そのものがそういうものなので。
「がっはっは、という訳ですまんな! 俺は頭を下げるという概念がないんだ」
「《ファイアレーザー》!」
「やめ―――」
挑発したのは確かだが、それでもノータイムで攻撃を指示を待たずに放ってくる。この殺意の高さ、嫌いではない。だが放たれた《Fレーザー》は恐らくは《魔法Lv1》相当。Lv2技能を二つ組み合わせて作っている斥力と重力の障壁に飲み込まれ、それが螺子曲がって見当違いの方向へ、一切のダメージを発生せずに飛んで行った。《無敵結界》を参考に構築した、常時展開型個人用バリア、性能は悪くないのである。魔人クラス相手になるとまるで意味がないが。
「わ、私の魔法が……」
「馬鹿者! 陛下の言葉もなく攻撃をするな! 危険に晒す気か! アレは―――」
玉座の周囲を守る様に固める、騎士の一人が口を開き、言葉を続けた。
「魔人に匹敵するだけの怪物だぞ……!」
にやりーん、と笑う。その笑みに体を硬くし、動きを止める者が何人いただろうか。だが玉座を守る精鋭、或いは親衛隊の動きは優秀だ。何時でも皇帝を逃がせるように盾を構えたのが前に、その背後に槍を構えたのが控え、その後ろを剣持ちが固めている。それとは別に、周囲に気配を消している連中が待機しているのも感じられる。うーん、動きが早いぞぉ。
ちょっと、楽しくなってきた。
「そんな風に警戒されると―――ちょっと、小突きたくなるじゃないか」
やる? リハビリ代わりに久しぶりに暴れるか? そういう意味を込めて視線を向ければ、ガシャン、と鎧が音を立てて戦闘態勢に入るのが聞こえた。先ほどまで目を回していたカオスバカドラゴンも目を回しているフリだけにして、何時でも動けるように倒れたまま、待機している。戦闘の気配を感じた瞬間から準備が完了するから、戦闘種族としては本当に完成度の高い馬鹿だと思う。
ともあれ、
やる? という心境で皇帝を見れば、
その口が大きく開いた。
そして爆笑した。面白そうに、涙を目の端に浮かべながら口を大きく開けて、大爆笑した。その様子に一瞬で自分から戦意が霧散した。これはもしや? と思いながら視線を皇帝にロックしたまま、言葉を待てば、しばらくの間、皇帝は腹を軽く押さえて笑っていた。
「ふふふふ……余もこの土地を治める君臨者だ、土地の歴史は学んでいる。そこに登場する理想の君主の一人と謳われた女王がこんな、こんなだとは……く、ふ、ふふふ、ははは……駄目だ、あまりにも面白すぎる……!」
「こんな、とは酷いなぁ。大体玉座に寝っ転がって政務してたから俺がアレなのは当時からの話だぞ」
その言葉に皇帝が腹を両手で抱えて笑い出し、周囲の騎士が視線を皇帝へと集中させた。流石に、この状況で笑いだす皇帝の神経を疑っているのだろうが、皇帝はまるで心配する様子がない様に笑い声を何とか抑え込み、
「ふぅー……はぁ、ここまで笑うのも久しいな。貴様らも何をしている。余の客人だぞ。何時までも警戒してないで解除しろ」
「いえ、しかし陛下」
「良く見ろ。まるで警戒されていないではないか。睨んでも殺気はない。敵意も欠片もない。向ければ応えられる戦意だけだ。少々礼に欠くのも事実だが文化が違う。それに立場を考えれば女王なのだ、同格であろう」
「元女王だぞー」
「そういう訳だ。散れ散れ。余は客人と話がしたい。そうやって鎧が周囲に集まっていると息が詰まって仕方がないであろう」
「いや……もう、陛下……」
物凄い困っているのが見える。まぁ、俺もダイナミックエントリーしてしまったのが悪いのは解るので、振り返りながら片膝をつき、軽く馬鹿の頭を叩く。
「オラ、もう起きて帰っていいぞ」
