いや、そら、男の時代はオナニーぐらいやってた。
だけどこの世界に転生してから数千年、そういうイベントや考えはとことん避けてきた。一つは純粋にそういう面において肉体が不感症だったから。どう足掻いても気持ちよくなる事が出来なかった。性欲という部分そのものが欠落していたという事にある。これに関しては精神と肉体のミスマッチから発生した事なので、良く理解している。だからやろうと思えばセックスの一つや二つ、やる事は身体的にはもう問題なかった。
とはいえ、未だにそれに手を出す様な事を自分はしなかった。別段、快楽にもう飲まれる程心が弱い訳じゃないし。別にハマっても特に問題があるという訳でもないのだから、遠慮する理由はなかったりするのだ。じゃあなんでセックスしねぇの? という話になる。まぁ、純粋にこの数千年間、やってこなかっただけに興味がないというのが一つの理由。もう一つの問題は適切な相手がいないという問題でもある。
純粋なジェンダーの問題なのだ。
故に必要があるからセックスする、というのは中々難しい問題だった。何故かといえば、純粋な心の問題であった。故に即座に了承し辛い案件でもあった。間違いなく日光をオーナー登録すれば、それだけ有利になるだろう。《剣戦闘Lv1》があれば、十分に振り回す事も出来るだろう。日光とカオスは持てる人間が増えれば増えるだけ便利だ。なぜならその数だけ《無敵結界》を装備して壊せる人間が増えている、という事なのだから。だから間違いなく、振るえるというアドバンテージだけでも取っておくのは悪くないのだが、
少なくとも、即座にそれに俺は了承できないでいた。
「というわけでケッセルリンク、話を聞いてよ」
「愚痴る為に魔人に会いに来るなんて、貴女ぐらいでしょう……シャロン」
「はい、紅茶ですね」
ケッセルリンクの使徒が突然訪問した此方に対応する様に、食堂へと戻って行った。使徒シャロンには既に何度か顔を合わせているだけあって、此方の突然の訪問にも慣れた対応をしていた。ケッセルリンクもSS以降は維持している男の姿でテーブルを挟み、少しだけ、懐かしむ様な、安心するような、呆れたような、いろんな感情が入り混じった表情を見せていた。
ここはケッセルリンクの管理する人間牧場。
人間牧場とは言うものの―――最低限の機能だけを残し、ケッセルリンクはそれにほぼ、ノータッチだった。ケッセルリンクの美学がそれを許さないからだ。その為、最低限のノルマだけを達成しつつ、人間牧場を維持している。ガルティアも同じようにしているらしい。本来であれば二人共放棄するような仕組みだが、
魔王の絶対命令権には逆らえない。魔王が命令した以上、その指令は絶対に実行される。
そういう事を理由に、ケッセルリンクは最低限の仕事をするだけの状態で維持していた。人間牧場の中ではトップで良い場所かもしれないが、状況的に考えると他の所とは五十歩百歩の差だろう。とはいえ、それでもそれは魔王に対するささやかな抵抗だった。
それすらも楽しんでいる、とはケッセルリンクが前に語った事だったが。
ともあれ、そういう事情から日光は一旦、ペンシルカウに置いて来た。アレをペンシルカウに置いておくのが恐らく一番安全だからだ。そして牧場に持って行く事も、ケッセルリンクに会わせる事も出来ない。なんだかんだで日光も親族を全て魔人に殺されているからだ。
ともあれ、
「まぁ……色々と考えた結果、話を理解してくれそうなのがお前ぐらいしか思い浮かばなかったからな……」
「私が、ですか……ふむ」
対面側に座る、その姿から魔貴族とも呼ばれる、吸血鬼の様な男のカラー、ケッセルリンクは元々は女のカラーだった。ケッセルリンクは小さく呟いてから、
「ですが私よりはもっと近しいスラル様や、或いは妹君であるハンティ・カラーの方が相談に乗りやすいと思いますが」
「いやぁ、この話はどっちかってーと、男と女、両方の心を理解できるケッセルリンクなら解ってくれるかなぁ、って……」
その言葉にケッセルリンクは成程、と頷いた。元々は女のカラーだったケッセルリンクだが、彼女はスラルという少女を守る騎士になろうとした。その為、魔法を使って女の体を捨て、男の肉体へと性転換を行ったのだ。相性というか神々の茶々が原因で俺にはその手の魔法が昔は通じなかった。恐らく今はもう通じるであろう事は解っているものの、ちょっと精神的な問題でやる気にはなれなかった。だからこそ、ケッセルリンクの所へと来たのだ。
恐らくこいつなら、こういう部分に関しては一番理解してくれるだろうから。
そして話を理解し、付き合ってくれるだろうから。
