たとえば―――たとえばの話だ。
君は何をどう足掻いても絶対に絶望する未来を知った時に、どういうリアクションを取る?
絶望する? 足掻く? それともどうにもしない?
俺は―――絶望しながらも足掻く事を選んだ。
それが最善だと信じて。だけどそれが本当に最善であるかどうかなんて、答えはいくら考えてたって出てこない。結局のところ、自分の行いが本当に正しいかどうかなんて結果でしか解らないのだから。だから結局のところ、何かをするのであれば、それが正しいと信じて行動するしか自分には出来ないのだ。そうやって少しずつ未来を変えていく事が最善であると信じて。
だが結局のところ、
俺は―――或いは私は、それを信じるだけの力に欠けていた。
どう足掻いても、自分を信じられなかった。優柔不断で、友達一人助ける事に悩んで、魔王になる子を見捨てて。たくさんの人間を自分の都合で見捨ててきた。何度も救えるチャンスを見逃してきた。
そんな人間が果たして、どうやって自分が正しいと言えるのだろうか。
そんな俺に出来る事は―――言い訳をする事だけだった。
これが未来の為になる。これが世界の為になる。これはあの子に愛を教える為である。これは彼女の為だ。これは変えられない悲劇だ。これは、これは、これは、これは―――これは、仕方のない事なのだから。未来を知っているのは俺だけなのだから、それを変える、勝利する為の未来に変える必要があるのだから。だって、しょうがないじゃないか。そうじゃなきゃどうにもならないじゃないか。だって、そうだろう? 誰だって苦しみたくない。なるべく楽な方に生きたい。俺だって苦しむのは嫌だ。だったら何かに責任を、言い訳を擦り付けて生きていくしかないじゃないか。
苦しい。気持ち悪い。吐き気がする。でもこれもルドラサウムの為。ごめんなさい。それでも止まれない。命がある限り、これは俺の義務だった。知っている存在として、未来を変えなければならない。俺が変えてしまった過去に対して責任を持つ為に。そうすればきっと、未来では皆、幸せになってくれる筈だ。筈だよね? そうだよね? きっと、幸せになってくれるよね。
不安で不安で仕方がなかった。だけど言い訳はあった。ルドラサウムの為だと言えば大体、それで言い訳になった。あの子に愛を教える。途方もない目標で、目的地だった。終わりが見えない。だからこそ最後まで走り続ける事が出来る目標でもあった。だって、壮大な言い訳だろう? 到達出来なくたって誰も責める事は出来ない。その為の努力は全力でこなしてきた。その為の準備をずっと続けてきた。そしてその果てで精神力を使い潰して、終わりを迎えたんだ。
言い訳もあるし、頑張ったし、凄く頑張ったし……もういいよね?
疲れたんだ。何もかも。頑張っても未来は遠い。見捨てなきゃいけない事、頑張らなきゃいけない事、変えなきゃいけない事。たくさんあり過ぎる。それでもまだダメなのかもしれない。生きている間は常にその恐怖との戦いだ。未来の俺は失敗したという事実を背負って生きなくてはならない。怖い。既に失敗しているという事実がどこまでも怖い。だけど頑張らないと駄目だ。
友達は、友情は、信頼は―――裏切れない。
だから自分を磨り潰した。現実からまた眼を反らした。だけど目的からは逃げるのをやめた。
生まれた時は男の魂に雌の肉だった。それは人の形になれば更に強く反発した。否定せず、あるがままを受け入れればもっと楽だったのかもしれない。だがそれは一つの悟りの様なものだった。無理だった。俺にはあまりにも辛すぎる事だった。俺である事を捨て、私である事を選ぶ。それは自分という存在を捨てる行いでもあった。俺にそんな事は無理だった。女という生き物を認める事が出来なかった。だからどこまでも歯車は狂っている。
苦しい。
気付けば世界の真実に触れていた。理解していた。どうなるのかも解っていた。きっと、誰かがどうにかしてくれる。その希望でさえ打ち砕かれた。俺が動かなければ未来が危ないという事実を誰よりも、自分が証明してしまった。自分が自分を絶望させるというあまりにも奇妙で、そして混沌とした状況に涙を何時か、流した。血の涙を。そして俺にはどこまでも救いがないという事を理解してしまった。生きている間は全てを捧げなければならないのだ、と。それでも到達できるか解らない。それぐらいにこの世界は優しくなかった。だから目的を作った。言い訳を利用した。でも解ったのだ、あの神が何を欲しがっているのかを。子供の心を思い出して。だからこそそれを言い訳に、奮闘する事にした。そうである、と自分を信じさせた。そうでもしなければ壊れていたから。いや、もう既に壊れていたのだろう。最初から、歯車は噛み合っていないのだから。