「えー……。もうちょっと遊びたいー」
「はよ帰って自慢しろ」
「じゃあ皆を煽ってくるかなぁー。ばいばーい」
瓦礫からあっさりと体を引きずり出すと、カオスドラゴンが空へと飛び上がり、翼でばいばいをしながら翔竜山へと帰って行く。ばいばーい、と此方も手を振って送り返し、視線を戻せば皇帝が爆笑して腹を抱えていた。その姿を近衛だろうか? がどうどう、と背中をさすって落ち着かせていた。それを見ながら思う。
案外面白い国に来てしまったのかもしれない。
それから妾にならないか誘われたので中指を突き出してお断りする事で皇帝とは友達になった。皇帝は意外と気さくな人物というか、面白い人だった。ちょっとした無礼とかは気にせず、自分で歩き回って話を聞いたりするタイプの、行動派皇帝であった。本当になんとなく、なんとなくなのだが、
間違いなくガンジーの血を感じた。この血族、絶対に未来まで続くと確信した感じだった。魔王ジルの間に一旦滅びるだろうが、それでも人間牧場で血筋だけは未来に残されたのかもしれない。実際、人間牧場とはどういうもんか実に気になるので、ちょっと見てみたいなぁ、という感じはあったりする。ともあれ、皇帝と軽くお話し、【賢人会】を乗っ取りに来たと教えてみたら、やっぱり大爆笑されてしまい、許可が出た。全員屈服させて好きに乗っ取れという許可を貰い、
取り合えず、しばらくは滞在する屋敷を王都に貰った。賓客待遇という事で滞在の許可が出来たのだ。
1人で住み、使用人というかお付き2人では少々広くないか? と思えてしまう様な3階建ての屋敷を贅沢にも貰ってしまった。皇帝に相当気に入られてしまった。罪作りな女だぜ―――とは思うが、性的に見られたと思われるとちょっと気持ち悪く感じる。やはり、男の相手は無理である。
「その……夜伽の相手を」
「頼んでねぇから」
だからと言って女も無理である。窓を開けてそこからアステルを捨てる。そして溜息を吐きながらベッドの上に座り込む。溜息を吐きながらベッドに下着姿のまま、倒れ込む。やっぱり誰も居ない所では全裸か下着姿で居るのが一番楽だ。できるなら全裸がベストだが、流石にこんな場所で全裸は無理だ。
自分の家じゃないし。
貰った屋敷はどうやら既に家具やらなにやらが置いてあり、結構いい感じに飾られてある。木製の家具やアンティークの置いてある、要人用の屋敷だろうか? 基本的に白と黒、そして茶色によって統一されている。落ち着きのある場所だ。長期滞在用の屋敷なのかもしれない。
王都には基本的に、辺境から来た人を滞在させる為の場所がある、とどっかのラノベで読んだ気がする。これ、何千年ぶりの知識だろうか。
「……意外と、古い事も忘れないな」
もう2200歳だったか? LP歴まであと2000年、ついに折り返しと呼べる時代になった。俺も立派なおばあちゃんになってしまった。それでも中々、昔覚えた事、見た事、読んだものを忘れない。記憶が良いのか、そういう脳構造をしているのか。まぁ、どちらにしろ、
「まずは殺しておくか」
静かに天井から降りてきた姿の首を掴んで握り潰す。完全に気配を遮断していたが、ドラゴンの戦闘勘が奇襲を察知させた。遮断した気配を見抜いた訳でもなく、特別に何かあった訳ではない。
純粋に、2000年の戦闘経験で“あぁ、なんか殺しに来るなこれ”と、なんとなく判断した結果なだけだった。故にそのまま首を掴んで殺した。顔をマスクで隠しているから吐かれなくて済んだ。首を握り潰した所で窓から放り捨てた。どさり、と死体が転がる音をさせつつ、下着姿のまま、部屋を出た。
それと同時に双方向から挟み込む様に斬撃を受けた。