「では私で良かったら付き合いましょう。こうやって素直にウル様に頼られるのも珍しいですし」
「俺が弱っている所なんて珍しいぞー、お前ー」
そう言って軽く笑いながらテーブルに肘を置き、それで頬杖を付きながら軽く溜息を吐いた。ちょっと言葉にするのは難しかった。それを見てケッセルリンクは小さく微笑みながら、何かをする訳でもなく、此方が言葉を作るのを待っていてくれている。だからそれに甘え、自分の中でも言葉を作るのをしばし待つとする。
人間牧場からは離れた、森の中の静かな館には、外で囀る鳥たちの鳴き声が聞こえた。
そして廊下を歩く、メイドの足音も。
「失礼します、お口に合うかどうかは解りませんが」
「いんや、何時も美味しく飲ませて貰ってるから心配しなくていいよ」
「ありがとうございます」
そう言って運ばれてきた紅茶を見て、それを手に取り、軽く溜息を吐いた。
「俺も、人に面倒を見られるのに慣れたもんだ……昔は俺が厨房で料理長なんて言われていたのにな。もう、1900年も前の事になるか」
「スラル様が魔王の頃の話ですね。あの頃は魔王城も騒がしかった。行いは間違いなく悪ですが、活気はありましたね」
「そうか」
その言葉に、今の魔王城の様子というものが、大体伝わってくる。これは自分の目で確かめるのがちょっと怖いかもしれない。だけどなぁ、と思う。必要なんだよなぁ、と思っている。だから諦める訳にはいかないんだよなぁ、とも。だから紅茶を軽く口の中に入れ、喉を潤し、その味と香りを堪能しつつ、
「俺はさ」
「はい」
「別に恐れてるって訳じゃないんだ」
うーん、言葉が違うか? いや、そんなもんだろうと思う。
「躊躇している……って訳でもないんだ。なんというか……こう、言葉に出来ないんだけど……あぁ、一番近い言葉で言うとそうだな……納得しない? そう、なーんか納得できないんだよなぁ……なんだろ、不思議な感じだ」
躊躇しているのでも、恐れているのでもない。だけどセックスという行為に対して納得できない。なんとなく、なんで? って感じだった。言葉としてはこれ以上説明するのが難しい。
だがその言葉をケッセルリンクは吟味する様で、成程、と呟いた。
「……伝わった?」
「えぇ、仰りたい事は伝わります」
ケッセルリンクも実に絵になる優雅さで紅茶を手に取りながら此方の言葉に答える。
「ウル・カラー様、恐らく貴女は必要としていないのです」
「……なにを?」
ケッセルリンクの解り切ったような声に首を傾げて聞き返せば、
「愛を、ですよ」
「あ、お茶美味しかったよ。じゃ、俺用事あるから」
「冗談で言っている訳ではないので、逃げないでください」
帰ろうとしたところをケッセルリンクの言葉に引き留められてしまった。いや、だって、いきなり愛と言われても困る。そこで何で愛の話になってしまうのだろうか? セックスの話をしていたのではないのだろうか? だけど愛―――愛か。
考えてみれば、
「愛されたいって考えた事はなかったな」
誰かを子供の様に、家族の様に、愛する事はあった。国を愛しいと思った事もあった。ペンシルカウで世代を変えながら育って行く姿に愛しさを覚える事もあった。だけど恋慕の情として、愛を覚えた事はなかったなぁ、と思い出す。それとは別に、誰かに愛されたいなぁ、と思った事も一度としてはなかった。
「究極的にセックスとは他人を求める行いです」
ケッセルリンクが話を続けた。
「
「あー……待って、成程。あー、そういう事かー……」
男とか、女とか、そういう問題じゃないんだ、これは。
「根本的に俺が他人を必要としていないだけなのか」
「良くも悪くも単体で完結されていますからね。そういう事でしょう。後それとは別に、本気で一個人に対して命を捨ててまで捧げたい、と思った事は?」
「あるけど相手は神だったなぁ」
「ならばそういう事でしょう。必要としていないからする気が出ない。それだけの話です」
成程なぁ、と呟きながらすっきりした。もっと男とか女とか、そういう性差から来る事に対して由来しているかと思ったがそうか、本気で他人に対して何かを求めた事がないのだ。大体あるのは殺意ぐらいで、それ以外にはルドラサウムに対する義務だけで体を動かし続けていたのだ。その上で自分で全てに対処する為に、なるべく頼らず、なるべく自分で解決できるように鍛えた。
そら他人に求めねぇわ。
「私個人としてはスラル様とそういう仲になって貰えると安心しますけどね」
「中身はともかく、俺は外見上は女だぞ?」
「そこに愛があるのであれば些細な問題だとは思いませんか?」
「流石騎士になる為だけで性別の壁を超えた奴は言う事が違うな」