生きているだけで苦痛だった。
なのに簡単には死ねなかった。不老であり、寿命的な死は存在しないドラゴン・カラーに生まれてしまった。或いはそういう風にデザインされたのかもしれない。そもそも、カラーは神の雛型だ。足りない天使を補充する為に生み出された存在。だとすればそれは、天使になる事の出来ないカラーは、神の失敗作としか表現できない。ハンティも、俺も、神としては失敗作だった。天使にも悪魔にもなれない。そしてその中で、殺されるまで永劫を生き続けるしかなかった。
果てが見えない苦痛が待っている。
だけど、それでも頑張った。
頑張って頑張って頑張って頑張った。日常が鑢で身と心を削るような気分だった。だけど、その痛みだけが実感させてくれていた。少しずつ苦痛を自分に与えて頑張れば、俺の心が崩れていくのが解った。だから使命感を与えた。更に頑張った。ルドラサウムの為だと自分を信じさせて、それで頑張り続けた。そうすれば頑張るほどに自分の心が削れていくのが解ったから。
壮大な自殺だった。
魂が死にたがっていた。限界をとっくに超過していた。それでも死ねない。死を遠ざける才能の数々、そして同時にそれを許容する肉体。超人的な精神力と延命手段で魂を持たせていた。それでも限界を超えた魂が損耗されていき、限界を超えて動き続けた。だがそれも、漸く稼働を終える。
何も考えなくていい。
何も心配しなくていい。
全てを忘れる。
そして消滅する。
ルドラサウムから生まれなかった魂はルドラサウムへと戻らない。だから虚空に消える。永遠の安息が待っている筈だった。
―――なのに、また目覚めた。
ゆっくりと目を開いた。また、朝がやってきたのだろうか。また、果てる事が出来なかった。俺の安息はどこにあるのだろうか。俺の終わりはどこにあるのだろうか。俺を終わらせてくれる存在はどこにいるのだろうか。心が痛い。苦しい。だが数百年ぶりに頭は妙にすっきりしていた。だから目が開いた。定まらない焦点はやがてしっかりと、自分の状況を捉えた。
椅子に座っている。白い、上品なつくりの椅子に座っており、正面にはテーブルがあり、それを挟み込む様に座っている金髪の少女の姿が見えた。神々しさを備えた少女の姿は、圧倒的に上位の存在としての格を兼ね備えており、目視しただけで一生勝てないという事実を理解させられる。だがその姿を見て、
「ALICE、ちゃん……?」
「私の前でゆっくり眠るとは大した度胸ね、ウル」
目を開いて見えたのは一級神、人類管理局ALICEだった。人間という存在、種を管理する女神ALICEは確かに、自分の担当とも言える存在だった。バランスブレイカーの監視、そして多用に対して此方を監視しながら警告し、ペナルティを科すこともしてきた。自分に対する対応が甘かったのは―――おそらく上からそうしろと、言われていたからだと思っている。だからALICEを見て、あぁ、吐息を吐けた。
「死ねるのか、俺は」
「残念。その期待に応えるのはまだ早いわ」
天上。神々の中でも特別な資格を有した者のみが通る事の出来る領域に居た。この世とは思えない美しさが広がる景色の中、ALICEの口から出た言葉に落胆を覚えないと言えば、嘘だった。まだ死ねなかったという感想がどうしても、出てきてしまう。何をやっても死ねない。死なせてくれない。俺を苦しめているというのであれば、何よりも効率的だと評価出来てしまう。
だがそんな此方の事を気にする事もなく、ALICEがどこからともなく取り出した紅茶を飲みながらさて、と声を零した。
「目覚めたのなら進みなさい―――これ以上待たせる事は許されていないわ」
ALICEの言葉と共に椅子が消え、無理やり立たされた。両足で着地しながら、ここ最近は存在しなかった心の強さを感じていた。あぁ、そう言えば一級神には時間の逆行さえも可能だったな、と思い出す。また再び心を削る時が待っているのだろうか。隠せない絶望感を抱えながら、天上に出現した一つの扉を眺め、それが開くのを見た。その方向へと一歩だけ踏み出し、それで扉の前で足を止めた。
