「ひゃっほぉぉぉぉ―――!!」
空中で回転しながら前へと移動、静止、そこから横へとロールする様に飛翔する。魔力に物を言わせて高速で飛び回りながら空を自由に飛び回る。
大空だ。
目の前に大空が広がっている。いや、違う。翼もなく、今の自分は大空と一体化しているのだ。そう、空を飛んでいる。再び大空を駆け抜けているのだ。西から東へと飛び回りながら旋回し、バレルロールをしながらドッジロールをする。そしてロールしながら隻腕を振るい、空に光の斬撃を放つ。他の魔法との同時併用も可能。それだけではなくブレスも吐き出して、あの頃の、遠い昔の時代の様に自由に大空を飛び回りながら好き勝手動き回っている。凄い、凄く楽しい。
ただひたすらに楽しい。また空を飛べる。夢の様な気分だった。たったそれだけで心が晴れ渡っていく。あぁ、そうだ。ドラゴンだ―――俺はドラゴンなのだ! ドラゴンの! 本能が! ずっと、ずっと、求めていたのだ、この大空を。自分の身だけで飛び回れる自由を。ずっと求めていて、それが漸く果たされた。泣きそうな程に嬉しい事だった。
だから笑える。解る。ドラゴンとしての本能が満たされている事実に。数千年ぶりに自力で飛行する事が出来ている。あの時と変わらない自由さで、広い空を支配する様に飛ぶ事が出来た。同胞やAKが飛んでいるのを見て偶に羨ましくなっていたが、これでもうそんな事もない。再び空は帰ってきたのだ。それがもう、嬉しくて嬉しくてしょうがない。
人間には解らないだろう、この感覚は。
人間的な表現で言えば両足を引き抜かれていたような感覚だ。それが今、戻ってきたのだ。テンションが上がるのも当然だった。人型へとコンバートされてからはずっと失っていた空への欲求が再びこれによって蘇った。まぁ、それだけではないのだが。
「良く、そう簡単に飛べますね……?」
「それは俺が空の生き物だからだよ、ジルちゃん」
空で自由に飛行していたのを止め、地上へとゆっくりと降下する。装着していたゴーグルを外しながら地面から数十センチ浮かんだ状態、空中に浮かんだまま胡坐をかき、ジルの前で座る様に浮遊する。今の俺の気分は影の国の女王。やっぱり空中静止は正座に限る。という訳で正座にシフト。
「いいかい、ジルちゃん。生物にはそれぞれ領分というものがある」
「領分、ですか」
「そう、領分だ。全ての人類がロールプレイヤーだ。だから与えられたロールがある。そしてそれを果たす為に存在している。
こればかりは事実だ。俺の生きる意味は俺が決める! と叫んでも別にいい。それで満足してもいい。俺は個人としてはそうやって満足しているタイプだ。だけどデザインされた我々には神によって期待されている役割が存在する。俺の場合は無論、この世界をもっと面白く、未知の楽しさを用意する事だ。将来生まれてくるであろうエールの為に、もっともっとこの世界を盛り上げるのが役割だ。その為に優遇され、神ではない身で生かされている。
俺が神として転生しなかったのは恐らく、メインプレイヤーという役割でもない限り、成しえない事が多かったからなのだろう、と今更思っている。
「私にも、やるべき事があるんですか?」
「ある。神は全ての人間を見ている。そしてそれを好意的に受け取ってはならない。神が求めているのは愉悦だ。見ていて楽しい事を求めている。そして客観視している限り面白く見えるものは?」
「……人の不幸」
「そういう事だ。だから神の定めをあまり気にしない方が良い。だから究極的に、自分がやりたい事をすればいい。……話がそれちまったな」
その言葉にいいえ、とジルが頭を横に振った。
「興味深い話でした……役割、ですか」
魔王となる少女にこの話の内容をして良いのかどうかは解らないが―――おそらく、自力で到達出来てしまうだろうと思っている。それぐらいこの子は賢い。スラル程ではないが、それでも神の真実に辿り着けた人物である事は、ランスに対する神の定め、という言葉を聞けば解る。