だがそれを障壁が弾く。刃が肌に届く事はない。これが《無敵結界》を張っている魔人の気分だろうか? 確かに自分が外敵に対して無敵だと慢心するのも解る。そこら辺が一切存在しないというケーちゃんだけが異常なのだ。
「参ったな……精神系の魔法って得意じゃないんだけどなぁ……」
「つ、通じないぞ」
「―――」
1人が動揺するが、もう1人は即座に逃亡しようとする。だがその足元が跳躍する寸前に《粘着地面》によって逃亡が阻止される。そして二人の背後に一瞬でルシアとアステルの堕天AKコンビが出現する。逃げられない様に体を押さえ、自害できない様に即座に口を封じた。
「ウル様、此方でも侵入してきたのが居たので処理してしまいましたが……」
「あぁ、うん。俺も反射的に殺しちゃったし、どうしよっか」
まさかその日の夜のうちに殺しに来られるなんて思いもしなかった。参った、ここまで馬鹿な奴が居るとは思わなかった。片手を頭に当てて、溜息を吐く。
「皇帝はウル様を気に入っていましたから恐らくは違うでしょうが……」
「それにしても不満です。暗殺するならせめて国軍を動かして貰いませんと」
「それ、暗殺じゃなくて戦争だよ……?」
アステルちゃん、どことなくポンコツの気配がするところが癒しである。一番ドラゴン共に近い感性を持っているのもこの子なのかもしれない。ポンコツという意味で。ともあれ、このまま殺すのは勿体ないし、話を聞き出すのも面倒だ。数秒程どうしてやろうか、と考え、
あ、そうだ、と思いつく。
アステルちゃん《呪いLv1》あるじゃん。
「アステルちゃん、拡散モルルン使えた?」
「あ、はい。そこまで酷いのは出来ませんが、考えている事を垂れ流しにするぐらいでしたら」
拡散モルルン。それはカラーが使用する呪いであるモルルンの一つであり、自分の考えや感情を周辺にばら撒いてしまうという恐ろしい呪いである。つまり、隠密にとっては致命傷になる呪いでもある。つまり、それを使う。
そして同時に、
「アステルちゃん」
「はい、ウル様」
「チンコを金色に光らせる呪いとかない?」
「っ!?」
「ほぁ!?」
「勿論ありますよウル様!」
「あるのか!?」
「あるのか……」
「あるんだ……」
「あるんですね……」
アステルの勿論発言に暗殺者を含めた4人で頷きながら深く納得してしまった。元カラーの呪いのバリエーションって凄いや、って。だからとりあえず、
「チンコ光らせながら拡散モルルン使った上で全裸に剥いて。首から私は暗殺者で超格好良く美人で素敵な心の広いウル様を暗殺をしようとした包茎粗チンの持ち主です……って看板をぶら下げて、良く見える場所に二人を飾ってきて。あ、粘着地面に足を広げて上向きに設置すればいいか」
「悪魔かこいつ……!」
「了解です」
「命を拝承しました。明日には全国民が見える様にしましょう」
迷う事無く請け負ってくれる堕天AK達はほんと忠誠心高いのは良いと思うけど、もう少し命令に対して疑問を覚えてもいいんだよ……? とは思わなくもない。だが《スリープ》で暗殺者を眠らせると、そのまま掴んで二人が外の道路へと運んで行く。その逞しい部下の姿には敬意を抱くしかなかった。
今度からもうちょっと優しくしよう。
そう思いながら今夜はもう寝る事にした。
翌日、
―――全ての報告を聞いた皇帝は爆笑し、過呼吸で倒れた。
鬼畜女王、復活。鬼畜というか社畜だったけど。
どことなくガンジーさを感じる王様だけど、まぁ、ゼスがアレだったしこの土地は昔から呪われでもしてるのか? ってレベルで部下等がアレだからね?
まぁ、という訳で最近、ギャグ成分足りなくない? って感じオピロスでは楽しくやりましょうね。