「あれ、なんで俺は謁見を―――」
するのだろうか? 記憶の前後が飛んでいるようで、自分の知らない何かがある。足を止めようとするが、それよりも早く、背中に軽い感触を受けた。
それに押されて、つんのめる様に、
「魔王ジルの願い―――叶えたわよ」
「まっ、ALI―――」
言葉を吐き出しきる前に扉を抜けた。
一瞬の光、全てが視界から消える。
そしてその果てで、天上ではない場所へと超えた。視界は美しかった空間から、静寂に満ちた世界へと変わる。
圧倒的なまでの静けさの中に、壮大な生命の気配を感じる。虚空へと繋がる岩場には、そこから伸びる橋が存在していた。扉は橋の前に出る様に通じており、通り抜けた事で、足はその一歩目を踏んだ。大空洞にその足音が響き、岩場の橋の上に足が人類初の足跡を残した。
「―――」
その場所を知識として知っており、驚愕と、困惑と、答えの出ない疑問に、二歩目を踏み出した。視線の先にはそれが見えていた。大空洞に浮かぶ存在の姿が。白く、強大で、巨大で、浮かんでいる姿は待ち受けるかのように、無言で浮かんでいた。だがその赤い瞳は此方を捉えていた。
それに引き寄せられる様に一歩、また一歩と橋を渡り、その姿へと近づいていく。
言葉もなく、思考もブランクな状態となり、誘蛾灯に引き寄せられる様に、自然と足を踏み出し、前に歩いていた。不思議な夜で満たされ、僅かに発光するような神々しさ、神聖さを備えた巨大な白鯨の浮かぶ大空洞。その橋の終わりに到達し、足を止めながら、漸く、
そこに、辿り着いた。
「―――」
言いたい事がたくさんあって。聞きたい事がたくさんあった。だけどそこに到達した。してしまった。ここに到着した。その事実だけで、言葉を失い、自然と涙を流し始めていた。言葉もなく、ただただ、自然と涙が溢れ出す。
「あ、う……あっ……お、れ、は―――」
言葉を失い、何を喋ればいいのかすら解らない。だけどその姿を眺めているだけで涙が止まらず、そして感情が溢れ出してくる。久しく感じなかった極限まで煮詰められた憎悪。そして同時に、この子が辿るであろう未来に対する愛情。そして―――感謝でもある。
この全能白痴の神がこの世界を生み出した。
それは退屈しのぎだったのかもしれないのだろう。
だけどそのおかげでハンティ、マギーホア、スラル、レガシオ、ジル等の皆と会えたのだ。その出会いが不幸ではあったのかもしれない。その出会いが俺を破滅させたのかもしれない。その出会いが原因で苦しんでいるのかもしれない。だけど出会いを恨む事は出来なかった。楽しかった。それだけは事実だった。皆との出会いは幸せだった。
「あ―――」
だから全ての感情を飲み込むのに数分ほど時間を要した。白痴の神は漂いながら、時間を気にする事もなく、世界を、そして一人のメインプレイヤーを眺めていた。だから漸く、口を開く事が出来た。
「―――ルドちゃんは、今、楽しい……?」
言葉が、喉の奥から出てきた。震えるような、魂を振り絞ったような、そんな言葉だった。他にも言いたい事、言うべきことはたくさんあった筈なのだ。それなのに出てきた言葉がそれだった。あぁ、馬鹿をやってるなぁ、と思ったものの、咄嗟に出てきた言葉に対して自分はなぜか満足していた。どうしようもない満足感があった。恐らくはそうやってこの白痴の神を呼んだのは俺だけだし、この先も俺以外には存在しないであろうという確信があった。
だから言葉を待った。
白痴の鯨が瞬き、視線を向けて、その命の塊を震わせた。
「ははは……ふふふ……そうだなぁ……楽しいなぁ……未来が変わっていくんだ。くすくすくす、楽しみだなぁ……」
「そっか、ルドちゃんも楽しみか」
「僕も冒険したいなぁ。もっとスリリングで、同じじゃない冒険をしたいなぁ」
「出来るさ、ルドちゃんなら。もう、未来は変わり始めたんだろう?」
「くすくす……そうだね。君は本当によく働いてくれたよ……楽しみだなぁ」
―――あぁ、何も無駄じゃなかった。
その言葉を聞けただけでも、生きていた事には意味があった。ここまで頑張った事実に意味があった。自分という人生を限界まで追い詰めてきた意味にはあったのだ。それを今、ルドラサウムが認めた。そこに今までの全てが報われたような気がして、力が体から抜けていく気がした。
「エールちゃんの冒険は羨ましかった?」