まぁ、俺も心では解っているのだ。
ジルには深入りするべきではないと。
だけど可愛い服を選ぶのが面倒だから男物のぶかぶかのローブを着て生活しているとか、下着を着るのが面倒だからローブの下は全裸とか、そういうちょっとだらしない子を見ていると母性本能がくすぐられるというか、見ていて“あぁ、放っておけない……!”って感じがするのは事実だ。ぶっちゃけ、ドツボにハマっている自覚はある。それでもなんとなくだが、
この子の事は構ってあげなきゃいけない気がした。
最近、ちょくちょく思う事があるのだが、
「まぁ、話を戻すけど―――領分だ」
「はい、先生」
「先生ってのは恥ずかしいから止めてくれよ……」
「いえいえ、ウル様はほら、年長者ですし、色々知って教えてくれますから。やっぱり先生ですよ」
「いや……ほら……うん」
素直に来られるとちょっと辛い。こういう天然に良い子には弱いなぁ、と思う。見捨てる必要があるのだが。それに、ジルが魔王になるのであれば、
もっと知識を増やして貰う必要もある。最終的には魔軍陣営全体を強化する為に。現在のバランスを考えての結論でもある。
「人間が地に生まれ、それを満たす様に生きる様に、鳥が自然と飛ぶことを覚える様に、俺も自然と空を飛ぶ様に生まれたからな。数千年前、まだ主要種族がドラゴンだった時代だ。俺はその時に生まれ、ドラゴンの姿をしていた。その時は翼をもっていたんだけどな。メインプレイヤー……あぁ、大陸の覇権を握っている主要種族ね? が人類に移行する際に人の姿になってからは翼をずっと失ってしまってたわ」
「にわかには信じ辛い話ですけど……いえ、事実だとしたら一度主要種族が交代している、という事ですよね。今は人間がメインプレイヤー? ですからドラゴンから変わりましたよね」
「うん。世界平和を成し遂げたら神の怒りに触れてね、俺達滅ぼされちゃったんだ。今じゃ僅かに生き残ったのが各地の秘境に隠れたり、翔竜山に引きこもってるよ。刺激さえしなけりゃあほとんど引きこもってるだけだし」
話を聞きながらジルがぶかぶかのローブの袖をまくり、両手を合わせて成程、と頷いている。あぁ、どうなんだろう? フリーク・パラフィンもこういう気持ちでルーンに授業をしていたのだろうか? 自分の知る知識、叡智、それを吸収して育っていく怪物の存在を。そしてそれが段々と壊れていく姿を眺めていたフリークは、どういう気持ちだったのだろうか?
今ならLP歴でのフリークの気持ちが、少しは解るかもしれない。
自分で育て上げた存在が虐殺者となってしまった気持ちが。
俺の場合意図的に育ててるんだけど。
「先生の話は興味深いですね……文献などには残されていない事ばかりで」
「そら、俺は一応これでも2000年以上生きてるからな。歴史にある出来事はほとんどみてるよ。魔王ククルククル、魔王アベル、魔王スラル、魔王ナイチサ全てを目撃したのはメインプレイヤーでは俺ぐらいだろうな」
魔王アベル以降はマギーホアも大体翔竜山に引きこもっているし。そう考えると今の所コンプ出来ているのは俺ぐらいだろうか? なお現在ジルも記録中である。こうやって色々教えた結果、どういう風に変化するのかも愉しみである。
「っ! 私、もっと色々と知りたいです先生! その……魔法理論、また手伝いますから……魔王や歴史について、教えて貰ってもいいですか……?」
ジルのはっきりと聞きたいという欲求が出ているのに、段々と言葉が弱くなっている感じは実に面白かった。才能に溢れているのにイマイチ自分には興味がなく、そして自信のない子だった。これが歴史の中で最も人類を恐怖させた魔王になると考えると、
興味が尽きない。
果たしてジルは、どうしてあんな怪物になれたのだろうか。本当に憎しみだけなのだろうか? 今の少女の姿からは想像がつかない。
