斥力と引力。そこに飛行を加え、支援魔法の高速化を瞬間的なものにする事でその出力を一瞬だけは凄まじいものへと変化させる。その総合的な術式を統合させ、融合させ、そして無詠唱で発動できるように、脳味噌に術式と構成を徹底して叩き込んである。つまり超瞬間加速術式になる。名付けて《イニシャライザ》である。アリスソフト世界らしく、ネーミングはどことなく聞いた覚えがあるのではないだろうか。それ以外にも軽くだが時空系魔法を噛んでいる。そのタネは《時の忘れ物》、つまりはセラクロラスのリボンであるバランスブレイカーを愛用している事にある。長い間使っている影響か、その力の一部を利用できるようになっている様な気がする。
それを組み合わせ、自分を加速させる術式を作った。なんといってもこの世界、魔人や魔王から一撃を喰らえばミンチになるのだ。対人戦で必要なのは防御力ではなく、回避能力だ。《槌戦闘Lv3》があり、槌や斧という武器を使う以上ヘヴィで足を止めた戦い方をする事が今までのイメージの中にはあった。だがそれを払拭させるきっかけとなったのは賢人会での生活の日々だった。
折角高い身体能力を持っているのに、正面から足を止めて戦うというのは余りにも勿体ないのでは? という至極真っ当な発言だった。だが同時にショッキングで、思いつかない考えでもあった。歳を取れば取るほど視野が狭まってくるという事に成程、と感じてしまう事でもあった。
そもそも一撃が入れば大半の生物にとっちゃ致命傷なんだから、足を止めて一撃一撃に力を籠める必要がない。元々持っている身体能力と武器の特性で、大体叩き込めば即死を狙えるのだから、必要以上に致命傷を狙っていく必要はない。寧ろクイックに、素早く動きながら回避とカウンターで斬撃を狙ってゆく方が効率的だと言われてしまった。
自分よりも数千年若い若者に。ちょっとショックだった。
とはいえ、戦闘方式の最適化、それから自分の肉体に対する動きの最適化というのは実際、非常に重要な事だった。魔法研究もそれはそれで大事な事だが、根本的に動かすのは自分の肉体なのだから、それを完全な状態で動かせるように理解しておかないとならない。全く経験値にはならないが、日常的な素振りを行う事は対人戦では非常に重要な事だったりする。
なぜなら経験という部分はシステム適応外の領域であり、格闘や体術、投擲の様な技術は技能として保有していなくても、ある程度経験として練習して積み重ねれば、才能の有無を無視して行える行動だったりもするのだ。それでもシステム的な補正を得た行動と比べればカスの様だが、
同じレベルの相手と戦う時は、このわずかな差が勝負を変える。
特に魔人を相手にする様な場合は、この差が非常に重要になってくる。相手に対して取れるアドバンテージの1点が生死を分ける。ここは慢心してはならない所だ。ここだけは本当にケイブリスが素晴らしい。自分の倍以上は生きているであろうあのリスは、それだけ長い時間、ずっとトレーニングとレベリングを積み上げている。慢心も油断もなく、常に強くなる事を目指し続ける姿には尊敬を覚える。
だからこそ何度も何度も繰り返して力を付けなきゃいけない。レベル差という理不尽で簡単に形勢が逆転する世界であっても、日々の努力は裏切らない。
それをケイブリスが証明しているのだから。
だから、
「―――カラーになっても元のドラゴンとしての性質は色濃く肉体に残されている」
翔竜山の岸壁を垂直に走っている。左に黒腕を生やし、両手で重力斧を持ち、落下しつつ崖を蹴って方向を調整し、垂直に壁を走って移動する。その正面に居るのは猫とステッキという組み合わせの奇妙な姿の存在、
竜王マギーホアである。
垂直に壁に立つマギーホアはステッキを手の中で一回転させると足を軽く広げ、そして剣の様にステッキを二度振るう。それによって発生する斬撃は二つ。だが斬撃は二つとも
「ドラゴンは肉体の理不尽だ、ウル」
斬撃に向かって壁を走りながら飛び込み、僅かな隙間の間を回避し、加速する様に擦り抜けながらマギーホアの前へと飛びこみつつ、すれ違いながら両手の重力斧で斬撃を流す。振るわれる二斧が空間に黒い軌跡を描きながら滞空する反転した極光が空間に残されて行き、それが進路と退路を塞ぐ。斬撃を飲み込みながら滞空する重力の軌跡は割れる。割れる様に出来てないのに。マギーホアの斬撃おかしくね?