「うん。だけど僕の方がもっと楽しい冒険が出来そうだもんね……ふふふ。楽しみだなぁ、僕も色々と感じたり、見たり、スリリングな経験を早くしたいなぁ……」
「未来はもう遠くないさ。後数千年、我慢できるだろう? その間にもっと未来が盛り上がる様になる筈さ」
その言葉を心底、楽しみにするようにくすくすと白痴の神が笑う。まさしく子供だ。冒険を夢見る子供。冒険という話を聞かされ、それに恋をする年頃の子供。まだ善も悪も知らない。
ただ、同じ冒険はだめだ。エールちゃんの大冒険を既に知ってしまっているから。
そしてその冒険に嫉妬している。そして子供らしい反抗心を抱いている。
―――僕の方が、もっと楽しい冒険が出来るぞ、と。
それに気付いたが為に奔走した。未来に残る人員が変わる様に。魔人側と人類側の戦力を増やし、もっとド派手な冒険が出来る様に舞台を整える為にあちらこちらと走り回った。それでいて舞台を残すその為に、形を変えないようにした。だがそれも、全て報われた。ルドラサウムは冒険を心待ちにしていた。俺の行いは無駄ではなかった。それが理解できただけでも全てが報われる。
良かった、本当に良かった。俺の手で未来は滅んだ訳ではなかった。
終わった。
ここに全てが終わった。
自分が生きる意味、生き続けてきた意味。頑張って来た事、その証明。ルドラサウムがそれを証明してくれたのだ―――もう、何も残らない。自分が何故生まれたのか、どうして創造されたのか、どうやって創造されたのか。そんな事はどうでも良かった。数千年を超える絶望と恐怖、そして痛みの人生。
それが漸くここで救われたのだから。
ルドラサウムは冒険に夢を見ている。だけど正史のエールの冒険を超えるモノを望んでいる。だからこそ、その時を待っている。そしてそれを望む為に動くのだろう。歴史をそういう風に進めて。だからもう、心配することは何もなかった。これからは自分の苦労も、何をしなくても世界は進む。
未来の決戦の舞台へと。エールの産まれて来る未来へと。
IF、もっと壮大で神を遊ばせる為の冒険の未来へ。
今までの自分の心を蝕んでいた闇が、絶望が、痛みが消えていく。今、自分の中で科していたあらゆる誓約、縛鎖から解放されたのを理解した。本当の意味で、自由を得た瞬間だった。そしてそうなってくると、
「―――」
言葉に、困ってしまった。再び涙を流し始める。あぁ、酷い。何てずるいんだ。ずっと、ずっと死にたいと思って頑張ってきたのに。だけどそこで楽になるって本当にずるい。涙を流しながら言葉を失い、しかし小さく笑って、
その場で座り込んでしまった。
「なぁ、ルドちゃん。もっと、いっぱいお話しようよ。未来の事とか。何を楽しみにしているとか。三超神じゃ話し相手になれないんじゃないか? 一緒に、楽しみな話をしないか? 待っているだけなのも楽しみだけど……それを口にするのもワクワクすると思うんだ」
だから、未来に想いを馳せよう。ルドラサウムを誘う。
「うん……そうだね……くすくす、あぁ、楽しみだなぁ」
大空洞の揺り篭に揺られ、白痴の鯨は夢を見る。
冒険の夢物語を聞かせ、夢幻の旅路へと今一度、誘う。思いを馳せる未来はまだ遠く、それでも神はそれを望んでいた。それを待ち望んでいた。生まれる未来を楽しみに、声を零していた。冒険譚、この世界の美しさを知る事を待っていた。
まだ、世界の色彩を知らぬ子の心しか持たぬ創造神。
だがその視線は―――確実に、未来を見据えていた。
エールちゃんの冒険を知って、僕の方がもっともっと楽しい冒険が出来る、と主張した。鯨が抱いたのは単純な子供の理論で、嫉妬だった。今までは壊す事しか知らなかった鯨が初めて見た、パラレルの自分の慈しむという姿、冒険を楽しむ姿。同じ姿を見て感じたのは子供らしい、僕の方がもっと凄いぞ、という嫉妬だった。
つまりエールの冒険を見たルドラサウムによる二次創作。それがこの世界の流れ。生まれる未来は決まった。だがそれを通してエールと同じものを覚えるかは不明。まだ鯨は憧れているだけの状態。だけどランスとクルックーの子、エールとして生まれて冒険したいとは思った。同じ目線からじゃないと冒険を比較できないから。
それ以外は全く変わってないんだけどね! まぁ、それはそれとして、その間は悲劇MogMogって感じだから根本的にクソってのは変化ねぇな!
鯨に子守歌を聞かせつつ次回へ。