教えてー、とせがむジルはなんというか、雛を相手しているようでついつい構ってしまう。好感度が上がれば上がる程危険だと解っていても可愛いものは可愛いのだ。ウル様、本質的に愚者なので構ってしまう。実に辛い。おかげで今日も魔法理論を構築しながら色々とお話ししてしまった。そして気づけば空も暗くなっている。とはいえ、《飛行魔法》が出来る様になった今、今まで以上の速度で屋敷へと戻れるようになったので、僅かな時間で移動が行える。先に屋敷に戻した2人が飯を用意して待っているだろうから、そろそろ帰るべきなんだろうなぁ、と思いながら、研究室のライトを消した。
なんだかんだで長居してしまった。ジルは別の研究室でぐっすりと眠っている。此処の施設、大陸の才能ある人間を集めているだけあって、マジで施設がいいのだ。おかげで研究が捗る捗る。
場合によってはNCの間に大魔法の構想が完成するかもしれない。完成まではまだまだ魔法文化の蓄積が足りないが。後1000年もあれば完成するんじゃないか? とは思っている。存在しない、4000年の魔法文化の中で生まれてこなかった魔法を生み出そうとしているのだから、当然の苦労だが。
「ふぁーあ、偶には俺も料理したいな。森から桃りんご送って貰って、うはぁんでも作るか……」
自分の研究室に物理的なロックと魔法的なロックを二重にかけて施錠されているのを確認する。いや、ぶっちゃけ研究成果は大体公開しているので特にパクられるのを気にした事がある訳ではないのだが。それでも盗まれるというのは気分が悪い。そこから普通に発展してくれればそれで俺は満足である。
とはいえ、戦力バランス的には少々、人間側が有利すぎるか……?
「魔軍側のテコ入れが居るな」
その一環がジルの事前教育でもあるのだが。ただ、それだけでは足りない。ケーちゃんも事前に知識を増やしてあるから原作よりも悪辣に動き回れるだろう。カカカさんは偶に部屋の中でマギーホア人形をサンドバッグに殴っている姿が目撃されているとケッセルリンクが教えてくれたおかげで、そこまで怠惰に沈んではいない。というかカカカさん、未だにマギーホアの事が苦手らしい。ある意味当然なのだが。
後は……魔人黒部と魔人サタニアの事だ。まだ詳細な能力を知らない2人組。新しい魔人。ああいう魔人戦力が増えてくれるのは好ましい、特に魔人黒部はリークされた情報によれば、魔人の力によって聖獣オロチの力の一部を引き出せる為に、周囲の想念を勝手に妖怪化させたり、重力をある程度操る事が出来るらしい。非常に凶悪な魔人だ、ノスが魔人にならないルートを考えるとああいう強力な奴が魔人になってくれるのはそれだけで嬉しい。
「こっちの手札が増え過ぎた分、魔軍側もそれなりに凶悪な札を増やしていかないと人類が劣勢に追い込めないからな……ラ・バスワルド辺りがサイゼル、ハウゼルに別れずに魔人になるなんてどうだろう? 人類にとっては絶望的過ぎるか? でも酷いレベルでバランス取れそうな気がする」
「我輩も実に同意見である」
マッハがそれだけ言うと消えた。つまりハーモニット基準なので間違いなくバランス取れてない。よし、いいんじゃないか!? と軽く錯乱する。
魔人ラ・バスワルド! 破滅の音しかしない。というか勝てる可能性あるのかこれ? 魔人討伐隊全員集結で何とかなる? まぁ、誕生した場合に考えよう。
「さっさと帰るかー」
空飛べば一瞬で帰れるし。スカーフと靴を常に装備せずにいられるのは楽だよなぁ、と思う。あのバランスブレイカー、空を飛べない子か、或いは何か新しい道具を作るのに利用するのが良いのかもしれない。まぁ、農地に常に風を吹かせるという手もあるし。
そんな事を考えながら最寄りの窓から外に出ようと、暗闇に包まれている廊下を歩けば、奥の方から灯が見えてくる。どうやらこんな時間までまだ残っている奴が自分以外にも居たらしい。大半の連中は研究室で寝てるから引きこもっている時間なだけに、ちょっとした驚きだったりする。
だがそれがちょっとだけ、引っかかった。虫の知らせとでも言うのだろうか。