これで《剣戦闘Lv0》だなんて詐欺止めてくれ。
「理不尽の生物である事を自覚するんだ。法則が、肉体が、精神が、そしてその特性が理不尽という生物だ。それを最も理解し、使いこなしているのが私に過ぎない。君は少々小賢しく考え過ぎだ。もっとドラゴンとしての本能を乗せて戦うといい。そうすれば竜王にならなれる」
「その理屈はおかしい」
すれ違いながら斬撃を放てば追いすがる様に斬撃を後ろへと向かってマギーホアが放ってくる。やっぱりお前の剣術おかしいよ、と心の中で叫びながら岸壁を超低空で滑る様に走りながら潜って回避し、そのまま再び突進する様にすれ違いながら連続で斬撃をマギーホアへと向かって放っていく。不安定な足場、環境、それを魔法と感覚とドラゴンとしての力を何とか引き出す様に訓練しながら斬撃に斬撃を重ねて加速しつつ体を動かす。
今までとは大きく違うスタイルの練習に、マギーホアは相手をしてくれていた。そのフィールドに選ばれたのは翔竜山の壁だ。
決闘場でも何でもない。
壁だ。そこを垂直に走り回りながら戦っているのだ。自分はまだ足の裏に壁を引っ付けることで対応しているが、それがあの竜王にはない。物理法則を少しでもいいからあの人に働かせてくれない? と思いながら攻撃を加えて行く。少しずつだがドラゴンの力を解放しない状態でも使っていく事を覚えていく。それを魔法と混ぜていけば、普通の魔法では出来ない手段も増えていく。
未来でも自分が戦いについて行ける様にするには、鍛える必要がある。
故に戦い、訓練し、
「はい、見えた」
「ぬわぁ―――!」
そして壁から剥がされて下へと思いっきり投げ飛ばされた。戦闘状態を解除しながら武器を消し、足を組みながら落下し、頭を掻きつつ飛行魔法を発動させて落下をゆっくりと止めて、最終的にホバーしながら地上に降りて来る。僅かに地上から浮かんだままの状態を維持しつつ、膝を軽く叩き、
「勝てるイメージってのが全く浮かばねぇ……」
死国でラ・バスワルドを目撃したのと同じような感じだ。あの何をどう足掻いても絶対に勝利のイメージが出現しないって感じ。アレがマギーホアにもあった。今思えば、マギーホア相手に決闘を挑むなんて自殺行為を俺はあの時、なんで欠片も可能性があると思って挑んだのだろうか、と思う。
あの頃はまだ数百歳か。若かった。
「んー……んー……もうちょっと動きを変えてみるか?」
滞空斬撃すると後続が割り込みづらいし。そうなるとヒット&アウェイで戦える形が一番後続に繋ぎやすいんじゃないだろうか? 最終的に重要なのは一人でどこまで戦えるか、ではなくて連携して魔人と戦える事なのだから。俺も《突撃零》とか貰えないだろうか? システム的な話は止めよう。
「んー……動き全般を見直すのって結構辛いなぁ」
「とはいえ、見えてくるものもあるだろう?」
そう言って上からマギーホアが落ちて来た。音もなく着地し、衝撃も一切発生させていない。その姿にやっぱマギーホア様はすげぇよ、と心の中で呟きつつ、上を向く様にふわふわと浮かべていた姿を持ち上げ、虚空に座る様にマギーホアに向き合った。
「いやぁ、すみませんね、鍛錬に付き合って貰って」
「気にする必要はないさ。私も普段は暇をしているからね。それよりも友人の力になれるんだ、良い時の過ごし方だと思うさ」
「そのイケメンっぷりをカミーラちゃんに向けられてたらなぁー」
「痛いとこを突く……」
マギーホアが片手で顔を覆ってる。上で観戦してたドラゴン共やーいやーい言ってる。身内に対してほんと容赦ねぇなこのトカゲ軍団は。そう思いながらうーむ、と首を傾げる。
「長生きしているようで、魔法研究とか技の研究、素振りばっかりやっていたから根本的な流れの完成度が低いなぁ……」
「まぁ、それはしょうがない事でもある。根本的に君に体の使い方を私は教えられるけど、人という形で恐らく一番研究しているのは君だ。君よりも長く生きて、人という体での戦い方を研究している者がいないんだ。教えて貰う事は難しいだろう」
「若い世代と交流していると時折面白いアイデアとか閃くんですけどねー」
戦術、技術を発展させる賢人会の考え方は悪くなかった。自分もそこに大きく刺激を受けたのは事実だ。ただそこに利権を絡める考え方を持った奴が居た結果、全体として腐って破綻してしまったのが問題なのだが。それでもある程度、自分の動きを考えるきっかけにはなった。
「先ほどみたいに加速魔法を使った辻斬りを狙うか、ドラゴンとしての力を押し出して障壁で耐えつつ一撃で諸共吹き飛ばすパワープレイか」
「私としてはドラゴンの力を前面に押し出して貰った方が嬉しいけどね。お揃いの様で」
「それでもマギーホア様の領域には遠いですってば」
まだまだ、Lv3による奥義は遠い。あの《モーデル脚》クラスの必殺技、奥義を生み出せずにいる。今自分が使える《ウルアタック》だって相当威力が高い、というか軍団規模程度だったら吹っ飛ばしてやれるのだが、それでも魔人や魔王に対して戦力になるか? といわれると怪しい。レガシオの時に出したような究極の一撃。それを繰り出せるようになりたいがアレ以来、一度も成功した事がない。
俺に何が足りていないのだろうか?