「いえ、気に入らないという理由でナイチサに殴り込んだウル様程では」
「お前……それは言っちゃダメだろお前……!」
だけど成程なぁ、と納得した所で、問題はそのままだった。日光とのセックスの話である。日光とセックスをすれば、それであの刀を抜く事が出来る様になる。その為にはセックスをする必要がある。こればかりは避けられない事だ。そしてケッセルリンクから話を聞いて、それでセックスを避けていた理由を理解して、それで判断した。
「じゃ、いっか。必要だからセックスするってのもなんか面倒だし」
「どうやら心は決まったようですね」
ケッセルリンクの言葉に頷く。日光とのセックスはいいや。一番上手く扱えそうなやつに横流しすりゃあいいな、と判断する。少し前までかなり葛藤していた事だが、踏ん切りがついた。そういう性的なもんに縁がないのだろう、きっと。そういう気持ちにも気分にもなれた事がないし。
本気で誰かを求めるようになれば、その内セックスにも興味を持つだろう、という結論に至った。まぁ、それだけの話だ。おしまい。ウル様のCGは決して安くないのだ。
「あー、すっきりした。これで気持ちよくまた魔人をぶち殺しに行けるな」
「快眠から目覚めた勢いで殺しに行くような事を」
なんとなく、つっかえていた部分が抜けたので気分爽快、という感じだった。とはいえ、日光を抱かないと決めたら決めたでやらなくてはならない事が増えるのだが。まずは日光を扱いきれる人材をGL1000年の前に用意しておく必要がある。可能であれば《剣戦闘Lv2》クラスの人間が良い。正史だと勇者が日光を装備していた、という話だった筈だ。
となると人間牧場の外で勇者が産まれた事になるのだろうか。
「―――」
ふと、思いついてしまった事がある。にやり、と笑みを浮かべる此方の姿を見て、ケッセルリンクが小さく笑みを零した。
「やはり貴女はそういう風に大胆不敵に笑みを浮かべているのが実に似合う」
「悪いけど口説くのはNGで。だけどそうだな、俺も基本的には笑っている方が楽しいし、好きだな……なるべく、笑える世の中でいてくれた方が良いよな」
ともあれ、紅茶を飲み終わって空になったカップをテーブルの上に置いて、立ち上がった。
「おや、もう帰りますか?」
「行動派だからな。思い至ったらその内に動いておかないとな。茶、美味しかった。今度はスラルちゃん連れて来るよ」
「その時間を二人で過ごしてくれたら私としては十分なのですが」
ほんとスラルの事が好きだよね、と出て行く準備を整えながら立ち上がって、しかし出て行く前に一度、ケッセルリンクの方へと向き直った。ちょっとだけ、気になる事があった。
「セックスの話をしていてちょっと下世話かもしれないけど気になったんだが」
「なんでしょうか」
「……ケッセルリンク、スラルちゃんに対してそういう感情ないの?」
女から男になった。そして男と女はまぁ、そういう事でして。スラルに対するガルティアとケッセルリンクの入れ込み具合を見ればそういう関係もあったのかなぁ? と思ったりもしている。本人からはバイ発言も聞いているし。だからちょっとだけ気になった話だったのだが、
ケッセルリンクは軽く笑った。
「私はスラル様の心を守る為に騎士になる道を選んだのです―――私はそれを裏切るつもりは永劫ありません」
真顔で、一切そういう感情を抱いていないというのを断言してしまった。優しく微笑む、その表情を見てスラルも罪作りな女だなぁ、と思いながら手を振ってさよならを告げた。
「また使徒を増やしてシャロンちゃんに飽きられないようにな」
「むぅ……」
むぅ……じゃねぇんだよ。そう思いながら軽く笑い声を零し、来た時よりも晴れやかな気分で再び旅立つ。
日光を握る人間を最悪を想定して此方で用意する必要がある。勇者の確保も重要な事だ。だけど思う、勇者特性があるのなら勇者に日光持たせるの無駄なのでは?
寧ろ長命の種で《剣戦闘Lv2》持ちを見つけて、日光を持たせれば日光ユーザーとしてこれは生涯現役なのでは……?
そう―――スーパー日光使い育成計画を思いついたのである。
濃密なレギュレーション違反の気配。
だが時間は腐る程あるのだ、試さない手はなかった。
腕を組む。キャッキャうふふしている二人の女を見る。それを遠巻きに眺めながらうんうんと頷いているのがケッセルリンク様。そこに飯作ってくれよ、と躊躇なく近づくのがガルティア君。
単体で完結する生物に生殖は必要ないのだ、と行く話。なんでもかんでも自分でやろうとする奴は他人を求めないのだから、必要もない、興味もないのにやろうとしても気持ち良いどころかストレスにしかならない、という話でもある。
久しぶりの悪魔界へ。