咄嗟に音と気配を殺し、《クローキング》で姿を完全に隠した。生命探知をされるとバレてしまう程度の隠密だが、それでも魔法等を使ってサーチされない限りは、見つからない隠密手段でもある。灯の見える通路へと出る。
そこにはカンテラを手にする改革派の若者と、旧派の老人の姿が見える。おぉ、珍しい組み合わせだと思うが、改革派の若者は少々、不安そうな表情を見せている。
「こんな所で会っていて大丈夫なのか?」
「安心しろ、人払いの魔法を使っている。これを使えば人が寄って来れんから心配する事はない」
開幕から人外指定された。悲しみを感じるのでこのままステルスを続行する。
「そ、そうか……」
「それで……話に乗るんだな?」
「あぁ……俺も考えたけど……ちょっと、ついて行けない」
ふむ、と廊下の壁に寄り掛かりつつ片手を首に当て、なんのこっちゃ、と声を出さずに喉の中で言葉を転がす。その間に旧派の老人はそうかそうか、と頷く。
「賢い選択だ。儂らは歓迎するぞ」
「……すまん、ジル……」
若者が懐から紙束を取り出しつつ周囲を見渡す。そしてそれを老人へと渡す。その紙束には見覚えがあった。ジルが研究室で作業中と放置していた《ゲートコネクト》に関する研究資料だ。そう言えば昼頃、ほとんど終わっているみたいな感じの発言をしていたことを思い出す。
資料に老人が目を通す。
「ふむ……確かにこの筆跡はジルのだな。しかし奴め、異世界へと繋げる魔法を考案する等とは……」
「あぁ、俺も知った時は驚いたよ。そして同時に怖くなった。今までは凄い、と思っていたけど同時に怖くなった。こんな、こんな魔法をなんでアイツは楽しそうに研究出来るんだ……」
「その恐怖は良く解る。お前は何も間違った事はしていない」
あー……そうだ、と思い出した。老人の方は《話術Lv2》持ちのボルセブ……だったか? 旧派の中でも発言力だけは高い奴だ。だが中身がない。動かすだけの脳味噌もない奴だった筈だ。となると裏ではもう一人居るのかもしれない。
「これがもし完成されていれば実験で異世界へと扉が開かれていたかもしれない……その場合……いや、これに関しては私で処理しよう。それよりも―――」
「いや、解っている。秘密にする。ジルも善意の塊だ、騙すのは難しくない。ただあのアマゾネスクイーンは俺じゃどうしようもないぞ。アレは直ぐに気付くと思うぞ」
「心配するな。奴に対する対策は此方でも既に用意してある。準備が進めばあのカラーとジルを処分できる」
「おい、あの二人に乱暴な事は……」
「解っている、解っている。そこはちゃんと解っているさ」
そうは言うが、瞳の奥には邪な欲望が溢れているのが解る。また脳内でレイプされているのだろうか、俺様は。困ったなぁ、人気者は。気持ち悪さしか感じないが―――成程、高過ぎる才能が祟って周りに疎まれた、というパターンだろうか。
天才は何時の時代も評価されるのは死後、という奴なのだろう。
「……」
ここで出てきて、あの馬鹿共を懲らしめるという手もあるにはある。だが歴史の事を考えるとこのまま暗躍して貰うのも大事な事実ではあるのだ。その事を考え、しばし無言を貫き、そして老人が去って行くのを眺め、完全な闇がこの空間に戻ってきたのを確認する。
その上で、しばらく、闇の中に浸る。
「んー……」
呟き、窓の外から見える月を見た。
「後1年もしたら、出てくか」
ジルを助けるつもりはない。そして助けるつもりもないのに最後まで面倒を見るのは……ただの余分なリスクでしかない。残酷かもしれないが、ランス等が活躍する為に、将来の為にも、
1人の少女の絶望を作り上げる必要があるのだ。
だから放置する事にした。
……ちょっとだけ、辛かった。
四肢切断レイプの未来が待っている子。なお同様にロックオンされているという元女王。まさかウルちゃまも四肢切断レイプ……? 刺激的な初体験になりそうだけど。
ないか。
何時になったら性描写はいるんだこの主人公。というか一切求められてない気配ある。