「んー……俺よりも習熟した武芸者が居ればなぁー……」
「それは難しい話だろうね。或いは魔王がやっている様に、異世界の武神とでも呼べるような存在とコンタクト出来れば話は別だろうけど」
「それはちっと難しいですわ、マギーホア様。《ゲートコネクト》、ハンティとは相性が悪いみたいで」
「だろうね。ドラゴンって根本的に攻撃的な要素に対して適性のある生物だ。彼女とは相性が悪いだろう」
Lv3技能があれば、なんでもできるという訳ではない。結局は個人の特性と適性によるものもあるのだ。俺もそれは一緒だ。戦術を一本化させる必要がある。スピード型の回避メインにするか、それとも防御を種族としてのスペックに全てを任せたバーサーカースタイルで殴り殺すか。マギーホアが言うには、ドラゴンとしての力をちゃんと使いこなせば、正面から魔人と殴り合えるだけの防御力を素の状態で獲得できる為、《無敵結界》の様な反則さはないものの、防御を気にする事無く必殺の破壊力を攻撃を受け止めつつ殴り込めるようになるとか。完全なバーサーカースタイルだ。だがそれがドラゴンという生き物でもある。
クイック&スマートなヒューマンスタイルか、
パワフル&クレイジーなドラゴンスタイルか。
こう考えるとソシャゲでどちらの方向へとキャラをクラスチェンジさせているかで悩んでいる様な感じもある。ただこれの問題、ぶっちゃけ
悩ましい。
戦術を一本化させて特化させ、習熟を重ねて熟練させる。その結果、ドラゴンという理不尽スペックの頂点に立っているのがマギーホアなのだから。ちゃんと見極めて鍛えればどうなるか、というケースは見えている。重要なのは先見性だ。何をしたいのか、何になりたいのか、どうすれば使いこなせるか。
それをちゃんと見極める事だ。だがこれが意外と難しい。
今までの様にドラゴンとしての力と暴力を振るう方向性で行くか。それとも人間らしさを備えた方向性へと行くか。悩ましい所だ。そう思ってしばし浮かんだまま足を組んで考えていれば、知覚の端が何かを掴んだ。自分の意識の一部をクリスタルの森の結界とリンクさせていたが、それを破壊する存在を知覚した。
「あぁん? 侵入者かこれ」
「うん? 成程」
うーん、このタイミングで襲撃者かぁ、と思っていると、空を飛んでアステルがやってきた。慌てっぷりを見るとこれはカラーたちだけではどうにもならない案件だな、と理解させられる。
「ウル様! 魔人が襲撃してきました!」
「魔人かぁ……相手は?」
「ヘビさんの魔人―――魔人メディウサです!」
「よっし、一番殺したい奴だな。メディウサに使徒はいるか?」
「いえ、姿は特に……」
「アレフガルドはいないか」
メディウサだけだったら俺とアステル、或いはルシアで殺せる。問題はアレフガルドの方だ。アイツの《執事Lv3》技能が面倒なのだ。アレがメディウサの為に働いている間は、ほとんど無敵、というか対応がクソ厄介な事になる。それでもマギーホアが動けばそこら辺の空間諸共消し飛ばして殺せるだろう。《無敵結界》は壊せないが。だがアレフガルドが動き出すと面倒だ。場合によってはなすすべもなく虐殺されるだろう。そのアレフガルドがいないなら楽勝だ。
「ガードは動き出したか?」
「いえ、ウル様の指示を待ってます」
「うっし、好都合だ。メディウサの足止めには俺が出る。ルシアとアステルも来い。まだ若いけどノリの良いガードも何人か付いて来い。魔人戦に慣れる為に利用させて貰おう」
だがそれとは別に、
「暴れたい馬鹿いるかー?」
上へと視線を向けて、声を放つ。その言葉に馬鹿トカゲがはいはい! とアピールして来る。よしよし、純粋な破壊活動であればこいつらを超える逸材はないのだ。今回は久しぶりに大暴れして貰おう。そしてそれを見ていたマギーホアが苦笑する。
「もう、面倒な事には関わらないんじゃなかったのか?」
「これは撃退戦なのでノーカンですよ、ノーカン。大体殴っても死なない相手とか丁度いいサンドバッグなので、若い子に魔人戦の空気を覚えるのに利用させて貰いましょ」
未来永劫、この森に侵入する事は地獄を意味するという事を、歴史に残しておく必要もあるし。後は歴史には存在しない、カラーに対するメディウサダークを叩き潰して、これ以降発生させないようにする必要もある。
という訳で、
「久しぶりのダークなんだ、楽しんで暴れようか」
という訳で皆が殺したい魔人。許さんぞ、許さんぞクソヘビめ。
ウォーモンガー系永世女王。政治には関わらないけど暴れる時は暴れたい。なお拾った堕天AK共は普通に住み着いて、防衛隊で働いたり、農業してたり、楽しく暮らしてるよ。
なんだかんだで困った時は頼られるし、それ以外は大体平和にやってる。